第526話 特殊な交配
既に日が落ちて夜と言える時間、自室にて、なぜだかダンテとロザミアがソファに座りながら相対している。
「まず、子を成すという行為だが。その行為には親という存在が必要だ。私たちで言う父と母だ」
「それはわかっている。だがそれは……言いたくないが魔物と人族で、不本意でも成り立ってしまう」
有性生殖だと、普通に考えればロザミアが正しい。
「そう思うのもおかしくない。だがそれ前に、子を作るには精と卵という二つの要素が必要になる」
「ああ、まぐわいか」
ロザミアがなんてこともなしにいうが、一部は聞こえない風に顔を逸らしていた。
「それで?」
「実はこの精と卵は同じ、もしくはかなり近しい種族でしか、くっつかない。それこそ猫と犬が交わっても生まれないのと同じだ」
「それで?実際私達、人族は、過去を見ればエルフやドワーフ、不本意だが、ゴブリン、コボルト、オーガ、オークなどの魔物とも子を成したことがある。つまり、かれらとは近しい種族というわけじゃないのか?」
「エルフとドワーフは正真正銘、人族から派生した種族だから合っているが、それ以外は違う」
ダンテは一部は合って居ると言うがそれ以外は違うと言う。
「まず精と卵がくっつかないのは、それぞれの中に子を成すための材料が合う形じゃないからだ。だから、そのため精と卵が揃っても子供は生まれない」
「それこそ犬猫のように?」
ロザミアの言葉にダンテは頷く。
「なら、それこそおかしいじゃないか。ゴブリンやオークと子を成せているのなら、それの材料が合っているということじゃないの?」
「それがそうじゃない。実のところ、ゴブリンはそれこそ犬や猫と言った奴らと交配が出来てしまう」
「……は?」
ダンテの言葉にロザミアはしばらく言葉を失う。
「待って待って待って。今、ダンテは子供を来るためには精と卵、そしてその中にある形が合わなければと言った。なのにゴブリンたちはそれとは関係なく子供を作れてしまうと?」
「その通り」
「……なら、ダンテの説が間違っているのでは?」
ロザミアはダンテにそう返す。実際否定する材料がそろっているため、そうとも言えてしまう。
「いや、ここで一つ思い出してほしい。母親と父親の特徴が違うとき、どちらかの特徴を継ぐだろう?」
「…………」
「だが、ゴブリン、コボルト、オークと言った種の子供を人族が産むときに人族側の特徴を継ぐことがあったかい?」
「いや……ない、生まれてくる子は全て魔物だというのが結果から物語っている」
ロザミアもようやく何が言いたいかを理解した。
「そう、片方からの遺伝は全くない。それは精と卵が交わり、子を成したわけではない」
「だが、少し待って、ゴブリン側の特徴が必ず発現するとは考えないのか?」
ダンテの結論にロザミアはまだ不十分だと断言する。そしてそれは図らずも優性形質を捉えていた。
「ここからは話が変わるけど、それは無い」
「なぜ?」
「昔、とある魔具を発見した。それは継承目的のために活用できる魔具で3代先の血縁者にのみ開けられるという特殊な能力を持っていた。それを、生む羽目になった人物と生まれた魔物で試したけど……その人は開けられて、魔物は開けられなかった。ちなみに産んだ人の父が所有者だったため、確実にその魔物も3代先の血縁者になっているはずだった」
結果だけを見れば、その魔物は血縁ではないということ。
「ここで同じ種族でないからというつもりなのだろうが、これは魔物だけで使用させみると無事に開いたため、種族が問題ではない。そして次に行ったのは、登録した者しか扱えない魔具を魔物とその父親の魔物に使わせたんだ、そしたら――」
「それが一致したのか?」
ダンテはこちらの言葉に頷くが、その顔は少々面白くなさそうだった。
「いい所を取らないでもらいたかったよ」
「済まない、だが、そうなると……」
「ねぇ、私を抜きに進めないでくれるかな?」
会話を中断すると、ロザミアが片眉を上げながらこちらを睨んでくる。
「すまない。いいかな、バアル?」
「ああ、もう邪魔はしない」
途中で割って入ったことに謝罪してから身を引く。
「片方からの完全な遺伝、そして血縁者判定が出ず、通常親にしか使えないはずの魔具がなぜか子にも使える。ここまでくれば君でもわかるだろう?」
「ええ……不本意ながらね」
そう、これらを統合的に重ね合わせると、一つの答えが出てくる。
「つまり、ゴブリンは精も卵も関係なしに人の胎に自分の分身とでも言える子を宿せるわけね」
「そう。そしてこれが明確には子ではないという意味だよ」
「……なるほど血統としては子ではないというわけね」
ロザミアの言い方にやや棘があるようだが、それでもダンテの言い分を否定はしない。すでに結果が出ているなら、その結果でわかることが事実だと言うことぐらいはロザミアも知っているからだ。
「そして1点だけ訂正しておこう。精と卵が関係ないわけではない」
「え?」
「ゴブリンに攫われても一人も生む気配のなかった女性がいてな、その者の体を調べているとどうやら生来から卵が無い体質だったらしい」
「……?でも魔物の子は精と卵から子を成す過程ではないのでしょう?それでも、卵は関係あるの?」
「ああ、だから、あの子が今ここにいる」
ダンテの言葉でこの部屋にいる全員がイオシスに視線を向ける。
「ごめん、ちょっと待って、混乱している」
ダンテの言葉にロザミアが混乱する。なにせ先ほどまで子を成すには精と卵が必要だと言われたが魔物は違うと認識していた。そしてその際に特徴も完全に魔物側からしか受け継いでおらず、分裂に近い事象だと理解していたわけだ。だがなのに卵が関係してくると聞いてロザミアは頭を押さえる
「……たしかにさっきの結果なら、生まれてくる魔物は確実に産んだ魔物そのもの。だけど卵を持たなかった女性からは魔物が生まれてこなかった。そして精と卵が合わされば子供が生まれるが、中身が合わなかったら生まれることは無い………………そうか、なるほど、それなら」
今までの話を呑み込んで、そのうえで整理するとロザミアは理解したような表情になる。
「結論から聞かせてほしい。先ほどの女性から卵が必要なのはわかった、ということは魔物も精を放っていることになる。だが生まれてくる子供が完全に魔物と同じということは…………精と卵が合わさった物が、すでに精の中に存在していて、卵の中を消して、卵の役割だけを使っている事。そして何かしらの不具合で魔物の精のほうに不具合が生じて、卵と交じり合ってイオシスちゃんが生まれた…………私の中で出た答えはこれだね」
ロザミアは自身で整理する様に答えを出す。その答えだが――
パチパチパチ
「正解だ」
ダンテは薄く拍手をしながら、肯定する。
「先の女性の例を出したように魔物は卵を使用している。そのことは確かだ。そしてそこから答えを導き出すと魔物の精には卵の中身を壊し、そのまま卵の外側だけを使用して、そのまま胎の中で成長しているということ。だから明確な子ではないだ。そして――」
ダンテはゆっくり立ち上がると、寝ているイオシスをのぞき込める位置に移動する。
「この子の存在は幻だ、本当に奇跡が重なり合って生れ落ちる」
「理論上存在はしているが、確認されたことのない存在か?」
ダンテは本当に面白いものを見たように軽く笑い、頷く。
「このことをバアルは以前から知っていた?」
「……近しいことは予想できていたが、詳しく聞いたのは今回が初めてだ」
ロザミアの言葉に素直に答える。
(以前から単為生殖に近い物だとは思っていたが、そういう方法だったか)
生まれてくる者が全て完全に魔物の様相だと聞いていた。予想では単為生殖に近い物だとは思っていて、どうやらほぼ正解だったらしい。
「ふぅん」
ロザミアは自分だけ知らなかったのが面白くないのか、不機嫌な表情をする。
「とはいっても無理に掘り下げる気はなかった。もし、調べた結果、本当に人の子だった場合、後味が悪くなるだろう?」
「まぁ、それもそうだけどさ……」
このことについてはあまり触れないようにするのが俺たちにとっては最善だった。なにせ人族が産んでしまった魔物の子は、場所によるが、基本は
「相いれない魔物、それを認識しておいた方がいい。違うか?」
こちらの言葉にロザミアは両手を上げて頷く。
「でも、それなら、この子はどう扱うの?血縁がいたらしいって聞いたけど?」
「……判断に困っている」
一応、保護はしたが、どうするかは明確には決まっていなかった。
「戻すという選択肢はないの?」
「事情を知れば、不安視せざるを得ないな」
ロザミアが返すことを念頭に置いてあるようだが、実はそれが一番まずいとも判断していた。
「……その事情って?」
「一言で言えば母親が死んだ原因に一役買ってしまっていると判断されかねない」
「……それは聞いてもいい話?」
ロザミアの言葉に肩を竦めて答える。
「俺は死んだ女性の手記を呼んだが、一言でいうと体格の合わない相手に無理やり犯され、体を壊しながら妊娠し、その後、少ない体力のまま出産。そして当然、治療が望める状態でもないので徐々に衰弱し、そして、1年前に死亡だ」
精々が俺の腰から腹部ぐらいにしか背がないドワーフと、確実に俺よりも背が高いミノタウロスだ。どのような苦行か想像に難くない。
「なるほど、イオシスちゃんは憎い
「ああ」
ロザミアの言葉に同意しつつ、テーブルに置いてある水を飲む。
(まぁ、それだけではないがな)
手記には出産は、行方不明になった2年前から3か月後に行われている。もちろん普通ではありえないが、ミノタウロスのハーフということになれば、そうおかしいわけでもない。そこから9か月間は何とか生を保ちながら地下で暮らして、その間にできるだけイオシスを育てて、生きられるように血肉を食べられるようにしたと書かれていた。
ただ、問題なのは、この後だった。
(死んだ後は記載が乗っていないため、可能性でしかないが…………
手記には血肉を食べられるようにしていたと記載されていた。もし、母親が無くなって、目の前に遺骸があれば、だ。
(もちろん憶測でしかなく、確認する術もない。となれば
もちろん、そんなことは起こっておらず、純粋に虫などに肉を食われた、時間による風化によって白骨化した、などの可能性もある。ただ、確認できないと言うことはどのようにも考えられてしまうことでもある。
「はぁ、にしても、なんでそういった魔物が人族を襲うのかがわからない。ダンテ
変に触れないようにしていると、いい感じにロザミアは話題を変えた。そして知者だと認めたのかロザミアはダンテに敬意を表しているようにも見えた。
「そのことについてなら、答えられるである」
ロザミアの疑問にダンテではなく、オーギュストが答えた。
「と言っても話は簡単なのである」
「
俺の答えにオーギュストとダンテは頷き、それ以外はぎょっとする。
「バアル様……」
「言いたいことはわかるが、それが適切だろう?」
ゴブリンやオーク、オーガなどの立ち位置になって考えてみると、そういう答えに行きつく。
「そうである。人族は数が程よく多く、強さの振れ幅が異常なほど大きいである。それこそ強い者は群れを賭してもかなわないが、弱い者はゴブリン一匹でどうにかできてしまう程であるゆえ」
戦闘慣れしていなく、子を産めるようになった女性などはゴブリンが5匹も襲い掛かれば十分に拘束できるだろう。それも暴力を加えられるとなったらことさらに。
「それに体格の問題もある。ゴブリンと言えどそれなりの大きさがあるのである。それに犬猫、ましてやネズミなどはゴブリンの子を抱えるには物理的に無理である。仮にできる大きさだとしても、それらは生来の獣、雄でも雌でも反撃できる術を持っていると言えるのである」
「大きい割に強さに幅があり、さらには数もそれなりか、いやな話だね」
ロザミアの言う通り、嫌な話だが。ちょうど条件に合ってしまっているのも事実だった。
「そういえば、ダンテ、さっきの実験の話はどこの国からだ?」
「いや、国ではない。少しばかり変人のいる町にいたことが有ってね、そこでよくわからない研究をしている奴がいただけさ。それも80年ほど前だからすでに死んでいると思うけど」
ダンテはあっさりと言うが、それは少なくともダンテが80以上だと公言しているようなものだった。
「そういえば、そいつによると、そういった特徴のある種族を鬼種と呼ぶらしいよ」
「鬼、か。言いえて妙だな」
何ともよくわからない存在だと言うところが逆にしっくりくる。
「ん、………んぁ、あ~~」
しばらく、後味の悪い雰囲気が漂っていると、何やら子供の声が聞こえてくる。
「起きたか、話は終わりだな」
「そうだね。さすがに子供の前ではやめとくべきだろう」
そして全員が立ち上がると、欠伸をして起きたイオシスは、全員が退室していくまで布団に包まっていた。
「エナは待て」
「ちっ」
流れで退室しようとしているエナを引き留める。
「子守りって話か?」
「話が早くて助かる」
トトッ
ほとんどの人たちが退室していくと起きたイオシスが足元にやってきて、足の裏に隠れだす。
「それなら、俺よりも適任がいるぞ」
エナはイオシスに微笑みながら近づくと、抱き上げて、一人に近づく。
「ほれ」
エナは
「あ、え、え?」
「??リンは大丈夫なのか……」
イオシスは暴れることなくリンの腕の中に納まり、そのまま目を閉じてリラックスしだす。
「どうせ、護衛でバアルの部屋にいるんだろう?なら丁度いいだろう」
「……リンもそれでいいか?」
「はい、私は構いませんよ」
エナはそういうと軽くあくびをしながらティタと共に部屋を出ていった。そして室内には俺とリン、そしてイオシスだけが残ることになる。
「あの、どういたしましょうか?」
「そうだな、―――」
それから、色々と相談して、ベッドにイオシスを寝かせて、俺とリンも合わせて川の字のように寝ることになった。
(
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