第439話 勝利への意欲と新たな情報

『なんとなんと、お互いがお互いの胸を貫いて、この試合が終了したーー!!そして勝者は…………“六法剣斬”レシェス・・・・選手!!!!』


 ステージ上には光の粒子に包まれて、空いた胸の穴がふさがったレシェスの姿があり、そしてステージの外には斬り飛ばされたはずの左腕が治った状態のヴァンは弾き飛ばされていた。


『またヴァン選手にも惜しみない拍手を、ってアレ?』


 リティシィは不思議な反応を見せる。その理由だが、勝ったはずのレシェスがヴァンに近づいていた。


「……なんだよ」

「何、要件は簡単だ」


 レシェスはそういうとヴァンに頭を下げる。


「……何している?」

「お前の本気を引き出すため、お前を育てた奴を罵倒したのはやりすぎた。謝罪する」


 レシェスはそういい、ヴァンへの謝罪を述べる。


「いや、お前の言ったことは正しい。俺はおそらく勝つ気がなかった。いろいろと片付いちまったからな」

「そうか……ほら立て、強者がいつまで地に倒れているな」

「なんだよ、それ」


 レシェスはヴァンに手を差し伸べて、ヴァンは渋々ながらもレシェスの手に引かれて立ち上がる。


『う、美しい光景です!勝負をして間もないというのに、お互いに遺恨もなく寄り添い合う、私この光景は感動しか覚えません!!』


 リティシィの言葉に呼応するようにコロッセオ内には拍手の音が木霊し始め、二人は軽く何かを告げ合うとそのまま拍手に包まれたままグラウンドを退場していった。













「すまん。負けた」


 ヴァンは貴賓席に戻ってくると、負い目を感じさせることなく、そう告げた。


「そうか」


 俺が淡白に返すと逆にヴァンは違和感を感じている表情をしている。


「……怒っているか?」

「???なぜ?」

「いや、俺はアンタの仲間として見られている。そんな俺が負ければそれはアンタが負けたように見えるぞ」

(ああ、このことか)


 ヴァンが戦っている最中にイグニアが似たようなことを仄めかしていた。


「問題ない。もとより、俺はこの戦いを重視していない」

「だがキゾクは面子が大事だってベインから聞いたが?」

「確かにそうだが、それだとしても俺にはまだテンゴやマシラ、アシラがいる。おれの手勢の多くが本戦に参加することが出来たという実績があれば十分だろう」


 ヴァンの言い分にも一理ある。確かに貴族ならば面子を大事にするだろう。だが今回に限っては俺はあまり重視していない。なにせヴァンは本戦の途中から俺に合流した、つまりは予定外の手駒ということになるため、正直そこまで注目していたわけではない。


「ねぇねぇ~ベインって誰の事?」


 そんな会話をしているとよこからレオネがヴァンに問いかける。


「戦闘中にもベインという名が出ていたが?どうなんだ?」

「いや、そんな難しい話じゃねぇけど」


 それからヴァンはベインについて話す。


「ベインは俺達の育ての……親とは違うな、兄だな。スラムに捨てられる子供を集めて、何とか生きれるようにいろいろと手を回してくれた、恩人だ」

「そうか」


 それからの説明でベインはスラムにいる子供たちを集めて、何とか食えるようにしていたとか。


 だが――


(それだけを聞くと聖人に感じるが……)


 おそらくは善意だけで子供たちを保護していたとは考えにくい。当人もスラムに住んでいるということでおそらくは何か裏があったのだろう。もちろん、大人数の集まりを作ってできるだけいろいろなことがしやすい環境を整えることが目的も考えられるが。


「それで、そのベインはどうした?」

「死んだよ。三年前に」

「そうか、それは悪いことを聞いたな」


 ベインが死人だと分かった以上、これ以上深堀する必要がなく。この話題はそのまま終了した。


「ふ~~ん、じゃあこれからヴァンはどうするの?」

「約束を守るつもりだ」


 約束とはほかの子供たちを保護する代わりに、俺の部下になってもらうということだろう。


「何より、俺はこれ以上勝ち進むことは考えられない。なにせあんたの庇護を受けることが決まったから、勝ち進む意味もなくなったし」


 この言葉でわかる通り、やはりヴァンがこの大会に参加する理由はあの子供たちらしい。そして子供たちを俺が保護する条件を取り付けると、勝利への意欲が無くなったというわけだ。


「こう言っては何だが、丁度良かったようだな」

「ああ、これからよろしく頼む」


 こうして、ヴァンはトーナメントを敗退したのだった。















 コンコンコン


 ヴァンが本格的に手駒になった後、それぞれが次の試合まで時間を潰していると貴賓席にノックの音が響く。そして扉が開かれると一人の騎士が入ってきて、耳打ちする。


「バアル様、お客様です」

「誰だ?」

「それが……」


 問うと騎士の歯切れが悪くなる。


「あの、オーギュスト・・・・・・です」

「……へぇ」


 次の対戦相手である張本人がやってきたのに、興味がわく。


「用件は?」

「それがどうやら昨夜のこと・・・・・で情報提供があるとのこと」


 ピクッ


 騎士の告げた言葉に興味を惹かれる。


「いいだろう、会おう」


 そう言って立ち上がる。


「リン、エナ、ティタ、それとヴァンお前も来い」

「俺もか?いきなりだな」

「部下になるんだろう、ならその予習みたいなものだ」

「……わかったよ」


 そう言うとヴァンは重い腰を上げてついてくる。


「では殿下、俺は少々席を外します」

「ああ、わかった」


 俺はイグニアに軽く声を掛けてから、貴賓席を出て、オーギュストと会合する。













「久しいであるな」


 俺は貴賓席を出ると、扉のすぐそばにいたオーギュストは綺麗な礼を行う。


「そっちも、無事に勝ち進んでいるみたいだな」

「運のいいことにである。それにバアル殿との再戦を行うために必要な事なので」

「……なるほど」


 オーギュストの言葉からどのような意図で大会に参加しているのかが判明した。


「まぁ、それは良いとして、昨夜のことで情報があるんだな?」

「それはもちろんである」


 オーギュストも本戦参加者、つまりは暗殺者に狙われた本人と言える。


「一つ聞くが、それはこの場で言えるか?」

「そうであるな……ネス」

「了解であります!!!」


 オーギュストは自身の胸ポケットの中にいるネズミの悪魔、ネスに声を掛ける。


「お久しぶりです、バアル様、ワタクシメを覚えているでしょうか?」

「一応な」

「チュチュ、それは嬉しいことです」


 胸ポケットから出てきたネスが礼儀正しく頭を下げながらそういう。


「ネス、周囲に幻惑・・を頼むのである」

「お任せあれ」


 オーギュストの言葉でネスは何やら踏ん張る様な表情をする。


「これで問題ないであるな」

「……こちらとしては不安しかないが」


 ネスが何かしらの能力を使ったのは理解できたが、こちらとしてはそれを確認する術がないため、ただ会話しただけの様にしか感じない。


「まぁ、いいそれよりも次はお前の試合だろう?時間は大丈夫か?」

「なに、話すだけなら十分に時間があるのである」

「そうか……それで情報とは?」


 そう言うとオーギュストは口を開く。


「昨夜の暗殺者集団に心当たりがあるのである」

「……話せ」


 オーギュストはこちらの表情を確認すると、肩を竦めてから話し始める。


「昨夜、襲ってきた暗殺者は『黒き陽』という名の暗殺者集団である」

「この国の闇組織か?」

「残念ながら違うのである。奴らは此処からさらに東に言ったアシュルク砂漠を越えた先の、ある国の暗殺者集団であるな」


 オーギュストの言葉に信用性は低いが、ボゴロとの情報との整合性が取れている部分があるため、言葉に信用が生まれた。


「なぜ狙った?」

「そこまではわからないのである。奴らはその地方では無類の名を誇る暗殺者たちで、依頼料は異常なほど高いとは聞いているが、それ以上は」


 オーギュストはわからないという仕草をして、首を横に振る。


「……なら、質問だ、なぜおまえはその集団のことを知っている?」

「簡単である。過去に何度か狙われたことがあるゆえに特徴を知りえていたのである」

「なぜ狙われた?」

「そこはアルカナ絡みがあったとしか答えられぬであるな」


 オーギュストの答えに眉を顰める。


「なら、質問を変えよう。なぜその『黒き陽』が襲ってきたと思う?」

「ふむ、予想だけになるのであるが…………手引きした者が本戦内にいるのであろう」

「…………予想にしてはやけに具体的な答えだな」


 そう答えると、オーギュストは苦笑する。


「こう言っては何であるが、まず昨夜の襲撃自体がおかしいのである」

「??なぜそう思う?」

「ワガハイが知っている『黒き陽』は依頼をほぼ確実にこなすことで有名である。言っては何だが、本戦出場者の一人も殺せていない時点で、まずおかしいのである」

「つまり、昨日の襲撃は殺すことが目的ではないと?」


 こちらの言葉にオーギュストは頷く。


「だが、それならば、その『黒き陽』ではないと考えるのが普通じゃないのか?」

「いや、彼らには決定的な特徴があるのである。ただ、それを人の目で見破るのはまず無理なので、これはワガハイの言葉でしか証明できないのであるが」


 どうやらオーギュストには今回の暗殺者に確信を抱いているらしい。


「ほかに情報は?」

「こちらとしてはここまでしか知りえないのである」


 オーギュストはこれ以上の情報はないと言う。


「……情報は感謝する。対価として何か望みはあるか?」

「なら、ワガハイとの再戦が叶った際に、全力で相手をしてもらいたいのである」

「それぐらいか?」


 こちらの問いにオーギュストは頷く。


「いいだろう、そちらの準備が済めば、こちらも全力で相手をすることを約束しよう」


 それぐらいならと思い、そういうとオーギュストは笑顔になる。


「それでは、時間が迫っているのでワガハイはこれにて。標的かどうかは不明であるが、ただ暗殺者なんかにやられないようにしてほしいのである」

「余計なお世話だ」


 その後、オーギュストは最初と同じように礼をして立ち去っていった。

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