第498話 決勝戦
(これで、向こうでもこちらの動きに予想がつく。俺に価値があると考えているなら陰ながら動いてくれるだろう)
グラスとの通信を終えると、俺はリンとノエルを連れて、やや大回りしながら貴賓席に戻っていく。
「あの、バアル様」
「どうした?」
「あちらに」
考え事をしながら移動しているとリンが前を示す。つられるように視線をそちらに向けると、ドイトリとロックルの姿があった。
そしてあちらもこちらに気付くと手を振って近づいてくる。
「こんなところで合うとは奇遇じゃのぅ」
ドイトリはコロッセオ内で俺に出会ったことに妙な驚きを持っていた。
「同じ施設内にいるから、そう珍しくもないと思うが?」
「いやいや、貴賓席の区画とはこちらとは真逆じゃ、それを考えれば一度も会わなくてもおかしくないじゃろう」
「確かにな」
貴賓席が存在している区画は一般観客の客席とはほぼ反対側にあり、そして出入り口はその中間にあるのでそうそう出会わなくても何らおかしくない。
「順調に優勝までこれたな」
「ああ、しかし、バアル様とて譲るつもりはないぞ?」
「それは俺ではなくテンゴに言ってくれ」
ドイトリと会話をしていると、何とも変な表情をしているロックルの姿が目に入る。
「それで、ロックルは結局カーシィム殿下のところに?」
「ああ、そう、じゃな……」
ドイトリは何とも微妙な表情をする。
「話が拗れたか?」
「まぁ、色々あるが、どうやらロックルは殿下の元でお世話になるつもりじゃ」
ドイトリの言葉に眉を顰める。
「ドイトリ、その意味を理解しているのか?」
「当たり前じゃ、というよりも、
ドイトリはやや心配だが、問題ない問わんばかりの表情を浮かべる。
「そうか、だが、なら」
「……言いたくないが、あちらで
カーシィムの二つ名と歓待の意味を繋げるのに時間は掛からなかった。
「……そうか」
そしてそこに触れるつもりもないし、何より触れたくなかった。
「儂も触れたくないわい。弟が、んっん!!」
ドイトリも頭痛がしている時の声で声を漏らす。
「それと、一応聞いておくが――」
「昨日の話ならいらんぞ」
「なら、健闘を祈る」
「ああ、テンゴにもいい試合をしよう、と伝えてくれると助かる」
その言葉でお互いに進みだそうと思うが、ふと、一つだけ気になり、振り返る。
「そういえば、武装はいろいろと持ってきているのか?」
「???、一応は、だがなぜ聞く?」
ドイトリは今回の大会で数多くの魔具を持ってきている。そこはドワーフと言えるのだろうが、その中で一つ疑問に思っていた。
「いや、いろいろと魔具を使うが、戦闘中に入れ替えないのが不思議だったからな」
あれだけの魔具を用意しておいて、戦闘中に入れ替えられないのは不便にしか思えなかったからこその疑問だ。様々な道具を持つのなら、武装を変えて様々な場面に対応できるようにするのが道具を使える強みと言える。もしそれが出来るならドイトリはより強くなるだろうと思っての言葉だった。
「……」
「いや、他意はない。テンゴにも伝える気はないし、別に答えなくてもいい」
だが、ドイトリは疑惑の視線をこちらに向ける。ドイトリからしたら探っているようにしか感じられないからだろう。
「……まぁ、詳細がわからねば意味が無い、か」
ドイトリは何かを呟くと一度大きく息を吐く。
「入れ替えようと思えば入れ替えられる、それが答えじゃ」
「そうか……邪魔をした」
そして今度こそ、歩みを進める。
『皆さん…………心の準備はよろしいですか?』
コロッセオ内に神妙なリティシィの声が響く。そしてその後に沸き上がる声はなく、観客全員が次の言葉を固唾を飲んで待ちわびた。
『いよいよ大詰め、これが勝っても負けても最後の試合となりました……ふぅ、神前武闘大会の決勝戦の幕開けです!!!!』
ワァアアアアアアアアアアアアアアア!!!
この大会一番の歓声が会場を包み込む。
『いろいろと語りたいところですが、その前に栄えある決勝戦に出るお二方を紹介しましょう!!あ、すでに見たからいいと思っている人はいませんよね?』
最後のお茶目な言葉にやや苦笑する観客がいる中、リティシィは深く息を吸い込む。
『それでは、入場です!!“破壊剛腕”テンゴ選手!!!そして“剛武”ドイトリ選手!!!!』
ワァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!
リティシィの全力の声と歓声が鳴り響いた会場で二人が姿を現す。
一人は一貫して、装備を変えることなくここまで来たテンゴ。
そしてもう一人は、今まで見たことのない真っ黒な鎧を着たドイトリだった。黒い鎧は相手を威圧できるほど荒々しい形をしており、下手に触れればどこに触れても肉が裂けるような部分が存在していた。そして武装はピュセル相手に使っていた片口型の大槌だった。
「がんばって、テンゴさん!!!」
背後でセレナの声援が飛ぶ。もちろんその声には純粋な応援も含まれているだろうが、それ以上に金の色が含まれていた。
『さて、選手のお二方も、そして観客の皆様方もよろしいですか?』
リティシィの声で観客は息を潜め、ステージに乗った二人は静かに頷く。
『それでは、決勝戦!!!試合~~~~開始!!!』
ワァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!
歓声の声で最後の試合が開始された。
カウントダウンが終わると、決勝戦とは思えないほど、あっさりと試合は始まる。
「はは」
「ふん!!」
テンゴは軽く笑うと一気に距離を詰め始める。ドイトリはそれを見て、すぐに槌を担ぎ、どこにでも触れるように構える。
「いいぜ、乗った!!」
テンゴはドイトリの様子を見て、まだひたすらに真っ直ぐ突き進み始める。そして――
「は!!」
「ふぅん!!」
テンゴの掌底とドイトリの大槌、それも爪の部分がぶつかり合う。
ゴッ―――
双方の威力が凄まじく、ぶつかった瞬間に二人の周囲では衝撃波が発生、砂に波紋が描かれた。
「ほぅ」
「ちっ」
だが、結果に対しての表情は正反対だった。テンゴは感心したような表情をして、ドイトリは面白くない表情となる。
『な、なんと!!ドイトリ選手の槌爪がテンゴ選手の掌に受け止められた!!』
普通に考えれば、掌に槌の爪が深く刺さってもおかしくなかった。だがテンゴの掌はまるで、そんな物がどうしたとばかりに槌を受け止めていた。
そして動きが止まれば当然、再び動き出す。
「ふん!!」
「『剛体』!!」
テンゴのもう一つ腕が横なぎに振るわれると、ドイトリは
だが――
「っぐっっっ」
テンゴの横なぎの掌がドイトリの体にぶつかると、重いドイトリの巨体が、まるでボールの様に跳ね、ステージの端まで吹き飛ばされる。
『ドイトリ選手がステージの端にまで吹き飛ばされたが、大丈夫なのか!?』
リティシィの声と共に観客の視線はドイトリに集中する。その視線の意味は立ち上がってくれというものばかりだった。
「かはっ、がは、ふぅ~」
ドイトリは鈍い動きで身を起こすが、鎧の口に相当する部分の近くから大量の血を吐き出していた。
「冗談きついじゃろ。受け止めてこれとは……しかもいくら頑強にしても意味が無いときたか」
ググッ
ドイトリは膝からそんな音が出ているような動きで、ようやく立ち上がる。
「まだやれるな!!」
「無論!!」
テンゴの大声にドイトリは同じく大声で返す。
次にドイトリは槌を手放すと鎧の一部をずらし、腰に付けてある袋に手を入れる。次の瞬間、取り出したのはリフィネ戦で使ったあの強弓だった
『ドイトリ選手、距離が出来たことを逆手に取り、鉄弓を取り出した!!』
「それだけでじゃないわい!!」
ドイトリは再び、袋に手を入れると、何やら赤色の大きな光沢のある矢を取り出す。
「しっ!!」
ドイトリは素早く矢を放つと、矢は一切高さを落とすことがないほどの速度でテンゴへと向かって行く。
「喰らったら、まずいな」
テンゴは軽く横に避ける。その後矢がステージの端にまで届くと、周囲に10メートルすべてが完全に火の海となった。
「アレで倒れてくれればそれでよかったのじゃが」
「それじゃあ面白くないだろう?」
ドイトリに離れているテンゴがそう返すと、次の瞬間にはドイトリに向かって疾走する。
「しっ」
そこから様々な色の矢を取り出してテンゴに放つ。だがテンゴはそれらを受け止めず、そのまま最小限で避けて近づいていく。
「『磁器拾い』」
テンゴが寸前にまで迫るとドイトリはすぐさま槌を拾い、テンゴの接触に備える。
そして再びテンゴの掌底とドイトリの槌が交差するのだが――
「惜しいな」
「くそがっ」
ドイトリの槌爪はテンゴの脇腹に迫っていたのだが、テンゴの手が爪を掴んでそのまま止めていた。
そして次の瞬間、テンゴの掌底がドイトリの腹部に衝突して、再びドイトリは吹き飛ばされる。
『ドイトリ選手、再び重い一撃を貰ってしまった……もう一度立ち上がれるのでしょうか?』
ドイトリは背後がステージの膜だったことから、膜に激突して、そのまま跳ね返る様にステージの中心にまで吹き飛ばされた。
〔~ドイトリ視点~〕
ボスッ
(…………わははは、もはや笑うしかないほど、強いのぅ)
衝撃で吹き飛ばされ、跳ね返ってステージの中心に戻ってくる。
その後何とか、立ち上がろうとするが、体が動かない。
(……いや、まだ倒れてはだめだな、じゃないと
ググッ
なぜ力が入っているのか儂自身すら驚くが、力が入るのならと立ち上がる。
ズキッ
「ガハッ」
体が裂けるような痛みを感じると、肺から何かがこみあげてきて、口を通って排出される。
「ふぅふぅ、ほんと、なんで儂がこんなところにいるのか」
口に残る血の後味を感じながら空を見上げる、そこは雲一つない快晴の空だった。
(諦めたいのぅ、そうすれば楽になれるからのぅ……)
一瞬だけ、目を閉じようとするが、その瞬間に頬が叩かれた痛みが生じる。すぐさま開かれた瞳は開かれるが、そこには誰の姿もなかった。
「……わはは、そうか、そういえばそんなこともあったのぅ」
一瞬、痛みの理由が思い当たらなかったが、記憶の底で一つの記憶が蘇る。
(ちょうどあの時と同じ感覚じゃのぅ……どれ)
頬に感じる痛みを懐かしみながら、再び全身に力が籠る。
「まだまだ諦めるわけにはいかんなぁ!!!」
儂は再び袋に手を入れて、新たな武器を取り出す。
「一族の名に掛けて、戦いつくすのみ!!」
儂は自分に言い聞かせるように叫び、迫ってきている相手に向けて、武器を向けるのだった。
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