第522話 ある気配の毛玉

 ―――ガラッ、ガラ




 何が崩れる音と、同時に体に襲う痛みを感じて意識が目覚める。


「っっっ、!?」


 目を開けると、そこは、青く薄く輝く鍾乳洞が見えた。光源は鍾乳洞の下に水路が存在していて、その中に青色系の輝石が存在していた。それが鍾乳洞に反射して全体的に青く光っている。


「……ふぅ~体に異常は……ないな」


 いくらか被っている瓦礫を払いながら立ち上がる。


「何が、起きた……」

『覚えとらんのか?』

「怨霊を倒して、足元が崩れるような感覚がして、それから…………」


 イピリアの声に応えるようにして、ゆっくりと思い出していく。


『簡単言えば、大地の亀裂にお主が落ちたわけじゃよ、ほれ上を見ろ』


 イピリアの言葉で上を見上げると、大きく亀裂が入っており、先が見えない穴の様になっていた。


「よく無事だったな……」


 そして同時に思い出す。


『何を言っておる?お主は落下途中に『真龍化』を発動したじゃろう?』

「そうだったな。それとバベルで壁を削って速度を落としたな」


 脳裏にその時の光景が浮かび上がる。


 真っ暗な中、浮遊感を感じると、本能なのか『真龍化』を発動する。それは衝撃に耐えるという意味もあったが、それ以上に時々起こる放電に寄り、微かにでも光源を確保するためだった。


 そして一瞬でも見えるように成ればバベルを突き立てて壁にぶら下がろうとしていた。だが、思いのほか落下する速度が速かったのか、バベルは刺さったはいいもののすぐに周辺もろとも崩れて一緒に落下してしまう。


 だが、同時に速度は落とすことが出来たので、何度もバベルを振るい、速度を落としてから、途中でぶら下がろうとするのだが、思いのほか早く地面に着くことになってしまった。


「それで落下の際の衝撃で少しだけ前後の記憶が飛んでいたってところか……俺はどれくらい、寝ていた?」

『正直一分もないぞ、落下を含めて一分少し過ぎではないか?』


 ということで落下してから、数分も経っていないらしい。


「とりあえず、しっかりとした、光源を出すか」


『亜空庫』を開くとそこから“コール・オブ・ジャック”というベル型の魔具を取り出す。


 リンリン


 久しぶりにベルを鳴らすと、背後にかぼちゃの被り物をした幽霊が現れる。


「久しぶりだな」

 コクン

「早速だが、灯りを頼む」

 コクン


 こちらの言葉を聞くと、ランタンを数度振り、火を漂わせて、周囲が明るくなる。


「またあとで呼ぶかもしれないが、その時はよろしく」

 コクン


 周囲に火が浮かび上がり、十分な光源を確保すると、ジャック・オー・ランタンは煙の様に消えていった。


『道具に宿る精霊、いや封じられ活用されている悪霊か』


 イピリアはいなくなったジャック・オー・ランタンを見ながら何やら感心している。


「さて、十分、光源が確保できるなら、戻る・・か」

『ん?そう簡単に戻れるのか?』

「ああ、難しくはない」


 魔具を『亜空庫』にしまうと、もう一つ亜空庫を発動して、そこから深い緑の結晶を取り出す。


『ん?それは』

「ああ、飛翔石の原石だ」


 魔力を込めれば簡単に身を浮かせることが出来るようになる魔晶の一種。


「これを使えば簡単に、上ることが出来るだろう?」

『そうじゃな、ただ、それは―――』


 イピリアが何かを言う前に魔力を使用しようとするのだが。


「ん?」


 体に何となく違和感を感じる。


(魔力が、重い?いや粘つくと言った方がいいのか?)


 魔力を掌から飛翔石に移そうとするが、うまく移らない。


「どうなっている?」

『ああ、それは呪いのせいじゃな』


 イピリアの言葉にすぐさまそちらに視線を向ける。


「どういうことだ?」

『う~ん、この状態の説明は難しいのぅ。簡単に言えばあの怨霊の最後の魔力がバアルの魔力と混ざっておる』

「というと?」

『一言で言えばその魔力のせいで、バアルの魔力が粘っこい糊の様になっておる』


 それから、イピリアの説明でどうやら俺の魔力は外に出しにくく、外から内に取り込みにくい状態になっているらしい。


「だからこの違和感か……治るのか?」

『ああ、汗みたくいずれは排出されるからのぅ。そうじゃな、せいぜい一時間と言った感じじゃな』


 イメージとしては体の中に入った毒物が汗の様に排出されていくようなものらしい。


「それは、また、何とも困る時間だな」


 一時間となると、待つこともできるが動くこともできる微妙な時間だった。


『しばらく景色でも楽しんだらどうじゃ?幸いここ風景は美しいぞ?』


 イピリアは、近くにある鍾乳洞の窪みに腰かけて、まるで椅子に座りワイングラスでも持っている風の姿勢で目を細める。


「それもそ……う言ってられないみたいだな」


 イピリアに倣って楽な体勢で時間が経つのを待とうとすると、とある気配が接近してきているのが、感じられた。




 ――トトッ―――タッタッ――――


 ―――ドドッ―――ダッダッダッ――




 気配がする方を見てみると、そちらの方角から軽快な足音とその後に重い足音が聞こえてくる。


(戦闘になりそうなら、もう少し明るくしておいた方がいいか)


『亜空庫』から先ほどのしまったばかりのベルを取り出す。


 シュ――


 そして素早い動きでこちらにやってくる影を確認する。


(なんだ、アレは?毛玉、か?)


 鍾乳洞の鍾乳石や石筍を通り抜けてこちらに者の正体を確認するが、それは鍾乳洞の池から青い光が繁栄しているのか、青紫色の毛玉だった。それもかなり小さく、人の幼児ぐらいの大きさほどしかなかった。


「……こっちに来ているな、仕方ない」


 リンリン


 真っ直ぐにこちらに向かってきているため、戦闘は避けられないと考えて、ベルを鳴らす。


「火を二倍に、そして消されたらその分を補充しろ」

 コクン


 背後に現れただろうジャック・オー・ランタンにそう指示を出すと、こちらに近づいてくる影を見詰める。


 ヒュン――


「ん?」


 だが、こちらにまっすぐと迫っていた毛玉はほんの少し前まで近づくと、そこから半円を描くようにこちらを回避しながら通り過ぎていった。


「敵意はない…………となると擦り付けられたか」


 毛玉がさらに遠くに離れていくと、今度は毛玉を追っていた、重い足音の正体を確かめる。


 モオォォーーーーー!!!


 あちらもこちらを見つけると、咆哮を上げて近づいてくる。


「ミノタウロスの一種か」


 現れたのは青紫色の肌を持つ、首下が大柄な男性で、首上が牛の頭のミノタウロスだった。そしてさきほどの毛玉と違い、背は3メートルほどあって鍾乳石や石筍を壊しながら進んできた。


「よく、こんな鍾乳洞で大きな体になったな。以外に食い物はあるのか?」

『気にするところはそこかい……』


 モオォォーーーーー!!!


 こちらの様子が侮っていると感じたのか、目の前のミノタウロスは手ごろな鍾乳石を掴み、棍棒の様にしてから振り下ろしてきた。


『飛雷身』『怒リノ鉄槌』


 だが、こちらは頭部のすぐ横に『飛雷身』で飛ぶと、バベルを取り出して、そのまま頭を吹き飛ばす。


「あまり強くなかったな」

 ズゥン


 一連の動きでミノタウロスは簡単に崩れ落ちると、その後に地面に着地する。


「イピリア」

『大丈夫じゃ、周囲にいる気配はないぞ』

「ならいいが」


 死体となったミノタウロスを見下ろしながら、警戒を続ける。だがしばらくしても問題ないことから、落ちてきた場所に戻り、手ごろな岩に腰を掛ける。


 そのまましばらく自分の魔力の動きを確認しているが、まだまだ元に戻る様子はなかった。


「……頭部が無くなればただの人か?」

『いや、見てみぃ、尻尾があるじゃろう』

「本当だな」


 そして時間つぶしのため、ミノタウロスの死体を見ながら、イピリアとなんて事のない話題を出す。


「しかしモロ出しなのは、気持ちが悪いな」

『いや、お主は家畜に服を着せるのか?野にいる獣に局部を隠せとでもいうのか』

「冗談だから、気にするな―――??」


 何てことの無い話題を抱いていると、再び、あの気配を感じる。


 カサッ、カササッ


 気配はこちらを遠巻きに見ながら徐々に近づいて来ていた。


(敵対……そういう様子ではないか)


 遠巻きに見ながら徐々に近づいてくる。まるで小動物の様な動き方だった。


「どうすればいいと思う?」

『知らん、お主の好きにすればいい。別に取って食うわけではないだろう?』

「それもそうだな」


 そのまま遠巻きに近づいてくる気配を気にしながらも無視を決め込む。


 しばらくすると視界の隅に青紫色の毛玉が消えたり現れたりする。そのまま気にせずにいると、あちらは無害と感じたのか、今度は岩陰に隠れながらではなく、見えるところに姿を現した。


 サササッ――


 毛玉は死骸となったミノタウロスの死骸に乗ると、少しばかりウロチョロする。


(何をしてる?)


 ビクッ、ヒュ――


 ほんの少しばかり近づくと毛玉は一目散に逃げていった。


「どれ………………ああ」


 ミノタウロスの死骸に近づくと、先ほど毛玉がいた部分の表面に何やら小さな噛み跡が残っていた。


(皮膚を噛み切れなかったのか……なら)


 バベルを取り出して、ミノタウロスの表面に深い切り傷を作り出す。


「これで良いだろう」

『意外じゃな、小動物に庇護欲でも湧いたか?』

「暇つぶしには丁度良いだろう?」


 イピリアの言葉を否定する気はない。実際その部分もないこともないからだ。


「損にもならないなら、これぐらいのことは普通にやるぞ?」

『まぁ、いいが、おっ来おったな』


 ミノタウロスを傷つけて、先ほどの位置に戻ると、毛玉が再び岩陰から覗いていた。そしてこちらが何も反応しないのを確認すると、再び、ミノタウロスの上に乗り、傷口に近づいていく。


 クチャクチャ――


 しばらくすると何やら肉を食む音が聞こえてきた。


(なるほど、おこぼれに預かることで生き延びて――)


 小動物なりの生き方を見ていると、毛玉の中から出てきたモノ・・を見て、全身の血の気が引く。


『飛雷身』


 バチッ


「!?」


 飛雷身ですぐさま毛玉の横に飛ぶと、でてきた物を掴む。


「これは……」

「あーーー、あーーー!!!」


 そして掴まれたからか毛玉は驚き、暴れる。そして青紫の毛が揺れ動くと、その中から子供の顔・・・・が見えていた。そう掴んだのは子供の腕・・・・だった

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