第438話 三日目二回戦目
二人ともステージに足を踏み入れるとカウントダウンが始まる。
『それでは16回戦目!!“六法剣斬”レシェス対“炎魔人”ヴァンの試合が……始まった!!』
リティシィの声で二人の試合が始まり、二人とも剣を使うからか、共に急接近し始める。
「……装備が変わっているな」
俺はヴァンと相対するレシェスの装備を観察する。防具は前回と変わっていないように見えるのだが、肝心の武器に変化がある。前回は腰の左右に一本ずつの剣を佩いていたのだが、今回は両腰に二本ずつに変化していた。
それに対してヴァンは前回から何も変化がなかった。
(さて、レシェスの戦闘はどう変わっているのか)
お互いの装備の差について考えていると、二人はぶつかり合う。
『接敵した~~~!!お互い剣士であるためか、そのままぶつかり合うのだが、結果は』
ギィン
一瞬のうちに何度も金切り音が聞こえてくると、数秒もしないうちに一つの影が吹き飛ばされる。
『剣術勝負の勝者はレシェス選手!!レシェス選手は手加減しているのか、たった一本だけの剣でヴァン選手を吹き飛ばした!!そしてヴァン選手だが』
シュウゥ
「っっ、痛ってぇな!!」
ヴァンは吹き飛ばされた先で胸元から腰まで続く傷跡が蒸気を立てて消えていった。
『ヴァン選手、持ち前の回復能力で傷を完全に治癒した!!しかしあの能力は何なのだろうか、ユニークスキルなのか?』
リティシィの声でコロッセオ内から疑問の声が聞こえてくる。
「どうなんだ、バアル」
リティシィの疑問と同じ事を思ったのかイグニアが問いかけてくる。
「不明としか言えないな」
「ん?お前の部下だろう?」
「残念ながら、明確には保護しているだけだ。それ以上は何の情報も得ていない」
残念ながら、ヴァンを保護した経緯は、俺がマーモス伯爵家に対して優位に立てるからという理由だけだ。それ以上はこちらは望んでいないし、あちらも必要以上に話そうとはしてこない。
「ふむ、そうか」
ヴァンとの関係を軽く説明すると、イグニアはそういい、再びステージに視線を戻す。
(しかし、よく脱走奴隷であんな魔具を手に入れたな)
俺もイグニアに釣られるようにステージに視線を戻すと、ヴァンが魔具を持っていることに違和感を覚える。彼の身の上事情はある程度把握しているが、そのうえであんな魔具を用意できるなら売って、楽な生活をチビ共と送るのがいいのではと思ってしまう。なにせ切り傷を瞬時に回復させる魔具など大手のオークションに掛ければ天井知らずで金額は跳ね上がっていくはずだった。
(それともユニークスキルなのか?)
それならば生来の能力のため、売り買いが出来ない部類になる。だがそんな能力を持つ者なら、裏オークションの時に売り文句として紹介されないのはおかしな話だった。
「はぁ!!」
「筋はいいがまだまだ甘いな」
それからヴァンは何度もレシェスへと斬りかかる。それに対してレシェスも剣術で対応する。
『ヴァン選手、諦めずに攻め続ける、のだが……』
リティシィは言い淀む。なにせ
ザン、ジュウゥゥ
「っっはぁ!!」
「…………」
ヴァンの剣はことごとく、躱され、逸らされ、そして最後には深めの一撃を貰っていた。そして対処しているレシェスはその行為を全く苦に感じている部分はなく、ただ淡々と冷静に対処しているに過ぎなかった。
『ヴァン選手……言っては何ですが、やや力量不足かと』
リティシィは申し訳なさそうに言う。確かにヴァンの再生能力は驚異的と言えるが、現在戦うメインにしている剣術はお粗末としか言えない。その証拠に現在のヴァンの攻撃は一切がレシェスに届いていなかった。
「もういい」
ザン!!
「がはっ」
レシェスは様子見を止めたのか、鋭く剣を振るい、ヴァンの体に深々な傷跡を残す。
「多少は楽しめると思っていたが、その様子ならどうやら見込み違いだ」
「……何も知らないで好き勝手言ってくれるな」
ヴァンに剣を向けたままレシェスはそう言い放つと、ヴァンは急速に怪我が治っていく中、顔を伏せる。
「何やら、訳アリのようだが、それでもここは戦う場だ。戦い、勝利を
「っ!?」
リティシィの言葉で何が起こっているのかが、ようやくわかった。
(あいつ、だいぶ気を抜いていやがるな)
俺が保護する前のヴァンはチビ達のために勝とうと必死になっていたが、今は違う。事情を理解して保護してくれる
「正直今のお前には戦士としての魅力は一切ない。
「っ、なら、やってやるよ。望んでないのに押し付けられたこの力をな!!」
ヴァンのその言葉を聞くとレシェスはすぐさま距離を取る。そして次の瞬間ヴァンの体から炎が溢れ、空高く、光の膜の天井にまで火柱が届いていた。
「ほんの少しだけだが、ましになったか」
レシェスは腰からもう一本の剣を抜き、本来の姿である二刀流へと変化する。
『ヴァン選手ようやく本領と言える炎を扱い出した!!そして呼応するようにレシェス選手も剣を二本構え始める!!皆さん、これからが見ごろだ!!』
二人の様子が変わったことでリティシィの実況が熱を持ち始めるのだが、俺は不安定に感じていた。
(挑発で頭に血が上ったのか、戦意が涌いたが、何時それが切れるかわからないな)
ヴァンの戦意は現在は一時的に高くなっているとはいえ、何かしらのきっかけがあればすぐに消沈してしまうだろう。
「あの子、このままだと負けるな」
マシラのなんて事のない呟きが貴賓席の中で響く。そしてそれに反論する奴は一人もいなかった。
意欲というのは動くための原動力となる部分だ。それが無いということは当然動きが悪くなるという事で、それが無ければ当然本来の全力を出せるわけがなかった。
「いいのか、バアル、部下が負けて?」
「何か問題があるのか?」
イグニアの問いにこちらも問いで返す。
「いや、問題がないなら、それでいい」
イグニアは何かを伝えようとたが、そのまま口を閉ざした。
「はぁ!!!」
そしてステージ上では動きがあった、ヴァンが叫ぶと、その声に従うように炎の柱が、波となってレシェスに襲い掛かる。
「…………ふぅ」
レシェスは迫りくる炎の波に慌てることなく一本だけ剣を構えると、その剣筋をなぞり出す。
「『属性解放・水』」
その言葉を放つと指でなぞった部分が青く光り出す。そして剣を大きく構え、そして炎の波が迫るとレシェスは剣を振り下ろす。
「『魔刃閃』」
レシェスが剣を振り下ろすと、剣先から青い残光を残した斬撃が炎の波を切り裂く。
「なっ!?」
「まだまだ、淡いな」
レシェスはそうつぶやくと、切り裂かれた炎の中を突き進み一気にヴァンへと肉薄する。
そして――
「ふっ」
ギィィン
「っ!?」
レシェスは何てこともない様に剣を振るうのだが、ヴァンは偶然にも剣先にカトラスを構えており、大きく吹き飛ばされはしたが、偶然にも命を取り留めた。
ただ、その衝撃からカトラスは砕け、ステージの端まで吹き飛ばされて、体の深い所にまで切り傷が入っていた。そして回復に専念しているのか、そのまま地に伏したままで傷跡から蒸気を発していた。
「中途半端だ、何もかも。お前を育てた者は心意気などを教えてはくれなかったのだろうな」
ピクッ
レシェスが期待外れだという侮蔑の視線を送るが、そんな中ヴァンは動き出す。
「お前に何がわかる」
「何もわからんよ。だが戦いの中で相手の人なりはわかるものだ。そしてわかったのが、お前が腑抜けだと言う事」
レシェスは何事もない様に剣を鞘に納めながら、ヴァンに歩み寄る。
「そしてお前が腑抜けなら、お前を育てた奴も腑抜けだと言う事だ」
「っっっ、と、けせ」
「なんだ?」
「その言葉取り消せ!!!!」
ヴァンは全身から炎を立ち上らせながら、ゆっくりと立ち上がる。
「ようやく、本気になれたか」
炎の音でかき消されたが、レシェスはしっかりとヴァンの姿を捕らえて、呟いていた。
「俺はお前の言う通り腑抜けかもしれない。だけどな、俺たちを必死に育ててくれたベインの悪口だけは許さねぇ」
ヴァンはそういうと同時に全方位に炎を放出する。
「そうだ、それでいい」
レシェスは大きく後ろに飛ぶと、すぐさま剣を二本抜き、構え始める。
「ベインはな、行き場のない俺達を拾ってくれた。生きる方法を教えてくれた。愛情を教えてくれた。新たな家族を教えてくれた。そんなベインを中にする奴らを俺は絶対に許さない」
ヴァンが言葉を紡ぐと、同時に炎がヴァンにまとわりつき始める。
「そうだ、それでいい。武は高め合ってこそだ。『刀剣融合・水風』『刀剣融合・雷光』」
ヴァンに変化がみられると、同時にレシェスも武器を変化させる。まずは青色と緑色を含んでいる剣を抜くと、その二つを宙に浮かべて、融合させる。その次に白色と黄色の剣を取り出すと、融合させる。四本が二本になると、剣は一回り大きくなり、より鋭く変化した。
『ヴァン選手、本領の炎を発揮させると、その炎を纏い始めた。そしてレシェス選手も自身の武器を変化させ始めた!!双方とも終盤に入ったのか!!』
リティシィの言葉でコロッセオ内が熱を持って行くことを理解し始める。
「さて、準備はいいか?」
「いやまだだ」
レシェスが問うとヴァンはさらに炎の形状を変化させる。身に纏っている炎がさらに一か所、肘から先に集め始める。
「っっすごいな」
その光景を見ていると、テンゴが称賛の言葉を口にする。
「何がだ?」
「あの腕、バロンの全力と同じぐらいになりかけている」
テンゴの視線は驚愕を映し出していた。
そしてヴァンの腕は、白と赤と青が交じり合わずに混在している状態になる。
「待たせたな」
「いや、ようやく本気で楽しめるな」
二人とも準備が整うと、共に笑顔になり、そして動き出す。
「しゃ!!」
「ふっ!!」
二人とも即座に動き出す。
レシェスがヴァンへと接近すると、青緑の剣を振るうのだが、ヴァンは片腕を盾にして防ぐ。それを見て観客の誰もが、腕を切り飛ばされると思ったのだが。
ギィン
そうはならなかった。
『おおぉぉ!!ヴァンの腕はしっかりとレシェス選手の剣を防いだ!!』
「ふむ、なら」
「っ!?」
シュン
レシェスは腕に防がれたことを確認すると、すぐさま剣を引き、距離を取ると同時にもう一方の剣でヴァンの胴に浅い傷跡を付ける。
「なるほど、刃が通らないのはその腕だけか、ならやりようはいくらでもある」
「そうか、ならこんなのはどうだ!!」
ヴァンは腕の先に炎を集めると、白と赤と青の球を作り出す。
「『クリムゾンナックル』!!」
ヴァンはその球を投球した。
「っっ、ダメか」
レシェスはすぐさま剣で切り伏せようとするが、何かを感じて、すぐさま横に飛び退く。そしてレシェスの勘は正しかった。
球はレシェスを通り過ぎてステージの端にぶつかると、周囲を飲み込んで真っ白の球体の空間を作り出した。
『すっ、すっっごいです!!ヴァン選手の攻撃が端まで進むと、真っ白い空間を作り出した!!そして見てください、皆さん、ステージの砂が焼け、完全に固まっています!!』
リティシィの言葉の通り白い空間に触れていた砂場はガラス状に変化していた。
「アレは斬ってはまずいな」
「そうだな!じゃあどんどん行くぜ!!」
それからヴァンは両手に球を作り出すと、何度もそれを投げつけた。それを何度も投げつけ、ステージ上にいくつもの白い球体を作り出したのだった。
「ふふふ」
「何がおかしい!!」
「いやな、ようやくお互いの武をぶつけ合えると思っただけだ」
レシェスはステージ内を逃げ回るのだが同時に笑みを浮かべていた。
「逃げ回っていて、よくそんな言葉を吐けるな!!」
「ふむ、なら今度は攻めに回ろう……『
レシェスはそういうと口元に右手の指輪を近づけて、呟く。すると二回戦目のように動きのギアが上がり、数段上の速度を出し始めた。
「っっ『クリムゾンナックル』!!」
「遅い、『刀身融合・水風雷光』」
レシェスが迫りくる炎の球を躱すと、残っている二本も融合させて、両手剣サイズに変化させる。
「こうなれば、そうそう手加減はできんぞ」
「してもらわなくてけっ「『魔刃閃』」」
ヴァンが何かを言う前にレシェスは四本を融合させた剣を振ると、剣先から先ほどとは比べ物にならない規模の斬撃が放たれる。
「っっ『クリムゾンナックル』!!」
「無駄だ」
ヴァンは対抗する様に炎の球を放つのだが、レシェスの斬撃は炎の球を飲み込んで進み続けた。
「っっ」
ヴァンはすぐさま横に飛び退き、斬撃を回避するのだが。
「終わりだ」
「っっ」
ザン!!
レシェスの振るった剣はヴァンの左腕を捕らえて、肘から先を切り飛ばしてしまった。
「がっああ゛あ゛あ!!」
ヴァンはすぐさま左腕を抑えて、距離を取るのだが。
「経験不足だな」
「っっ」
レシェスはヴァンが距離を取るのを許すことは無く、すぐさま距離を詰める。
「終わりだ」
「くっっ、まだ!!」
レシェスがヴァンを両断しようと剣を振るうが、ヴァンは自身のすぐ前に炎の壁を作り出す。
「だが甘い」
ザン!!
レシェスは炎の壁ごと切り伏せようとしたが、視界がふさがれたのか、剣先が多少ヴァンの体を切りつけただけだった。
「ほぅ」
「ただでやられっかよ」
ヴァンは傷が瞬時に言えていく中、剣を振り抜いたレシェスに突撃する。
「この!!」
「格闘術もお粗末なものだ」
レシェスはヴァンの残った右腕のパンチを軽く避けるとヴァンの腹部を蹴り、強制的に距離を取らせる。
「ふぅ、ふぅ……やっぱり我流じゃ限界があるな」
「そうだ、研鑽していない技術など技術とは呼べん。確かにお前の能力は驚異的だが、それさえなければただの子供でしかないな……さて、仕舞にするか」
レシェスは再び剣を構えると、ヴァンへと疾走を始めた。
「確かに俺は技術を持たないただのガキだ。だがな、ベインを馬鹿にされて何もしないほどおとなしくはねぇんだよ!!」
「そうか、とりあえず死ね」
ヴァンのその叫びを聞くとレシェスは冷静にそう返答してヴァンの心臓目掛けて、突きを繰り出す。
「がはっ」ニッ
「っ!?」
だがその後の反応は真逆だった。ヴァンは笑い、レシェスはしまったとばかりに驚く。
「ゆ、だん、したな」
ジュゥゥゥ
ヴァンは心臓を貫かれたが、その代わりに残った右腕で、レシェスの剣を握っている手を掴んだ。
そしてヴァンの右腕には炎が纏ってあるため、レシェスの腕からは肉が焼ける音が聞こえてきた。
「ぐっっっ…………だがそれだけでは決め手に欠けるだろう」
「ぞう、お、ぼうか」
ヴァンは笑顔のまま、肘から先がない左手を動かし始める。
「まさか!?」
「ベイ、ばがに、じたお返、だ」
ヴァンがそう告げると炎が左腕の先に集まり、炎で出来た腕を作りだした。
「このっっ」
「じゃ、な」
ヴァンは心臓を貫かれながらも、左腕をレシェスの胸に突き刺した。
そしてしばらくすると、片方の体が光の粒子になり、もう片方が光の粒子に包まれ――――勝負がついたのだった。
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