第393話 アルカナの悪魔

 ホテルの明かりが程よく弱くなり星空を見ることが出来るようになった時刻、ホテルのラウンジで待っていると徐々に近づいてくる気配を感じる。


「……来たな」

「そのようだね」


 ホテルのラウンジではアルカナを感じ取れる俺とロザミア、そして主要な護衛メンバーとできるだけ多くの騎士が集められていた。ちなみにアルベールと獣人陣営(エナ、ティタ以外)はこの場にはいない。


「この戦力で足りると思うか?」

「実物を見ていないから何とも、ただ、ウェンティの場合はまず間違いなく抜かれるね」


 ロザミアの断言に声が聞こえていた騎士たちがムッとした表情になる。


「悪気はないよ。例えるなら相手は災害の様な存在、ある程度強い存在でも、対抗手段がなければ飲み込まれて終わりさ」


 ロザミアは説明のつもりで言葉を出しているのだが、傍から見ればむしろ挑発しているようにも感じてしまう。


「話はそこまでだ」


 やや邪険になってきた雰囲気の中、とりあえず話を打ち切る。その理由だが


 コツ、コツ、コツ


 ホテルの石畳を靴で鳴らしながら、こちらに近づいてくる存在がいた。


「こんばんは、急な訪問を許してくれて感謝するのである」


 やってきたのはロマンスグレーの老人だった。背筋はしっかりと伸びており、俺と比べて5センチほど大きい身長を持っている。また顔つきはほとんどの者が優しそうと形容するであろう容姿をしている。執事服の様なバーテンダーの様な服に身を包み、現在は頭を下げると同時にクラウンが低いシルクハットを胸に当てている。


「チュ、どうも、昼頃にはお世話になりました」


 そしてそんな老人の肩には昼間に会話をした、ネスが乗っていて、そちらもしっかりと頭を下げていた。


「初めまして。私はバアル・セラ・ゼブルス、ご存じかもしれませんが【搭】の契約者です」


 先の二人とは違い、しっかりと挨拶されたのでこちらも礼儀を持って返答する。


「存じております。そして一つ訂正を」

「??訂正?」


 今までの言葉にどこに訂正する部分があるのかと思っているとあちらが口を開く。


「はい、ワガハイと貴殿は初の面会ではないのである」

「失礼ですが、こちらに思い当たる部分がない。できればどこであったかを聞いても」


 そういうとハットを胸に当てたまま、下げた頭を上げる。


「時間にして五年前であるな、場所はグロウス王国内」

(五年前となると、俺がグロウス学園に入学した年か)


 今のところ人生で最も様々なことがあった年と言ってもいい部分だ。


「済まないが、その年は様々なことがあった、もう少し詳しく教えてもらえないか」

「そうであるな……ではもう一度自己紹介をするのである」


 そして老紳士はもう一度礼をして口を開く。


「ワガハイは闘争を快楽・・・・・とする悪魔・・・・・である」


 チャキ


 目の前の存在の言葉でリンや護衛達が一斉に武器を引き抜く。


「……ああ、お前なのか」


 その言葉を聞いて思い出すのが、林間合宿の件だった。


「バアル様、お下がりを」


 悪魔ということばを聞き、警戒心全開になっている騎士の一人が前に出る。


「??ネスから敵対することは無いと聞いているのではないのか?」

「……悪魔と聞けば、警戒するのが自然だろう」


 こちらに確かめるように告げられる言葉に騎士自らが返答する。


「剣を納めて下がれ」

「っ!?バアル様、ですが」

「問題ない。それと確かめるが、お前が俺を攻撃することは無いな?」

「攻撃されなければと付くが、そうである」


 俺と悪魔の会話を聞くと騎士たちは渋々と剣を納めるが、警戒心は一切解かない。


「敵対するつもりがないと正直に言ったのであるが……」

「お前たち、悪魔・・のことを考えれば無理もないだろう」











 悪魔、それは様々な御伽噺にも出てくる悪役の存在。もしこれが本の中だけの話なら、本当に悪い存在なのか疑う者も出てくるかもしれないが、悪魔は実際に実在・・している。


 ある場所ではその町の生命すべてを殺しつくし亡骸で像を作ったり、ある場所では人を生きたまま解剖し始めたり、またある場所では人を生きたまま焼き、その後で同じ人間の前で肉を頬張る姿が確認されている。まさに悪魔の所業というやつだ。


 ただ悪魔はそれだけではない。悪魔が忌み嫌われているもっともな理由、それは悪魔が傍に居る生き物をすべて殺しつくす残虐性を持つからだ。実際、専門家には前述の残虐性は殺しながら娯楽をしていると推測されている。そして一番厄介なのが、ある地域から生き物の影が完全に消えると場所を変えて、再び大虐殺を始めるという行動も見られている。


 つまるところ生きとし生ける物、全ての天敵と言えた。










「なら仕方がない、と納得しておくのである」


 目の前にいる存在もそのことを知っているため、この状況に理解を示す。


「それならば、疑問があるのである。なぜワガハイと会おうと思った?」


 悪魔を嫌っているならば会うことは無いだろうと思っての疑問らしい。


アルカナ・・・・の【悪魔・・】だからだ」


 もしこれが、ただの悪魔となれば当然拒否する。そのうえでしかるべきところへ報告して、軍などを動かしてもらい討伐に動き出すことだろう。


 だが今回は生来ではなく魔具、アルカナの悪魔との面会だ。多少が通じると判断して、今回の会合に至ったわけだ。


「ふむ、それならばワガハイが貴殿を害するために近づいたとは思わなかったのであるか?」

「多少考えはしたが、それはネスが伝言を持ってきた時点でないと判断した」


 ネスは『幻惑の悪魔』、つまりは貴賓席に目の前の悪魔をひっそりと連れてきて、暗殺することも可能だったはずだ。だがそれをしなかった。その時点でそれなりに理性を持ち話しが通じると判断していた。


 もちろん、最悪の可能性を考えて時間稼ぎ用に騎士や護衛達を用意はしたが。


「肝が据わっている」

「こちらとしては前の二人に急に近づかれたからな、その分お前の紳士的な行動が好意的に見えただけだ」


 ただ、実際はダンテに聞いた代行者が所有者、契約者を殺すことはないという言葉を信じたからこその行動だ。


「ふむ、先ほども言ったが、ワガハイは闘争を快楽・・・・・とする悪魔である。殺戮や皆殺しには一切興味がないのである」

「それは戦いには興味があると言っているようなものだろ」


 そういうと、目の前の存在は深く笑顔を作り頷く。


 その後、ラウンジに設置しあるソファに座り、悪魔と会話を続ける。


「話を聞く前に、一ついいか」

「なんであるか?」

「名前はなんだ?悪魔や二人称だと呼びづらい」


 そういうと悪魔は顎に手を当てて考え始める。


「残念なことに名前はまだないのである」

「名がない?なぜ」

「わかりやすく言うと、10年前に体を変えたばかりである。なのでこの体に名前がまだついていないのである」


 悪魔は何てこともないように言うのだが、こちらは疑問しか浮かばない。


「前の名前を使えばいいだろう?」

「さぁ?覚えていないのである」


 悪魔の言葉に思わずなにを言っている?という風な視線を送ると、事情を話してくれる。


 どうやらアルカナの力で体を変えているらしいのだが、どうやらその際に自身の名前を捨てることになるらしく。記憶から前の名前が消えるらしい。


「じゃあ、ネスに前の名前を教えてもらえば」

「申し訳ありません。主と繋がっている悪魔の記憶からも名前の部分が消えるので、ワタクシメも覚えておりません」


 ネスは恐縮した雰囲気を出しながらそう告げる。


「せっかく出会った縁である、なんなら命名をお願いしてもいいであるか?」

「俺に何らかの制約がないならば」


 もしここで名前を付けることで俺に何らかの影響があるなら断るつもりだった。


「もちろんないである。【星】や【正義】の誓約ならともかく、ただ名前を付けるだけなら全く問題はないのである」

「……なら、別の者から名を告げさせても、問題ないな?」

「疑り深いであるな」


 やれやれというポーズでどうぞお好きにと告げられる。


「『開口』エナ、危険そうか?」

「いや、死と損の匂いは一切ない」


 警戒に警戒を重ねて、確認するとエナからは問題ないと告げられる。


(ほんとに問題がなさそうだな)


 他者からの命名に全く反応せず、エナからも問題の匂いはしないと告げられれば、一応の問題はないと判断する。


「なら、オーギュストでどうだ」


 俺は皮肉めいた名前を悪魔に付けることにした。

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