第433話 犯人捜しの犬

 コロッセオに入ると、俺は早速とばかりにリンと騎士達だけを連れて、コロッセオ内を進みだす。


「ここがマーモス伯爵家が使っている貴賓席となっているのですが……」

「ご苦労、アギラ、戻っていい」


 俺達はアギラの案内の元、マーモス伯爵家が使っている貴賓席にまでやってくる。


 そして貴賓席の扉の前まで連れられるとアギラの役割は終わったため、帰そうとするのだがアギラは悪い予感を感じているのか、心配そうな顔をして留まる。


「あの、騒ぎは困ります」

「安心しろ、するのはごく単純なお話だけだ。だから帰れ」


 アギラの忠告を聞くだけ聞くと、無理やり帰してから俺達はそのまま扉に近づく。


「止まりなさい」


 扉のすぐ隣で門番をしている者たちが、こちらに槍を向けて、告げる。


「俺はバアル・セラ・ゼブルスだ。お前たちの主に用がある今すぐ、道を開けろ」


 そう告げると、門番たちは顔を合わせながら気まずそうにする。


「夫人はまだ来られてはいません。申し訳ありませんが一度出直してはもらえないでしょうか」

「……リン」


 いないのなら仕方ないとも思うのだが、居留守をつかわれている可能性もあるため、リンにある物を使うように指示する。


「中に数名おります。おそらくは夫人も」

「なるほど、では邪魔させてもらおう」

「こ、困ります」

「知るか、おい」


 俺の声でこちらの騎士が動き、門番を拘束する。さすがに事態が事態なため、それなりの人数を連れてきているため、数名の門番など簡単に拘束することが出来た。


 そして無人になった門の前に立つと。


「ふん!!」


 ドン!


 全力で扉を蹴り開く。普通なら行儀が悪いと言われそうだが、今回はことが事のため、機嫌よく扉を開けることはできなかった。


「な、何事!?」

「昨日ぶりだなマーモス夫人」


 部屋の中から聞こえた声は、マーモス夫人の声で間違いがなかった。


(ああ、だからか・・・・


 部屋の中に入ると、目に入った光景は幼い男児に給仕や奉仕をさせているマーモス夫人の姿があった。


「ば、バアル様、こんな朝早くからどうなさりましたか?」

「なんだ?俺がここに来る理由は思い当たらないのか?」

「は、はい……どういった御用か聞いても?」


 その言葉に一瞬頭上に疑問を浮かべるが、それでも現状一番確率が高いと判断して問い詰める。


「昨日、俺達が泊っているホテルに暗殺者が仕向けられた。被害は死者は出なかったものの重傷者5名、軽傷者は10以上出ている。そして、昨日はヴァンを連れ帰ったばかりとなれば」


 言外でお前が最有力候補だと告げる。


「!?お待ちください、私ではありません!?」

「ではお前以外の誰がいるという?ヴァンという醜聞を俺に握られたので、俺かヴァン自身を排除しようと考えたんじゃないのか!!」


 そう問い詰めるが、様子が違うことに気が付く。


「た、確かに信用できないと思いますが、し、信じてください。私たちは暗殺者を差し向けてはいません」

「部下に解決しろと命じて、そちらで勝手に暗殺者を雇ったとも思える」

「そんな!?」


 夫人の様子は完全に不意を突かれたもので全く予期していなかったものだと分かる。


「……さて、何か言うことはあるか?」

「ほ、本当に私ではないのです。信じてください!!」

「残念ながら言葉だけで信じることはできない」


 こちらがそういうとマーモス夫人は絶望した表情をする。


「だが、確かに間違いで処罰することはこちらも本意ではない。だから機会をやる」

「き、機会とは?」

「今日の試合が終わるまでに暗殺者の正体を掴め。誰がなんのために暗殺者を差し向けたのか、俺が納得する証拠を用意すればお前たちの仕業ではないと信じよう」


 こちらとしては早急に誰が暗殺者を差し向けたのか確認する必要があった。もちろんそのための報復もだ。


(本当に事情を知らなそうなのは想定外だが、もしマーモス夫人の仕業ではないなら、その正体を突き止める必要があるな)


 とはいえ最有力候補は目の前のマーモス夫人なのか変わらないため、注意を怠らない。


「そ、そんな!?試合が終わるまでなんて」

「お前は違法奴隷を買えるぐらいには裏の事情に通じているんだろう?ならば、死ぬ気でやれ。そうすれば何かしらの証拠の欠片でも手に入れるはずだ」


 優しく、本当に優しく告げてやると、マーモス夫人はさらに顔を青くした。


「いいか今日中だ。それを過ぎたら、穏便に済む部分が劇物となるかもな」

「は、はい!!!かしこまりました!!!!!!!!」


 そう言うとマーモス夫人は、時間が惜しいとばかりに自ら貴賓室の外に出ていった。


「バアル様、信用なさるので?」


 その様子を見て、リンが問いかけてくる。


「今回の襲撃が本当に夫人の仕業でない場合、俺達は早急にその正体を知る必要がある」

「ですが、本当はマーモス夫人の仕業の場合はどうしますか?」

「その場合は、釘を刺せたで満足しておこう。ここまでの事件を起こして、俺が気を立てていると知ればもう一度暗殺騒動を起こす気にもならないだろう。またネンラールのどこかの組織がこちらを襲撃をしたと見せかけて、人身御供として差し出すことになるだろうが、こちらも探りを入れるためそうそう情報が合致するとは思わないがな」


 マーモス夫人の仕業でないなら、ネンラールでもそれなりに裏に通じている夫人から助力を得たと考え、もし夫人の仕業でも、次はないと釘を刺したうえに、身代わりを差し出させることで満足する。もちろん、こちらでも情報を探るため、うまくいけばマーモス夫人への手札が一枚追加されるかもしれない。


「なるほど」

「今回は、無事に守ることが出来た。騎士達には悪いが、今回のことををうまく活用することにさせてもらった」


 今回の件では罰の矛先が不明なため、処罰できないでいる。なのでそれをうまく使い、相手にこちらが怒り心頭だと思わせる必要があった。


(しかし、マーモス夫人でないのなら、誰が、なぜ―――)


 ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


 思考を巡らせていると、グラウンドの方から歓声が聞こえてくる。どうやら本戦が始まったらしい。


「さて、ここでのやる事は終わった。あとは戻るとするか」

「はい」


 その後、リンや護衛と共に、足跡がくっきりと残った扉を通って、俺達は自分たちの貴賓席に戻ることになった。

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