第509話 『悪魔』との契約

「随分手こずったわね」


 オーギュストとの試合が終わり、軽く水を浴び、着替えてから全員がいる観客席へと戻ると隣にいるクラリスがからかってくる。


「あそこまで対策されれば、誰だって長引く……それよりも今度はアシラとヴァンか」


 クラリスに言い訳染みた答えを返すと、ステージに視線を向ける。そこには先ほどの戦っていた場所に二人の姿があった。そして時折、獣の咆哮や炎が噴き出す音が聞こえてくる。ほかにもテンゴやマシラ、レオネやロザミア、アルベールたちがステージ外のグラウンドで二人の戦いを見ていた。


「どうやら、楽しんでくれているようで何よりである」


 チャッ

 シャッ


 二人の戦いを見ていると、オーギュストが近づいてくる。そして先ほど戦ったということからか、リンとノエル、エナ、ティタが前に出る。


「一応聞くが、何の用だ?」

「ふむ、最初に護衛を下げてはくれないのであるな」

「俺との試合が終わったからな、お行儀良くしているとは限らないだろう?」


 決着はついた。だがその結果は敗北であり、あれだけ対策していたオーギュストからしたら辛酸を嘗める、とまではいかないがかなりくやしい思いをしてるはずだ。となれば当然、勝つために何をしているのかはわからない。


「安心してほしいである。こちらに戦う気は毛頭ないのである」


 オーギュストは態度で示すように両手を上げて降参を示す。


「お前の場合は、その状態からでも攻撃できるだろう?」

「ポーズの意味を受け取ってほしいのである」


 こちら冗談にオーギュストも冗談で返す。


「それで何の用だ?いきなり再戦の申し込みか?」

「いや、そうではないのである。近づいても?」


 オーギュストの答えにしばらく瞠目して、四人に許可を出すように頷く。


「それで?何の――」

「バアル殿」


 オーギュストは目の前に来ると突然跪いた。


「……なんの真似だ?」

「頼みがあるのである、死後、バアル殿の血肉のうちの一部を譲り受けたいのである」


 ピリッ


 オーギュストの言葉に護衛全員が色めき立つ。


「わざわざ、正直に告げたということは理由があるのだろう?」

「その通りである」

「死んだ後とはいえ、素材の様に言われていい気分だと?」

「それについては謝罪するのである」


 オーギュストは何事もないかのように謝罪すると、しばらくの間、周辺にはステージから聞こえる戦闘音しか響いてこなかった。


「理由も不明、使用用途も不明、そしてそんな状態で渡すとでも?なにより、何の対価もなしに話が成立すると思っているのか?」

「ごもっともである、では、ダンテ!!」


 オーギュストは立ち上がると、観客席の一つにいるダンテを呼ぶ。その声を聞くとダンテは、オーギュストの大声で渋々やってくる。


「どうしたんだ、そんな大声を立てて?」

「『星の誓約』をお願いしたいのである」

「……正気か?」

「無論」


 何やら『星の誓約』の名前が出ると、二人だけで話が進む。


「それぐらいならいいけど。内容は?」

「これから、十分間、ワガハイが嘘を付かないようにしてほしいのである」

「代償は?」

で頼むである」

「了解」


 何やら話が着いたのか、ダンテが手帳と羽ペンを取り出すと、何やら筆記し始める。


「こちらにもわかる様に説明し――」

「できたよ」


 説明を求めようとすると、ダンテが手帳を切り取ったものと羽ペンをオーギュストに渡す。


 そして、ダンテがペンを受け取ると、受け渡されたメモに記名する。そして名前が記載され終えると、文字は浮かび上がり、オーギュストの中に吸い込まれていく。


「さて、これで今から十分間はワガハイは嘘を付くことが出来なくなったのである」

「で、破れば死ぬわけか」

「さよう」

「信じられるか」

「そこは私の方を信じてほしいものだけどね」

「こちらに能力の証明そしていないのに、信じられるか?」

「なら、こうしよう」


 ダンテは再び、手帳に何かを記載すると、こちらにもメモと羽ペンを差し出してくる。



 私____は、記名を終えたその瞬間から一分間は真実のみを話すことを誓う。

 上記を破れば代償として一分間の左腕の自由を失う。

 〕


「記名しろと?」

「身をもって体感すれば本当だと分かるだろう」

「……いいだろう」


 ペンを受け取り、そのまま自分の名前を記載する。そしてそれが終われば簡単に嘘を付く。


「俺はバアルではない。っ!?」


 クンッ――


 言葉にした瞬間に左手の感覚がなくなる。


「どう?」

「なるほどな、だが偽名を書いたらどうなる?」

「偽名でも誤字でも、それが自分の名前だと判断すれば術が発動する。そして自身の名を書いたつもりがないならまず発動しない」

「うそ発見器としても役立つな」


 一応だが、これで立証することが出来た。


「では話を続けたいのである」

「ああ、それで死後、俺の体の一部が欲しいと言うのは?」

「本当である。そしてその理由だが、ワガハイの体を改造・・するためである」

「……予想は付いていたが、聞くとぞっとするな」


 試合中、黄色い角を体内に取り込んで姿を変えていた、あの事から大体の予想は付いていた。


「それが理由と使用用途なのか?」

「さよう」

「それ以上は?」

「ないのである」


 ダンテの能力を信じるなら、それ以上の意図はないのであろう。


「だが、なぜわざわざ告げる?不意打ちで俺の体の一部を強引に奪えばいいとは考えなかったのか?」

「こちらにも融合するには条件があるのである。それは殺したうえで奪うか、それとも許可を受けて譲ってもらうかの二つである」

「そして後者を選んだと。なぜ前者を選ばなかった?」

「簡単である。前者はまず不可能だと判断し故に」

「……理由は?」

「簡単である。ワガハイ達悪魔は育つのに普通の生き物の何倍もの時間が必要なのである。おそらく、バアル殿を越えるとなると、後少なくとも30年、下手すれば70年を超えてもおかしくないのである。それゆえに」

「そうなれば、どのみち死んでいる可能性の方が高い訳か」


 オーギュストは正解だと頷く。


「それゆえに、確実性の高い譲り受ける許可を求めたのである」

「理由はわかったが、それで、俺が頷くと思うのか?」


 俺の血肉を欲しがる理由は理解できたが、それを渡すかどうかは話が別だ。


「では、何を差し出せば、応えてくれるであるか?」

「逆に聞くが何までなら差し出せる?」

「命以外の全て・・である」


 これには面を食らう。オーギュストは命の次に俺という素材を手に入れようと躍起になっているのだから。


(…………なら、すべてを差し出してもらおう)


 色々と頭のなかで考えをまとめて、答えを出す。


「なら、こちらのすべての条件を全て飲んだらその申し出を許諾しよう」

「その条件を聞くのである」


 そしてオーギュストは数秒も考える暇もなく、条件を聞こうと言う。


「こちらが出す条件は―――――」














 それから、話を詰めていく。とはいえ、こちらが出した条件は六つ。


 一つ目、オーギュストはバアルに対して、嘘を述べないこと。また可能な状況であればバアルを守護する責務を負う事。


 二つ目、オーギュストはバアルに対して、悪意、または害意ある行動、そしてその結果に繋がる行動を直接的にも間接的にも行わないこと。またこれはバアルの第三親族まで適用すること。


 三つ目、バアルの所属する、あるいは所有する組織に被害を与える行動を行わないこと。


 四つ目、これらの条約はバアル、そしてその第三親族全員が死亡するまで継続されること。


 五つ目、オーギュストはバアルの僕となり、指示に従う事。ただ、自死に等しい指示の場合はこの限りではない。また、意図的に指示を受けないように距離を取る行為を行えば条件違反とする。


 六つ目、バアルが死亡した際、オーギュストには報酬としてバアルの血肉を与える。その際に、死体を荒らさず、綺麗な状態で右手、左手、右足、左足のどれかを譲渡すること。なお、それらが損傷してすでに存在して無い場合は、同じだけの体積を、頭部以外から持って行くこと。また死後、親族が許可を出すのなら頭部も可能となる。


 そしてこれらの罰則に、オーギュストが死ぬことを選択。


 これらの条件を全て満たし終えた時、ようやくオーギュストは俺という素材を手に入れることが出来るというもの。



 そしてそれに対する、返答だが―――













「了解したのである」

「……本気か?」


 返答を聞いたこちらが逆に問い返すほど、オーギュストの返答はあっさりとしたものだった。なにせ言い換えれば奴隷契約とも言えてしまう条件だった。


「これはへたすれば100年以上、俺の奴隷になることを意味しているが?」

「せいぜい百年であろう?それぐらいならば、喜んで僕となるのである。それに死んでこいと言う命令が無いだけましであるからな」


 オーギュストはそれぐらい何ともないという風に肩を竦める。


「そしてそれ以上にワクワクしているのである。なにせ言い換えれば、バアル殿が何かをする時にはワガハイは特等席にいれらることにほかならないのである」


 そういうとオーギュストは再び跪いて首を垂れる。


「まだ、契約は済んでいないであるが…………主よ、今後ともよろしく頼むである」

「ああ…………期待している」


 嬉々としているオーギュストを見て、一抹の不安も感じながらも話は終わりを告げるのだった。

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