第460話 呆気なさと進みつつある贄

「決まったな」


 眼前で起こっている戦闘を見ていながら思わず口に出す。そして、その言葉に誰も異論を挟まなかった。


 なにせ、ホログラムに映っている二人の姿だが、完全に優劣がついていた。


『ぐっ』

『ほれ、速度が落ちているぞい』


 既にステージはドイトリの一撃からそれなりに時間が経っている。そして同時にその間に優劣が逆転することは無く、常にピュセルが不利な状態が続いていた。


「ピュセルが勝てると思う?」

「無理だろうな」


 クラリスの問いに即答する。当然、ピュセルは腕を治すために魔具を使用し続けるのだろうが、ドイトリが許すはずがない。ドイトリは最初のように飛礫や、岩塊を飛ばすなどの方法で攻撃したりして、回復のスキを与えないようにしている。


(それにピュセルはなぜか実力を隠そうとしている、となればもう無理だろうな)


 致命的な一撃を食らう前に全力を出さなかったことで、現状勝負がほぼついている状態と言えた。


 そして、さらに時間が経ち、ステージが逃げる場所がないほど狭くなると、予想通り勝負はついた。














『ピュセル選手……頑張りました、頑張りましたけど~~、残念ながら届かず……本日の一回戦、勝者はドイトリ選手!!』


 リティシィの声でコロッセオ内に歓声が沸くのだが、ピュセルに感情移入しているのか歓声が小さかった。


 そして光の膜から吐き出されたピュセルはグラウンドに転がることなく綺麗に着地し、一礼してからグラウンドを去っていった。また、そんなピュセルをドイトリは見送り、その後、何事もなかったかのように退場していく。


「あの一撃が決め手だったな」

「だろうな、ただあたしの目から見たらどう見ても不自然極まりないが……まぁ本人が納得しているようだし、言うことは無いな」


 テンゴとアシラの会話を聞いていると、やはりピュセラは全力とは程遠かったらしい。


「さて、次は―――」

「バアル様、少しよろしいですか」


 次の選手たちの情報を確認しようとする前に、リンが耳打ちしてくる。


「バアル様と面会なさりたいと、第五王子カーシィム様から」

「もう使者が来ているのか?」

「はい、クヴィエラ殿が来られております」

「用件は、と聞くまでもないか」


 俺の言葉にリンは頷く。


「では、会おう。すまんが、また、少しだけ席を外す」


 だが、その前に一応はユリアに断りを入れておく。


「あのことはお忘れずに」

「わかっている」


 そのやり取りを終えると、俺は面会のためにリン、エナ、ティタ、ヴァンを連れて部屋を出ていく。


(うまく食いつけば・・・・・いいがな)


 そう思いながら、クヴィエラと会い、その後カーシィムが待っている部屋まで移動することとなった。













〔~???視点~〕


 コツコツコツ


 私はコロッセオを出て、ある建物に入る。そしてある部屋へと向かい、その部屋の扉の前に立つ。すると、何の音も立てずに扉が開かれるので、私はそのまま中に入る。


 そして部屋に入るとすぐさま、跪く。


「申し訳ありません。負けてしまいました」


 私は淡々と部屋の中心にいる主に報告する。


「そう……あのドワーフは強かった?」

「条件付きのままであれば、おそらくは勝つことはできません」

「ふぅ~~ん、そう。なら、全力なら?」

「負けることはまずありません」


 パァン


 私が返答すると左肩から先が弾け飛ぶ。


「もっと正確に言ってちょうだい。それにその言い方だと、勝つことはできないと言っているようにも聞こえるわよ」

「相手がこちらの正体に気付いているのなら、おそらくは装備次第で互角になるかと、そうでなければ勝てます」


 言い直した私の言葉に満足したのか、次の衝撃は襲い掛かってこなかった。


「なら、もっと精進なさい。私の騎士でもあるあなたが、負ける要素を知ってそのままにしておくのは許さないわよ」

「承知しております」


 言いたいことが終わったのか主はカップを手に取り、口に運ぼうとするのだが。


「ピュセラ、貴方が入れなさい」

「……よろしいのですか?」

「ほかに人がいないのならね」

「わかりました……こうして主様の紅茶を入れる時が来るとは」


 私は両腕・・を使い、主様の口に合うように、生きてきた中で最高の味の紅茶を入れるように努力する。


「ふぅ、この辺りは少し荒れそうね」


 何やら主が外を見ながらつぶやいているが、私が尋ねるもの烏滸がましいため、今は全力で紅茶を入れることに集中した。











〔~バアル視点~〕


「久しいな、それで、早速これ・・のことを聞きたいのだが」


 以前訪れたカーシィムの部屋に入ると、そこには当然ながらカーシィムが待ち構えていた。


「手紙に書いた通りだな」

「いきなりすぎると思わないか?」


 カーシィムがこちらが出した手紙をひらひらと見せてくる。


「別にいらないと言うなら、そう伝えるまでだ。有能そうな者がいたからというだけで、こちらは善意で招待しているだけに過ぎない」


 後ろでややリンがため息を吐いているのが聞こえるが、気にせず続ける。


「だが、君からの推薦という意味が分からないわけではないな?」

「わかってる」


 当然、地位ある物の推薦はいうなれば受け入れろと言う圧として捉えられることが多いだろう。だが今回は違った。


「何度も言うが、本当にただ、有能そうだからというだけで連絡したに過ぎない」

「……正直、自ら雇おうとせずに私に差し出すあたりがだいぶ怪しく感じるが?」

「さすがに有能だけ・・で雇うことはしない。雇い入れ、ほかの者達とぶつかりそうだとすれば、さすがに要らない」


 それに、もし仮にロックルの性格がよかった場合でも、あいつの本職は細工や小物づくり、今俺に必要としている人材ではなかった。


(手練れはいくらでも欲しい所だが、手先が器用でいろいろ作れるだけなら、今は要らないだろうな)


 今のところ腕利きはいくらでも欲しい、なにせ護衛やリクレガの街、ほかにも機竜騎士団などなど俺には数多くの使い道がある。だが、残念ながら、細工師や小物づくりを専門とする職人は足りてないということは無いため、特に必要ではなかった。


「何とも耳が痛い話だ」

(カーシィムは俺が殺した……あいつのことを思い出して、そう言っているのだろう)


 カーシィム話の流れから心当たりがある奴を思い出したらしいのだが、俺は記憶が薄いため名前が出てこなかった。そして話を続ける。


「なにより、そいつはドワーフなのに人に欲情するという変わった性癖を持っている奴でな、こちらとしては婚約者や様々な者がいる中では雇いづらい。だが」

「そうだな、私のところなら、雇いやすいだろう。私が女を宛がえば、もしくは私が相手をしてもいい、と様々だ」

「……俺は場を整えて紹介するだけだ。そこから先の条件のすり合わせなどはそちらでやってくれ」


 カーシィムの篭絡の仕方に触れたくないとばかりに話を切り上げる。


 それから、俺はカーシィムと軽く話をしてから、退室することとなった。

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