第375話 隣にあるが遠いもの

 ガタガタガタ


 スピィ~~~~~


 日が暮れて、存分にプールで遊び終えると、帰りの馬車の中では多くの寝息が聞こえていた。


「まさか、あんな遊び方をするとは予想外でした」


 唯一、休憩場でゆっくりしていたリンがそういう。現在起きてるのは俺、リン、エナ、ティタ、テンゴ、ロザミアだけだった。


「エナ、ああいう・・・・遊びは普通なのか?」

「なわけあるか」

「……」コクコク


 プールでの遊ぶ風景を見てエナに問いかけるが、エナは否定し、ティタはエナの言葉を聞いて頷く。


「でも、新しい遊びとして可能性はあったね」


 ロザミアはあの光景を見てそういう。


「まさか、疑似的とはいえ水の上・・・を走ることになるとは思わなかった」

「そうですね…………」


 プールでどのように遊んだかというと、単純に鬼ごっこをしていた。


 最初は危害を加えない程度の妨害だけしながら普通に行ってたのだが、途中鬼になったレオネがプールから上がると授業員に何かを伝えた。そして次に行われるのは施設に用意されている浮き輪やボードのすべてがプールに投げ入れられたのだった。


 そして次の瞬間見えたのが、プールに向かって走るレオネの姿だった。


「私は参加しなくてよかったよ、まさか浮具の上を飛び交うようになるとは」


 ロザミアの言葉通り、次に始まったのが浮具の上を走り、移動し始める変則的な鬼ごっこだった。


 それからはそれぞれが自前で乗れる浮具を確保し、移動する経路にしたり、相手を水に落とすため浮具を離したりと、何ともな遊びに変化していた。


 トン

「おっと」


 馬車の震動で体勢が崩れたのか、クラリスの頭が肩に乗る。


(俺は途中で切り上げたが、こいつらは日が暮れる直前まで激しく動いていたからな)


 意外にもクラリスは負けず嫌いな性格をしている。そのためか、クラリスは最後までやり続けていた。


「ん、むぅ」


 クラリスが軽い呻き声を出すと、自分の髪を噛むので、そっと取る。


「ふふ」

「なんだ?」

「いやね、一見すると合わなそうなのに、実のところお似合いだと思ってね」


 ロザミアが苦笑するので問いかけると、このような答えが返ってくる。


「そういえば、一つ聞いたいことがあるけど」

「なんだ?」

「いや、バアルじゃなくて、リンに」

「……私にですか?」


 ロザミアはふと思い出したかの様にリンに問いかける。


「なんで、あんな・・・水着を着た?」

「っ!?」

「ロザミア」


 ロザミアの問いかけようとした意図を理解して、即座に制止の声を上げる。


「バアル、まだわからな…………いや、わかっていて、何もしていないのか」


 ロザミアが勝手に自己完結すると、天井を見上げてため息を吐きだす。


リン・・、それでいいの?」

「はい」


 ロザミアの問いかけにリンは迷わずに答える。


「…………バアルは…………いや、私はもう何も言わないさ」


 おそらく、続きはこう言いたかったのだろう。リンの想いに答えるつもりはあるのか、と。


 そしてその答えはだが


現状・・はない。少なくともリンが護衛である間はな)


 護衛されるのに雇用以上の関係を持つのは意味が無い。なにせ護衛は万が一にも死ぬ可能性を残している。その時に一時的な感情で身代わり、とまではいかなくてもけがを請け負う可能性が無くもなかった。現にユリアなど恋慕の情に振り回されている。


 また、護衛が雇い主に好意を寄せるのは何ら問題ない。その点ではある意味ではリンを利用しているとも言えるが、残念ながら護衛である以上必要以上に踏み込む選択肢は俺達には存在していなかった。


(それにその件・・・もあるからな)


 俺は視線をリンの手首へと向ける。そこには主に解毒用に使われているユニコーンリングが存在していた。またこちらの視線に気づいたのか、リンがほほ笑みながら頷いてくれる。


「はぁ~ままならないねぇ~」


 ロザミアは天井を見上げ、不満足と主張する声を放つが、馬車は気にすることなく進み続けるのだった。












 ラウダ湖からハルアギア領都市ハルアディアへ、さらにホテルへと戻ると俺、リン以外は全員がそのまま自室に戻っていく。そのころには日が完全に落ちており、各々が食事や水浴び、就寝などの休息していく。


 そして俺だが、彼らとは裏腹に再び馬車に乗っていた。


「この度は招待に応じていただきありがとうございます」

「問題ない。それに手回しされているとは知らされていただろう?」


 馬車の中には俺と護衛のリン、そして案内役の女性兵士が乗っていた。


「それで夜会の会場まではどのくらいかかる?」

「それはですね――」


 なぜ、俺達が馬車に乗っているかというと、今朝ユリアに知らされた通り、ホテルへと帰ると、第五王子から招待の使者が来ていたのだった。馬車に乗っていることでわかっているとは思うが、ユリアとの約束でもあり、ネンラールの力ある王子と顔合わせできるならと思い、この誘いを承諾したのだった。


「しかし、俺含めて二名だけと制限を付けるとはな」

「それに関しては申し訳ありません。今回の夜会はカーシィム様の派閥の重鎮と呼べる者たちが多く参加しているので、念のためにということです」

「それで、俺の・・安全が保たれると?」


 もしカーシィムの主催される夜会で俺が襲撃され怪我、それも死亡でもすれば確実にカーシィムの力は地に落ちるだろう。


「ご安心ください。バアル様には専属の護衛が別に付きます。その者らにはカーシィム様よりも優先に守るように命令してありますので」

「とりあえずは納得しておこう」


 欲しい答えではなかったが、この状況であれば仕方がないだろう。


(まぁ、本当に雇い主以上にこちらを守ろうはしないだろうがな)


 本当に信用できる護衛はリンだけとなるだろう。


「ああ、見えてきましたね」


 案内人の視線の先には立派な屋敷があった。


(義理を果たすだけのつもりだが……これは、そう簡単に終わらないな)


 確信ともいえる嫌な予感を感じながら、馬車は屋敷に入ることとなった。









「ではこちらへ」


 屋敷は全体的に吹き抜けな部分が目立っていた。壁がある箇所はそう多くなく、むしろ外からでも支柱を眺めることが出来る構造となっていた。そしてその支柱の合間には数多くの兵士が往来して警備は万全の様に思えた。


(入りやすいが逃げやすくもある、か)


 最悪な状況を考えて逃げる時の算段を建てつつ、建物に入る。


 建物は正方形のような形をしており、中央に庭園と会場らしき場所が存在する。また四方には庭園を囲うように建てられている建物があり、外から中は見えない構造になっていた。


 最初の建物からは中心にある会場に行くには、会場を中央に正方形をさらに四つに分けるように伸びている通路を使う必要がある。


 俺達はその通路の一つを使い庭園の中心部に建てられている会場に入ることになった。










「では、もうしばらくこちらでお待ちください」


 案内人により、即座に宴会場、ではなく一度、用意された控室にて待機することになった。


「リン」

「ご安心ください。見ている・・・・だけです」


 用意された椅子に座りながら、リンに問いかけると、案の定の答えが返ってくる。


(監視兼護衛か)


 これが用意された護衛なのか、それとも主催した第五王子とは別の物たちなのかはわからない。


(これが自室ならば正体を確かめるのだがな)


 これがカーシィムの駒なのか、ほかの駒なのかはわからない。だがどちらにしろ、俺の手駒ではないため、警戒しなくてはならない対象だった。


「もし、煩わしいようでしたら、排除いたしますが?」


 チン


 鯉口を切る音をリンが鳴らすと、索敵能力に乏しい俺でも何かが遠ざかっていくのが分かった。


「やってから聞くな」

「準備をしたまでです。それに今も数人が残っております。おそらくですが、報告と今後の対応を聞きに行ったのでしょう」


 リンはそういいながらカチンと刀を収める。


「しかし、会場内で帯剣を許すとは思いませんでした」


 本来では武器の持ち込みは禁止だ。だが今回は許されていた。


「ネンラールの気質であり、それ以上にこの建物だからだろうな」


 先ほども見た通り、この建物は逃げやすさに重きを置いている。それは言い換えると、多少の武装をして逃げる時間を稼ぐことが必要と言えた。


「しかし、宴会場にも持参していいとなると…………」

「いや、一網打尽を狙うなら、その場が一番危険だろう?」

「……確かに」


 コンコン


 リンが納得すると扉がノックされる。


「バアル・セラ・ゼブルス様、準備が出来ました。移動をお願いしたのですが可能でしょうか?」


 どうやら向こうが準備できたようなので、俺とリンはそのまま案内されることになった。

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