第396話 悪魔の余裕
現在神前武闘大会で出来る賭博には個人を除けば二種類存在している。
一つ目が突破券、わかりやすく言えば賭けた対象が本戦出場できるかどうかだ。これはセレナが買った券種となるのだが、明らかに強い奴に賭けていればまず間違いなく当たる代物のため、配当がかなり安い。
また配当の仕方なのだが、本戦出場のした選手以外への掛け金を30で割り、そこから掛け金の割合に応じての配当となる。それゆえに明らかに勝ち進むことがわかっている選手には金が集まるため、配当は超低レートになるのだとか。ちなみに30位ギリギリを競ったり、30位外から上り詰めた場合はかなりの高配当になるとのこと、もちろんその分外れる確率は存在するが。
今回で言うと当初は人気がなかったテンゴとマシラなのだが、全戦全勝という実績を残し、10位以内にいるため、人気が爆発、そのため賭け金はぐんぐん上がっていったというわけだ。
ちなみに一日目、二日目、三日目と、タイミングが違うことで多少レートに変動があるらしく、セレナは初日から掛けていたことにより、これでも二日目三日目から賭けた連中よりは高レートになっているらしい。
「ということは、そんなに戻って来ないのか…………」
「心苦しいですが、そうなります」
セレナは気合していた額になりそうもなく、項垂れる。
「兄さんはこれを見越して賭けなかったの?」
「まぁな、全戦全勝ならば当然レートは低くなる。だが、それよりも三人が出れなくなる可能性、つまりは負ける可能性を考えると賭ける気にならなかっただけだが」
「出れなく、ですか?」
「ああ、あの三人はああ見えても、俺達から見れば十分に来賓と呼べる。何かしらの問題が起きた時にはアルバングルへ帰らなければならんし、何よりこの大会に危険があると判断すれば、三人の批判を買ってでも止めるつもりだったからな」
テンゴ、マシラ、アシラの三人は言ってしまえば、お祭り感覚で参加しているため、ほかの参加者よりも意気込みは少ないと言える。だが、もし、何かしらの理由があり、三人が出場することで害があるのならば俺は出場禁止を言い渡す気でいた。
「そっか、その可能性が…………」
三人に出場を禁止させるという可能性を思い浮かべられなかったのかアルベールは神妙な顔つきになり、思考を続ける。
(そのまま、素直に育ってくれればいいが……どうなる事か)
テンゴ達をこちらに連れてくることを言い出した時から思うのだが、アルベールはあと一歩先の思考に踏み込めていない印象を受ける。おそらくは現状が続くという認識の元思考を走らせているからに他ならない。そしてこればかりは注意しても仕方ない、なにせ認識を変えるには他者からの助言や注意ではなく自身で気づいて変えていく自発性が不可欠だからだ。そのため、間違いだけを指摘され、自ら気づき修正していくしか方法がなかった。
「説明を続けてもよろしいですか」
「ああ、頼む」
「はい、もう一つは即券というものです」
そして賭博のもう一種が即券というもの。
これはどういうものかというと、実力が拮抗している試合を、試合が始まる前までに賭けるものらしい。具体的には賭博受付所のすぐ横で実力が拮抗している者同士の試合を試合前から映し出す。そして試合が始まる前にそれぞれが賭け、そして試合が終わると即座に払い戻すという最短の賭けらしい。
ちなみに拮抗をどう判断するか、どの試合を映し出すかは、すべて『戦神ノ遊技場』の機能によって映し出されているので、そこはランダムになるケースが多いという。またレートに関しても拮抗している者同士のためか、倍率は1.2から1.7程、中には戦績から2~3まであるとのこと。
「こちらは玄人向けの賭博となっていますので、初心者の方は手を出さないほうがいいかと。ですが同時に倍率は突破券とよりも高いため、うまくいけば一山当てることもできなくはないと言われています」
「確かに、そうですけど……う~~ん」
リターンは大きいが同時にリスクも大きい即券、リターンもリスクも低い突破券というわけだ。
「セレナ、ほどほどでやめておけ、これで本格的に稼ぎたいわけではないだろう?」
「まぁ、そうなんですけどね……ですが、こう、もやもやっとした部分が」
「利益を得たいなら抑えろ」
セレナが納得できない様子を見て、損切りできないタイプだと判断する。
「なら、本戦の方はどうなっているんですか?」
「そちらに関しましては―――」
楽に稼げるチャンスと考えているのか、セレナは予選は諦めて本戦の賭けについて聞きだし始めた。
(いつか痛い目見るな)
「バアル様、あちらを」
「ん?ああ、オーギュストか」
セレナを不安視している中、リンの声でそちらを向いてみると、ステージに向かっているオーギュストの姿があった。
「おい、あそこのステージを映してくれ」
「かしこまりました」
侍女にステージを映し出させる間、向こうも気付いたのか、こちらに一礼してからステージに上り始める。
(さて、実力は如何ほどか)
「代行者の力を見せてもらおうか」
ロザミアも興味津々でホログラムを見詰め始めた。
そしてステージ上のカウントダウンが終わり、試合が始まる。
オーギュストは何の憂いもない様に後ろで腕を組み、直立不動で動かない。
それに対して相手は先手とばかりに果敢に突っ込んでいく。
オーギュストの対戦相手はやや小柄な女性だった。スピードを殺さないように防具は革製の胸当てと籠手をしているだけ、武器は二本のダガーとベルトに刺してある同じダガー数本のみ。誰がどう見てもスピードを活かすアタッカーだった。
オーギュストは突っ込んでくる相手に何も反応せず相手の出方を楽しそうに待っている。それを理解したのか彼女は片手のダガーをオーギュストの顔面目掛けて投げる。それも一本ではなくベルトから何本も引き抜いて。
ダガーはまっすぐとオーギュストの眼前に向かって迫るのだが、それでもオーギュストは動かない。
そしてその様子を見た対戦者はよしと笑みを浮かべるが、次の瞬間、驚愕の表情を浮かべる。
なにせダガーは静止していた。だが同時にオーギュストは何一つ動いていない。ではなぜダガーが止まったのか、それはオーギュストの袖から出ているものが理由だった。
「うぇ、気持ち悪い」
「何あの
セレナはそれを見て、眉を顰め、ロザミアは興味深そうにホログラムを注視する。
オーギュストの袖から出ているそれは、一言でいうならば真っ黒に染まった筋肉繊維だ。触手にはしっかりと筋が浮き出ており、肉体的にも見えるそれは何とも気持ち悪かった。
それらが眼前まで飛来したダガーの柄を掴み、オーギュストを守っていた。
女性は黒い触手に一瞬ひるむが、すぐさま気を引き締め直す。彼女の残る獲物は両手に持つ二本のダガーのみ、それゆえに次にとる行動だが必然的に接近しかなかった。
なのだが――
「まぁ、そうなるよな」
「はい、投擲したナイフを掴むほどの反応速度なら、それを上回らなければ、ああなるかと」
女性は低姿勢で速度を上げて弧を描くように近づき、十分な距離にになるとオーギュストの首めがけて飛び掛かる。
それにオーギュストは反応することは無かった。
だが次の瞬間、触手はナイフを掴んだまま、触手から新たに触手が生まれ、分裂し、女性に対応し始める。
女性が触手を迎撃しようとダガーを振り、触手を切り払うのだが、次の瞬間、触手の切断面から新たに二つの触手が生み出される。
女性は増えたそれすらも切り捨てて何とかオーギュストの首を狙おうとするのだが、再び切り払われた触手は断面からまた二本の触手を生やして女性に向かう。
その後、残像になりかけるほどダガーは何度も素早く振るわれるが、それを上回る速度で触手が生えていき、千日手となる。
さすがにまずいと判断したのか、女性は触手を足場に距離を取ろうと宙で身を翻すのだが。足場にしようとした触手のすぐ近くから再び触手が生え、足を拘束される。そうなればもはや女性に成す術はなく、仕舞には女性は全身を触手で拘束され、全身宙吊りとなった。
「女性を触手で宙吊りとか、エロゲじゃあるまいし」
その光景を見て、セレナは何やら物憂げな表情をする。
だが――
(セレナが思っていることは起きないだろうな。ここがコロッセオ内ということもあるが――)
そう思っているとオーギュストはようやく動き出す。腕組を止めると軽く拍手をしながら女性に近づいていく。その際に口が動くのは見て取れるのだが、昨日一昨日同様、ほかの雑音が多く全く聞き取れない。
そして程よく近づくとオーギュストは片手を貫手の様な形にする。そして一言二言、口を動かすと、触手が貫手を覆い、硬質的に変化して刃のようになる。
そして女性もどうなるのか悟ったのか、目を瞑り、それを合図にオーギュストは女性の心臓を貫くのだった。
しばらくして女性の体が光となり、オーギュストの試合が終了した。
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