第465話 四日目最終戦

「予想は正解だな」

「さすがに、あそこまでいろいろと聞けばわかりますよ」


 歓声が響く中、アルベールに話しかけるが、アルベールは内容を聞いて苦笑しながら返答する。


「それにしても、何が起こったかわからねぇな」


 そういうのは、テーブルの干し肉を摘まみながらステージのホログラムを注視しているマシラだった。


「クラリスはわかるか?」

「いえ、わからないわね」


 魔力が見えるクラリスならばと問いかけるが、クラリスもわからないという。


「魔力が使われていないのか?」

「いえ、おそらくは肌が触れた瞬間に魔力のやり取りをしているだろうから、まず見えないのよ」


 掌を合わせて、掌の中が見えないのと同じような状態らしい。


「なんだ、マシラ、アレを真似したいのか?」

「もちろんだ。触れるだけ相手を昏睡させるのなら覚えない手はないだろう」


 テンゴがマシラの様子を見ると何を思っているのか察したらしい。


(マシラがユライアのあの技術を覚えるか)


 テンゴ、マシラ、アシラ、親子そろって、近接戦のスペシャリストと言える家系にやや驚きを覚える。そして同時に技術が流出する可能性もあるため、危機感も感じていた。


「覚えられそうか?」

「……難しいだろうな」


 テンゴの問いにマシラが難しそうな顔で答える。


「意外だ。技術であればほとんどまねできると思っていたのだが」

「バアル、何もあたしはすべてを真似られるわけじゃない。レオンやエナの様なユニークスキルはもちろんのこと、姿があまりにもかけ離れた技術は無理だし、それに見えない技を真似るのはまず無理だろう?」

「技を受けて感じ取ることは無理なのか?」

「いや、できるが、現実的じゃない。なにせアレは触れた瞬間に、気絶か昏睡するんだろう?なら、おそらくは感じることもできない部類の技だ」


 マシラの言葉に納得する。技を受けて学ぶこともできるため、ユライアの技を真似ることもできそうに思えるのだが、触れられた瞬間に意識を失うならどのような技かも感じることは無いだろう。そのためマシラはあの技を真似るのは難しいと判断していた。


「防具を用意すれば少しは防げるんじゃないか?」

「まぁ、可能性はあるか……」


 こちらの言葉にマシラはじっくりと考え込む。


「よしっ!よっっしぃ!!」


 そんなマシラを横目にとある人物が奇声を上げていた。


「何をやっている、セレナ」

「あ、すみません、賭けに勝ったものでつい」


 セレナの手元を見てみると、何やら券らしきものの束があった。


「楽しむ分には何も言わないがほどほどにしておけよ」

「わかっていますよ~~♪」


 セレナがまるで空を飛ぶように軽い声で返答する。


(相当儲かったのだろうが……大負けしなければいいが)


 セレナの様子に貴賓席内のイグニア陣営以外が呆れの目線を送っていた。









 そして、特に問題も起こらず時間が過ぎて、本日最後の試合の時間となる。












『それでは本日の最終戦となりました~~、いや、本当は言ってはいけないんですが、さっきの試合があまりにも早すぎたため、やや物足りなかったです。なので今回の試合には大いに期待させてもらいましょう!!それでは入場してください!“浮壊球”カシャ・リック選手と“武芸百般”マシラ選手!!』


 リティシィ宣言でグラウンドに二人が入り、会場から沸き立つ声援が送られる。


 一人は先ほどまでここにいた、マシラ。格好も武器も先ほどと何ら変わらない。


 そしてもう一方のカシャ・リックだが、こちらは何とも言えなかった。なにせ格好は完全に太った道化、つまりはピエロの姿をしていた。そして武装も一回戦同様にナイフや縄、ジャグリングの球の様な魔具を持っている。だが、外見上そう見えるだけで、服の中に何か隠している可能性があるため、完全に断定することはまず難しかった。


『では双方ともステージへどうぞ』


 リティシィの声で二人とも移動し、ステージに乗る。そして二人が完全に乗り終わると、カウントダウンが始まる。


「勝てると思うか、テンゴ」

「???いや、それ聞く必要があるか?」


 テンゴに何の気なしに聞いてみると、テンゴから何言っているんだという視線が送られる。


「曲芸を極めた程度だと、マシラに勝てるわけがないぜ。それにな―――」


『では四日目最終戦、はっっっじめ~~~!!』


 テンゴの声をかき消すようにリティシィの声が響き渡る。














 まず行動したのは―――と言いたいが、今回は二人ともカウントダウンが終わるが、動くことなくその場で佇む。


『あ、あれ?カシャ選手はまだしもマシラ選手は完全に近接戦の選手ですよね?』


 マシラが動かないことにリティシィも観客も困惑する。


 そしてマシラの意図は次の瞬間にはっきりする。


 クイ、クイ


 マシラは手で攻撃を仕掛けろと合図する。


『な、なんとマシラ選手、完全に先手を譲るつもりだ!!それもかなり相手を侮っている』


 リティシィの実況は完全に真を捉えていた。マシラはカシャを完全に侮っており、真剣に戦うよりも戦いを楽しむ方向へとシフトしていた。


 そして、意外なことにそのことにカシャは腹を立てる様子はない。


「ふふふ、そうですよね、今回で言うと、どちらかと言えば私は遊び相手としか認識できないですよね」


 カシャは何かを感じ取ったのか、この扱いが妥当だと判断していた。


「ですが、弱者が勝つ時、強者は驕っているものですよ」


 カシャは左手を背中に回して、右手で口の前で指を立てて静かにというポーズを取る。


 そして次の瞬間――


 ヒュン


 思わぬところからナイフが放たれる。


『え、えぇ、カシャ選手の腹部から高速でナイフ放たれた?なんで?』


 おそらくは後ろに回した左腕をうまく服の中で移動させてからスナップで投げたのだろう。大半の相手ならば、意表を突かれてナイフをよけることが出来ないだろうが、マシラは違った。


 ピッ


「ほらほら、もう少し観客を魅せろよ。さっきの試合では盛り上がらなかったからな、ここで盛り上げなければ、そんな格好している意味が無いぜ」


 マシラは飛んでくるナイフをいとも簡単に掴み、ナイフを見せつけるように振りながらそういう。


「……ふふ、では楽しんでいただけるように私の芸の限りを尽くすとしましょう」

「おう、期待している」


 カシャはマシラから視線を外さないままお辞儀をして、マシラは先ほどと変わらず自然体のままでいた。


 そして二人が会話をしている間何も動きがないと思っていると、再び場が動き出す。


 カシャが腹部に両腕を突っ込むと、急速にカシャの腹部が膨らんでいく。


『え、えぇ、いつから、この場所はサーカスになったのでしょうか……』


 リティシィが観客の言葉を代弁する様に言葉に出す。当の本人たちは本気かどうかは怪しいが、しっかりと戦いを行っているはずである。


「『道化の腹は玩具箱』」


 3メートルほど膨らんだ腹が突然弾けると、その中からナイフや棘のついた球が全方位に散弾のように散っていく。


『え!?なんで!?』


 リティシィが驚きの声を上げる。それもそのはず弾けた腹から出てきた武器は明らかにも元のカシャの体積を越えていたからだ。


「ほぉ~」


 ナイフや棘球が迫ってくるのに対してマシラは感心した声を上げる。


「終わらないでくださいね」

「いや、これで終わったらそれこそ笑い物だろう」


 カカカカカカン


 マシラが棍を身の回りで振ると、迫りくる暗器を全て叩き落とす。


『そ、そう!これです!!私はこれが見たかった!!』


 この試合始めて戦闘らしい戦闘風景を見れてリティシィは喜びの声を上げる。


「おい、お前よりあたしの方が喜ばれているじゃねぇか」

「ふむ、それは困りました道化のプライドに掛けて、観客の目を私に引き付けるとしましょう」


 カシャはそういうと、マシラにウインクをしてから再び、腹部に手を入れる。

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