第497話 決着と蠢きだす者達

「ああ、ダメだな」


 貴賓席で、一つの声が響く。


「えっと、ダメとは?」

「言い方は悪いが、今回は壊滅的に相性が悪い」


 テンゴはロザミアの言葉に正直に答える。


「善戦しているように見えるが」

「見えるだけだ、確実にじり貧となる」


 テンゴがイグニアの言葉に応えると、ステージの上では優劣が傾きつつあった。


 そして、マシラが完全に劣勢になると、決着は訪れる。


「『嚙み砕く右手』」

「っ!?」


 マシラの拳をガードした腕の箇所が裂け、その部分がマシラの拳に噛みつく。


『マシラ選手の腕が掴まれてしまった!!こうなってしまえば、もう……』

「くそがっ」

 ゴギン


 強引に何かを外した音がすると、マシラは肩の関節を無視した動きを見せて、蹴りを繰り出す。


『マシラ選手、自力で肩を強引に外して蹴りを繰り出す!!ですが……』


 マシラの行動にリティシィは興奮気味になるが、すぐさま消沈する。


 なぜなら――


「楽しい時間は終わりの様であるか……」

「……そのようだな」


 マシラの蹴りはオーギュストが容易に受け止めて、その瞬間にその足を掴まれていた。関節を外しある程度自由になった片腕と、足を受け止められれば、マシラは容易には動けない。


「『鋭利なる剣尾』」


 オーギュストは尻尾の先が変形し、剣の様になる。そして最終的に胸を貫かれて、光の粒子になってしまうのはマシラだった。

















『勝者が決まりました!!勝者は“黒手遊戯”オーギュスト選手!!』


 ワァアアアアアア!!!


 マシラの体が粒子となり、決着がつくと、毎度のことながら歓声が鳴り響く。


『双方ともに、ここまで勝ち進んできたのに納得できる実力でしたね!!特に――』


 それからリティシィの感想が語られて、選手の二人は拍手を受けながら退場していく。そしてコロッセオ内にいる全員が次の試合に興味を向けるのだった。










「ああ、くそっ」


 貴賓席に戻ってくると、マシラはテンゴに膝枕してもらいながら悪態を付いていた。


「やけに荒れているな」


 あまりの荒れように思わず声を掛けてしまう程に。


「そりゃそうだろう。あいつ、性格わりぃぜ」


 マシラはテンゴに頭を撫でられているにもかかわらず嫌な顔をする。


「……相当鬱憤が溜まっているな」


 思わずティタは言葉を漏らすほどらしい。


「どうしてが性格が悪いと思った?」

「けっ、最後になってわかったが、あの体は不完全・・・だ」

「??」


 マシラの言葉に思わず首を傾げる。


「それは翼が無いことを言っているのか?」

「いや、そうじゃねぇ。いや、それもあるが、そこが重要じゃねぇ」


 それから殊更に言葉が並べられるが、どれも要領を得なかった。唯一わかったのは、オーギュストには何かが隠されている事、そしてマシラが騙されていた・・・・・・ことが伝えられる。


「騙されていた、か」

「ああ、あたしの目ではあいつの動きはどう見ても技量ではあたしに劣っているはずだった。だがどうだ、見てみればあたしに引けを取らない技量を持っていたじゃねぇか」


 その後、くそ、と悪態を付いてマシラはテンゴの腹に顔を埋める。


(それはただ単に見抜く力が足りてなかったのでは?)


 心でそう思うが、口にはしない。この状況ではどういっても敗者を責めるようにしか聞こえないからだ。


「……??」

「バアル様?」

「どうした?」

「……いえ、なんでもありません」


 こちらの様子を察してか、リンが問いかけてくるが、俺は何も知らない表情をして、リンに問い返す。


「さて、少し時間があるか……少しばかり席を外すぞ」

「おや、何か御用がおありで?」


 俺は決勝戦まで時間があるのを確認すると、席を立ち始める。だがその様子にユリアが笑顔で問いかけてきた。


「何、本格的にここにいるのはあと数日だ。なら、ついでに少しばかり歩き回ろうと思ってね」

「そうですか、誰かとお会いになると思っておりました」

「安心してほしい、次の試合までに誰かと接触・・する予定のは無い」

「そうですか、お気をつけて」


 ユリアの言葉を受け取ると、俺はリンとノエルを連れて貴賓席を後にした。


















 コロッセオ内を歩き回り、人気のない場所までたどり着くと、後ろについて来ている二人を見る。


「周囲に人はいそうか?」

「……いえ、おりません」


 リンは少しの間、目を閉じる。そして次に目を開くと周囲に誰もいないと宣言する。


「こちらもです」


 ノエルも自前の糸を使い、周囲を張り巡らせて、人気がないことを確認する。


「音の遮断」

「はい」


 二人のその言葉を聞くと、リンに風の結界を張らせて俺はポッケから一つの物を取り出す。


「それで何の御用でしょうか?」

『……バアル殿、色々と伺いたいことがある』


 通信機の先から不機嫌な声が聞こえてきた。


「何をお聞きしたいのでしょうか?」

『とぼけるな、例の件に首を突っ込む気か?』


 通信機の先は当然、近衛騎士団団長であり、影の騎士団を束ねる長であるグラスだった。


「というと、そちらでも状況を確定できたのですか」

『……推測のための材料はあったが、断定が出来ていなかった。だが』

「こちらの動きで見えた部分があると」


 通信機の先で重い肯定の声が聞こえてきた。


『もう一度聞くが、あの件に首を突っ込む気か?』

「はい」

『その言葉の意味を理解していないわけではないな』

「もちろんです。それに来賓やクラリス、ロザミアはこちらと行動を共にさせる気はないので」


 神前武闘大会が終われば、俺は弟と獣人組、クラリス、ロザミアの面々はそのままグロウス王国に帰国させるつもりだった。


『それで、お前だけが関わると?』

「グラス殿、全容が見えているなら、乗らないと言うのはもったいないと思いますが?」


 もし事が思う様に動くのであれば、断然乗った方がいいという判断になる。


『そうなってしまえば、バアル殿の名声はなくなりかねないぞ』

「ご安心をそちらも考えてありますゆえ。それと良い機会でありますので、グラス殿、そして陛下にもお聞きしていただきたい」

『これに乗るかどうかか』

「はい、無論陛下がするべきではないとなればもらえる物だけを貰ってすぐに帰国するつもりですが」


 一応のお伺いを立てるが、もし展望が見えているのなら、乗らない手はないだろう。


『……何かあった際にグロウス王国に責が及ぶのではないか?』

「こちらの状況を把握しておられるのでしょう?」


 言葉外にすでに言い訳は用意してあると返事をする。


「手に入れられる物と失う物、これの天秤が片方に傾けば自然と決断できる。それは当たり前ではありませんか」

『……不謹慎だが一つ、だけ問おう。バアル殿が死んだ場合はどうなる?』

「さて、と言いたいところですが、今回に限っては確率が限りなく低いと踏んでいます」

『答えが的外れだが?』

「いえ、これが答えですよ。そしてそれを考えるのは私ではなく、そちらです」


 通信機の先で長い沈黙が行われる。


(実際は、俺が死んでも技術は継承されるようになっているがな)


 通信機の先で憂いているのは俺が死ぬことによる技術の消滅だった。そしてそれに対して俺は当然の様に備えてはいるが、そのことを正直に知らせてはいけない。


 もし「ない」と言えば、俺が死んだ際に失われる数々を考えて、俺を危険な地に送り込むことはしなくなるだろう。それは戦地などへと送り込まれない点ではうれしい限りだが、もし行動することに価値があると判断しても動けなくなり、当然その先で得られる物はなくなる。だが同時に「ある」と言えば、それは必然的に俺の勝ちを下げることに繋がり、下手をすれば継承が行われることを目的に俺を殺そうとする選択肢が出て来るやも知れなかった。ほかにも準備があると知ればそれを知るためにあらゆることを行ってくるかもしれない。それらを考えればどちらとも取れる答えでぼかしておくべきだった。


 また、ほかにもないこともある思わせておけば、必然的に俺の身の守りが厚くなるのも利点だった。


『どちらの答えでもバアル殿の身は十分に守るが?』

「それは頼もしい限りです」

『……まぁいい。ただ、もし死んだ際の保険を残しておかねば、ゼブルス家がどうなるかは保証できんぞ』


 こちらの言質が取れないと判断して、今度は脅しの様な文言に変わる。


「心得ています」

『なら、いい。もし何かあれば連絡してくれ。グロウス王国に利益が送られるのなら、こちらも協力しよう』

「ありがとうございます」


 その後、ほかに用件がないかを確かめてから通信を切る。


「ご安心をバアル様の身は私が守りますので」

「わ、私もです!!」


 俺の言葉だけしか聞き取れなかったはずだが、それでも不穏に感じたのか、そう告げてくる。


「万が一の時は頼むぞ」

「「はい」」


 二人の頼もしい返事を聞くと、俺はコロッセオ内を移動し始めた。

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