第440話 確認と共有
『『黒き陽』だと?本当にその情報は合って居るのか?』
「確信はありませんが、信用に足る情報かと」
俺はオーギュストから情報を貰うと、コロッセオの中で薄暗い通路、それも人目に付かない場所で通信機を使ってある人物と会話していた。
「ちなみに、『黒き陽』とはどのような組織でしょうか?なにやらそちらには情報を持っているようですが」
『残念ながら、こちらも情報は断片的な物ばかりで確定的なことは何も言えん。わかっているのはネンラールから東方諸国を通ってさらに東の、砂漠の地の国に根付いている暗殺集団であること。数年に一度ネンラールや東方諸国のどこかでその名を聞くぐらいだ。そしてその時の暗殺は必ずやり遂げるという、裏の界隈では伝説となっている部分も多い』
「グロウス王国でもその活動が?」
『ここ数十年はないが、それよりも以前なら名が残っている。ただ、だいぶ昔のこと過ぎて、情報が完全に腐っていると思うがな』
通信機の先にいる人物の言葉で、今回の暗殺者集団が異様なほど有名なことは明らかとなった。
『しかし、本当にバアル殿の周囲は騒ぎで溢れているな。一度呪われているかどうか確認してもらったらどうだ』
「それは是非お願いしたいですね。正直、いろいろありすぎて、頭が破裂しそうですよ。帰ったら帰ったで機竜騎士団やアルバングル大使として様々な仕事に従事しなければなりませんし、何よりそこまで手間がかからないと思っていた仕事なのですが、実はかなり面倒な事態に巻き込まれるというおまけ付きで、本当にもう」
『苦労しているのだな……それで、この通信は『黒き陽』について確認するためのものか?』
「それもありますが、どうやら、本格的にネンラールがきな臭くなってきておりまして、少々こちらの裏側に精通する者を派遣してもらいたいのです」
ある意味ではこちらではお手上げと言っているようなものだが、何かあってから困るのは俺と通信機の先にいる人物だった。
『……了解した。現地にいる何人かをバアル殿が采配できるようにしておこう』
「ありがとうございます。
『それでは夜には接触する様に連絡しておく。それと死ぬなよバアル』
「ええ、
情報と向こうの人員を借りることが出来たため、俺はグラスとの通信を切る。
「お話は終わりましたか?」
「ああ、やはり、それなりに名の通った暗殺者らしい」
通信機を切ると、周囲の音を遮断していたリンが話しかけてくる。
「それと数名の増援も来るらしいから、間違えるなよ」
「増援ですか……なんだかルナがやってきそうですね」
リンの言葉に眉を顰める。
「あいつか……腕は悪くないらしいが、普段のポンコツをみるとどう見ても信用できないな。その前に近くにいるかどうかもわからんが」
「ふふ」
こちらの言葉にリンはその通りだと薄く笑う。
「おい、話し声が聞こえるけど、終わったのかよ」
「ああ、もういいぞ」
少し離れた場所、明確には通路で誰かが来るかを見張らせていたヴァン、エナ、ティタの三人がやってくる。
「じゃあ、戻ろうぜ。そろそろ、あのオーギュストって奴の試合が始まるんだろう?」
ヴァンはそう言って、貴賓席に戻ろうとするが、俺は首を横に振る。
「いや、その前にやっておくことがある」
「なんかあったっけ?」
こちらがまだ行動することを告げるとヴァンは何かあったかと首を傾げる。
「ああ、少しだけ情報のすり合わせをしておかないとな」
俺はそういいながら歩みを進める。それに四人と護衛の騎士たちが続くのだが、行きついた先でヴァンは顔をしかめることになる。
「なるほど『黒き陽』ですか…………まさかここでその名を聞くとは思いませんでしたわ」
「やはり聞き覚えがあるのか」
「はい、私達の界隈では伝説に加えて、幻ともいえる存在ですので」
「調べられるか?」
「正直言うと厳しいですが、ご安心ください。こちらもマーモス家を背負いながら活動しておりますので、情報を貰ってそれだけでは終わらせませんわ」
目の前にいるマーモス夫人は自信ありげにそういう。そして目の前に夫人がいるのは、俺達がマーモス家の貴賓席にいるからだった。
「しかしずいぶん、落ち着いているな。こちらは期限を延ばしたとはいえ、まだそちらを不信がっているのだが?」
「ふふ、確かにそうですね。ですが、今回の受け取った情報でバアル様にもそれなりに見えてきていると思います。確かに疑いは残るでしょうが、私たちは潔白に近いのだと、お考えではありませんか?」
「さて、どうだろうな」
一応そう返すが、確かに俺の中ではマーモス伯爵家の線は薄くなっていた。ボゴロからもらったほかの選手も襲撃されていることがオーギュスト自身の言葉で裏付けされ、そしてボゴロの国内の組織が動いていないこともオーギュストの言葉で裏付けされていたからだ。
「それでも一応言っておくが、俺達に手を出せば、すべてを公表することは忘れるなよ」
「……わかっておりますわ。ですが、そちらもお約束はお忘れなく」
「ああ、わかっている」
約束とはヴァンに手を出さない限り、こちらはマーモス伯爵家がグロウス王国の民を奴隷にしたことを伏せるという約束だ。
(結局は口約束だから問題ないが)
悪事の証拠と言えるヴァンは結局こちらの手の中にいる。もしマーモス伯爵家がこちらに攻撃を加えれば即座に告発できる状況だった。
(けど、だからこそ信用できないがな)
当然マーモス家からしたらいつ使われるかわからない悪事の証拠を、そのままにはしておきたくないはずだ。そのため何かにつけてヴァンを排除しようとしてもおかしくない。そのためにいくら協力的に見えても、本質的には敵であるという認識が取れないのだ。
「それと……バアル様に対して少々厚かましい言葉になるのですが、ご自分の配下の躾はきちんとした方がいいかと」
マーモス夫人は扇で口元を隠しながら、ヴァンを見ながらそういう。
「ヴァン、睨むのを止めろ」
「!?だが、こいつは俺達を」
「すべてなかったことになるから、お前の
「っっ」
ヴァンは悔しそうな顔をする。それもそうだろう、おそらくヴァンがマーモス夫人の元にいた時は人生で、それもこれからのことも含めて最も苦痛を伴った時期だと判断できる。当然、そんな時期を作り出した夫人を前にすれば復讐心が顔を出すだろうが、それは抑えてもらわなければいけなかった。
「それでも我慢ならないなら、さらに条件を付け加えでもするか?」
「バアル様、それでは少々話が違うかと」
「それで、ヴァンが暴発する危険が少なくなるのなら安いと思うが?」
夫人はこれ以上、条件を増やされることを嫌ったのか、そう言うが、こちらはヴァンが勝手にマーモス伯爵家を道連れにする行動を少なくすると考えればと説得する。
「……いいでしょう、ですが、あまりにもひどい物ならば」
「わかっている。こちらも守れる範疇の条件を結ばせるつもりだ……さて、ヴァンお前はマーモス夫人に何を望む」
「っっあ…………」
ヴァンは何かを言おうとするが、交渉事に慣れていないのか言葉にできないでいた。
「俺は―――」
ワァアアアアアアアアアア!!!
ヴァンが何かを言おうとすると、グラウンドの方から大歓声が聞こえてくる。
「どうやら、試合が始まるようですね」
「そうだな……では、俺達は戻るとしよう。引き続き、暗殺者の情報、そして首謀者の意図を探れ」
「……かしこまりました」
俺は何か不満げなヴァンを目で制し、マーモス夫人に再度そう釘を刺してから貴賓席を後にした。
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