第499話 転機
大剣、盾、投擲槍、手斧、大斧などの多くの武器がステージ上に散らばる中、決勝戦のドイトリは誰よりも努力したと誰もが言うだろう。
『…………』
「「「「「…………」」」」」
リティシィも観客もただドイトリを見詰めていた。
ドン!!
再び、吹き飛ばされて、遠くに放られたドイトリは何度も何度も血を吐きながら、立ち上がっていく。そして吹き飛ばされる度に取り出した武器がどこかしらに吹き飛んでいき、再びステージ上に武器が落とされる。こうしてステージ上に武器が落とされた数が、それがドイトリの立ち上がった数を示していた。
「…………」
その様子にはテンゴに勝ってほしいセレナですら、黙ってドイトリを見守っていた。
「無理だな」
その空気の中、一人の声が響く。
「イグニア様」
「ユリア、ドイトリに同情するのは良いが、現状を見ろ」
ユリアが諫めようとするが、逆に言いくるめられてしまう。
(だが、その通りだな)
ドゴン!!
再び、堅いものが叩かれた音が聞こえると、ドイトリが吹き飛び、砂上を転がっていく。
(ドワーフは、機動力に難があるが、その分、力と頑強さが秀でている。だが――)
壊れた人形の様に鈍い動きで起き上がるドイトリを見て、それに迫るテンゴに視線を向ける。
「いくら防御が堅くても、貫通するのなら、何も意味はないだろう」
今回の相手であるテンゴは衝撃を貫通させる能力を持つ。それを考えればいくら防御に優れていようと、機動力が無ければただの的でしかなかった。
「よかったな、セレナ、テンゴが勝ちそうだぞ」
「だとしても少し後味悪いですよ」
さすがにここまで一方的な試合で、ドイトリが諦めないとなると、そちらに情が移るらしい。
(まぁ、勝ちたい意欲が全く違うからこそ、あそこまで粘っているのだろうがな)
テンゴの参加理由は要は興味があったからというだけ、それをドイトリの背負っているモノと比べれば、重さなどないに等しい。だがそれでも現実は無情だった。
「ねぇねぇ、バアル~~」
後ろから圧が掛かると、耳元に囁かれる。
「ドイトリを
「なに?」
思わず顔を横に向けると、そこにはいつもの飄々ではなく、どこか神秘的な表情のレオネがその双眸をこちらに向けていた。
(……本当にレオネか?)
あまりにもいつもの雰囲気と違い過ぎて、心の中でそう思ってしまった。
「どうするの?」
「……どうするもなにも、どうやってやると?」
「さぁ~ね~」
こちらが問いかけ返すと、いつものレオネに戻る。
「あ、そうだ、やっておくほうが私は良いと思うよ?」
「……なぜ、疑問形なんだ?」
「ふふ」
レオネはそういうと離れていき、後ろからの圧が無くなった。
「レオネ?」
「これ以上はバアルが決めることだよ~~、あ、お水くださ~い」
レオネの言葉の真意を聞こうとすると、レオネが離れていき、水を貰ってから自分の席に戻っていく。
「……エナ」
その様子を見ながら俺は壁際にいるエナを呼び出す。そして『開口』を行い、問いかける。
「お前の鼻はどう考えている?」
「曖昧過ぎる。オレの鼻は万能じゃねぇぞ」
「俺がレオネの言う通りに行動したらどうなるかが何となくわかるだろう?」
そう問い返すと、エナは数度鼻をひくつかせて目を閉じる。
「だめだ、状況が複雑すぎる」
「詳しく」
「テンゴもドイトリもバアルに対して利の匂いを出している。どちらに与すればいいかなどわからない」
エナの話だと、俺とテンゴとドイトリ、それぞれがそれぞれに利の匂いを出してるせいで、助けるか助けないかの判断が付かないとのこと。
「曖昧だな」
「仕方ねぇ、オレの鼻は四つの匂いとその強さでしか判断できない。もし同じ匂いと強さなら、さすがに判別できねぇよ」
エナの能力は軽い未来予測の様な物、それも生死利損の四つパターンで相手とこちらの相互で送られる匂いをかぎ分けるのみ。そしてどのように行動するかも何となくわかるらしいが、どのような詳細が起こるかはわかっていない。
そのため二つの行動を比べた際にどちらも利であり、同じ強さだった時の判断はつけられないと言う。
「あと、これはオレたちの経験則だが、レオネの助言が外れて損したことは無いぜ」
「……そうか」
結局のところ、俺からしてみればドイトリに協力しようと動いても動かなくてもどちらにせよ、同じぐらいの利があるという。
(…………なら、試してみるか)
どう動いてもエナは問題ないと言い、レオネはドイトリを助けたほうがいいと言い、そして獣人はレオネの言葉を信頼している。また、こちらとしてはテンゴが敗退してもこちらには痛くもかゆくもない。
これらを相対的に考えて、レオネの言葉が真実か嘘かの試金石にするのにちょうどいい場面と言えた。
(しかし、俺がこの時点で行えることなどないと思うが……)
そう思いながらコップを傾けると、そこには反射した空が映っていた。
『……
『うぅぅぅん………………??、なんじゃ何の用じゃ?』
久しぶりに念話でイピリアに問いかけると、寝ぼけた老人の様なイピリアが返答する。
『何時から寝ていた?』
『そうじゃの…………少なくとも一か月前ぐらいからかのぅ、はて三か月じゃったか?』
まるで数分の違いの様な感覚で月単位を間違えていた。
『その様子じゃ、呼び出さなければ一年は余裕で眠れそうだな』
『まぁ、の、というより、お主と出会う前は、数十年は寝たっきりじゃから、今更ではないか』
イピリアの言葉にその通りだと苦笑する。
『最初に色々と活躍すると言っていた気がするが?』
『あほう、戦闘もない環境でどうやって儂が動けばいいんじゃ』
イピリアは雷の精霊、そしてそれは雷の特質上、ほとんどの使い道が戦闘に限られてくる。だがその戦闘がここ数か月は碌に起きていないため、不貞腐れて寝ていたという。
(それにしてはウェンティやダンテとの対面の時起きなかったがな)
『……なんか言いたいことがありそうじゃな』
本当は気付いていないだけなのではと思っていると、イピリアが表情から察したのか、そう問いかけてくる。
ただ、実際のところ、いなくても問題があるわけでもないので放置する。
『それよりも【雨乞】はできるか?』
『む?ふぅむ…………普段よりも魔力が必要じゃが、使えるぞ』
その後、イピリアは目の前に現れると、使うかと視線で問いかけてくる。
『土砂降りにまでできるか?』
『む、それはお主だけの魔力では少々足りん』
そういうと同時にイピリアは腕に着けてある魔道具に視線を向ける。
『いいだろう、遠慮なく使ってくれ。ただ』
『わかっておるわい』
『では、頼む』
俺は魔力をイピリアに送りながら腕輪の魔道具を発動させる。そして送るそばからすぐに供給され、実質的に魔力が減ることは無かった。
(もし、ドイトリが、今までの魔具を持っているのなら、対抗できるようになるだろうな)
すると、一分も経たないうちに空は陰り、真っ黒な曇天がハルジャールを覆い始めた。
ポッ、ポッ、ポッ、ポッ、ポッ、ポッ、ポッ
ポツッ、ポツッ、ポツッ、ポツッ、ポツッ
ボタッ、ボタッ、ボタッ、ボタッ、ボタッ、ボタッ
ザッ、ザッ、ザッ、ザァア――――――
曇天はやがて雨を垂らし、次第に強まっていく。最終的には激しいスコールにまで発達する。そしてそれはこの試合を変える
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