第517話 伸びるだけの危険

 ユリアとの会話が終われば、丁度日も落ちたことで夕食となるのだが。


「思ったよりも、普通ね」


 宿泊所の食堂で食事をしていると、クラリスが出てきた料理を見てそう告げる。そこには普通のパンにサラダ、軽い肉料理が並べられていた。


「宿泊は食事込みだ。それなりには備蓄がしてあった」


 クラリスにそう答えると同時にティタへと視線を向ける。


 コク


 ティタは視線に気づくと、その意味を理解して頷く。


「バアル様?」

「いや、何でもない」


 リンの言葉に食事の手を進める。


「う~~ん?」

「どうしたレオネ?」


 食事しながら不思議そうな顔をしているレオネに問いかける。


「いや、もっとひどいと思っていたからさ~」

「お望みなら、そうしてやるが?」

「バアルも冗談酷いよね~~……だよね?」


 レオネが耳を畳みながら懇願する様に問いかけてくるのを見て、苦笑しながら食事を勧める。


「まぁ今のうちに楽しんでおけ」

「おいおい、それはどういうことだ?」


 こちらの言葉に不信感を抱いたアシラが問いかけてくる。


「今ある食料は宿泊所の中にあるあまり保存が効かない類だ。当然早めに食べてしまうに限る。だが――」

「それが無くなれば保存食に移り変わるだろうな」


 マシラが引き継いだ答えにレオネとアシラ、そしてテンゴが固まる。


「まぁ、現状なら10日ほどはまともな食事が食えるだろうから、気にするな」

「なら、安心ですね。猶予を取っても五日を考えていますので」


 ユリアの言葉で全員がほっとした雰囲気を見せる。


(そうだな、今のうちに食事を楽しんでおけばいい)


 それから時間が進み楽しみながら食事を終えるのだった。
















 食事が終わると、完全に日が落ちる。そして自室から月が見上げられる時刻になった。


「確認だが、指示通りにしたか?」


 そして主な護衛を全員が集まっているのを確認してから問いかける。


「……ああ」


 問いかけられたティタから肯定の返事が返ってくる。


「あの、バアル様何をなされたのですか?」


 自室にいるリンが不思議がっていた。彼女は今日一日この宿泊所を護衛させていたため、詳細を知らない。


「簡単なことだ。食糧庫の中に毒物が紛れ込んでいないか確認させただけだ」


 ティタの能力は毒とそしてそれに対する薬を作り出す事。だがその過程において毒の検知が可能だった。


(まぁ、そのために一度口を付けさせる必要はあったが、この際は仕方がない)


 ティタは自ら口に居れた毒を知り、自身で解毒する。そして自ら体験した毒の仕組みを知ってその毒が作れるようになる。もちろん解毒剤も。そしてエナから聞いた話だと致死毒すら体内に入れても無事で済んだという。


(毒殺、そして解毒には最適な人材だな)


 正直、彼ほど都合のいい人材は知らない。


「なるほど」

「そして同時に毒を盛った・・・・・

「「ぶっ!?」」


 そして次に放った言葉で室内にいたヴァンとセレナが噴き出す。


「……何のために?」


 さすがにこれは予想外だったのか少しの沈黙の後にリンが声を上げる。


「理由は簡単だ。利用されない・・・・・・ためだ」

「……??」


 こちらの言葉にこの場にいるリン、ノエル、セレナ、ヴァンは首を傾げて、エナ、ティタ、オーギュスト、ダンテは納得の表情を浮かべる。


「あの、私たちは大丈夫なのですか?」

「ああ、俺たちの口に入る前に解毒してある」

「「ほっ」」


 ノエルとヴァンが安堵の息を付くがさすがに味方に毒を盛る趣味はない。


「それで、なぜ、毒を盛ったのですか?」

「???、答えたが?」

「え、本当に利用させないためだけに」

「ああ」


 リンはそれに何の意味があるのかという風に目を白黒とさせていたが、これも意味があった。


「事態が始まれば意味が分かるようになる」

「そうですか……それで私たちを集めた理由は何でしょうか?」

「いや、少しだけ不穏な話が入ってきたから共有しておこうと思ってな。それと……ルナはいるか?」


 俺はリンに視線を向けて問いかける。


「……いますよ」

「はいはいはい、今出ていきますよ」


 リンの声と共に、一つの影が部屋の中に入り込んでくる。


「よっと、お久しぶりです。バアル様」


 窓から入ってきたのは黒を基調とした動きやすい服装のルナだった。


「それと……先ほどはどうもダンテ・・・さん」


 ルナが俺の次に視線を向けたのはダンテだった。


「なんだ、接触していたのか」

「ええ、こっそりと皆さんを護衛している時に急に目の前に現れて、『バアルの味方か?』なんて問われれば」


 ルナの非難するような視線にダンテは肩を竦める。


「仕方がない、私には飼っているネズミなのか野良ネズミなのかは区別がつかないからね」

「危害は?」

「加えていないさ。多少調べた程度で何もしてないよ」

「……」


 ダンテがそういうとルナは非難するような視線を強める。


「なら言うが、こいつらは味方ということを知っておいてくれ、必要ならルナに人員を顔合わせしてもらえ」

「え!?」

「了解しましたよ、マスター」


 こちらの言葉にダンテは了承し、ルナは驚く。


「ルナ、言っておくが下手をすれば総がかりでもダンテは倒せない。そんな相手に味方じゃないと示して、あとでどうなっても俺は責任を取らないぞ?」

「……わかりました。ですが面識ではなくほかの方法で判別できませんか」

「わかった」

「それは二人の間でやってくれ。それよりも話を戻すぞ」


 二人の符号のやり取りはそっちでやってもらう。


「それよりもドワーフたちに非常事態が起きた」

「それは?」

「噴火により、避難する連中が遅れている」


 そういうとルナが険しい顔になる。


「期間は?」

「三日と聞いているが」

「当然伸びてもおかしくないのよね」


 ルナは面倒だとばかりに天井を見上げる。


「それが、何か問題が?」


 俺とルナを会話を聞いても大半がよくわかっていない様子だった。


「一言で言えば、今回の件でより危険度が増した。そのため、その分警戒度を上げろと言うことだ」


 そういうと何が何だかわかっていない者も含めて、全員が頷く。


「いいか、今回のことで本当に危険な部分が出てきた。リン、ノエル、セレナ、ヴァン、エナは来賓と宿泊所を本気で守れ。そしてティタはそれに加えて、毒の対策、ルナは暗部の力で監視されていないかの確認、可能なら毒の探知、不審人物の警戒、それと周辺の調査も―――」

「私だけ多すぎません!?」

「それとオーギュストは引き続き、俺の護衛を。そしてダンテだが―――」

「御眼鏡に叶う様に動くさ」

「期待している」


 全員に指標を出すと、それぞれを見渡し告げる。


「では、それぞれしっかりと従事せよ」


 この部屋にしっかりと応える声が聞こえてくるのだった。


















「おう、迎えに来たぞい」


 護衛の気を引き締め直した翌日、朝食を終えると宿泊所にドイトリがやってきた。


「さて、今日は工房の案内じゃが、護衛はその数でよいのか?」


 ドイトリの視線が俺の後ろに向く。そこにはオーギュストとエナとティタ、そして五人の騎士の姿があった。


 そしてユリアの方だが、騎士はロドア含めて三人の騎士だけだった。


「まぁ、信頼・・していると受け取っておこう」


 ドイトリの言葉に苦笑する。


「では、行くとしよう」


 ドイトリの案内でドミニアの市街地を進んでいく。そして行先は、昨日の山の中腹、工業区画に足を運ぶ。









「どうじゃ、ここが儂らの工房じゃ」


 工房の施設に着くと、ドイトリは自慢する様に施設を指し示す。


「??普通の工房にしか見えないが?」


 訪れたのは昨日のドゴエスの場所よりもより山の中腹に近い場所で、周囲よりも一回り大きい施設だった。


 それこそ周囲の二回り三回りほど大きいが、それだけで何も特徴がある様に見えなかった。


「それに工房という割に煙突・・がないが」


 周囲を見渡すと、火を使うとで出るはずの排煙の場所が見当たらなかった。


「ん?ああ、それは入ってみればわかるぞ」

「……それもそうだな」


 そして施設に入るのだが。


「本当に工房か?」


 施設に入るとその大きさに見合うだけの広さがあるスペースにたどり着くのだが、そこにはトロッコやレールと言った運搬するための物しかなかった。


「工房と倉庫を間違えたか?」


 それと同時に万が一のことを考えてすぐさま戦闘を取れる用意をする。


「そう早まるでない。ほれ、入り口・・・が見えるじゃろう?」


 ドイトリが指し示すのは道具がさらに置いてある奥で、そこには何から大きな穴がある。そして穴には幅広い坂道があり、そこに何本ものレールと歩いて通るための歩道が用意されていた。そして横壁や天井にはあったかいオレンジ色の輝石の一種がはめ込まれていた。


「工房とやらは地下にあるのか?」

「その通りじゃ」

「じゃあ、表にあるの建物はなんだ?」

「あれらにも使い道がある。細工や加工するのに使えるならあちらを使うからの、だが大規模な溶解炉・・・はあちらには無いからのぉ」


 そしてドイトリはこちらが言葉に出す前にそのまま下に降りて行ってしまった。


「おや、怖いのですか?」

「……暢気なものだな」


 ドイトリの後をユリアはなんの恐れることもなく進み始める。そして俺も続くように坂道を下っていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る