第394話 尊厳者

「ふむ、意味は何である?」

「語源は『尊厳者』だな」


 そういうと、悪魔は嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「なるほどなるほど、いい名を付けてくれたことに感謝をするである」


 皮肉での命名だということに気付かないのか、それともわかったうえなのかはわからないが、悪魔は、オーギュスト・・・・・・は感謝を述べた。


「……まぁいい、それで本題はなんだ?」


 そして名が決まると次にあちらが会いたい目的を聞くことになるのだが。


「目的は一つである、リベンジマッチ・・・・・・・させてもらいたいのである」


 オーギュストはそう告げて、テーブルに用意された飲み物を飲み始める。


「お互い勝っても負けてもいないのにリベンジとはな」

「いや、数的有利を取られたため、あれはワガハイの負けである」

「それで、今度は正々堂々と殺し合いたいと?」


 その言葉にリンや騎士たちから圧が向けられる。


「いやいや、さすがに逃げたワガハイがどちらかが死ぬまでとは口が裂けても言えないのである。なので相手を殺さないのを条件にもう一度戦ってほしいのである」


 一度は逃げた身ということでオーギュストはこちらも命を落とす前までの勝負をしたいという。


「どうであるか、ほかにも条件が必要とあれば妥協するのである」

「……なら、俺の質問に嘘偽りなく答えること、またはぐらかすこともなしだ。また俺が絶対に死ぬことは無い環境を整える事、そしてそれが絶対であると俺と第三者から認められることが条件だ」


 暗に断ると言っているような条件を並べる。前者の質問云々は正直重要ではない、もちろんある程度の情報を引き出すためではあるが、残念ながら今は『審嘘ノ裁像』を貸与してもらっていないので嘘の判別が難しい。まぁ嘘という情報を得ることはできるだろうが、すぐに真偽が認識できない以上、そこまで価値はない。


「ふむ…………絶対に死なない環境であるか」


 条件の本命はこちらだ。まず絶対に死なない環境とは、もちろん現在コロッセオで使われているあのステージのことだ。だが、残念ながら発動はネンラール王自らが行っている。悪魔・・であるオーギュストが王に頼み込むことはまずできない。そのためにもし使うのなら国を怒らせる真似をしなくてはならなくなる。


 そして僅かに達成できそうな条件に設定した理由だが、それはオーギュストがリベンジへの執念を暴走させないようにだ。


 ここで絶対に無理な条件出せば、下手すればオーギュストは怒り、どこでも構わず戦闘を仕掛けてくるかもしれない。だがこの条件であれば俺に戦闘を仕掛けるよりも、何とかしてあのステージを確保して、俺と正式に戦闘する方に思考が傾いてくれるだろう。そして俺もあのステージでは死なないことを確認しているので、オーギュストに殺害される可能性をゼロにできる。


 これらの理由があっての条件だった。


「了解したのである」

「当てがあるのか?」

「ないこともないであるが…………多少代償がでかくても負けたままなのは嫌なのである」


 そういうと神妙な表情となり、こちらに眼差しを向ける。


「では、まずは質問の条件を満たしたいのである。何がしりたいのであるか?」


 オーギュストはこちらの質問に答える姿勢を見せる。


「まず一つ、お前は代行者か」

「その通りである。ワガハイのアルカナはすでに代行者へと成っているのである」

「では次に、代行者が所有者、契約者を殺さないのは本当か?」

「絶対とは言わないが、手出ししなければ本当である」

「その理由は?」

「答えられない。というのも話せば吾輩はアルカナに殺されるのである」

「殺される?」

「そうである、アルカナは意志を持っているのである。所有者や契約者であれば、意志からの干渉はほとんどないのであるが、これが代行者となればだいぶ話が変わってくるのである」

「だから答えられないと?」

「そうである」


 答えられない部分を問い詰めたい部分でもあるのだが、こう言っている以上は問い詰められない。


(一応は聞きたい部分が聞けたのでとりあえずはよしとしよう)


 周囲では何が何だかわからないという表情の騎士ばかりだが、構わずに話を進める。


「ではいま、ハルジャールにはアルカナ持ちは何人いる?」

「??それは貴殿も感じているのではなかろうか?」

「答えろ」

「……ふむ、ワガハイとバアル、そこにいる少女、あとはダンテと……ここではウェンティか、の5人であるな」


 もしかしたらウェンティの本名がわかるのではないかと期待しての問いだったが残念ながら答えは出てこなかった。


「それぞれのアルカナの名前はわかるか?そして答えられるか?」

「それなら簡単である、バアルが【搭】、そこにいる少女が【魔術師】、ダンテは【星】、ウェンティは【女帝】である」


 次にアルカナの情報だが、早めに出てきた。


「言ってよかったのか?」

「問題ないのである。ワガハイと彼らは仲間でもなんでもないのであるからして」

「なら、あいつらの使う能力は教えられるか?」

「わからないのである。一応顔見知りであるのだが、本気で戦ったことはないのであるからして」


 さすがに能力自体は知りえていないとのこと。


「なら、ほかのアルカナについてはどのくらい知っている?」

「さぁ、基本的によく合うのが彼らのみであるな。ごくまれに所有者、契約者のアルカナとは出会うのであるが、すぐに死ぬのでコロコロと変わり、よくわからないのである」


 ということで他の情報も出てこない。


「次に悪魔のことについて聞きたいのだが」

「先に断っておくであるが、聞ける部分はそう多くはないのである」

「ならできる限りで良い。悪魔とはなんだ?」

「答えられない」

「お前の能力については」

「答えられない」


 さすがにこれらの情報についてはほとんどが収穫はなかった。


「なら、なぜこの大会にアルカナ持ちが集まっている」

「それは簡単である。ネンラールは多くのダンジョンがありいろいろな魔具が発掘されているのである。その中にはアルカナが混じっていることが多いのである。そして神前武闘大会には、かなりの数が参加するので、もしかしたら新たなアルカナの持ち主を知ることが出来るかもしれないのである」


 そのためダンテやウェンティの様な物が訪れているとのこと。そのことを聞いたうえで引っかかる点がある。


「なぜ確認しておく必要がある?」

「吾輩たちと似た力であるからして、警戒するためにである」

(嘘だな)


 オーギュストが嘘、もしくは本意を隠しているのが判明した。


(警戒と言ったが、それならば弱い内に芽を摘むべきだろう。そして手出ししなければ、とあるため攻撃できないわけではない。ならそうしない理由が確かに存在していてそれが繋がってそうだな)


 排除しない、かつ弱者を警戒して、確認する、この三つを繋ぎ合わせるとすると、何かしらの制約か、もしくはそうしなければいけない条件があるのが判明した。


 だが、これは問い詰めても無駄だろう。なにせ手出ししないための理由を聞いて答えられないとあるのだから、これを聞いてもおそらくは答えられないと返信が来るだけだった。むしろ答えられる部分を答えているようにも感じた。


「では次に、お前は体を変えているそうだな」

「そうである」

「なぜだ?」


 そう問うとオーギュストは嬉しそうに笑う。


「言ったであろう、ワガハイは闘争を快楽・・・・・とする悪魔・・・・・、一方的な虐殺など面白味の欠片もない」

「つまりわざと弱くなるために体を変えているのか?」

「その通りである」


 闘争を快楽・・・・・とする悪魔・・・・・、言ってしまえば戦闘狂バトルジャンキーと言い表される。そしてそれを言い換えれば一方的な戦闘には面白味を感じることは無いと言う事。


「ワガハイはほぼ戦う者がいないほど強くなれば、体と名を捨てて、新たな体に乗り移るのである」

「そしてまた弱い状態から戦い強くなっていくと」

「その通りである。そしてまた強くなり過ぎれば捨てて、また新しい体へと、という具合にである。ちなみに体を変える時は全く別の形態をベースにしているので、面白いである」


 こちらの言葉にオーギュストは面白いと語る。


「……新しい体にしたばっかりでは死にやすいんじゃないのか?」

「然り。だがあのハラハラ感がたまらないのである」


 肯定する。つまりは本体をストックするのではなく本当に体を捨てると言う事らしい。


「俺には理解できん。なぜ、死にやすいように体を乗り換えるのか」

「む?」


 こちらの呟きにオーギュストは顎に手を置き考える。


「そうであるな……貴殿は、何のため・・・・に生きている・・・・・・?」

「……急に哲学の質問か?」

「いや、純粋な疑問である。ワガハイは何度も言うように闘争を快楽・・・・・とする悪魔・・・・・。つまりは生死を掛けた戦いを味わい愉悦を感じていたいのである。当然、それには死のリスクを負い戦う必要がある」


 言葉通り闘争を快楽とするのならばその通りだろう。


「何が言いたい」

「そう聞かれると………………そうであるな、ワガハイはワガハイなりに人生を全力で謳歌しているのである」

「そのために死にやすくなることを容認していると?」


 そう聞くとオーギュストは、首を軽く振る。


「もし、体を変えずこの世界の頂点に居続けるとするのである…………その世界にはもはやワガハイの愉悦は存在しておらず、ただただ無為に存在しているだけとなる。そして―――



 無為に存在しているのならばそれは死と同義ではないか。死にながら生きるのはもはや死者であり、全力でこの世を感じようとするからこそ生きていると高らかに言える」


 オーギュストの言葉で、周囲からの圧がしばらくの間消える。おそらくこのラウンジにいる全員がこう自分に問うているだろう何のため・・・・に生きている・・・・・・、のかと。


 何のために働き、何のために食い、何のために寝て、何のために死んでいくのか。その答えは人によって異なるだろう、だがそれでもしっかりと生きていると実感するために必要な自問であったことはこの場に全員が感じ取っていた。


「それにな、ワガハイは死んでもいいと思っているのである。生きているのならいつかは死ぬのも必然。それが訪れただけである」

「…………ひとまずは納得しておこう」


 やや聞き入ってしまった部分もあるが、だが実際は嘘を言っていて、この体が壊れてもストックがあるかもしれない。そのため、話半分に聞き警戒を続ける。


「それで、ほかに聞きたい部分は?」

「……お前は悪魔なのだろう、ならその人族ヒューマンの姿はどうした?」


 今目の前にいるのは悪魔とは似ても似つかない、人生を積み重ねた老人だった。


「ああ、これはアルカナを持つ前のワガハイである。ただ歳を取ったせいかやや老いているようであるが」

「なるほど、なら悪魔の姿にはどうやってなる?」

「ふふ、それは戦いのときにまで取っておくである」


 心底楽しみだという風にオーギュストは笑う。


「ほかには?」

「今のところはないな」

「そうであるか……では、今宵はお暇させていただくのである。条件を満たすべく行動する必要があるからして」


 オーギュストは立ち上がると、ネスを胸ポケットに入れて、お辞儀をする。


「今宵は語らえて楽しかったである。いずれまた機会が有ればお相手していただきたい」

「……こちらも悪魔と会話するなんて機会はそうそうなかった。都合が合えばその話を受けよう」


 社交辞令で答えるとシルクハットを被り、道を開ける騎士達の合間を通って、出口へと向かおうとする。


「ああ。忘れていたのである」


 オーギュストは振り返ると一言だけ告げる。


「ワガハイも予選参加してるゆえ、よければ見てほしいのである」


 その一言だけを残して、今度こそ出口から出ていった。


「…………こういうのもなんだが、最も友好的に過ごせた相手が悪魔・・だとは」

「っふふ、そうだね」


 こちらの言葉にロザミアと背後にいるリンがくすりと笑う。こうして、老紳士な悪魔との会談は終了した。

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