第502話 確定してしまった厄介ごと

 ドイトリの言葉でコロッセオ内にどよめきが走る。


『…………ふむ』


 そしてこの答えが予想外だったのか、ネンラール王は顎をさする。そしてその場の沈黙が妙に重く感じる。


(おそらく、予定にない答えを言ったな)


 さすがに何も想定せずに、表彰式を行うわけがない。おそらくは短時間のうちに裏で願い事を聞いているはず、だがこの静止する雰囲気を考えるとイレギュラーが発生したと考えるしかなかった。


『それは王たる立場からして容認しえない。その願いをかなえてしまえば、今ある秩序が乱れ、いずれ国が荒れる。それを王たる私は叶えることが出来ぬ』

「…………」

『だが、お主がそれを願うと言うことはよほどの事情があるのだろう。明日、城を訪れよ。その時にお主の事情を解決すると約束しよう』

「……感謝いたします、陛下」


 ドイトリはその言葉を受け取ると顔を伏せて今一度、礼をした。


『うむ、それでは入賞者に行く先に光が有らんことを!!』


 ワァアアアアアアアアアアアアアア!!!


 そして王がそう締めくくり、表彰式は終了した。













 その後、王がステージから退場すると、次第にコロッセオ内の熱が収まり、観客が帰っていく。そして俺たちも例に漏れずホテルへと戻っていくこととなった。


「さて、どう見ますか?」


 ホテルのラウンジで対面にいるユリアが問いかけてくる。ただラウンジと言っても襲撃の際に色々と爆破されたた、綺麗に残っている場所は少なかった。


「なにがだ?」

「ドイトリのあの願い・・・・ですよ」


 ユリアは口を付けたティーカップをテーブルに置くと、鋭い視線を向けてくる。


「よくやる手口だろう?」

「大きく無理な要求をして、その後に落としどころに持ってくるですか?」


 ユリアがカップを置いたのとは裏腹に、今度は俺が自身のコップを持ちあげる。


「シナリオ通りだと」

「ドイトリが国のある部分を変えてほしくても、それがやや困難な場合なら、そう・・するだろう?」

「それが本当ならば、否定はしません」


 ユリアは訝しげに成りながらも頷く。実際、あのドイトリの要求は王が用意した台本なのかもしれないからだ。


(まぁ、本当は違うがな・・・・


 口の中でお茶の味を楽しみながら脳裏でドイトリの目的を思い浮かべる。


「明日になれば、そういう意味か、分かるだろう」

「……そうですね。それで、テンゴさんはどうしていますか?」

「もう少しでここに来ると思うが?」


 表彰式からテンゴが戻ってくると、そのそばに控えていたアギラがテンゴに目録を渡していた。そしてその際に氏族の元で使えそうな魔具の選択を俺は頼まれていた。


「そうですか、なら明日は受け取りの付き添いに?」

「そのつもりだ」


 さすがにテンゴや獣人達だけで王城に入れるわけにはいかなかった。


(あいつらだけ、王城に入れてしまえばどうなるかわからん)


 礼儀云々もあるが、それ以上にネンラールに取り込まれないかが心配だった。


(それに約一名ははしゃぐだろうから―――チッ)


 獣人達だけで城に入れた後のことを考えていると、ふととある気配が近づいているのを感じる。


「バアル様、来客が」


 気配を感じつつ放置すると、やはりと言うべきか、その気配を裏付けるように一人の騎士が耳打ちしてくる。


「……どうやら訪問者が来たようだ、こちらに何か要望はあるか?」


 暗に席を外すと言うと、ユリアは少しだけ考える。


「……いえ、明日の王城への訪問、そしてドミニアへと言ってもらえるのであればこちらからしても言うことはありません」

「では、失礼する」

「…………ええ」


 席を立ち上がり挨拶するが、ユリアの反応は鈍かった。















「入賞おめでとう、オーギュスト」

「感謝するのである」


 ユリアとはほどよくはなれたラウンジで俺は二人・・と会う。


「意外だったな、オーギュストが負けるとは」

「仕方なのである、相手がワガハイ以上に強かったというだけのこと。それよりダンテ・・・、今夜はよいのであるか?」

「いや、この後、また戻ってから弾き直しだよ」


 俺の目の前でオーギュストとダンテが軽く話を始める。


「それで要件は、と言っても、すでに告げているようなものだな」

「うむ、その通りである。それで挑戦を受けてもらえるであるか?」


 オーギュストが条件を全て揃えたとばかりに真剣な表情で問いかけてくる。


「いいだろう。ただ、もう一つ二つだけ条件がある」

「……」

「安心しろ、勝負を引き延ばそうと言う事ではない。一つは俺と戦う際に身内以外の観客は無しにしてくれ」


 下手にそんなことをすれば今度は強硬手段に出会うかもしれないため、さすがにうやむやにしようとは思っていない。


「ふむ、それぐらいなら王に頼めば何とかしてくれると思うのである。それでもう一つは?」

「簡単だ、明日、俺は獣人達の付き添いで用事がある、そのため、それが終わった後にしてくれ」

「それで日を越そうとは、いや、これ以上はよしておくのである」


 これ以上の追及はこちらを信じていないと証明するようなものだった。


「安心しろ。さすがに今日の三回戦目の時間には終わらせている予定だ。無理ならば夜にでも挑戦を受けると約束しよう」

「わかったのである」


 こうしてオーギュストとの会話が終了した。


「それは私も観戦しても構わないかな?」


 丁度良いとばかりにダンテが許可を求めてくる。


「安心してほしい。別段何かをするというわけではないさ」

「……好きにしろ」


 ここでダメだと言ったところでダンテの実力ならどこかで覗き見が出来るため意味が無いと判断する。


「それで、ダンテはなぜここに来た?」

「バアルの食客になるつもりだからね、今日が終わればそのまま合流しようと思ってね。明後日にハルジャールを出るのかい?」

「そのつもりだ」

「なら、私は明日にそちらに合流するとしよう。シェンナにも言っておく必要があるからね」


 そういうとダンテは席を立つ。


「もう行くのか?」

「ああ、私の用は済んだからね、そっちから何かなければ仕事場に行こうと思っているけど」


 その後、特にないことを知らせると、ダンテは軽く手を振ってからホテルを出ていった。


「それで、オーギュストはどうする?」

「もし、迷惑でないのなら、このまま明日までホテルに置いてほしいのである」

「約束は守るつもりだが?」


 こちらの言葉にオーギュストは笑う。俺が約束を守るか心配しているのかと思っての言葉だった。


「そっちは心配していないのである。だが、何かあってバアル殿が怪我をしたりすれば……ワガハイは本気のバアル殿に勝利したいのである」

「なら、好きにしてくれ。ただ、こちらが離れろと言った際は離れてくれ」

「無論である」


 こうして、なぜかオーギュストが追加で護衛に加わってくれると言う。


「お~~い、バアル~~!!」


 声のする方を見てみると、テンゴたちの姿があり、それよりも先行してレオネがやって来る。


「ねぇねぇねぇ、どれがいいと思う!!私はこれなんか―――」


 その後、自然と全員が集まり、目録の魔具について話し合い、それが終われば共に食事をとり、今日が終わるのだった。











 翌朝、大会の熱が冷めない中、俺達はハルジャールの大通りを進み、予定通り城へと目指すのだが。


 その日、城にドイトリは現れなかった・・・・・・

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