第420話 一日目最終戦

 空が赤く染まり、影が程よく落ち始めたころ、その日の最終試合が始まろうとしていた。


『さぁ!!本日の最後の試合となってしまいました~~、と言っても、私としてはかなり気落ちしそうな言葉なので出来るだけ言いたくないんですけどね~』


 コロッセオ内に多少の苦笑する音が聞こえてくる。


『では入場していただきましょう!!本戦七回戦目“青鎧”アシラ対“蠢動刺青”アマガナ!!』


 一人は知っての通り、アシラ。青い髪を持つ偉丈夫であり、武装などは獣人特有の毛皮を使用した服装に、アルヴァスの店で買った棘肩パッドのみだった。


 そしてもう一人だが――


「バアル、あの模様はなんだ?」

「アレは刺青だな」


 テンゴが会場に入っていた男性を見て、疑問の声を上げる。


 アシラの後に入ってきたのはやや日焼けした肌にびっしりと刺青を入れている何とも不気味そうな男だった。名はアマガナ、そしてそのアマガナだが、彼は薄い布の服だけしか装備していなかった。だがその反面やや露出の多い服からは何も入れていない部分の方が少ないと言えるほどの刺青が見え隠れしていた。


 どうやら獣人ではああいった装飾は行わないとのこと、それゆえにテンゴは何とも珍妙な物を見た表情をしていた。


『両方とも無手!!これは面白そうな戦いを見せてくれそうです!!』


 リティシィの声でカウントダウンが始める。


 このタイミングで、多くの参加者が武器を構えたり体勢を整えるのだが、二人はそんな物不要とばかりに佇むだけだった。


『双方余裕ですね~~~~、では七回戦目はっじっめ!!!!』


 カウントダウンが終わると二人とも、動き始める。


(さて、アシラは勝てるのか)


 アシラの実力を見定め直す良い機会と思い試合をじっくりと観察していく。












〔~アシラ視点~〕


 光の膜が閉じ始める。


(ほんと、不思議だよな……っと、集中しねぇとな)


 何度見ても奇妙に感じてしまうため、カウントダウン中はそっちに気が取られちまう。


 だが、本命は目の前にいるだった


「よぉ、互い初参戦だ。気楽に行こうぜ」


 そう言って相手、アマガナは楽な体勢を取り警戒するそぶりを見せない。


(……似たような奴を知っているな)


 脳内にバアルの群れに加わった、食えねぇあいつのことを思い出す。


(こういった手合いは気味悪さを逆に利用してくるから、面倒だな)


 何度も模擬戦をして、気味の悪さに痛い目を見たことがあるため、その対策は知っている。


「ひゅ~そっちも構えなしか、やるぅ~~」


 口笛を吹いて、神経を逆なで様な口調でそう告げてくる。


「…………」

「おいおい、だんまりかよ。つまらねぇな~~」


 だが、俺は腕を組み、顎を引いてアマガナを見据える。そしてこっちが相手をする気がねぇのが分かったのか、アマガナはやれやれと首を振ってから視線だけをこちらに向けている。


 そしてカウントダウンが過ぎると――


『双方余裕ですね~~~~、では七回戦目はっじっめ!!!!』


 可愛い子の声が聞こえてくると、カウントダウンが終わる。


「ガァアア!!」


 戦闘が開始すると、俺は雄たけびを上げて『獣化』を行う。


『おぉっと!アシラ選手早速とばかりにスキルを使用した!!』


 何やら声が聞こえるが雑音を排除して、全力で目の前の男に集中する。


「おぉ~~大きくなったな~ただでさえ身長差があったのに」


 気の抜けるような声でアマガナはこちらを見る。


(ヒエンの時は痛い目を見たが、二度目はないようにしねぇとな)


 俺は四足歩行になると四肢に力を入れ始める。そして――


 ダッ!


『アシラ選手、急接近、あの巨体での体当たりは威力がありそうです』

「ちっ、沸点が低いって聞いたんだがな」


 リティシィの声とアマガナの声が重なるが、耳には双方ともに声が届いていた。


 そしてあと少しでぶつかる間合いにまで近づくと、俺は四足歩行から二足立ちになり、頭上で手を組むと。


 ドォン!!


 石畳を砕き、大量の土煙を上げる。


「外したか」

『なんと!!アシラ選手の全力でステージが大きく凹んだ!!アマガナ選手は無事なのだろうか~~』


 声はそういうが、当たった手ごたえはなかった。おそらくは外れている。


 バッ

「そんな大振りが当たるかよ!!」


 土煙の中からアマガナが現れるといつの間にか黒い剣が手に収まっていた。


(さっきは何も持っていなかったはずだが)


 そんな疑問を抱くが、すぐに頭の端に追いやる。そして無造作に振られた剣を強化した腕で防ぐ。


 ザッ


 剣は毛を切ることはできず、衝撃を腕に伝えただけで終わった。


「まさかこれだけか?」

「なわけあるか」


 さっきの面の皮が剥げて、本性が見えていた。


 そして次の瞬間には空いている手の中にはより小さいナイフが握られており、その切っ先が眼球目掛けて、迫ってきていた。


 ビュッ

「……胆力あるな」


 顔の位置を少しだけずらすとナイフは目ではないが、頭部にぶつかる。それも剣と同じく毛を切ることは無く、衝撃のみだった。


「ガァ!!」


 相手の手が伸びきったところで俺は口を開き、腕に噛みつこうとする。


 だが――


「そう、取らせるかよ」


 次の瞬間、閉じようとする顎が押される感覚を得られる。


 ザッザッ


「……それはなんだ?」


 接近戦はまずいと判断したのか、アマガナは後ろに飛び、自ら距離を取る。


 そこで見えたものだが――


「どうだ?カッコいいだろう」


 アマガナはお気に入りを見せるように事が起こっている腕をちらつかせる。


「俺からしたら、気持ち悪いだけだな」

「この良さがわからないとは」


 こちらが気持ち悪いと告げると、アマガナは首を横に振りながらそういう。


 そして同時に先ほどの仕草をするのだが、噛みつこうとした腕の中程から、真っ黒い小さいが生えていた。










〔~バアル視点~〕


『激闘!今までの流れは激闘と言えるでしょう!!お互いがお互いを制しようと押し合う!これです!これこそが武闘大会です!!』


 二人が離れると一息ついてリティシィの実況が行われる。


蠢動刺青・・・・、か。そのまんまだな」

「仕方ありません。初参戦で本戦まで行けてしまったのですから、凝った二つ名を考える暇もないのでしょう」


 アマガナの戦いを見て、思わず出した言葉に、ユリアが答える。


「それにアシラさんも似たような二つ名でしょう?」

「確かにな」


 アシラの二つ名は青鎧・・、まさにそのまんまだった。


「いけぇーーー!!アシラーーー!!!」


 ユリアとそんな会話をしていると背後から、声援の様な声が聞こえてくる。だが、その手の中に何かしらのが無ければ純粋な応援だと受け取れただろう。


「セレナ、いくら賭けた?」

「グロウス金貨3枚です。そこそこ!!」


 こちらの返答をするとすぐに欲が含まれた声援を送り出す。


「なんだ?知り合いなのに賭けてやらなかったのか?」


 セレナとの会話を聞いていたのか、イグニアが視線を向けてそういう。








 神前武闘大会の本戦は全ての試合にて賭けることが可能だった。それも予選の時とは違い、しっかりとした倍率を誇っており、熱を入れるギャンブル好きもいることだろう。ただ、賭けるタイミングは試合が始まる前のみとなっており、試合中で優勢な方に掛けるということはできないようになっていた。






「ちなみに倍率は?」

「6.6倍になっています」


 壁際にいる侍女に声を掛けると、すぐさま返答が返ってくる。


「アシラ、勝ってーーー!!!」


 俗物的な応援に全員が苦笑する中、二人の戦いが次の動きを見せ始めた。

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