第379話 宴の花々
「シム様、少々やりすぎだ」
ユライアは軽くカーシィムの首筋に触れると、一瞬でカーシィムの意識が飛び、そして次の瞬間には再び意識が戻ってる。
「っ…………ん?やり過ぎたか?」
「ああ、乗らない相手を無理に誘うなってのはシム様の言葉だろう」
「ありがとう、礼は?」
「近い内に頼む。起きられないくらい盛大に飛ばしてくれ」
「了解」
何ともな会話を何ともな表情を見る羽目になったが、ひとまずはカーシィムを止めたことには感謝することになった。
「申し訳ありません、カーシィム様は
クヴィエラが頭を下げて謝罪するが、その言葉に違和感のある言葉があった。
「有能な人物で、か?」
「はい、その通りです」
クヴィエラは何の間違いもないと肯定する。
「カーシィム様は人の容姿や性格でも魅力を感じますが、それ以上にその人物がどれだけ有益な存在かで魅力を感じるそうです」
(……似たような奴を知っているな)
有益な人物に興味を持つという点で西側の食えない人物が思い浮かぶ。
「わかります。私も最初に聞いた時も同じような反応をしました。ですが、その結果、日の目を見ないはずの実力者がカーシィム様のおかげで活躍で来ているのです。そしてそれが、現在カーシィム様の声明に繋がっているのです」
ヴィクエラが胸を張りながらそういう。
実際、東の状況に精通しているユリアも有力候補は第一、第三、第五と言っていた。そう考えれば、権力を持つ第二王子よりも前に名が挙がること事態がカーシィムの力の証明をしていると言えた。
「見苦しい所を見せたな。お詫びに
「??選ぶとは、どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。少し待て、実際に説明しよう」
シャラン
しばらくすると、一度大きく鈴の音が鳴り響き、踊り子たちの演武は終了した。
その光景を見届けると、踊り子たちの中から一人の女性が進み出てくる。
「カーシィム殿下、今宵は私共の演舞をご堪能いただけたでしょうか?」
「うむ、そなたらの美しい演舞を見れて私は満足だ」
「ありがとうございます」
戦闘にいる踊り子の長らしき女性が頭を下げると、ほかの面々も伴って頭を下げる。
「ではカーシィム様、所望する娘をどうぞお選びください」
「聞かずとも分かろ、私はお前を選ぶ」
「ありがとうございます」
踊り子の長が礼を言うと、そのままカーシィムの横まで歩み寄り、隣にいる侍女と交代するとしなだれる。
「明日の朝まで、この身はカーシィム様の物となります」
踊り子の長は言葉の後にカーシィムの頬にキスをする。
「さて、次はバアル、君の番だ」
「その前に説明を求めてもいいか?」
「ああ、そうだったな。簡単に言えば、踊り子の中から一人選び、明朝まで
カーシィムの言葉に眉を顰める。
「婚約者を連れてきておいて、招待先でというのは、な」
「なにも床を一緒にするだけではない。彼女らは踊りのほかに様々な芸を身に着けて誰かを楽しませることもできる。もし、
先ほどまでの認識は踊り子兼娼婦と考えていたが、どうやら聞く話によると妓女の面が大きいらしい。
(さて、どうするか)
「どうする、アリューゼにお勧めの娘を教えてもらうのも良いと思うが」
「……いや、それには及ばない…………あの娘にしよう」
「レ、レーゼをお選びになるとは」
俺が指さしたのは踊り子の中で不愛想な表情でいる、珍しい女性だった。青色をベースとしている服に長いブルネットの髪が
そしてアリューゼがやや驚いていたのは、レーゼという女性が踊り子らしくないからだった。ほかの踊り子とは違い、しっかりと鍛えるのが見て取れ、凹凸は少ないスレンダーな体つきをしており、ギリギリ踊り子として通用しそうでしかなかった。
そして最も踊り子らしくないのがその表情だった。レーゼはほかの踊り子の様な魅惑的な笑みを浮かべることなく、ただただ不愛想だった。それも切れ長の目をしており、その目と不愛想が相まって見る人から見れば睨まれているようにも感じてしまう。
(あれなら、いろいろと
「ではレーゼよ、前へ」
「…………はい」
指名された女性は先ほどと変わらず無表情で歩き出し、俺の前まで移動する。
そして
「明日の朝まで、この身は貴方様の物となります」
レーゼのその姿に周囲がどよめきが起こる。
「……バアル、その方でよいか?」
「ええ、これを含めて選びましたので」
「そうか、では次――」
それからカーシィムは招待客の名前を次々呼び、それぞれが踊り子を選んでいく。
「イーゼ」
「アリューゼ様、これは私なりの流儀ですので何も言わないでください」
カーシィムが招待客を告げる間、カーシィムが選んだアリューゼがイーゼに近寄り話しかける。
「そう、なら何も言いません。ですが、この一団に居る以上、最低限の努めは果たしなさい」
「はい」
それ以上アリューゼは何も言わず、再びカーシィムの横へと戻る。
またイーゼはアリューゼが元の位置に戻ると、こちらに向き合う。
「バアル様、非才な身でありますが、全身全霊を持って今宵を盛り上げて見せましょう」
「……期待している」
「かしこまりました、まずは一献」
レーゼは侍女と場所を交代すると、そのまま銀杯に酒を注ぎ始める。
「一応聞くが、何ができる?」
「先ほどの舞や剣舞、軽い歌と笛の音による演奏、あとは盤目遊戯を一通り。あと、房中術を一通り」
ピクッ
背後で揺れ動く気配を感じる。
「一つ聞く、嘘偽りなく答えろ」
「何なりと」
「本当は選ばれたくなかった、違うか?」
「是であり非でもあります」
「というと?」
「まず是の部分から、私は武勇で名を馳せたい、そのため気に入られたくない。そして非の部分ですが、有能な物の子を産むのを嫌う者はこの国にはいない」
「武勇で名を馳せたいのなら、なぜ、この一団に居る?」
本当に武勇で名前を売りたいのなら、ここにいるのは全くの真逆の行動と言える。
そのことを聞くとイーゼの表情がほんの少しだけ動く。
「私の家は元々、それなりの家格がある家だ。そしてその家では武勇ではなく美を磨き、有力者に取り入ることを重きを置かれた」
一拍置いて、空になった銀杯に酒が注がれれる。それを口に含むと、再び、話が始まる。
「だから、一つの条件が出された。神前武闘大会の本戦に出場出来たら武名を上げることを許す、ただその期限は私を見初める者が現れるまで、と」
「なるほど、と言いたいが、いくつか不明な点がある。なぜ家を捨てようとは思わない?そうすればこんな一団に入らずに済むだろう」
結局のところ主導権はイーゼにある。もちろん家を捨てれば援助は見込めないだろうが、ゼロから何もできないほどなら武に生きようとはしないはずだった。
「……家族に情がないわけではない。何より、私を嫁に出したいのも、戦場などで死なせたくない、幸せになってほしいからという親心からくるものだ。それを無下にはできなかった、それだけだ」
「……いい家族だな」
「ああ。だから私は証明しなければいけない。私が武に生きても、安心していいということをな。ま、実際は此処で様々なことを学べってことでもあるんだろうがな」
イーゼは安心したのか慣れたのかわからないが、徐々に取り繕う口調がはがれていた。
「あ、すまな、すみませんでした」
すぐさま気付き直そうとするが、もう遅かった。
「いや、楽な口調で良い。俺は何も咎めるつもりはない」
「……そうか?ならこっちの口調で話させてもらうぜ」
さすがに周囲の目がある手前、体勢は崩さなかったが、口調だけは彼女の物に成った。
(外見は淑女のそれなのに、口調が荒れた若者か……最初からこれならば違和感しかないな)
そう思いながら、銀杯を呷ると次の言葉を口にする。
「それと聞きたいが、どうして、この一団に居る?ここに居たら行ってしまえば、下手すれば無理やり抱かれることになるだろう?」
「んぁ?」
こちらの問いの意図が理解でいなかったのかイーゼは変な表情になる。
「ああ、そうか、バアル様はグロウス王国からの客人だったな」
イーゼはそういうと納得気な表情をする。
(最初とは違い、表情豊かになったな)
「確かに抱かれることもあるだろうが、それは
「というと?」
「まず、あそこにいる者たちは全員
イーゼのその言葉に軽く周囲を見渡す。
「それなりの家の出で、なぜこんなことをしている?」
「ああ、そこだな。ネンラールでは一般的な行事なんだよ」
「具体的に頼む」
「了解、まず―――」
それから説明されたのが、グロウス王国とはまた違う文化だった。
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