第378話 身の危機

(……何を見せられている?だが周囲に気にした様子はないな)


 何人かが殿下に視線を向けたりしているがそのほとんどが、気にも留めてない。ごくまれに嫉妬の様な視線を送る者がいたぐらいだが、その中には男性もいた。


「いつもありがとう」

「い、いへぇ、!?いえ、元々こういった時のために私が居ますので」


 クヴィエラは一瞬蕩けたような表情で返事をしそうになるが、気を引き締め直して返事をする。


「さて、話を中断してすまない。助言に従い言うが、君を招待した意図だが「殿下、あのことはしんちょ」君を抱く・・・・ためだ」


 クヴィエラの制止をする暇もなくカーシィムは言葉を告げてしまった。その瞬間、賑わいを見せている宴会場の中で王子と俺の周辺だけ時が止まったかのように無音になった。また制止したクヴィエラはうつむき、額に手を当てていた。


「…………予想はしていたが、それで直接聞くとぞっとするな」


 二つ名を知っていたため、ある程度は予想は付いていたし、警戒もしていたが、やはり直接聞くとぞっとする話だった。


「横から失礼いたします。私はクヴィエラ・サルマーヌと申します。主の言葉に説明を付けたさせていただきたい」


 俺は先ほどの言葉を聞いたからか、少々剣呑な表情になりながら、続きを促せという仕草をする。


「まず――」

「いや、よい。私の口から説明しよう」


 クヴィエラが説明をしようとするとカーシィムが自ら説明すると言い出す。


「ですが」

「いい。私の失敗だ。なら私が挽回しなくては意味が無い。そしてバアル、できれば最後まで聞いてほしい、そのうえでの判断でこの宴会を中退しても、何も文句は言わない」

「…………では、聞きましょう」


 現状で何をされたわけでもないので、一応は最後まで話を聞くつもりでいる。もちろん危害の可能性があれば話は別だが。


「まず、私のことを説明しておこう。私はどうしても王座が欲しい」

「それは思い切った言葉ですね」


 野心的な王族ならばごく普通の言葉ではあるのだが、現状だと少々思い切った言葉と言わざるを得ない。


「そして、そのための王座争いで一番の武器にしているのは―――色事・・だ」

(……王座を勝ち取るための武器が色事?)


 思わずこの言葉に疑問符を浮かべてしまう。それもそうだろう、どこに誰かと体を合わせることだけで王座に着けるものがいると言うのか。


「なぜ武力や財力、権力を使わないのかと、いろいろと疑問に思う事があるようだが、ひとまずは話を続けよう」


 こちらの言いたいことを理解してはいるが、そのうえでそこに触れずに話を進めるという。


「私は容姿に優れている、それも男女の両方に通用する美貌だ」


 本来なら嫌味に聞こえる言葉だろうが、実際の評価とズレがなかった。


「そして幼い頃に経験した情事も得意で、数年もすれば5人は同時に相手にできる技量を得た」


 色々と言いたいことがあるが、ひとまずは飲み込む。ちなみに現在カーシィムの年齢は24だと覚えている。


「私も王族だ。王族に生まれたのなら当然のように王座を目指すのだが、その際に問題なのが、私の兄達。一番上は武力やカリスマに優れ、二番目は権力を持つ家系の出、三番家は大商人の出。そして五番目の私だが、武力も権力も財力も上の三人には及ばなかった。そのうえで見出した武器が」


 カーシィムは出してあるへそから口元までをなぞるのだが、それがまた異様に色っぽかった。


これ・・だ」

「……それだけで王になれるとは思えないが」


 疑問を告げると、カーシィムは苦笑する。


「とある馬車が盗賊に襲われる。その時にたまたま乗り合わせていた美女がどうなると思う?」

「……囚われるだろうな」

「なら、その後は?」

「俺の口から出せと?」


 当然、どうなるかは想像に難くない。


「なら、私の口から言おう。当然凌辱される。様々なことに使われるだろうな…………だが、生き残れる・・・・・

「気が向けば、な」

「だが、可能性は大いにある。絶世の美人なら尚更。そして相手の懐で一応の命の保証を得ると、その後はどうする?」

「逃げる、取り入る、復讐する、か?」


 カーシィムはこちらの言葉に頷く。


「そう、相手を熟知して逃げられるかもしれない、寝首を掻くことができるかもしれない、相手を溺れさせて手足のように操れるようになるかもしれない、違うか?」

「……保身に十分という事なら十分に理解できた。だが肝心の部分が伝わってこない」

「なら、話を戻そう。私の武器は色事だ。それも長年研鑽を積み、一度夜を共にすれば私なしでは入れない状態にできる」


 例で言うと、凌辱はされるが、その後手玉に取ることは容易だという。またここまでくればある程度は見えてきてしまう。


「私は在野の優秀な人材を誘惑し、様々な権力者を魅了していく。それが私の武器だ」


 本来なら笑い飛ばす話なのだが、なぜかカーシィムの言葉には説得力があった。実際前世の史実で傾国と言われた美女の存在がいる。もし、それと同じような魅了が出来るのならば王になるのもそこまで突飛な話ではなかった。なにせ権力者に取り入り、そいつらを操れるならば、それは王と言ってもいい存在だからだ。


「それで、俺が対象だと?」

「いや、今は・・違う。無理に抱けば敵意を持つ存在もいることを理解している。その最たるは私の美貌に魅力が通じない相手で、男に興味がない相手だな」


 カーシィムもそれは理解しているらしい。現に俺に何かしようものなら俺はカーシィムの敵になるつもりでいた。


「男色の噂があったからうまくいくと期待していたのだがな……」

(……なるほど、ラフィーアか)


 カーシィムの視線が客席にいるラフィーアに視線を向ける。つまりは昼間に接触してきた本当の目的は、プールで俺が女性に興味を持っているかの有無、および男色の気があるかの確認だったのだろう。


「そんなことをしなくても、こちらに益がある話であれば受けるつもりでいるが」


 一応言葉にするが、実際は俺に益を与える部分は第一から第三王子に分がある。それを考えればカーシィムが俺を取り入るため、頼りにできる部分は、それ・・なのだろう。


「それにしても、君が私になびかなくて本当に残念だ」


 ゾゾゾ


 カーシィムのその言葉を聞くと、本気の怖気が背筋を伝う。


「君は私の好みだ。武闘大会など放り投げて、ラウダ湖で睦合って居たいほどにな」


 思わずカーシィムの顔を見てみると、恍惚としているのが見て取れた。もしカーシィムにほんの少しの情欲でも湧く人物であれば、すぐさま誘いに乗っているほど、今のカーシィムは妖艶だった。


 だが残念ながらカーシィムにそんな感情を得ていない俺はその分恐れが多かった。


「どうだ?もしよかったら、この後二人で酒を酌み交わさないか?」

「ユライア」

「おう」


 カーシィムの様子を感知してクヴィエラが隣に言るもう一人に、声を掛ける。


 ユライアと呼ばれた女性はクヴィエラと同じほどの身長なのだが、体躯がまるで違った。全身がしっかり鍛え上げられており、開けた部分に見える体はしっかりと筋肉がついている。肌はカーシィム同様に褐色、また女性的な部分はクヴィエラと違い豊満と言い表せていた。そして長い赤毛は腰まで乱雑に伸ばされているのだが、逆にそれが様になっていた。


「シム様、少々やりすぎだ」


 そう言いながら、ユライアは腕をカーシィムに向けて伸ばす。

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