第523話 ある気配の子供

「なんでこんなところに子供が…………」


 掴んだ手は日を浴びていないからか真っ白で不健康そのもの。そして食う物にも困っているのか痩せこけているようにも見える。そして青紫色の無造作に伸びた髪から覗ける顔は紛れもなく人のそれだった。また、ぱっと見るにおそらくは生後数年ほどしかたっていないように見える。


(まさか、こんな場所に母親がいるわけがないし、何より幼児と言える年齢であの動きが可能なのか?)


 なぜこのような存在がここにいるのか、疑問が頭を埋め尽くす。


「っ~~、うぅ~~、あーーーーー!!」

「っと、暴れるな」


 腕を掴まれていることに耐え切れなくなったのか、じたばたと暴れる。


「ほら、大人しくしろ」

「っっ、ああーーーー!!、いぃーーーーーー!!」


 脇に手を入れて持ち上げてやると、今度は先ほどよりもさらに激しく暴れ出す。


「何もする気はないから、大人しくなれ」


 仕方ないので、目の前の毛玉を子供を持つように抱える。そして暴れる中、頭から背中を沿う様に撫でて落ち着かせる。


「うーーー!!うぅーーー!!ぅぅ~~~」

「そうだ、敵意はないからひとまず落ち着け」


 ひとまず暴れるのが収まってくると、先ほどの岩場に座り込み、ゆっくりとあやす。


「…………」


 そして完全に暴れなくなると、毛玉はこちらを見上げてくる。


「言葉は……わかっていたら、最初から話しているよな……」

『じゃな、この年齢なら、まず念話を使っても理解すること自体が難しいだろうしな』


【念話】はイメージを伝達することが出来る。だがイメージを送り付けたところで、そのイメージが何かがわからなければやる意味がない。それこそ知識が少ない幼子に【念話】をしてもほとんど効果はないと言える。


「……あぅ」

「ん?」

「あぅ!!」


 イピリアと会話していると腕の中にいる毛玉が動き、ミノタウロスを指差した。


「……食いたいのか?」

 ぐぅ~~~


 こちらの言葉に返答する様に毛玉の腹が鳴った。


「……あれは食うな。食うならこっちにしておけ」


『亜空庫』を開いて、そこから一つのサンドイッチを取り出す。


「???」


 だが、それを渡しても毛玉は困惑している。


「これは食い物だ」


 食えるものと証明すべく、サンドイッチをちぎり、それを自分の口に入れる。すると毛玉も恐る恐るサンドイッチを口に入れ始めた。


「っ!?はぐはぐ――」


 それから、サンドイッチはすごい速度で毛玉の口の中に消えていった。


「……ん」

「なんでまだほしいのか」


 毛玉がまだ、ミノタウロスの遺骸に視線を送るので、追加でサンドイッチを出してやる。


「……しかし、何も着ていないと思ったが……」


 目の前にいるミノタウロス同様に何も着ていないと思ったが、毛をかき分けてみればそこにはボロが存在していた。


(誰かが、着せたってことだよな?)


 襤褸ぼろは元々、服らしいのだが、何やら子供に合う様にいくらか細工されていた。さすがに目の前にいる毛玉にその細工が出来るとは思えないため、誰かが手を加えたとしか考えられなかった。


『ん?バアル、そろそろ、いいのではないか?』


 イピリアの言葉で魔力を放出してみると、先ほどの粘っこさはなく、スムーズに動いていた。


「確かに、さて」


 俺は抱えている毛玉を下ろして、再び飛翔石を取り出すと、魔力を流す準備を始める。


「戻るとする――」

「んーー!!」


 グッグッ


 魔力を流そうとすると、ズボンが何度も引っ張られる。


「まだ、ほしいのか?」


 食い物をねだっていると判断して、再びサンドイッチを取り出すのだが。


「んんーー!!」

「付いて来いと?」


 サンドイッチを差し出すが、その手を押しのけて、再びズボンを引っ張り始める。


「どう思う?」

『少しぐらいの寄り道は良いのではないか?何より軽くなって持ち運ばれるよりましじゃろう』


 イピリアは付いていってみるのも一興だと言う。そして仮に引っつかれたまま、飛翔石を使ったとしても、風船のようにどこかに引っ張られて終わりだと言う。


「うぅ~~」


 そして動かない事に毛玉は目尻に涙を浮かべ始める。


『ほれ、幼子がここまで懇願しているんじゃ、付いていってやるべきじゃろう』

「はぁ、仕方がない。上がどうなっているかも不明だからな」


 どちらにせよ、上もごたついているだろうと判断し、この場にメモだけ残して、毛玉の後い付いて行く。
















「ん~~」

「わかったから、そう引っ張るな」


 毛玉に引っ張られて鍾乳洞を進み続ける。また進み続けるにあたって、目印のために壁やら石筍せきじゅん、鍾乳石に目印を付けていた。


「ん!」


 そして歩いて数分もしないうちに毛玉は鍾乳洞のある亀裂を示す。


「……イピリア」

『はいはい、通っても問題ないか、見てくればいいんじゃろ?』


 亀裂は人一人が横に向きになってギリギリ通れるほどの幅しかないため、先にイピリアに様子を見てきてもらう。


「……??」

「少し待て」


 進まないこちらを不思議そうに見上げる毛玉を撫でながら、イピリアが戻ってくるまで待つ。


『戻ったぞ、通路は細いが、その先にいい感じの空間になっておる。ま、ありていに言って隠れ家じゃな』

「そうか、じゃあ行くか」

「ん!!」


 毛玉は慣れたように先に進んでいくと、俺もその後を追って亀裂に入っていく。














「確かに隠れ家だな」


 細い亀裂を通り過ぎると、その先は程よい開けた空間につながっており、傍にはほんの少しだけだが、水の通り道が存在していた。


「それに……」


 そしてその部屋の端に置かれているある物を見る。


「……なるほど、ここで産んだのか」


 それは白骨化した、死体だった。周囲には生前に身につけていたらしき物が霧散しており、そこから採掘に必要な物がいくらか転がっていた。


「ん、ん~~」


 そして毛玉はその空間で寝床と思われる布が集められた空間、おそらく寝床の様な場所に横になり、伸びをする。


(見た感じ、ドワーフの死骸だな。さすがにこの背丈の人族が子供を埋めるとは思えない)


 遺骨から見て、身長はドワーフの成人程度、そして人族ではやや幼すぎるため、この遺骨がドワーフだと判断できる。


(少し荒らさせてもらうぞ)


 そして骨の周囲に霧散しているベルトや、ボロボロになったピッケル、ヘルメット、輝石を利用したライトなどを確認していき。最後には上着の中から一つの手記を見つけた。


 そこに書いてあったのは―――














「また……凄惨な……最後だな」


 手記の内容に後味の悪さを感じながら、遺品と遺骨をまとめて、取り出した布にくるみ『亜空庫』に収納する。


 グッグッ

「あ~~」


 収納を終えると毛玉が、服を引っ張り口を開けている。


「……腹が減ったのか、イオシス・・・・

「!?」


 手記にあった娘の名前を呼びながら、頭を撫でると、イオシスは驚きの表情を浮かべた。


「よく頑張ったな」

「あ、う、あ~~!!」


 こちらが何を言っているのか理解していないはずなのに、イオシスはぽつぽつと涙を流しながら、抱き着いてくる。そしてしばらくあやしていると少しずつ泣き声が収まっていく。


「それじゃあ元の場所に戻るぞ」

「ん」


 泣きんだことで一度サンドイッチを渡して、食べ終わったのを見計らってから移動を始める。





















 それからの移動はスムーズに行われる、母親の遺体と遺品を回収したことにイオシスは何も言わずに見上げるだけで特に抵抗もしない。そして持っていくべきものを回収し終えると、再び亀裂から鍾乳洞に戻るのだが、これにイオシスは何も言わずについてくる。それどころか、足元から離れず、時々抱っこをせがむようにもなっていた。


 その後、目印をたどり、落ちてきた場所まで戻るのだが――


『バアル、何かいるぞ』

「ああ、見えている」


 ジャック・オー・ランタンの火に通路が照らされているのだが、視線の先に何やらうごめく影がいくつも存在していた。そしてその場所はミノタウロスの死骸がある場所で、その首位を囲っているのは同じミノタウロス・・・・・・だった。


「シーーー!」


 !?、モォオオオオオオ!!!×4


 イオシスが威嚇したことで、ミノタウロスがこちらに気付いた。


「イピリア」

『はいはい、『雷鳴』!!』


 イオシスを抱き上げているため、動きにくいのでここはイピリアに頼む。


 *****ーーー!


 イピリアの声が鳴り響くと、四体のミノタウロスを包む様にプラズマが生み出される。


「死んでいないが?」


 プラズマに包まれるが、ミノタウロスたちはもがき苦しむ。


『これから上るんじゃろう?何かあったときに魔力が無ければ大変じゃぞ?それに……』


 イピリアの視線がイオシスに向く。


『できるだけこの子の前・・・・・で殺さないほうがよかろう?』

「……そうだな」


 しばらくすると、プラズマが消えて、肌が焦げているミノタウロスが重い足音を立てて逃げていく。


「さて、じゃあ、上るとするか」


『亜空庫』から飛翔石を取り出すと、その後イオシスを抱き上げる。


『重くないのか?』

「幼児だ、むしろ軽いくらいだ」

「ん~~」


 俺たちの会話を尻目にイオシスは抱き上げられたことがうれしいのか胸に顔を埋めてくる。


「それと」


 リンリン


 ベルを取り出していつものようにジャックを呼び出す。


「これから、穴を上る。もし何かの拍子に火が消えたら補充しろ」

 コクン


 現れたジャックはこちらの言葉に頷く。ちなみにイオシスは突然現れたジャックを見て、服を掴む力が強まった。


「準備は整った…………ほっ」


 飛翔石に魔力を込めて、体が軽くなる感覚を味わうと、その場で穴を上る様に跳躍する。


(これなら十分だな)


 俺の体重は飛翔石に寄り、ほとんど存在していない。そして存在している重さはイオシスの体重のみとなるため、通常の体重の十分の一ほどになる。そしてそれぐらいにまでなると、月の重力よりも軽いため、異常なほど飛び上がることが可能だった。


 タットッ


 当然、一足飛びで上にたどりは着けない。だが、穴であるため、何度も壁を蹴って上がっていくことは十分に可能だった。


 そして数十回目の飛び上がりで、ようやく天井が見えてくるのだった。

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