第516話 三日の理由

「…………さて、これで腹を割って話せるな」


 ユリアとジアルドが退室していくとドイトリは深く息をつく。


「さぁて、ドイトリから聞いているが、俺達の本当の目的・・・・・に気付いているんだよなぁ?」

「ドイトリとカーシィムから正解だと聞いている。それから変わったという話でなければ、な」

「安心しろ、最初から俺達の目的は一つだぜぇ」


 こちらの答えにドゴエスは凶悪に笑う。


「相変わらず怖い顔じゃ」

「うるせぇ」


 もはや鉄板ネタと言えるぐらい、ジアルドもドイトリもドゴエスの悪人面をいじっていた。


「身内でのじゃれ合いは後にしてくれ、それでなんで三日後まで伸ばして・・・・いる?」


 こちらの言葉に二人はピタリと止まる。


「何も行動を移さなければ、その分中に入り込まれる可能性がある。ドイトリにはも伝えたが、それでも行動に移さない理由はなんだ?」

「……まだ、到着していない者がいる」


 ドイトリは言い難そうに告げる。


「そこまで重要な者なのか?」

「ああ」

「誰だ?」

「「…………」」

「言えないのか?」


 剣呑とした雰囲気が張り詰める中、ドゴエスとドイトリは視線で会話を行う。


「ドイトリ、言いたくはないが、俺はある程度協力の姿勢を見せている。それでも不安の種を隠すようなら……わかるな?」

「ああ、だが……」

「ふぅ~~なら、話すが、絶対に待ってほしい」

「それでこちらが不利益を被ったらどう責任を取る?この三日で、事が起こせないほどの実力者が来てしまえば――」

「責任はすべてこのドゴエスが取ると約束しよう、それでどうだ?」


 こちらの言葉に、ドゴエスが被せるように伝える。


「バアル、儂からも頼む」


 そしてドイトリすらも頭を下げて懇願してきた。その様子に眉を顰める。


(…………お前らは重要だと判断しているが、俺には話せない、か。となると俺以外の取引相手か、それか――)

子供・・だ」


 こちらの考えを呼んだようにドゴエスが言葉を放った。


「……」

「まだこの都市に入っていないのは子供たちなのだ」


 ドゴエスの言葉に大きく息を吸い、その後吐き出す。


「それが失敗する確率を大きくしてまでも三日引き延ばす理由か?」

「その通りじゃ」

「……何人だ?」

「ざっと千人、親御を合わせれば二千に届く」


 ドイトリの言葉で眩暈がしそうになる。


「なぜ、事前に移送していない……事を起こすことが決まっているのなら、事前に移すのが普通だろう」


 正直に言えば、俺ならば切り捨てる。千人は痛いが、それでも行うことの成功の可否に関わるなら切り捨てるべきだった。


「それが、本来は終わっているはずじゃった。だが、数日前にとある地区の火山が噴火して道が使えなくなったのじゃ」

「さらに魔物も出てくるは道が使えなくなるわでな。今、ドミニアの戦士団をいくらかを派遣していて、救助して連れてくるはずだ」


 なにも、ドワーフ全員がこの都市に住んでいるわけではない。近くには様々な集落があり、そこで生活している人たちがいる。そして今回はそういった人たちが遅れているという。


「……言いたくはないが、それならば仕方ないと切り捨てないのか?」

「無理だ。その場所はドワーフの子供達の育ての場だ」


 そこから詳しくいくと、避難が遅れた場所はドワーフの子供の育成所と言える場所らしい。なぜそのような場所があるのかというと、このドミニアではほとんどの食糧がほかの場所からの輸入に頼り切っている。そしてそれはもし大飢饉となった際に一番に影響を受ける場所と言えた。そしてその場合は当然都市にいる者は飢餓に苦しむことになる。だがその時に子供を飢えさせないようにと多少でも作物が取れ、安全で、外からの輸入がしやすい場所に子供たちを置いているという。


 そして聞けばここにいる大人たちの多くがそこに子供を持っているという。


 それはつまり―――――


「…………戦士は何人送った?」

「ざっと3000」


 思考を切り替えて、現状を確認しようとすると今度は眩暈どころか頭痛がしてきた。


「お前ら、本当は相当に馬鹿だろう」

「「あっ?」」

「この局面で切り捨てる選択肢を取るどころか、戦力の一部を割いて救助しに行ってしまったとは…………」


 何度も眉を揉み解すことでようやく痛みが治まった気がする。


「……ふぅ、了解した」


 その二千人を収容しないことで起きることとこの三日で起こることを天秤に掛ければ正直どちらにも傾かない。それを考えて、判断はあちらに任せることにした。


「ただ、一つだけ言っておく。俺は俺のために動く。もし今回のことで俺に害が及びそうならば、お前たちを切り捨ててでも回避させてもらう」

「それでいい。もしダメなら神様とやらがそれを望んでいなかったことだろうよ」


 ドゴエスはそういうと天井を見上げる。


「さて三日伸びた経緯は了解した。それで、他に話はあるか?」

「ほかに……何かあったか?」


 ドゴエスがこちらの言葉を聞くと、ドイトリの方に顔を向ける。


「本来はジアルドを呼び戻すのがいいのじゃが、そういうわけにはいかんじゃろうな……」


 どうやら事務的な話はジアルドの方が専門的らしい。


「なら、今後についてだが――」


 コンコンコン


 話を続けようとすると、扉がノックされる。


「親方、あと少しでジアルドとあのユリア嬢が戻ってきやすぜ」

「おぅ、了解だ」

「それじゃあ」


 言葉が交わし終えると向こうから去っていく足音が聞こえてくる。


「存外早かったな」

「それもそうだな、とりあえず軽く、話を合わせておこう」


 その後は、ユリアが帰ってくるまでに、表向きは飛空艇が使えないことを説明してどんな合金技術が欲しいかを話し合う。


 そしてユリアが部屋に入ってくれば、何を話したか軽く説明して、明日からどうやって動くか雑談交じりの会話を行うこととなった。


















「有益なお話し合いはできましたか?」


 ドゴエスやジアルドとの会合を終えると、丁度日が落ちる頃だったので、俺達は宿泊所に戻っていた。そして確認のためにユリアがこちらの部屋を訪ねてきた。


「有益とは?」

「……いえ、言いたくないのであれば、私からは何も言いません。それよりも飛空艇についてはどこまで漏らしましたか?」


 ユリアはいたずら顔でそう聞いてくる。


「何も。ドゴエス達にも説明したが、機竜騎士団は発足して間もない。そんなすぐさまどこかに飛ばしてほしいと言うことはできない」

「そうですよね。国内で碌に動かしていない状態で他国へと向けてしまえば、国内からの反発は必至ですし」


 ユリアはそう告げると、テーブルに置いてあるカップに口を付ける。


「それよりも、聞きましたよ。部下には厳しめに館内をチェックさせていると」

「ああ、さすがに重要な来賓がいて警備を強めないわけにはいかないからな」

「それは、部下に食糧庫・・・を点検させてまでですか?」


 ユリアはカップを置くと、真剣な眼差しで、こちらを見詰める。


「当然だろう。この都市はもとから食料が少ない。ある程度備蓄されていると言っても、それは食べ放題にできるほどではない。もしそこを狙って毒でも盛られていたらどうする?」

「それは彼らの管理が信用できないと言っているようなものですよ?」

「万全を期すためには仕方がない。それに何より、色々と揉めてしまった部分もあるからな」


 脳裏にマーモス家のことを思い浮かべる。そしてユリアもこちらの言葉に合点がいく。


「ハルジャールでは毒殺してしまえば、色々と問題になりやすいだろう。だが、ドミニアにまで離れれば証拠を隠滅することも不可能ではないからな。それに」

「それに?」

「ここの食事がエルフや獣人に合うとは限らない。ハルジャールなら、すぐに治療できる環境だったが、ここではそうはいかないからな」


 念を入れてチェックさせたとユリアに告げる。


「そうですか……なら、料理をするのも部下任せにしたのも」

「ああ、毒を入れる隙を与えないためだ」

「やはり、少々やりすぎな気がしますが……」


 ユリアの言葉に肩を竦めて、止める気はないことを伝える。


(毒殺云々は理由のこじつけでもなく、本当にあり得る・・・・から厄介なんだよ)

「それで、明日の件ですが」


 毒殺の可能性を脳裏に浮かべているとユリアが話題を変える。


「誰を連れていくつもりですか?」

「明日はこちら側は変わらず俺だけで行くつもりだ」


 明日の予定はドワーフの工房案内となっており、その最中でどの冶金技術かを詳しく検討することになっている。一応は大雑把に条件を述べたが、そこから細かく条件をすり合わせを行うとなると、直接工房に出向いた方が早いと言うのでそうなった。


「そうですか、ではまた明日にお会いしましょう」

「ああ」


 こちらの同行者について聞き終えると、ユリアは退室していくのであった。

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