第389話 『戦神ノ遊技場』
「さて、お前たちはどうする」
グラウンド内に続々と人が入っていく光景を見ながら、イグニアは問いかけてくる。
「そちらは?」
「俺達はこのまま見物だな」
イグニアは
(まさか、ホログラムみたいなこともできるとはな)
イグニアの視線差の先には先ほどの淡く光る玉があり、そしてイグニアが見えているのが、その周囲に浮かんでいるホログラムらしき画面だった。
その画面には、早速とばかりにステージ上で戦っている者たちの光景が映し出されていた。
「すっっっげぇえな!!おい!!」
その光景を見て、アシラは興奮していた。
「バアル、早く参加させてくれよ」
「そうだそうだ~~」
アシラがそう詰め寄ってくる。ちなみにレオネの声だが、笑いながらノエルに視線を向けてから戻してやると、音のならない口笛を吹きながら視線を外していた。
「で、俺達はどう動けばいい」
「まずは登録だが……せっかくだ、俺も同行させてもらおう」
今回が神前武闘大会の初観戦となるため、ついでに登録も見てみようと思い、席を立ちあがる。
退室し、扉の横で控えていたアギラの案内の元、コロッセオの入り口ゲートまで戻ってくる。入り口はまるで巨人の列が入ることを想定しているようなほど大きいのだが、神前武闘大会が始まったためか人で埋め尽くされていた。
「これ全員が参加者か?」
「いえ、違います。ここにいる者たちの目的は――」
ヲォオオオオオ!!
ウワァアアアア!!
アギラの声を遮って野太い歓声と悲鳴が響く。
「賭け事か?」
「はい。ただ予選なので、すべてにおいてレートは低いですが、小遣い稼ぎにはいいですしそれなりに盛況ですよ」
声が響いてきた方向を見てみると、大規模に開かれている賭け事の受付と壁一面に様々な映像が投影されていた。
「アレも魔具か?」
「はい。『戦神ノ遊技場』の力ですね」
「……詳しく聞いてもいいか?」
「もちろん」
ホログラムがここにできていることに疑問を感じて問いかけると、あっさりと答えが返ってくる。
なんでも『戦神ノ遊技場』はあの、グラウンド内だけではなく、この首都ハルジャールすべてを対象に発動しているらしい。実際ホログラムらしき物も町の要所要所に発現しており、そこでも観戦が可能だと言う。そのため、町中の広場で酒を飲みながら観戦ということもできるらしい。また都市の各地で賭け事の受付所が設置されており、そこでも行うことが出来るとのこと。ちなみにこの賭けは全て国が胴元になっているという。
「ならここでする必要はないと思うが」
どこでも観戦し、賭けることが出来るのなら、ここでする意味は薄いと考えた故の言葉だったのだが。
「いえ、直接見ることに意味がある場合も多いですよ」
それからのアギラの説明では、直接目に見える位置に来ることでわかることがあるからこそ、この場にいるという。
実際の例を挙げるとすると、本格的に賭け事をする際に、鑑定のモノクルを持っていたとする。その場合、コロッセオから離れた場所での観戦では一見した判断しかできない。だがこれが直接コロッセオに赴くことでモノクルによる『鑑定』が可能でどちらに勝ちの目があるかがわかるという。
(言われてみれば納得だな)
少しでも勝率を上げたいのなら、様々なことを調べなければいけない。事前に調べられる情報ならいいが、当日にならないと分からない情報だと直接調べに来るしかない。そして、調べるために使用される魔具は残念ながらホログラムではまず反応しないため、直接コロッセオに来るしかないと言うらしい。
「もし、賭けに参加したい場合はお声がけください。貴賓席には専用の受付を用意しておりますのでそこで行うことも可能です」
「気が向いたらな」
今のところ脅威がないため、賭けの受付を通り過ぎ、予選の登録の場所まで向かう。
受け付けは先ほどの賭博の受付所と大差ないほど混雑していた。そのため、それなりに時間が掛かるだろうと思ったのだが。
「では、これにて登録完了となります」
受け付けは何とも簡素な物だった。
なにせ、受付に用意されている板に手を置き、名前と連絡の取れる宿泊場所を告げるのみだった。
「これだけなのか?」
「はい。あとはルールブックを渡されるので、それを読むだけですね」
アギラの言葉と共に受付が三人に紙を手渡す。
「すまん、訳してくれ」
何とか話すことが出来るテンゴでもさすがに文字は読めないので紙を渡される。
「簡単に説明しますと――」
紙を渡されるのを見て、アギラが説明を代行する。
その説明品だが、装備品はその人が歩行可能な分のみ、消耗品は一定の重さ以内なら可能、ただし回復系の消耗品は不可、そしてそのほかは大会に参加するにあたっての禁止事項が書かれていた。また特筆すべきは対戦した際に死亡や大けがをした際にはそれがなかったことになるらしい。そのため安心して全力で戦うことを推奨されていた。
そして最後には予選に関しての説明が記載されていた。
(……こんなこともできるのか)
「バアル様、もしご不安なら、こちらで専用の案内人をお付けしましょうか?」
魔具について、興味深いと思っていると、どうやら不安げに思っていると勘違いしたアギラがそういう。
「では、頼もう。それとこちらから三人に護衛を付けることは可能か?」
「はい。正体を隠して参加するやんごとなき方々もいますので、ひとまずは戦うステージの前までは護衛を付けることが可能となっております」
「それは傍で不正をしていいと遠回しで言っているのか?」
近くにいるだけで効果のある魔具を使われた時どうするのかと思わず出てきた疑問にアギラは苦笑して答える。
「ご安心ください。試合が開始されれば、ステージ内の外と中は断絶されるので内外に向けての魔具の効果や魔法は意味がありません。また、外から中に向けてのアドバイスなどは、内側からは外の光景も音も聞こえないため、意味がありません」
ということでまず不正はありえないらしい。
「では、こちらの手の者を呼ぶので少々お待ちください」
その後、アギラの部下とゼブルス家の護衛が三人に付き、そのまま三人は予選へと参加していった。
「おかえりなさい」
三人の参加を終えて、貴賓席に戻ってくると、クラリスが出迎えの声を上げる。
「どう、無事に参加させることはできた?」
「ああ。それよりこっちは騒がしくなかったか?」
脳内に騒がしい約一名を想定して声を掛ける。クラリスも誰かわかったのかくすりと笑い、指をさす。
「案外おとなしいものよ」
指の先には、席を立ち、手すりぎりぎりでグラウンドを食い入るように見詰めているレオネの姿があった。
「観戦することでも満足できたみたいだな」
その証拠にレオネの獣耳がぴくぴくと動き、尻尾はゆらゆらを揺らめいていた。
「すごいですね、兄さん」
そう様子を見てから席に着くと、グラウンドの上のホログラムを見てアルベールが楽しそうに告げる。
「そうだな」
「……似たようなことを魔道具で再現できるのでは」
アルベールの声を聞くと、当のアルベールに視線を向ける。
「どうしてそう思った?」
「いえ、今までの魔道具を考えて何となくとしか」
アルベールは根拠のない答えなためか、少しだけ弱めに答える。
「興味深い話をしていますね」
魔具や魔道具についてアルベールと会話していると、ユリアが入ってくる。
「もし、同じような物ができそうなら声を掛けてくださいね」
「できれば、な」
「それと、お三方の様子はどうでしたか?」
魔道具の話の反応が良くないのが分かったのか、すぐさま話の方向性が変えられる。
「楽しそうにしていたな」
「それはよかったです。私は人族に慣れていなくて困惑しているのかと、心配していました」
ユリアが白々しくそう答えると、ユリアは何かに気付き、微笑む。
「どうやら、丁度参加するみたいですね」
ユリアの視線の先を向くと、ステージに向かっているテンゴの姿があった。
そしてユリアの言葉を聞いて、俺だけではなくイグニアとジェシカもそちらに視線を向け始める。
「獣人の方々の戦いを見るのは初めてなので楽しみですね」
「だな。だが……少し力量差がありすぎるな」
ジェシカは楽しそうに言うあ、イグニアは冷静にテンゴとその対戦相手を見定める。
「そうなのですか?」
「ああ。テンゴの相手はショートソードに小盾の小回りが利きそうな武装だ。それに対してテンゴは無手、一見すれば武器を持つ方が有利に見えるが―――」
「丁度良く、観戦できそうですね」
解説するイグニアを余所に、ユリアが一つのホログラムを見てそう告げる。ホログラムにはテンゴの試合が映し出されていた。
そして光の幕が二人のステージを包むと、カウントダウンが始まる。
ゼロになった瞬間に二人は動き始めた。残念ながら二人の声や戦闘の音はほかのステージの音と幾重にも重なっているため、全く聞き取りない。
「おい、あのステージを映し出してくれ」
「かしこまりました」
既に戦闘が始まっているのにも関わらず、イグニアは壁に控えている侍女に何かの指示を出す。その指示を聞くと侍女は何やら壁に手を当て始める。
(……そんなこともできるのか)
気になってテンゴの戦闘よりも、侍女の方を向く。侍女が触れている壁にはグラウンドの上空にある様なホログラムが投影されており、侍女はネンラール王が行っていたように腕を動かし始める。
すると光の球に新たにホログラムが表示されて、それがこの貴賓席に近寄ってきた。
「この方々でよろしいでしょうか?」
「ああ、それとこのテンゴを登録しておいてくれ」
「かしこまりました」
イグニアはどんなことが出来るのかわかっているのか、次々に指示を出していく。
「す、すごいですね」
「ええ、あの『戦神ノ遊技場』により、このコロシアム全体が魔具のようになっていますからね」
アルベールがその光景を見て上擦った声を上げる。そしてそれにユリアがやんわりと解説してくれる。
「ほかにどんなことが出来るのかしら」
クラリスも機能が気になったのか、壁際にいる一人に声を掛ける。
「よろしければ、何ができるのかについて一通り説明いたしましょうか?」
「あら、なら、お願いするわ」
クラリスの返答を聞くと、侍女がクラリスのすぐそばで説明を始める。
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