第512話 ドミニア到着

 分岐点に来ると、俺達は二手に分かれる。


 一つはグロウス王国へ向かう組。これにはイグニアとジェシカとその供回りとおよそ100程の護衛。そしてアルベールとカルス、護衛騎士50人、さらには孤児30名とヒエンとシイナ、オルド、シェンナ。結果として総勢200名弱となる。


 もう一つはネンラール国内を北上して、ドワーフたちの本拠地ともいえるドミニアへと向かう組。これにはユリアとその供回り50名。そして当然の様に俺とクラリス、レオネ、テンゴ、マシラ、アシラ、ロザミア、そして護衛であるリン、ノエル、エナ、ティタ、ヴァン、セレナ、オーギュスト、ダンテ、そしてその他50名の騎士達の総勢100名ほど。


 そして道程に関してだが、順調に行けば最短で七日、また馬を潰すよう走らせれば五日となっており、その頃にはアルベールたちはすでにハルアディアについていることになる。











(カーシィムの話が本当なら、ほぼ同じタイミングでアジニア皇国の前線に軍が到達する頃か…………少しばかり不安だが、いきなり総崩れするようなことは無いだろう)


 ハルジャールを出たその夜、道中にある大きめの町に泊まる。そして何の変哲もない宿で夜空を見上げながら、唯一の懸念点だけを考えていた。


「それにしても意外でした」

「何がだ?」


 護衛として、同室にいるリンがふと言葉を漏らす。


「いえ、ヴァンがこちらに同伴したことです」

「ああ、それか」


 リンの予想では、孤児30人の方に付きっきりになると思っていたらしい。そして俺もヴァンはそう希望するかと思っていた。だが――


「ヴァンは自ら言ってきたぞ、こっちに入れてくれと」


 本当は説き伏せようと思っていたが、その必要がなかった。


「???バアル様がそうしたのではなくてですか?」

「ああ」


 本来ヴァンの心情なら、孤児と共にいたいと思うのが当然だと思っていたのだが、なぜかヴァンは護衛として傍に居たいと言ってきた。


「理由に察しは付いてるのですか?」

「さぁな、よくわからん」


 ヴァンの一番の目的は孤児の安全のはず、つまり一番傍に居て守りたいはずだった。


「信用されたということでしょうか?」

「さぁな、だが、リンの言う通り信用され始めたならいい兆候だ」

「そうですか…………ですが、マーモス家が孤児を襲った場合はどうなりますか?人質に取られてしまえば」

「ありえない。それはリスクが高いだろうな」


 もしマーモス家が襲撃を計画するのなら、その行きつく先はヴァンの排除に繋がる。もし、ヴァンがイグニアの方に入っていたのなら、確かに襲撃の余地ありだ。なにせヴァン自身を消してしまえば、証人が消えてしまうため、マーモス家の悪事はヴァンの口からは浮かび上がらなくなる。だが、今回はイグニア側には30人の孤児しかいない。ここでリンの言う通り、孤児を攫い人質にできたとしても、問題はイグニアが傍に居ること。当然イグニアは誘拐何て真似は許さない、となれば確実に犯人を捜そうとするだろう。そうなってしまえばマーモス家は俺だけではなくイグニアまでも敵に回す可能性があるため、攫うにしても殺すにしても襲撃は裏目に出てしまう。それにもし、よしんば攫ったとしても、その結果は当然事実の公表であり、マーモス家が窮地に陥ることは明白だった。


 そしてもしありえそうなのが――


「こちら側に対する襲撃ですか」

「ああ、ただ、ハルジャールにいる間襲撃を仕掛けてこなかったため、少ないとは思うが……」


 それでも無いとは言わない。なにせあの時は『黒き陽』の襲撃で様々な警戒態勢が取られていた。その状況下で動くのは得策ではないからだ。


 だが、ハルジャールの外に出てしまえば話は別だ。ハルジャールの近郊ならともかく、それなりに離れた場所での襲撃となれば、マーモス家の関与を疑い難くなる。


「それでも、ヴァンがいたということで可能性は残るがな……けどそれもドワーフの領域に入るまでだろう」

「……そうですね」


 共に事態を把握している、リンもこちらの言葉に同意する。


 コンコンコン


「なんだ?」

「バアル様、お食事の用意が出来たそうです」

「わかった」


 扉の先から聞こえる声に応える。


「さて、ほかの奴らには十分に腹を満たせと伝えておいてくれ」

「はい」


 こちらの言葉を行くと、騎士が遠ざかる足音が聞こえてくる。


(ここから先は食料が手に入りにくいからな)


 たらふく食えるうちに食っておくべきと思いながら、食堂に向かう。


















 そして四日後、襲撃やトラブルもなく馬車は順調に進み。着実にドミニアに向かって進んでいた。


「うわぁ~~なにもない」


 四日目、馬車の窓から外を眺めているレオネが声を上げる。


 その声に釣られて、外を見ると地平の先まで荒野が続く場所に来ており、地面、岩、微かに生えている茶色い草のみしかなかった。


「予想以上だな」


 ネンラールの北部は乾燥地帯となっており、シルクロードのようなヤルダン地形が広がっている。


「でも、これだと、食べるのに一苦労だね」

「そうだな、なら、今日から食う量を制限するぞ」

「……え?」


 俺の言葉にレオネが振り返り、数度瞬きをする。


「冗談だよね~~、ね?」

「いや、本気だが?」


 しっかりと告げてやると、レオネは驚く。


「そこまで驚くことか?テンゴ、お前たちのところでも不作の時はわざと食う量を制限しているだろう?」

「まぁ、一応な」

「ということでレオネ、これからは肉は禁止だ」


 その後、レオネの悲鳴が馬車に轟きながらも馬車は進んでいくのだった。












 それから馬車は進み、五日目にはヤルダン地形から一変して悪地地形という峡谷の一種の様な地形に変化する。


 そして七日目である到着日、昼前にはドミニアに到着するのだが―――













「なんだ……この大地…………」

「「「「「…………」」」」」


 全員が全員、馬車の窓からドミニアの都市とその周辺を見て、呆然とする。


 ドミニアの町は山岳地帯の中にある台地の上に存在している。周囲が山岳に囲まれて、街の近くにはいくつもの火山らしき場所が見えている。また火山の影響か、町の地面が黒く、都市からやや離れれば悪地地形のためか、茶色から白の地肌しか見えなかった。


 そして都市は北側にある一番高い山の麓部分まで伸びており、何かしらの用途に使用されているのは見てとれた。


(ここまで植物がないのもまた珍しいな)


 ドミニアは地面の影響から黒色が強く、そしてそれらの素材を再利用しているからか、街壁や建物もやや黒い。ただ純粋な黒というよりかは、周囲の山々からうまく素材を工夫しているのか、やや灰色に近しい色に染まっている。


 そして特徴的なのはその堅牢さだった。


(周囲は山岳による天然の壁、そして高めの台地にあることから高低差が取れて、さらには鉱物が豊富なためか、防壁が分厚い、か)


 現在は緩やかな坂を上っている最中なので街中は見れないが、都市の防壁だけでもそうそう簡単に落ちないことが明白だった。


「すごいわね」

「クラリスの目から見てもそうなのか?」

「ええ、あの防壁全部から魔力が感じられる。おそらくだけど、私が知る最大の魔法を使ったとしても、ほとんど無傷で終わると思うわ」


 俺の目には何も見えないが、クラリスの目から見れば相当な代物だと言うことがわかるらしい。


「う~~ん~~~、草がない」


 テンゴ達と共に周囲を見渡していたレオネが何とも不思議そうな目で周囲を見渡す。


「水はあるのに、なんで?」

「いろいろとあるんだろうな」


 山岳や峡谷の合間に川が流れているため水源はそれなりに存在している。だがそれでも植物はあまりにも存在していなさ過ぎた。


(水源には困っていない。だが地質の影響で植物が育たないってところか)


 それからも周囲やドミニアを観察しながら、馬車は進んでいく。


(結局マーモス家は動かずか……さて、ドワーフたちはどう歓迎してくれるのやら)


 道中何もないことから飽いていたのか、ドワーフの歓待に少しだけワクワクするのだった。

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