第431話 悪事の証拠となる少年

 マーモス夫人の元を訪れ終わった俺達は、ヴァンや解放された子供たちを連れてアルヴァスの店へと戻ってくる。


「それで、何名欠けている?」

「……全員いる、います」


 誰か解放されていない者、もしくはスラムに取り残されている者がいるかもしれないと考えて問いかけると、ヴァンはそっぽを向きながら答えてくれる。


「そうか、なら、ひとまずの問題は終わったか」


 もし一人でも欠けていれば、マーモス夫人に人を出してもらい探してもらう必要があると思っていたが、その必要がないらしい。


「だが、解決はしていないな」

「そうですね」


 とりあえずは全員が無事だったことを考えて、探し出すという部分は終わったと見るべきだった。


(しかし、この後をどうするかだが――)

「あの、ヴァン兄さんを助けてくれて、ありがとうございます」

「本当にありがとう~ちなみにヴァン兄はああ見えて、感謝しているんだよ」


 今後について考えようとすると、子供たちの中でもヴァンに次いで年齢が高い二人、カイルとフィルが感謝を述べる。


「礼は受け取っておこう」


 そう告げると二人を観察する。


 カイルは焦げ茶色の髪をやや長めに流している少年だ。体躯はまだ少年ということもあるが、お世辞にもいいとは言えず、明らかに接近戦が出来なそうな体をしている。


 そしてフィルだが、こちらはカイルとは反対に色素の薄い茶髪を短くそろえている少女だった。言動からわかるように、よく笑う少女で愛嬌を持っていた。


「なぁ、バアル、質問があるんだが」

「なんだ?」

「なぜヴァンを奴隷から解放させなかった?」


 テンゴは心底不思議だと言う風に問いかけてくる。


「簡単だ、一時でもヴァンを相手の手の元に置きたくはないからだ」

「???」


 テンゴはまだまだ不慣れなためか疑問を頭の上に浮かべる。だがそれに対してマシラが答え始める。


「解除するという風を偽って、間違って死亡してしまいましたってなるだけ、だろう?」

「マシラの言う通りだ」

「???」


 マシラが正解を言い当てるが、テンゴはまだ理解できていない。


「いいか、確かに俺はマーモス夫人に強気に出た。だが、それはヴァンが俺の手元にいるからだ」

「証人って奴だな」

「ああ、だがここで証拠、まぁ、証人でもいいが、それらはヴァンが生きてグロウス王国へと連れ帰らないと証明されない。もし預けて殺されでもしたら、俺はヴァンがグロウス王国の国民だという別の証拠を探す必要がある」


『審嘘ノ裁像』は死人には使えない。なにせ像は嘘を見破るための物であり、死者の口を動かすものではないからだ。


「ああ、なるほど」

「納得してもらえたようで何より。それこそ、グロウス王国に帰り、証明がなされた後で解除してもらうことはできるだろうが、今はできない」


 ヴァンはマーモス夫人への証人であり、証拠でもある。もし奴隷からの解放を条件に出して、一時的にでも、こちらが見ている前でもあちらの主導で解放の手続きをしてしまえば、事故を装って殺すこともできてしまう。


 さすがにそうなってしまえば、こちらは悪事の証拠を失ったばかりか、今までの経緯もすべて何のことやらと言い訳されてしまう。


「ということだ、ヴァン、お前はこれから俺の傍に居てもらうぞ」

「ぶっ!げほっげほ、聞いてねぇぞ!!」


 いきなりの指示にヴァンは飲んでいた水を吐き出してむせていた。


「お前が安全でない場所で勝手に殺されては、今までの行動がすべて意味をなさない。だから傍で目を光らせている方がいいだろう」

「……こいつらはどうするつもりだ?」


 ヴァンの視線が今足元にいるチビ達に向かう。


「ホテルイムリースで、大部屋を一つ開けてやる、そこでいろいろと終わるまでじっとして居ろ」

「わかった。だが、あともう一つ、これが終わったら俺達をどうするつもりだ?」


 俺はその言葉を聞いてヴァンを見詰める。


「どうなりたい?」

「俺はこいつらと暮らしたい。だが、聞いている限りだとあの豚がいる場所だと安心できねぇんだろう?」


 ヴァンの答えに頷き、正解だと示す。なにせヴァンは他国の貴族に知られてしまっているマーモス伯爵家の弱み、当然何らかの処理を行うはずだ。


「まぁ、取れる手段は三つ。一つはグロウス王国へ移住すること。元グロウス王国国民ということも考えれば国から保護してもらえるはずだ。二つ目、マーモス夫人に子供たちを安全に育て教育する様に約束を取り付けて、お前は、俺と共に来ること」

「なんで、俺だけあんたと一緒なんだよ」

「出なければ、マーモス夫人は子供たちを使ってお前を脅すかもしれないぞ?」

「うぐっ」


 俺が近くに居れば、すぐさま国王やそれなりの場所へすぐ通達が行くため、人質に使おうとは思わないはずだ。


「そして三つ目だが、これは自分で勝ち取ることだな」

「勝ち取る……」

「ああ、本戦を優勝すればネンラール王が願いを聞いてくれるはずだ。その時に追われないように、そして子供たちが安全になる様に願えばいい」


 確率的には低いが、十分勝算はある策だろう。ただ過激な本戦を制さなければいけないことが条件だが。


「……バアル、様、頼む、こいつらを安全な場所に連れて行ってくれ」


 先の条件を聞くと、ヴァンはやや嫌そうな顔をしながら、頭を下げる。


「別に俺じゃなくてもいいが?」

「……頼みます、俺には伝手がない。ほかにもマーモス伯爵に預けたらどうなるかがわからない。また俺が勝ち切る保証もな、い。なら嫌な奴だろうけど、約束は守りそうなあんたに頼み込むのが、こいつらのためになると思っただけだ」


 ヴァンは子供たちと安全に過ごすために俺に頼るという選択をした。


「いいだろう。バアル・セラ・ゼブルスの名に掛けてお前たちを安全な場所で暮らさせてやろう」

「……助かる」

「いや、まだ感謝は早い。何もただでとは言っていないだろう」


 そう言うとヴァンは動きを止める。


「何を払えと?」

「簡単だ、お前は今後、俺の部下として動いてもらいたい。ああ、もちろん給金も出すし、休みも与えるつもりだから心配するな」


 そう告げるとヴァンは胡散臭そうな表情をする。


「俺を戦場とかに送り出すつもりじゃな無いな?」

「馬鹿、マーモス伯爵家に対しての証拠であるお前を殺す、もしくは使いつぶしてどうする。ただ純粋に本戦に出たその戦闘力を買っただけだ」

「……わかった。だが、俺が部下になるのはチビ共が安全に暮らしているのを確認してからだ」


 せめてもの条件とばかりにヴァンはそう言ってくるがこちらとしては問題なかった。


「いいだろう。ではよろしくな、ヴァン」

「ああ、よろしく……お願いします。バアル、様」


 未だにこちらへの継承に不慣れなヴァンと握手を交わし、これからのことが決まったのだった。
















 その後は、忙しく動いた。まずは騎士の一人にホテルイムリースにぼかして事情を説明しに行かせた。なにせヴァンが脱走奴隷とわかればどこにどう報告が行くかはわからないからだ。


 そして次の行うのが、スラム街で保護した全員の身を綺麗にすることだ。これは比喩ではなく、本当に体を綺麗にしなければいけない。なにせホテルイムリースは高級ホテル、さすがにスラム街での恰好のまま訪れるのは、あまりにも不自然すぎた。そのため、子供たちをすべて水洗いし、身ぎれいにしてから市場で買った、服を着せてからでないといけない。


 ただ、それがあまりにも時間が掛かった。なにせ子供は総勢三十人ほど、たいして制御する大人はその三分の一もいない。となれば子供たちは遊び始めるは、じゃれるはで、余計に時間をくってしまった。


 それが暗くなり始めたころ、身を綺麗にし終えればようやく、ホテルへと移動して、安全に隔離できるのだが――――――そのころには完全な夜になってしまった。













「バアル……子供の人身売買でも始めるつもり?」

「法が許して、儲かるなら、やるかもな」


 ヴァンや子供たちを大部屋に収納し終えた後、ホテルの自室で、今日相手することが出来なかった、クラリスの相手をする。


 クラリスの空になったグラスに以前飲んだ酒を注ぎ足す。


「試合は、今日のも結構面白かったのに、残念ね」

「ああ、本当に」


 ノリを読んで、そう返すとクラリスはクスリと笑う。


「嘘つき。ラウンジで見かけたけど、白髪の少年は本戦に出ていたヴァンよね?もう手を付けたの?」

「変な意味に捉えられる言い回しはやめてくれ」


 思わず真顔になって返答してしまう。クラリスは手駒に加えることを言ってるのは理解しているが、何も知らない者が聞くと、俺が男色の趣味に見られているとも解釈できてしまう。


(そういうのはカーシィムに話を持って行ってやってくれ)


 そう思いながらグラスの中の酒を口に含む。


「まぁ、いいわ。どうやらバアルの気分の良さからみて相当な拾い物をしたんでしょ?」

「そこまで気分よく見えるか?」

「ええ、丸わかりよ」


 軽く顔を触るが自身ではわからない。そのため後ろにいるリンに視線を向けるとリンは苦笑しながら頷く。


「どう?私に説明できる?」

「……他言無用だぞ」

「ええ、信用を裏切らないように頑張るわ」


 今回の件の喋れる部分をクラリスに話す。具体的には実力者ということと、彼がグロウス王国から連れてこられた奴隷だと言う事、そしてそれにマーモス伯爵が関わっていた事と、ヴァンの希望でスラム街の子供たちをゼウラストの孤児院に連れていくこと、そしてその後でヴァンが部下になるということ。


(まぁ、これがノストニアの姫であるクラリスだから説明できる話だな)


 今回の件ではノストニアがこの情報を握ったとしてもできることはせいぜい、俺と同じくマーモス伯爵を脅すぐらいだ。それもネンラールという奴隷制度真っただ中の国に侵入する必要があるため、まず行うことは無いだろう。


「ちなみにユリアにはどう説明したの?」

「ああ、ヴァンを雇い入れる代わりに家族を安全な場所に住まわせてほしいという条件がなされた、と」


 嘘ではないため、これで十分だった。


(それに、下手にネンラール寄りのユリアたちに話してしまえば、あちらがネンラール側に組して、下手をすればヴァンを始末する可能性が無いともいえないからな)


 イグニアの支持層はネンラールとも根深い。となればネンラールと邪険になりそうな要因があれば人知れず排除することも十分あり得た。


「そう、でもマーモ夫人が暴走しないといいわね」

「あの様子ならしないと思うが」


 脳裏に力なく頷いていた夫人を思い出す。


「まぁ、バアルが責任もって守ってあげなさいよ」


 コトッ


 クラリスはそれだけを言うと、グラスをテーブルに置き立ち上がる。


「もう行くのか?」

「ええ、それなりに疲れているから、それじゃあ、おやすみなさい。ヴァンを暗殺・・されないように気を付けてね」


 クラリスはそう言って部屋を出ていった。


「暗殺が本当にあると思いますか?」

「確率だけで言えばあるだろう。だがそれは限りなく低いと断言できる」


 このタイミングで暗殺者を差し向けるとなれば、誰がやったかを明言しているようなものだった。


「どうでしょうか、私がお酌の相手を致しましょうか?」

「いや、いい、今日は俺も疲れた」


 俺もグラスをテーブルに置きベッドに向かう。


(普通に考えればありえないだろうが……)


 着替え終え、ベッドに横になると、クラリスの言葉が脳裏に残りながら、俺はゆっく眠りに落ちていった。














 そしてその真夜中――――――ホテルイムリースに数名の暗殺者が差し向けられたのだった。

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