第448話 獣となれ

〔~アシラ視点~〕


「はぁ、はぁ、はぁ、ふぅ…………ふぅ~~」


 俺は額を抑える、大きく顔を斬られたせいか、顔どころか、頭全体が熱い。


『……ようやく来たか』


 目の前にいる奴が何か言っているが、頭が受け付けない。


(痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇな、おい)


 痛みを感じながら耐えていると、体の芯から湧き出る何かを感じる。


(ああ、負けたくねぇ、死にたくねぇ、負けたくねぇ、死にたくねぇ、負けたくねぇ、死にたくねぇ、負けたくねぇ、死にたくねぇ―――)


 頭の中がずっと同じ感覚でループする。


『……獣人とはよくいったものだな』

(うるせぇよ、お前に俺達の何がわかる)


 ガァアアアアアアアアアアアア!!


 俺はいつの間にか完全に『獣化』しており、雄たけびを上げていた。


『さて、実力は如何ほどか』

(上からもの言いやがって、何様のつもりだ!!)

 ガァアアアアアアア!!


 その後は怒りにまかせて我武者羅に動く。砂掛けから始まり、突進、腕による薙ぎ払い、圧し掛かり、噛みつき、相手を殺せる動作ならなんでもした。


 だが、そのことごとくが躱され、逸らされ、相殺され、そして反撃されていく。


(なんで当たんねぇんだよ!)


 それらがひたすらに繰り返されていくと、嫌な記憶が蘇る。


【相手が自分の見込み違いだっただけのことだ】

【お前の能力は平凡すぎる。現に俺にいいようにやられていただろう?】

【俺ががっかりしているのは、初日のあの戦いぶりの影すら見えないからだ】


(うるせぇ!!!)

 ガァアアアアアアアアアアアア!!!


 それらの言葉を否定する様に俺は俺自身で雄たけびを上げる。


 そして雄たけびを上げた際、視界の端に親父とお袋の姿が視界に入った。


【たくよ、その力が、いつでも発揮できればよかったが】

【あの状態がお前の本来あるべき姿ということは覚えておけ。そうすれば確実に強くなれる】


 二人の姿を見たからか、どこかの記憶から二人の言葉が蘇った。


(そんなこと言われずともわかっている!!)


 そんな二人の言葉に覚えた感情は怒りに似た激情だった。


(俺が『獣化』が得意じゃないことはわかっている!!俺の『獣化』の限界はわかっていた!!だから俺は鍛えた!!鍛えて、鍛えて、ようやくレオンやエナとも肩を並べられるようになったんだよ!!それが間違いだったとでもいうのか!!!)


【ごめんな、アシラ……本当にごめん】


 二人の言葉にいら立ちを覚えていると、どこからか悲し気な記憶が呼び起こされる。


(待て、なんだこれ、俺はこんな記憶は知らん・・・!!)


 そう思っている間も記憶が再生されていく。そこはラジャの里の俺の家で、今いるのは昔に・・使っていた俺の部屋だった。


【あたしの影響が大きいよな、こいつは…………】


 俺はベッドに横になっており、お袋が俺の頭を撫でている。


(影響?なんのことだ?)


 今が戦闘中だと言うのに、今脳裏をよぎっている記憶に興味がわく。


【アシラおばさん、本当にいいの?】


 そしてその記憶の中で幼いころのエナの声が聞こえてくる。


【ああ、あたしが馬鹿だった。獣になる感覚を覚える前に技術を教えてしまった……理性で制御する必要がある技術に慣れたせいか、無意識に理性が本能を止めている。そうなればこの子は……】


 かすれた視界の中でお袋が泣きそうになっているのが分かった。


【だから頼む、エナ】

【……多分、元通りにならない】

【わかっている記憶は無くても体は覚えているはずだ、だがそれでも、この子がこの里で生きるなら必要だ】

【わかった】


 その会話がなされると、エナがいつの間にか隣に来ているのが分かった。そしてエナが耳元に近づくと――


忘れろ・・・


 ピギッ

(ぐっ!?頭が!!)


 エナのその言葉を聞いた瞬間、まるで頭がひび割れたような痛みが走る。


「???どうした??」

(っ、がぁ痛って!!だが、思い出した・・・・・!!)


 痛みが駆け巡り収まると、エナの言葉で忘れていた部分を思い出した。


【ごめんな、本当にごめんな】

(っ!?お袋が謝る事じゃねぇ!!俺は俺の意思で教わった!!)

【ごめんな】


 だが俺の意思に反して、記憶の中にいるお袋は謝り続ける。


(っっっ!!なら証明してやるよ!!お袋は間違ってないって!!目の前の奴を倒せるって、証明してやるよ―――)


「ガァアアア!!!!!」

(ガァアアア!!!!!)


 その時初めて俺は―――――――になれた気がした。















〔~バアル視点~〕


「どうやら決着がつきそうだな」

「…………」


 俺とカーシィムは、眼前のステージの成り行きを見守っていた。


 だがカーシィムが言葉にした通り、戦況が傾きつつある。アシラの攻撃は、いくら身体能力とタフさを併せ持っていようと、すべてが単純明快の攻撃で愚直と言える。そのため強力な攻撃の防ぎ方、躱し方を心得ているリョウマからすれば、児戯にしか思えないほど、あっさりと対処し反撃される。


 もちろんアシラも持ち前の頑強さとタフさに寄り、ほとんどの攻撃は刃を通すことなく、無防備でも防ぐことが出来ていた。だが、リョウマはそういった相手への対処法を知っているのか、一切ダメージがないわけではなく、ほんの少しづつだが、アシラは押されていった。


(やはり、あの状態で対等になれるとしても理性がないのは致命的だな)


 アシラが完全に獣染みた行動でリョウマを倒そうとしている。だが残念ながら五分五分という状態でも、理性が無いアシラでは、力技への対処が出来ているリョウマに勝てるわけもなかった。


「……え?」

「……ん?」


 だが、そんな戦闘が行われている最中、背後にいるリンと、カーシィムの背後にいるユライアが疑問の声を上げる。


「どうした?」

「いえ、その……私の目から見たらアシラさんの動きが少しだけ変わったような……」

「……そうか?」


 リンの言葉を聞いて、ステージ上のアシラに視線を向ける。だが、そこには先ほどと変わらず、と言っても個人の視点だが、我武者羅にリョウマに向かってくアシラの姿しかなかった。


 だが、その違和感に観戦していた一部の者達は気付いており、そしてステージ上で誰よりも近くにいる者が気付かないはずもなかった。


『……???どうした?』


 リョウマが一度攻撃の手を止めて問いかけると、次の瞬間、アシラは攻撃を止めて、頭に手を当てて、唸るような声を上げる。


『まぁ、どうでもいい』


 だが、リョウマは絶好の機会を逃すわけもなく、頭に手を当てているアシラに急接近して、刀を振るう。


『『緋炎流・火獄燕』』


 リョウマはそれぞれ四本の刀が淡く輝くと、刀の峰の部分から火が上がり、それが推進力を強化する。


『……ガァアアア!!!!!』


 そんなリョウマとは裏腹にアシラは頭から手を退かすと大きく雄たけびを上げる。


 ヒュン

 サッ


 そして二人が重なる――ことは無かった。


「……あの状態から戻ってくるとはな」


 俺はステージの光景を見ると思わず呟く。なにせアシラはリョウマの攻撃を大きく、後ろに・・・飛び躱したのだった。


『……ぷっ、はははは、おい、会話はできるか?』

『ふぅぅぅぅ~~できるぜ』


 リョウマは追撃せずにアシラに声を掛ける。またアシラもリョウマの声に返答する。


『あのまま、獣でいてくれたなら、今頃、決着がついていたのにな』

『おかげさまでな。懐かしい記憶を見たぜ……だが、ここからは今まで通りとはいかねぇぞ』


 アシラはそういうと、現在の獣の姿で構えを・・・取る。


『へぇ、なら一応は、期待しておこう!!』


 そしてアシラに応えるように、リョウマは再び、アシラに向かって行く。


『『緋炎流・陽炎』』

『そう来るなら、こうすりゃいいんだろう!!』


 リョウマが低い姿勢で、接近するアーツを再び使用するが、それに対してアシラも前進する。そして行ったのは――巨体を生かしたタックルだった。


『っ、なら』

『以前なら避けていた、が!!』


 リョウマは幻影とその後ろ含めて、巻き込む形のタックルを見ると、すぐさまアシラの顔面に向けて刀を振るう。


 だがそれに対してアシラは振るわれる刀に合わせるように腕を盾の様に身構える。


 ギャ、ギャリ


 刀は完全に腕に止められる。


『っ!?』

『もらいだ』


 そして何か違和感があったのか、リョウマが驚いた次の瞬間、アシラは腕に繰り出された刀を掴み・・強引にリョウマを持ち上げる。そして――


『潰れろ!!!!』

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