第511話 ハルジャール出立
オーギュストとエナとの契約が終われば、ハルジャールで最後の晩餐を行う。ただ、晩餐に関しては特にこれと言って問題は起きず、身内同士の気軽な夕食となった。
晩餐が終われば、各々がハルジャール最後の夜を思い思いに過ごしていく。獣人達は夜の街並みを見に市街地を巡りに、そしてそれにアルベールとロザミアも同伴していった。もちろん、問題が起こらないように、護衛の騎士を付けた状態でだ。
そしてホテルから出て行く物もいればやってくる者もいる、それがヒエン・リョウマとそのお付きであるヒヅチ・シイナの二人組、そして同じく依頼したオルド・バーフールとそのパーティーの二人だった。ただ、残念ながら彼らは明日から仕事のため、ホテルの一室を与えて、すでに休んでもらっている。また、訪問者はもう一人おり、それはダンテを追ってきたシャンナだった。ちなみにシャンナがやってくるとダンテを無理やり連れて行ってハルジャールの夜に消えていったのだが、その時のダンテの半分うれしい半分困り顔はやや笑えた。
そして俺はというと――
「いい加減、機嫌を直してくれないか?」
「…………」
自室で、目の前にいる相手の機嫌を何とかなだめようとしていた。
「ふふ、バアル様でも苦手なことがあるのであるな」
「うるさいぞ、元凶が」
俺は後ろで苦笑しているオーギュストを睨む。
「まだ、あの契約に納得がいかないのか?」
「……そこじゃないわよ」
こちらが困り顔で聞くと、こちらを向いたクラリスが違うと言った。
「違う?なら、ほかに理由はあったか?」
脳裏で、契約の件を除けばクラリスが不機嫌になる理由に思い当たる部分はなかった。
「……明日の予定はどうなっているの?」
「ん?昼前にはハルジャールから離れる予定だが?」
「
クラリスのその言葉でどの部分に不満を持っているかが分かった。
「はぁ、理解してくれ。ドミニアには連れていくことはできない」
予定では俺と護衛達、そしてユリアと、ユリア側の護衛を連れて別々の行動を行う。そのことについて不満を持っているらしい。
「連れて行きなさい」
「あのな…………」
だがクラリスの言葉にほんの少しばかり考える。
(連れていくメリットもあるが、デメリットもある、か)
クラリスの言葉でメリットとデメリットを感じ始める。
「連れて行った方がいいぜ」
クラリスの言葉に思案していると自室の隅の椅子に座っているエナが声を上げる。
「……根拠、と言ってもお前には関係ないか」
「ああ、餓鬼共とお前の弟だけは帰した方がいいが、それ以外は連れて行った方がいいぞ」
「……はぁ、
「
こちらの言葉にエナは心底不思議そうに首を傾げる。
「はぁ、なら、護衛の割り振りを急遽変更しなくてはな」
その言葉にクラリスは嬉しそうになる。
「この行動で後悔しないいことを祈るよ」
俺は様々な者を連れていく効果の期待と不祥事が起きる不安を呑み込むように、グラスを取るのだった。
その後は、全員が帰ってきても、さらに遅くまで動くこととなった。騎士たちの配置変更、大勢の移動に関して、必要な備蓄の再計算、及び現地調達可能かどうか、そしてそのことについてイグニア達に説明し、父上や情報を共有するべき人物たちへの報告と急遽変更に伴う文句、エトセトラエトセトラ。
そしてそれらを終えれば、ようやく就寝することが出来た。
「当ホテルをご利用いただきありがとうございました。ですが同時に、満足におもてなしすることが出来なくて申し訳ありませんでした」
「「「「「申し訳ありませんでした」」」」」
翌朝、俺達が準備を終えて、ホテルを出る時刻となると、支配人や従業員が整列し、挨拶と謝罪を受ける。
「いや、今年もいい仕事をしてくれた。それにあの件は俺たちが引き込んだようなもので気にするな」
「寛大なお言葉に感謝いたします。ですが、お客様に安らかなひと時をお過ごしいただくのが当ホテルの売り物、それが出来ない時点で全て私共の責任です。そしてもし、もう一度ご利用いただけるなら、今後このような事態にならないようにすることを、私共の威信にかけて宣言させていただきます」
「ははは、これなら問題なさそうだな、来年も期待しておこう」
イグニアと支配人たちのやり取りが終わると、ようやく出発することになるのだが。
ガラガラガラ
「説明をお願いできますか」
俺とアルベールはハルジャールを出発すると、分岐となる場所まで一緒の馬車に乗る。そしてアルベールからの第一声がこれだった。
「どの件についてだ?」
「なんで僕だけが先に帰ることになっているのですか?」
アルベールはこの後の行動についてすごく不満を持っていた。
「昨日、了承してくれたと思ったが?」
「了承はしましたが、納得はしていません」
昨夜、全員に予定の変更を知らせている、その中には当然アルベールの姿があった。
「テンゴ達とは違い、大人しく言うことを聞いたと思っていたが……」
脳裏に昨日の出来事が思い浮かぶ。
「アレは大変でしたね……」
「全くだ……」
こちらの言葉で俺とリンの脳裏に、その時の光景が思い浮かぶ。
『やだやだやだやだ!!!私も行く!!クラリスも行っていいなら私もいいよね!!!』
ギャーギャーギャー
獣人組を集めてから、明日クラリスがこちらと共に動くと知らせると、レオネが喚き散らした。
『ドワーフの街か、見てみたいな』
『だね、あたしもいい素材の棍があれば見てみたいし』
『お袋の言う通りだ。いい装備の作り手だろう?なら、俺たちも言ってみたいぜ!!』
さらにはレオネを皮切りに三人もドワーフの街まで来たいと言い出したのだった。
(エナに確認してもらったことに加えて、三人が実力者、それにクラリスを連れていく以上どちらにせよ、警備するリスクは出てくる。それなら、むしろ実力者としてまとめさせていたほうが安全だろう)
クラリス一人よりも、クラリスをテンゴ達と纏めてしまえば、その分対処できる幅が増す。
「では、ロザミアさんはなぜついていくのですか?」
「ついでと言ったら信じるか?」
「……」
「冗談だ。簡単だ、魔法に通じる奴が一人でも入れば、多少は安心できるだろう?」
せっかくだし、ロザミアも巻き込んでしまおうと思った部分もないこともない。だがそれ以上にレオネ達は魔法については疎い。クラリスも感知する能力はあるが、魔法に詳しい訳じゃない。となれば一人でも魔法に精通している者を傍に置いておけばより安心できるというものだった。
「つらい仕事の思い出は良いので、僕を納得させてください」
「お前もいつかこちらの苦労がわかるはずだ……さて、納得だったな」
「はい、僕だけ別行動の理由を教えてもらえますか?」
その言葉に顎をさする。
「一言で言えば危険から遠ざけるためだが」
「なら、なおさら、彼らを連れて行ってはいけないのではないですか?」
「確かにな、俺も本当なら連れて行きたくはなかったのだが……」
「ドワーフの狙いが、本当に
アルベールは以前俺と共にカーシィムとドイトリの会合の場に同席している。その時にドワーフたちの狙いを聞いてある程度は理解していた。
「ああ、そしてだからこそ、連れていくことに意味がある」
「連れていくことの意味……何が起こるのか…………まさか!?」
アルベールも何が起こるかわかって、その中に彼らを放り込む意味を理解し始めた。
「
「そんなことをする気はない」
「ですが、外から見たら、っ!?」
そしてアルベールは言葉にしていて再び気付く。
「あ、あ、兄さんは……」
「さてな、だが、それ以上は口にするな。そして安心しろ。うまくいく割合の方が高い」
「ですが……」
「安心しろ、最悪の場合は必要最低限だけを連れて、即時帰国するつもりだ」
上手くいけば諸々を手に入れて凱旋できる。無理ならば、最低限の人員だけで帰還する。そして最悪の最悪、俺が死に、他の者が死んだ場合もすでに保険は用意してある。
「だから連れていかない理由は三つだな。一つが本当に最悪の万が一に俺が死んだときの保険、次男であるお前まで失うわけにはいかない点。二つ目、さすがにこのまま全員がイグニアの元を離れるわけにはいかないからだ」
イグニアはこのまままっすぐとグロウス王国に帰る予定となっているのだが、その際に俺たち全員がドミニアに赴くのは少々まずかった。
「そして三つ目だが、
俺は二つの手紙を取り出して、アルベールに預ける。
「これは?」
「父上に事態の説明する手紙で。もう一つは同行者たちの事情を説明する手紙だな」
一応事前に知らせてはいるが、通信機での連絡は機密、そのため、しっかりと証拠としての手紙を用意しておく必要があった。
「ここまで、説明しても納得できないか?」
「……僕もゼブルス家の一員です。納得できない部分があっても理解はしますよ」
その言葉に、思わず笑顔になる。
「それと、わかっていると思うが、事態が動くまでは」
「もちろん、他言しませんよ」
アルベールがこの先に起きる事態を嫌っての密告をするのを微かに考えたが、アルベールの返事で確率は低いと判断した。
その後、軽く打ち合わせした後に、分岐点へと差し掛かると、搭乗の入れ替えに寄り、ほんの少しばかり車列が止まることとなる。
「では、頼むぞ」
「はい、兄さんもお気をつけて」
最後にアルベールの頭を撫でると、予め組み分けてある馬車に乗り込むのだった。
馬車を出て、アルベールの護衛の騎士とすれ違うと
「頼むぞ」
「お任せください」
短いやり取りを済まし、そのまま後列の方の馬車に乗り込む。
「ひどいね~~連れて行けばいいのに~~」
予定の馬車に乗り込むとレオネが笑いながら近寄ってくる。
「……あいつにはまだ早い」
「危険から遠ざけているけど、それは疎外感を感じさせるよ?」
「命の危険があるなら話は別だろう?」
「ふっふ~案外命の危険を乗り越えたほうが仲が深まるんだよ~~、ふぎゅ」
「……」
レオネが正論めいたことを告げたのが鼻についたので、その鼻をつまんでやる。
その後、ゆっくりと馬車は動き出した。
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