第380話 今宵の奉仕は

 まずネンラールにおいて、男女の役割はわかりやすく分かれていた。大雑把に言えば男は力を求めよ、女は美を求めよ、という事らしい。


 前者はわかるだろう、男に生まれたからには武力、権力、財力を得るために生きよという方針。そして後者の女性に関してだが、これは美を得て、強い男性を虜にしろという方針らしい。


 男に関しては鍛え、勉強し、技術を磨くことを。そして女性だが自身の美貌や教養、芸を身に着けて、男性を満足させることを磨くらしい。


 そして、それのどこがこの宴に関係あるかと思うだが、殿下が主催しているこの宴会での招待客は全員が有力者と言える。つまりは―――







「彼女らは彼女らなりに有力者に取り入ろうとしているわけか」


 彼女らは生活のためにこの場にいるのではなく、むしろ逆に自分を売り込むためにこの場にいるという。もちろん楽しませるためにこの場に入るのだが、それ以上に何番目かの妻や愛妻となるためという側面の方が大きいという。


「そういうこった。そして最後って言ったが、まぁ、彼女らはそれなりの家の出、つまりは」

「手を出せば、それは責任を取るのと同義、か。違うか?」


 それなりの家格がある家の娘に無体は働けない、そのために手を出すとなればそれは妻や妾として迎え入れるという事らしい。


「だが、希望しない相手に指名されることはどうする」

「そうなれば、芸だけで楽しませることになる。それなりの家の出だけ集められたのは、無体を働くことで損な目にしか合わないからな」


 これが身分差のありすぎる相手ならば話は別だろうが、ほぼ同格や、格下だがもめたくない家とつながりがある。もしくは徒党を組んでいる家などの娘に手を出して面倒ごとが起きないわけがないということ、そのため不幸な行き違いなどはまず起こりえない。


(要するにお見合いか)


 形式はいびつに感じるが、実態はお見合いと言っても過言ではなかった。


「ということだ」

「仮にだが、イーゼを見初めても、そちらが望まなければ結局は何もできないじゃないか」

「いや、先に父さんに話を通してから、私を指名すれば別だ。そうなれば私が嫌がっても、結局は泣きつくところはない」

「……納得だ」


 やや酷い言い方だが、家に許諾が取れた状態でイーゼを指名してしまえば、あとはイーゼが拒否しようと意味はない。なにせすでに家からしたら許可した手前、抗議などはできない。そして相手側は責任を取ると言っているのなら、問題は簡単に収まるだろう。


「それに、約束もあるからな、それまでに成果を出せなかった私が悪いということで諦めもつく」

「だが、相手がどうしても嫁ぎたくない相手ならば、どうする?」

「もし相手が嫌な奴なら、私は武勇を諦めて自分が認めた相手の嫁にでも行くつもりだ」


 そのような状況になればさすがにイーゼでも諦めるという。


「そっちの事情は分かった。それと―――」


『では、全員に行き渡ったらしいな』


 イーゼに告げようとすると、隣から会場に宣言する声が聞こえてくる。


 そちらを向いてみると、カーシィムが立ち上がり、銀杯を傾けていた。


「宴も佳境も過ぎ、たけなわの時間になった。再度、招待に応じてくれた君たちに謝辞を述べる。さて、これより私は先に退室させてもらう。だが、ここからも宴は続く、時間がある者は存分に楽しんでほしい」


 カーシィムは銀杯を傾けて、一気飲みするとそのまま、目の前に来る。


「バアル、できれば明日の昼にある話をしたい。受けてくれるか?」

「利のある話ならば」

「では、受けてもらえそうだ」


 カーシィムはそのまま出口へと向かい、宴会場を後にした。そしてそれを皮切りに踊り子だけではなく男性の演奏者や演芸士がステージに上ると再び演舞や演奏が始まる。


「……さて、俺達も出るとしよう。さすがにハイエナに集られるのは勘弁だ」

「はい」


 カーシィムが宴を後にすると、周囲から様々な視線を受けることになる。もちろん理由は、言うまでもないだろう。


「では、お部屋に案内いたします」

「いや、このまま帰るつもりだが」

「それは少々……」


 侍女がイーゼに視線を向けて言いにくそうにする。


「選ばれておいて、芸の一つも見せないとなると、私は女性の中で最低ランクの烙印を押されることになるな」


 イーゼは淑女風を装いながら軽々とそういう。


「……なら、案内されよう」


 最低限の芸を見た後で帰っても問題ないと判断してそういう。


「では、こちらへ」


 その後、針の筵になりながら、宴会場を後にする。









「では、何かあれば廊下にいる者にお申し付けください」


 部屋に案内されると、侍女はそういい、扉を閉める。


(異様に落ち着きのある空間だな)


 部屋の中は落ち着きのある風景になっていた。空間としてはかなり広く、明かりは蝋燭のみだが、部屋に模様が浮き出すように籠が被せられている。そして護衛がいることを配慮してなのか、部屋を二分するような仕切りが用意されている。また仕切りのその先には月明かりが差し込む大きな窓とその月明かりで照らされる模様替描かれた机、様々な高級そうなクッションが置かれた低いキングサイズのベッドが存在した。


「さて、イーゼ先に告げておくが」

「わかっている。さっきの口ぶりからして乗り気じゃないんだろう?」


 イーゼはリンを見据えながら何かを理解した表情をする。


 おそらく誤解していると思い口を開こうとすると、先にイーゼが口を開く。


「なら、この先は使わないと思っていいか?」


 イーゼは窓の近くにある扉を指差しながらそういう。


「そこは?」

「見ての通りだ」


 何の部屋かわかんないでいると、イーゼが扉を開ける。そしてその先には外から見えないような造りになっているベランダがあり、そこには浴槽が存在した。


「まぁ、普通に湯あみをしたしたいってことなら背中を流すが?」

「間に合っている」


 そういうとイーゼは肩を竦めて、扉を閉める。


「じゃあ、肴を用意するから少し待ってな」


 イーゼは出口のすぐそばに用意されているイドラ商会製の冷蔵庫から冷えた銀杯と飲み物、そしてつまみになりそうなものをいくつか取り出す。


 そしてそれらを持って、月明かりが当たっているテーブルの上に置く。それが終われば護衛であるリンにはそのまま銀杯を差し出し、そこに酒を注いだ。


「私は結構なのですが」

「いいから、酒精は全くない、護衛用の飲み物だから」


 リンは遠慮しようとするが、イーゼは押し付ける。


 そしてリンが問いかけるようにこちらに顔を向けるので頷き返すと、ようやく、ゆっくりと飲み始めた。


「さて、一応聞くが、希望はあるかい?」

「……なら晩酌とあとは何回か対局を頼みたい」


 そういうとイーゼは笑顔になる。


「私はもてなす側だから問題ないぜ。もちろん、寝ずに朝までってのは勘弁してほしいが」


 イーゼはそういうと部屋の隅に置かれている棚からいくつかの盤と駒と用意する。


「戦目っていう盤上遊戯だが、やり方は?」

「いや、教えてくれ」


 イーゼが持ってきたのは見たことがない物だった。盤上は15×15のマスとなっており、駒は白と黒で分けられ、その中心には様々な文字が綴られている。


「了解、まずは――」







 それからイーゼにルールを教えてもらいながらゲームを始める。


 一見すると、将棋やチェスの様に何の変哲もないように見えるのだが、やり方を聞くと、かなり奥行きが深いゲームだということが判明した。


 まず、駒についてだが、これは陣営分、存在していた。二つの陣営はもちろんのこと、自陣営と敵陣営なのだが、最後のもう一つが無陣営という物だった。これらの何が違うのかというと、自陣営と敵陣営ではお互いに戦力が打ち倒したり打倒されたりとチェスの様に盤上から消えていく、だが無陣営の駒との戦いに勝てば、その駒を自陣営の物に置き換えることが可能だった。


 そして駒の種類だが、歩兵、弓兵、重歩兵、騎馬兵、魔法兵と存在して、一度に移動できる距離、攻撃可能不可能な距離が決まっていた。そしてお互いの兵種を駆使して、寄り速く相手の勢力を削り、王の駒を打倒するかがポイントになっていた。


 また、ほかにもいくつかの要素が存在している。まず地形、盤面上のゲームでは存在してないと思うだろうが、この遊戯は違った。マスを一段高くするための、マスに重ねるマスが用意されており、盤上に散りばめることが可能だった。それにより、山脈の様な物を築いたり、移動に制限を掛けることも可能だった。ちなみにその地形のほとんどはサイコロを転がして、どこに何段設置するのかを決めるらしい。また無陣営も同様にサイコロで決めるらしい。


 そのほかにも特徴的なことがあり、始める際の自分の駒だが、規定されたコストを算出して選び出していいことになっていた。


 そして盤面上を用意し終えると、ゲームが始まる。進行は先手後手と別れており、一つの駒を移動させたのちに、攻撃できるならどの駒に攻撃を仕掛けるかなどを決めて進んでいく。


 この戦目という遊戯はプロ同士の対局で半日かかることがざらにあるという。

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