第510話 契約締結とちょっとした開放

 オーギュストとの話が終わると、俺達は、オーギュストの厚意で『戦神ノ遊技場』で貸してもらい、日が暮れるまでコロッセオ内で過ごすことになった。


 ただ、借りると言っても使う者は限られており、俺とクラリス、アルベール、リン、ノエル、エナ、ティタは使用することは無く。それ以外、レオネや意外なことにロザミアまでもが参加しており、さらには戦いでアシラを完封してしまう。また、それ以外にも俺たちを守護している騎士たちを参加させたり、途中からリティシィにステージの変更や参加人数の変更などをしてもらい、存分に遊びつくした。












 そして夜になれば、全員、コロッセオから退場してホテルへと戻るのだが。


「ねぇ、言うことは?」


 日が暮れて、楽しい夜の時間になる頃、準備が終わるまでラウンジでゆっくりしていると、クラリスが訪れる。


「何のことについてだ?」

「死後、貴方の遺体の一部をそこの悪魔に渡すことよ」


 クラリスの視線は俺の斜め後ろに立っているオーギュストに視線が向けられる。


「それの何が問題なんだ?」

「私は反対よ。バアルの一部がこの悪魔に取られるなんて」


 クラリスは俺が自分のモノと言っているわけだが、本人は気付いている風ではない。


「死んだ後か、俺はどうなる?」

「え?」

「俺が死んだ後のことだ。綺麗な状態で埋葬されるのか?それともゾンビにならないように火葬するのか?それとも予想外の戦争が勃発して、その戦場で首を落とされるか?」


 バンッ!!!


 俺がどのように死ぬか予想していると、クラリスがテーブルに手を叩きつけて、身を乗り出してくる。


「ふざけないで!!」

「ふざけていない。クラリス、お前もわかっていると思うが、俺はいつか死ぬ。それが安らな老衰なのか、惨い死に様なのかはわからない。俺もできれば老死がいいが、貴族なので、どのような立ち位置になるかは予想がつかない。だが、その後のことは一つだけわかる、どのような形であっても俺は土に帰るだけ、そしてそれは俺に何の価値もない」

「だから、今のうちに使い道を決めておこうってこと!?」

「その通りだ」


 もしこれが前世ならば、老死以外であれば臓器提供とかも選択肢にあるだろうが、この世界ではほぼ確実に土に返される。


「っっ」

「死んだ後のことは俺にはどうにもできない。だがそれでも、何かに変えることが出来るなら変えるべきだろう。それが家族のためとなれば」


 グッ


 こちらの話の途中でクラリスに胸ぐらを捕まれる。そのことにリンとノエルが反応しそうになるが手で大丈夫だと示す。


「なら、その家族に聞きなさいよ。死んだときに死体を明け渡してもいいか、ぐらい!!」


 こちらを見下ろすクラリスの涙が俺の頬に垂れる。


(……すこし無神経過ぎたか)


 政治的な状況とはいえ、クラリスとは伴侶となる。だが、その際にはエルフとヒューマンという差が生じる。そしてその最たるは寿命であり、このままいけば先に死ぬのは確実に俺だった。


「悪かった。だが、この条件ならば、クラリスが生きている間、オーギュストはお前になにもできない」

「っっ……なら、私は反対。死んだとしても、それはバアルでもある。それをオーギュストに渡したくない…………ここまでバアルは私の話を聞いてもやめるつもりはないの?」


 いろいろ言いたそうではあるが、それらをすべて飲み込み、クラリスは問いかけてくる。


「……そこまで言ってくれてありがとう」

「ふん、そう」


 クラリスはゆっくりと手を放し、再び椅子に深く座る。


「一応聞くけど、この話を受けた理由はなに?」

「簡単だ。死後の体という俺にとってはあまり価値のない物でオーギュストという実力者を雇い入れることが出来ること。そして契約をすることで動きを制限すること、この二つだ」


 腐っても悪魔、今は大人しいが、何をするかが想像もつかない。


「バアル様、少々ワガハイの印象が悪くはないであるか?」

「我慢しろ、悪魔と聞いていい顔をする奴は少ないのが現状だ」


 そういうと、オーギュストは仕方ないとばかりにため息を吐く。


「ご婦人の意見はよくわかったのである」

「……それで?」

「報酬を受け取る際には十分に注意することを約束するのである。それで満足してもらえないであるか?」

「無理。バアルの遺体を荒らそうって話が出ている時点で嫌なの」

「そうであるか」


 オーギュストは話が平行線になりそうなのが分かったのか、ここで話を切り上げる。それを見るとクラリスは眉尻を上げて、口を開こうとするが。


「準備は整った、あとは行うだけで、ん?」


 ラウンジにダンテがやってくると、場の剣呑さを感じてか疑問の声を上げる。


「何か問題があったかい?」

「いや、なにも。それよりも準備は?」

「できているよ」


 ダンテ長い紙をテーブルに置く。それは上下それぞれから読めるようになっている誓約書だった。


「あとはそれぞれが記入するだけだ」


 ダンテは俺とオーギュストそれぞれに羽ペンを渡す。


「じっくりと呼んでから記名を」

「……その前に質問だ」

「なんだ?」

「この条文に誤字、あるいは込められた意味が違った場合はどうなる?そして幻覚系の能力に寄り違う条文を見せられていたら?」


 もし、ただの点が何かしらの意味を持っていたら、そして相手によって違う条文を見せられた場合についてを訊ねる。


「両方とも意味が無い、というのが答えだよ?」

「ん?なぜ?文字がその通りの意味を持っているかどうかはわからないだろう?」

「簡単さ、効果を表してるのは文字自体ではないから」



 それからのダンテの説明されるのだが、どうやら、どちらの方法でも意味が無いらしい。その理由だが―――



「この『星の誓約』は、署名した対象が自らを縛り上げる能力だ」

「つまり、俺が・・その条文を文字通りに理解していることが条件か?」

「ついでに言うと受け入れる意思もだね」


 例えるなら、自身の望む契約書を用意しても、それが読めない相手にはたとえ署名したとしても絶対に契約できないと言う事。仮にダンテが、どこかの文字や模様に何らかの意味を込めても俺はその意味を理解できないため、その意味の効果は発動しない。またオーギュストがネスを使って条文を誤認させたとしても、俺にはその誤認させた能力しか発動しないと言う。また相手を操作して発動しようにも、それは自身の意思ではないため発動しないと言う。


「そう、そして、二者間の契約は特殊でね、こうやって同じ条文を二つ用意して、それぞれ署名時に同じ内容でなければ発動しない」

「つまりオーギュストが都合よく自分の文面だけ変更しても、その場合は俺との認識の差で発動しない。それで合っているか?」


 こちらの言葉にダンテは頷く。


「ほかには?」

「いや、ない。では――」


 そこから条文を全て読む。内容はコロッセオの時の条件と全く同じだった。


「さて、双方の条文が確認出来たら」

「わかっている」


 その後、俺とオーギュストは自分とお互いの条件を確認すると、それぞれ自分に該当する場所に署名する。


 署名が終わるとそれぞれ上下で別れている部分が一纏まりになり宙に留まると、そのまま融合する。そして再び二つに分かれると、それぞれの胸に吸い込まれていった。


「これで……終わりか?」


 何かを受け入れたというのに、何かが変わった感覚が何もなかった。


「そうである、ワガハイも初めて行った時には拍子抜けしたのである」

「いや、それは私が言うべきだろう」


 オーギュストが気持ちがわかるのかこちらの問いに答えて、ダンテがそれを窘める。


「ダンテ、もう一つは?」

「ああ、用意したよ」


 オーギュストとじゃれ合うダンテに声を掛けて、もう一つの用件を出す。


「そうか、エナ」


 ??


 少し離れた場所で水を飲んでいるエナを呼ぶ。そして当の本人はなぜ呼ばれたのかわかっていない様子だった。


「『開口』」

「ふぅ、何の用だ?」

「そのマスクを外してやろう」

「…………さっきのをオレもしろってか?」


 エナの言葉に頷く。


「丁度良いだろう?俺もいちいち『開口』を行うのはめんどくさくてな」


 簡単に縛る方法があるのならやらない手はない。


(絶対に破れない誓約書、貴族ならいくら出しても欲しいものだな)


 なにせ信用したくてもできない相手がいてもこれ一つでどうにでもなってしまう。そして今回で言えば相手を『煽動』や『洗脳』できてしまうエナにそうさせないように枷を付けることがだった。


「ふぅん、代償とやらは?」

「まず契約の内容だが、俺の許可なく、『誘思の声』の使用を禁止すること。そしてその代償として、何をしても俺の元にきて、すべてを説明すること、そしてその処罰に文句を言わないことだ」

「いいぜ」


 こちらの説明にエナは考えるまでもなく頷いた。


「なら早速だな。それと聞くが、その決断したのは」

「ああ、オレの鼻がやれってよ」


 エナのその言葉んい苦笑する。


「さて、きちんとフェウス言語の授業は受けていたな?」

「ああ……一応な」


 エナは少しだけバツの悪い顔をして頷く。


「……とりあえず読め、それでわからないところは聞け。それで発動できるだろう?」

「ああ、できるよ」

「わかった。これでようやく窮屈じゃなくなるな」


 そしてエナが文を読み進めて、拙いながらも自分の名を書いて、あの窮屈さしかないマスクから解放されるのだった。

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