第525話 イオシスという存在

 鉱山からドミニアに戻ってくる頃にはすっかりと、陽が落ちる頃になる。


 そうなれば俺たちは宿泊所に戻ることになるのだが、宿泊所に着くと、丁度入り口近くに居たクラリスに見つかり、自室で尋問されることになった。ちなみに、騒ぎになったのか主要な連中は全員が野次馬をしに来ていた。


「……で?」

「その“で”にどれほどの意味が込められているか、わからないが、この子は今日初めて会った。純粋な孤児だ」


 腕の中でゆっくりと寝息を立てているイオシスを見せながら弁明する。その様子に、リン、ノエル、セレナ、レオネ、マシラが頬を緩める。


「……隠し子じゃないのね?」

「だとしたらこんな場所にいるのは不自然だ。なにより、生後2、3年ほど、となれば俺はグロウスかクメニギスに居た頃だろう?」

「……そこで作った子供をここまで運んだ?」

「そこまでするか?するにしても、坑道内に放り込むことまですると?」

「……それもそうね」


 説明して、クラリスが浮かべた穴だらけの疑問が無くなる。


「じゃあ、その子は?」

「説明すると長くなるが、――――」


 そこから全員に説明する。坑道で落ちたこと、その先でイオシスに出会ったことを。


「へぇ~~よく生きていたね、えらいえらい」


 レオネが引っ付いているイオシスの頭を撫でてそういう。


「……っ、んぅ~~~、!?」


 撫でられた感触でイオシスは目を覚まし、周囲に見知らぬ人物がいるのを見て、身を固める。


「ん~~」

「問題ない」


 イオシスは俺の腕を盾に隠れようとするが、その行為さえ、女性陣は笑みを浮かべる。


「大丈夫だ」

「……??」


 しばらく撫で続けると、ようやく緊張がほぐれてきたのか、周囲に視線を巡らせる。


「ふむ、これは」


 周囲に生暖かい視線が漂う中、ロザミアだけが興味深そうな視線をイオシスに送る。


「なぁ、その子の体を洗ってやった方がよくないか?」


 そして全員が視線でイオシスを愛でる中、アシラがそう提案する。


「それもそうだな、エナ、ノエルとリンを連れてイオシスを洗いに行ってくれ」

「なぜオレだ?」

「この中で一番懐いていそうだからな、ほら」


 エナの前に移動してイオシスを差し出すと、イオシスは暴れることなくエナの腕の中に納まった。


「仕方ねぇ、なら連れていくぞ」

「なら、私も手伝うわ」

「あたしも行こう」

「私も~~」


 エナがリンとノエルを連れて出て行こうとすると、ロザミアを除いた女性陣全員で部屋を出ていくことになった。












 しばらくして、髪や体を洗われたイオシスが部屋に姿を現した。


「おぉ~~だいぶ綺麗になったな」


 テンゴは子供を見て、感想を告げる。


「うぅ~~」


 そしてこちらを見たイオシスは不満を示す表情でこちらに飛びついてくる。


 無造作に伸びた髪はきちんと切り揃えられており、後ろで一纏まりにしてある。また、煤だらけになっていた肌は綺麗に洗い流されており、陽に当たっていないためか鉱山には似合わないほど真っ白い。また珠のように美しい容姿をしており、年を取れば確実に美人になる容姿をしていた。そして先ほどまでの野生らしい匂いが消えていた。


「服は、そのままなのか?」

「ええ、頑なに放したがらなかったので」


 その後、リンの報告では放すと泣きそうになるとのこと。


 そのため、服装に関しては、多少水洗いしてから乾かしただけで、やや綺麗になったものの変わらず襤褸・・のままだった。


「それと…………洗っている際に気付いたのですが。この子の頭に何かあります」


 今度は傍にやってきたノエルが耳打ちしてくる。


「……どこだ?」

蟀谷こめかみと耳の中間の少し上のあたりです」


 ノエルの答えを聞き、イオシスの頭を撫でるようにそれを探す。


(確かに、あるな)


 ノエルの言った位置に手を触れると、何とも丸みのある出っ張りが存在している。ただ一見するだけでは髪に隠れて見えない大きさだった。


(もう、生えて・・・きているのか)

「バアル?」

「いや、何でもない」


 くぁあ~~


 クラリスの問いかけに問題ないと告げると、イオシスが大きな欠伸をしだす。


「……仕方ない」


 俺はベッドに座っているレオネに退くように仕草をしてから、そのままイオシスを布団で包み、ベッドに置く。


 その後、イオシスは自然と寝息を立てる。


「さて、あたしらも散るぞ」


 イオシスが寝息を立てたことでマシラが小さな声でそれぞれを解散させ始める。


「ダンテとロザミアは残ってくれ」


 その後、この場には護衛であるリンとノエル、エナ、ティタ、ヴァン、オーギュスト、そして先ほど呼んだダンテとロザミアが残ることになった。
















「オーギュスト、ダンテ、確認だが――」

「そこで私の名前が無いのは何でなのかな?」

「イオシスはアルカナ・・・・を持っている、そうだな?」


 ロザミアは名前が出ないことに不服だったらしいが、気にせずに続ける。


「そうであるな」

「そうだな」


 そしてアルカナに関わる四人全員が寝ているイオシスに視線を向ける。


「だが、見たところ所持品は無い、なのにアルカナの反応があるのか……ということは」

「あの、バアル様」


 アルカナの気配はするのに、物がないそのことに疑問を覚えていると、ノエルが手を上げて告げる。


「あの、イオシスちゃんを洗っている時に、後頭部あたりにバアル様の腕にある紋様に似たものがありました」

「なるほど」


 どうやら、俺と同じく紋章として収納しているらしい。


「しかし、それなら鑑定はできないな」


 モノクルは物や生物にしか反応しなく、体内に何かを隠していてもそれを鑑定することはできない。


「ふむ、【力】であるな。それで――」

「契約者の段階だね」

「……なぜわかる?」


 鑑定できないことで、アルカナがなにかもわからないのにもかかわらず二人は何事もないように答える。


「簡単であるワガハイ達、代行者は契約者よりも広い感知範囲と、そのアルカナと段階を知ることが出来るのである」


 オーギュストの言葉の後にダンテに視線を向けるとダンテも頷く。


「それは初めて聞いたね」

「仕方ないのである。アルカナは代行者になってからが本番であるゆえ」

「へぇ~」


 二人の言葉にロザミアは感心する。


 何やら重要そうな話なので聞き出したかったが、肩を竦めて、口を閉じる。以前オーギュストに聞いたが、話せないと言うことらしい。


「で、私たちに聞きたい話はそれだけか?」

「ああ、正直アルカナの気配はするが、色々とわかっていなかったからな」

「なるほど、だが、私はそれ以上にこの子の存在自体が興味深いけど」


 ダンテはアルカナよりもイオシスの存在自体に興味が向く。


「……わかる・・・のか?」

「ああ」


 ダンテは足音を立てることなく、ベッドの横に着き、イオシスの顔を覗き込む。


特殊交配スペシャルなんて、存在だけは知っているけど実際に見るのは初めてだ」


 オーギュスト以外の全員が、首をかしげる。


「あの特殊交配スペシャルとは何でしょう?」

「一言でいうと、魔物と人の混成児・・・だ」


 その言葉で疑問に思っていた全員が、月明かりに照らされているイオシスに視線を向ける。


「通常、人と魔物では子を成すことはできないよ―――」

「え?だけど」


 ダンテが説明しようとするとロザミアが疑問を挟む。


「疑問はわかる。ゴブリンやオークとかの存在だろう?」

「ええ、言いたくはないけど、年に少なくない数が被害にあっている」


 ロザミアの学者であり、貴族の縁者であるため、いろいろなことを知っている。その中で言いたくはないが、その類の魔物に攫われて繁殖の生贄にされていることも知っている。


「それは子を成してると言えないのかい?今回、ミノタウロスがいたとも聞いた。そしてゴブリンやオークよりも少ないがそれらによる被害も存在している。それを考えれば、イオシスの存在も」

「いや、あれは明確には・・・・子を成してはいない」


 ロザミアがさらに反論しようとする前にダンテが手でロザミアを封じる。次にダンテはポーチから手帳とペンを取り出すと何かを書き始める。


『静かな幼子の揺り籠』


 その言葉が浮き上がると、イオシスがいるベッドに透明な天幕が張られる。


「さて、子を成せないということを詳しく説明しよう」

「そうだな、キッチリと先達の知恵を拝借しましょう」


 ロザミアの戦うような視線にダンテは乗り、対面で向かい合う。

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