第391話 アシラの初敗
翌日、朝食を取り、ほんの少しの休息を挟んでから、再び、全員でコロッセオの貴賓席で引き続き観戦することになった。
「兄さん、殿下たちはどうしたのですか?」
その中でアルベールが部屋にいないイグニアを気にしてか聞いてくる。
「今朝報告があったが、どうやらとある人物と会合があるらしく、今日は不参加らしい」
報告に来た伝令係に事情を聞いてみれば、どうやらイグニアはネンラールの第一王子と共に観戦するとのこと。そして明日は第三王子と共にするため、予選中では同席することはまずないらしい。
「意外ですね、殿下ですから兄さんを誘うと思ったのですが」
「俺は明確にはイグニア派閥ではない。それを考えれば少し紹介しづらいだろうな」
俺は現在、クメニギスよりだと見られることが大きい。その理由だが例の誘拐事件が原因だった。
「殿下からしたら、俺は若干のクメニギスよりと判断できる。そうなればネンラールの王子たちには少し紹介しにくいだろう。何より俺はユリアの紹介で事前にカーシィムに会ってるからな」
「確か、第五王子ですよね」
アルベールもさすがに無知ではないため、名前を出せばどの立場なのかはすぐ理解する。
「ですが、それならばより一層、兄さんを呼び、引き入れるように誘導すると思いますが」
「……アルベール、忘れているのか?」
「なにがですか?」
「俺はアジニア皇国の後ろ盾になった人物だぞ?」
そういうと、アルベールは『あっ!』と少々間の悪い表情になった。
「アジニア皇国との戦争を率先しているのが第一と第三、となれば現時点で、俺とは仲良くはしづらい」
「はい…………そのとおりです」
アルベールは正解できた問題を間違えて意気消沈する。さながら授業参観で親にいいところを見せようとして問題を間違えた時の反応だ。
「そう、気を落とすな。アジニア皇国の件が無ければお前の考えで何も間違っていない」
「……はい」
やや雰囲気が悪くなってしまったが、起こったことは仕方ないと割り切る。
その後、身内だけで貴賓席を独占すると昼まで、試合を楽しむ。ちなみに予選一日目は敗北なしだった三人だが、アシラだけ一敗してしまった。
「ああ!!くそっ!!!!」
昼になり昼食を取るためにテンゴ、マシラ、アシラの三人は一度貴賓席に戻ってくるのだが、その際にアシラが荒れていた。
「暴れるな」
「迷惑だ」
だがテンゴによる背中のビンタとマシラの棍を額に受けたことにより、今度は荒れるよりも悶絶することになる。
「にしても
「ですね」
アシラの相手をしたのは黒髪を後ろで纏めて腰まで流し、リンとは違う赤い目を持つ、赤色と黄色が混ぜられた羽織と灰色の袴を来た偉丈夫だった。
「アレはあたしも見たが、正直向こうもぎりぎりだったぞ思うぞ」
「だな」
アシラに向けてマシラとテンゴが付け加える。アシラとその侍の戦いは言ってしまえば、矛と盾の戦いだった。そして敗因だが
「まず最初から間違えている。なんで、相手の動きを見ずに全力で『獣化』している?」
「そうだ。相手によって使い分けろといつも言っているだろう」
「うぐっ」
マシラとテンゴのダメ出しにアシラは呻く。
「力量は感じ取れていたんだろう?」
「……はい」
「で、大体同じぐらいだと理解していたんだよな?」
コクリ
「はぁ~何度も言っているだろう。アシラ、お前の弱点の一つははやる気持ちを抑えないことだと」
アシラが負けた原因は一言で言えば慢心だった。なにせ最初にとって行動が、事前の戦いの感覚、つまりは弱者との戦闘を想定していたのか、全力で『獣化』して襲い掛かっていたのだ。
相手を測るための軽い一撃なのか、それともアシラの言ったように闘争心からはやる気持ちを抑えきれず相手の出方を待たずに軽い一撃を行ったのかはわからないが、これがいけなかった。
アシラの一撃は、常人ではまずノックアウトどころか、首だけが吹き飛んでいく威力と速度なのだが、確かめるために放たれたそれは全力とはほど遠かった。結果、侍は四足歩行で突っ込むアシラの前脚の攻撃を飛び越えるように避ける。そして同時に、アシラの上空、位置で言うとクマとなったアシラの背後で体を捻り、刀による一撃を見舞った。
刀はアシラの右肩から左腹に流れるように傷跡を付ける。
ここでアシラにとって想定外だったのが、自慢の毛と皮を切り裂かれたことだった。ゼウラストでは騎士の剣撃を受けても切り裂かれることがなかった自慢の毛と皮だが、その侍はアシラのそれらを切ってしまった。だが、アシラも自慢なだけあった、皮膚の下を少々斬られた程度で深手という程ではなかった。実際、相手の侍もその固さに驚いていたのが表情に現れていた。
そして侍がステージに着地すると、お互いがしっかりと気を入れ直し、再び戦いが始まる。アシラは重心を落とした構えを取り、侍は半身になり胸の前に刀を水平になる様に構える。
お互いが構え終わると同時に動き出す。侍の一撃はマシラによって受け止められるが、今度は皮膚はおろか、毛すらも切れていなかった。
これは後から聞いたのだが、アシラは攻撃を受ける部位に魔力を流すことで毛や皮膚、そして骨が格段に固くなり、マシラと同等とされている
そしてアシラは反撃と拳を放つが、侍は拳を体を捩ることで躱していく。そして身を捩ったまま、刀を持つ手を両手から片手に換えると、捩りを戻すついでとばかりに刀を振るう。さすがに勢いが強いと判断したのか、マシラは衝撃を逃がす方向に思いっきりに飛ぶと同時に、当たると判断した箇所に腕を当てて、何とか防御を行う。さすがに固いうえに強化を重ねた腕、衝撃が逃げる方向に飛ばれては威力は減衰される。そのためマシラは腕に少々の衝撃を受けただけとなった。そして飛ぶと同時に距離が出来上がり、仕切り直しとばかりに二人は再び構え始める。
そしてそこから始まるのは、お互いの技術の応酬だった。どちらも一歩も引かず、かつ、どちらも譲る気などなく攻めていく。一見決着にならなそうに見えるのだが、問題が一つだけあった。
それが最初の傷だ。傷は皮膚を軽く切った程度ではなく、また致命傷でもないが、それなりに血が流れ続けるほどの深さで斬られていた。ただこれだけならアシラが全力で『獣化』して安静にしていれば、すぐに血が固まりかさぶたが出来上がるだろう。だが問題は自分と同程度の強者だったことだ。当然、一進一退の攻防が続き、安静に動きを止める時間はない。となればほんの少しづつだが徐々に血を流し続けることとなる。ましてや激しく動けばその分血液は循環して出血することになる。そして血が少なくなればどうなのか、戦いに精通する者ならば予想できるだろう。
決着は唐突に訪れる。時間にして10分と少し掛かったぐらいで、アシラの体が急にふらつき始める。低血圧による耄碌状態に陥ったのだ。それでもアシラは闘志を絶やさないが、現実は無常だった。ふらふらに成りながらも気合で侍の一撃を防ぐのだが、意識が薄いのか徐々に切り傷が出来始める。ただでさえ血が少ない状態だと言うのに、そのうえに出血が続くこととなる。
そして立っているのさえきついであろうと言うのにアシラは最後にいつもの構えを取り、手で掛かってこいという風に手招きをする。だがアシラはそこで終わっていた。アシラの体はステージの死者に起こる、光の粒子化が始まったのだった。
もしなにも知らない者が二人の勝負を見れば好勝負とたたえるだろう。
だがアシラの身内からしたら、油断した一撃さえなければ勝てていたかもしれない勝負だった。そしてそれがアシラにもわかっているからこそ荒れていた。
「ぜってぇリベンジしてやる!!」
一通り両親からダメ出しを食らうと、アシラはそう意気込み、勢いよく用意された昼食にかぶりつくこととなった。
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