第395話 賭けは胴元が儲かる

「また頭が痛くなりそうだ」


 オーギュストが帰った後、騎士達を解散させ、自室へと戻ってくるのだが、オーギュストの情報に頭を悩ませていた。


(アルカナに何が隠されている?なぜ代行者になると理解できる?それに代行者が所有者と契約者を襲わない理由はなんだ?オーギュストから聞き出した内容では攻撃することのデメリットはない、むしろメリットがある様に感じた。それに紳士的に見えても悪魔だ。いつ残虐性を見せてもおかしくない。正直なところ、関係はできるだけ断ちたいのが本音だが、その反面ほかよりも得られる部分が多い。『審嘘ノ裁像』があるなら情報源としては有用なのだが……)


 頭の中がから回る。出された情報の真偽、隠された部分の推測、そして相手が悪魔であるが故の不審さ、それらが入り組むことで寄り複雑さを増している。


(もしオーギュストが人族ヒューマンであれば悩むことは無いのだろうか?いや、悩みはするが少なくとも悪魔の状態よりは信用できるだろう)


 部屋の中で窓の外が見えるテーブルに着き、部屋の中に用意されたボトルを開けて、胃の中に弱い酒を流し込む。


「酔って何もかも忘れられれば……それはそれで問題だな」


 とりあえずわかった部分だけを理解して、わからない部分をとりあえずわからない状態で置いておくことにした。


 ギィ


 考えが収まりつつあると部屋の中にある扉が開く。そこはゼウラストの自室同様に、侍女や執事がすぐさま主の呼びかけに答えられるために用意された部屋だった。そしてそこに入っているのは現在、リンとノエルだけとなっており。


「眠れないのですか?」


 入ってきたのは髪を下ろしラフな寝巻を着ているリンだった。


「少し情報過多だったからな」

「もしよろしければ……御酌、致しましょうか?」

「なら頼もう」


 リンは部屋に備え付けられているボトルラックから、いくつかのボトルを引き抜き、やってくる。


「では、一献」


 グラスに氷が入れられ、その上に洋酒が注がれる。そして十分な量が注がれると、グラスを掴み、ゆっくりとのどに流し込む。


「いい味だな」

「実は、ホテルの者に告げて、わざわざ買ってきてもらったお酒です」

「そうか」


 再び口に含むと、ゆっくりと舌の上を伝う様に飲むのだが。


「……どこかで飲んだことのある味だが」

「はい。じつはカーシィム様の宴でも使用されていた銘柄です」


 リンがホテルに頼んだのはカーシィムから招待された宴の物だったらしい。


「リンも飲むか」

「いただきます」


 リンは自分用のグラスにお酒を注ぐと、ゆっくりとグラスに口を付け始めた。


「ふぅ、こういった物を宴の席で味わえるバアル様は贅沢ですね」

「飲み終わった感想がそれ、か」

「ふふ、冗談ですよ」


 リンの冗談を楽しむと、再びリンがボトルを持ち、こちらのグラスに注ぐ。


「それで、何をお悩みになっていたのですか?」

「ん?ああ、少し厄介な奴に目を付けられたを思ってな」


 ただ救いなのが、体を乗り捨てていることが本当だった場合、もしかしたら俺でも太刀打ちできるという点だ。なにせほかの二人は少々荷が重いのは何となく気づいていた。


「あの悪魔ですね」


 先ほどまで一緒に話を聞いているので、誰のことかなど言うまでもなかった。


「ですが、そこまでは問題がないかと」

「そう、なのだがな」


 相手の目的だけで言えば、俺とリベンジマッチをすること。それも生死を掛けてではないため模擬戦のような感覚になるだろう。そしてそれが終わってしまえば、ひとまずは問題が収まると思うのだが。


「問題が、あれだけで済むか、という点だ」

「……悪魔だからですか?」


 リンの問いに頷く。


 もし調教されて人を食ったことがないライオンが目の前にいたとしても、それは絶対に食われないということの証明にはならない。それを考えれば、悪魔も今は友好的だが、次に日には敵対しないとも限らなかった。


「リンから見て、あの悪魔の力量はどうだった?」

「正直に申しまして、私ならまず勝てます」


 その言葉を聞くと意外だと、リンに視線を固定する。残念ながら獣人やイグニア、リンなどの武人の目利きは持っていないため、相手の力量を大体でも把握することはできない。


「理由はあるか?」

「確証的なことは言えません。ですが、私からすれば、負けることは無い相手だと理解できます」

「……なら、俺はどうだ?」

「確実に負けることは無いでしょう」


 リンはそう力強く断言する。


「そうか、リンの太鼓判があるなら、その点は問題がないだろう」


 ひとまずは善戦できると太鼓判を押される。


 だが、同時に


(代行者となったアルカナが弱いわけがない。だがリンは俺よりも弱いと言い表している。ならば何かしらの理由があると思っていたほうがよさそうだな)


 思考を進めていると、ボトルが空となり、ほんの少しの酩酊感を感じる。


(考えるのはひとまず脇に置いておくとしよう。オーギュストが死なないステージを確保できない可能性もある……だめだ、酔っている状態での思考はままならん)


 結局、仮にオーギュストの言葉がすべてでたらめの場合と真実の場合を考えるが、どちらにしろやる事はあまり変わらないため、今夜は思考を止める。


「…………あ、あの、もし、よろしければ――」

「その先は言わなくていい」

「……はい」


 俺が立ち上がると、リンの立ち上がる。


 その後、夜は深まっていき、次の日を迎えることになった。












 翌日、開催宣言から三日目であり、予選最終日でもあるこの日。俺は獣人親子+我儘娘から急かされ開催時刻と同時にコロッセオに訪れることになった。


「ふぁ、すでに安全圏にいるだろうが」


 まだ日が昇って間もないためか欠伸が出てくる。そして口を閉じてほんの少しだけ目が潤むと今度はグラウンドの頭上で輝いている表示を見る。


「おい、順位表を見せてくれ」

「かしこまりました」


 まるで眠さを感じさせない侍女は一礼すると、貴賓席の前に現在の順位表を持ってくる。


(テンゴ七位、マシラ九位、アシラ17位か)


 テンゴとマシラは10位以内にランクインしており、今のところ全勝している。ただ全勝なら1、2位になっていてもおかしくはないのだが、どうやら二人は遊びが過ぎるようで通常よりも対戦時間が長くなり、ほかの連中よりも試合数が少ないため、この結果に落ち着いたらしい。


 そしてアシラだが、二日目のあの一戦以降も何度か負けていた。ちなみにそのうちの二敗はテンゴとマシラと当たるということだったのだが、そんな例外を除けば三回ほど負けていた。一人は特殊な飛び道具を使う相手、一人は植物を攻撃手段にする相手、そして最後はユライアだった。


(ランキングはほぼ同等なのに、負けるとはな)


 アシラの負けた三人は全員がランキングに乗っている者たちだった。


「確認だが、ここから大きく逆転されるということは無いな」


 背後にいる侍女に通例を訊ねる。


「はい、負けられる数が決まっていますので、この二日間で大体の伸び幅は推測できます。もちろん負け続ければその限りではありませんが」


 つまるところ、大きくコンディションを崩したり、大きく油断しなければ問題ないと言えた。ちなみに最終日に予選に参加できないなんてことでランキングから落ちた者も過去にはいたらしい。


「大まかに見積もってボーダーラインはこの値に、順位に換算しますと21位までは大きく変動するでしょう」

「案外、大きく変わる予想だな」

「大きく見積もってこの数字とご理解ください。もちろんランキングが一切変動しない可能性も十分にあり、一位からガラリと変わる可能性もございますので」


 結局のところ、誰と当たるか、何回当たるかで決まるため、最終的には天運に身任せるしかないらしい。


「そういえば、兄さんは賭けてみましたか?」


 説明を聞いていると、ふと思い出したのか、アルベールが問いかけてくる。


「いや、そのつもりはないが…………アルベールは賭けたのか」

「はい、テンゴさんと師匠に」


 アシラがその名前に上がっていない時点で、どう思っているかが透けて見える。


「あの二人なら絶対に勝ち進むでしょうに、なぜ賭けないの?」


 こちらの会話を聞いて、疑問に思ってか、クラリスが問いかけてくる。


「賭けのレートを知っているか?」

「???何かおかしいの?」


 こちらの言葉を聞き、クラリスは背後にいる侍女にレートを尋ねる。


「現在、テンゴ様は1.003倍、マシラ様1.006倍となっております」

「え!?そんな低いの!?」


 侍女の言葉にセレナが驚きの声を上げる。


「賭けたのか?」

「はい、あとアシラさんにも」


 セレナはこちらに返事をすると、そのまま侍女に詰め寄る。


「あの、私が掛けた時は1.4とかそこらだったはずなんですが」

「はい。ですが、お二方は全勝いたしました。となればその数字なるのも致し方ないかと」

「えっと~~なんででしょう?」


 セレナは金が絡んでいるせいか、退こうとしない。


「まず、ご説明いたしますがセレナ様が購入成されたのは突破券と言われるものです」

「突破券??」

「はい、まず―――」

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