第447話 見込み違い

 プシュ!!


 リョウマの刀はアシラの首へと迫るのだが、切っ先だけがアシラの首に横一文字の跡をつけた。


『おおっと、ヒエン選手の華麗なる一撃は、アシラ選手の首に跡をつけるだけで終わってしまった~~これはアシラ選手が何かをしたのか???残念ながら私には理解できません』


 戦闘に詳しくないリティシィも先ほどまで圧倒していたリョウマが一撃を外すとは思えなかったからこその言葉だろう。


「どう見る、バアル」

「どうもこうも、考えられるのは二つ。手心を加えたか、避けられたかのどちらかだけだ」


 極端な話、当てる気があったのか、無いのか、ただそれだけだ。


「それを含めて過程を聞いている」

「そうだな……先ほどの一撃で決まれば、期待外れだがそれでいい、防ぐか避けるなりできたなら続けられるでそれでいい、そんな一撃だった。そしてアシラがギリギリで躱せた理由だが、それはわからん」


 リョウマの先ほどの会話と態度から気持ちは推察できても、なぜ避けられたかは説明できなかった。


「簡単ですよ、バアル様」

「簡単だぜ、シム様よ」


 俺の答えに背後にいるリンとカーシィムの背後にいるユライアが同時に応える。


「で、どういうことだ?」

「はい、まず先ほどの攻撃が外れた理由はおそらく二点。一つがリョウマが予選の時の感覚、つまりはアシラさんが完全に獣になったときのサイズを想定にして放たれた物であったこと。そしてもう一つが、アシラさんが不完全な『獣化』しているせいか思ったよりも避ける速度が速かったこと。この二つに寄り、刀は切っ先のみが刺さったということです」


 俺はリンに、そしてカーシィムはユライアに説明されて、それぞれ先ほどの攻防に納得をする。


「なら、ついでに行くが、どちらが勝つと思う?」


 そう聞くと、リンは難しい顔をする。


「見てわかる通り、現状が続くのであるならば十中八九リョウマかと。ですが、先日のあの状態にアシラがなれたのなら4割、あの状態で理性があれば6割ほどの勝算だと」

「つまりはどう見ても劣勢か」

「はい」


 リンの言葉を聞き終えると、再びステージを見る。


(さて、ここで敗退するのか見ものだ)












「ちっ、ふん!!」

『なんと、アシラ選手、首の薄皮一枚ぐらい問題ないとばかりに、首の傷跡が塞がった!!だが、アシラ選手は勝ち目はあるのか!!』


 アシラはリティシィの実況通り、『獣化』の再生力なのか、それとも自前の筋肉で傷を塞いだのかわからないが、自前で止血が出来ていた。


「おい、教えろ、なんでさっきの攻撃は甘かった」


 アシラは試合にもかかわらず攻撃する意図はないとばかりに腕を組む。そしてその様子を見て、リョウマも刀を下げて会話に応じる。


「『廻鵬』のことか?それなら俺のミスだ」

「ミス、ミス、か。まぁそれならいいが……なんでそうがっかりした表情をしている?」


 アシラが問いかけるほどにリョウマの表情は暗く、全く楽しんでいる雰囲気がなかった。


「なんで?それは相手が自分の見込み違いだっただけのことだ。もう少し楽しめると思ったが、今までの行動を見る限り、まず無理だろう」

「……あ゛」


 リョウマの言葉にアシラは怒りを含んだ声を出す。


「俺が弱いってことか?」

「そう聞こえなかったか?確かに、お前は技術もあり、身体能力もそこそこある。それならば並みの奴らはまず圧倒できるだろう。だが、それ以上になると、お前の能力は平凡すぎる。現に俺にいいようにやられていただろう?」

「…………」


 リョウマの指摘にアシラは何も言わない。


「だが、それは予選の時に気付いていたから何も言うことは無い。それでも俺ががっかりしているのが、初日のあの戦いぶりの影すら見えないからだ」


 リョウマの指摘に観客の中にも納得の表情を浮かべる者たちがいた。


(確かに、あの時のアシラと今のアシラを比べると、何段階も見劣りしてしまう)


 実際、あの時のアシラについてはテンゴもマシラも現状より格上だと評価している


「ちっ、好き勝手言いやがって」

「だが、事実だろう。さて、観客も冷めている。再開するとする、か!!」

「ぐっ」


 一通りの会話がなされると、リョウマが再びアシラへと接近していく。


「『陽炎』」

「それは、もう見た、!?」


 アシラはリョウマのアーツを確認して、幻影の後ろにいるリョウマへと攻撃しようとするが、アシラにぶつかるようにして接近したリョウマが刀を振るう。幸いなことに鋭さがあまりなかったのか毛や皮を斬るには至らなかった。だが、仮にもリョウマの一撃、それは確実にアシラの腹部に衝撃を与えていた。


「何を見ている?まさか、ブラフを張らないとでも思ったのか?」

「っっガァア!!」


 アシラは眼前にいるリョウマ目掛けて腕を振り下ろすのだが。


 ギャ、ザン!!


 一瞬の動きの後、アシラの拳は砂場に刺さり、リョウマは刀を振り抜いた形となる。


「ぐっ、くそ」


 そして次の瞬間、アシラは自身の顔を手で押さえることになる。


『な、なにが?残念ながら私には見えませんでした』


 リティシィは今の一瞬に何が起こったのか理解できなかったが、こちらはしっかりと捉えていた。


(アシラの腕の振り下ろしをリョウマは刀でわずかに逸らした後、返しの太刀でアシラの顔面に斬撃を放ったか……確かに今のままだとアシラに勝ち目は無さそうだな)


 顔面を抑えているアシラの手の隙間から、少しづつ赤い血潮が流れている。そしてその様子を見るとリョウマは軽く後ろに飛ぶ。


「はぁ、はぁ、はぁ、ふぅ…………ふぅ~~」

「……ようやく来たか」


 ステージの雰囲気が変わる。それはそれなりの実力者なら肌で感じることが出来た。


「グゥゥルルル」

「……獣人とはよくいったものだな」


 アシラは全身を『獣化』させると、完全に獣の唸り声を上げる。


 ガァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


 そしてコロッセオ内に雄たけびが響き渡ると、観客のほとんどが耳を抑える。


『う、うるさ』


 実況するはずのリティシィが思わずと言った感じで言葉を漏らすが、その言葉に同意しない者はいなかった。


「おそらく、これでは数が・・足りんな」


『おおっと今度はヒエン選手に変化が見える!!背中から赤い腕を生み出すと腰に下げているもう二本の剣を抜き放ったぁ!!!』


 アシラの変化に合わせて、リョウマも魔具を使用する。甲冑型の魔具を発動させたのか、肩甲骨あたりにある陣から赤色の腕を生やすと、それらは腰にある刀を抜き、四刀流の構えを取る。


(なるほど、アレがクラリスには見えていたのか)


 あの時クラリスには見えていて、俺には見えなかったのに、今回は見える。おそらく、何かしらの違いがあるのだろうと思っていると双方が動き出した。


 ガァアアアアアア!!


 アシラは獣染みた動きをしてリョウマに接近する。


「さて、実力は如何ほどか」


 ガァアアアアアアアアア


 リョウマの言葉に応えるようにアシラが吠えるとそれぞれの距離はおよそ二メートル弱となる。


 そして最初に仕掛けたのはアシラだった。


 ザパッ

『す、砂掛け!?アシラ選手、あと少しでヒエン選手という位置で砂を殴り大量の砂を浴びせる!!』


 リティシィの実況通り、アシラはリョウマに届く直前で全力で砂を殴り、大量の砂をまき散らした。


「小賢しい」


 だがリョウマは動じず、即座に刀を振り、自身に降り注ぐ部分の砂を切り払う。


 ガァアアア

「『煉絶刀』」


 その振り払われた部分にアシラが突っ込んでいくと、リョウマはすぐさま後ろに飛び、地に足が着くとアーツを発動する。


「『緋炎流・大焔馘だいえんげき』」


 そして次の瞬間、リョウマは前に飛ぶとアシラと交差する瞬間に四つの刀でアシラに向けて振るう。


 ギィィン


 ガァアアア!!

「……硬いな」


 四つの刀はまるでギロチンの様にアシラの首に殺到するが、粗い金属の板を撫でた時の様な音を出すだけで、アシラの皮膚にも毛にも損傷を与えることは無かった。


 ブン!!

「おう、っと」


 そして体でリョウマの刀を受け止めたことにより、アシラは横なぎに腕を振るい、リョウマの頭を吹っ飛ばそうとする。もちろんリョウマもそれにあたることは無く、大きくのけぞると同時に、後ろに飛び、体勢を立て直す。


「……こりゃ、本当に手ごわい魔物と戦っているようだな」

 ガァアアアアアア


 リョウマの感想など聞く気もないとばかりにアシラは再び突進を始める。


「だが、それならそれで、化け物退治に変えるだけだ」


 そしてリョウマもアシラへと接近していく。そしてそれから始まるのは、一言で言えば獣と人の応酬だった。

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