第374話 商人の副なる問い

 それからプールサイドの傍にある、休憩用に用意された場所で話を進める。


「長くなったが、俺への話はなんだ?」


 休憩所の庇の下でラフィーアに向き合う。そして背後には仕事だと割り切り、堂々としているリンとセレナと同じようなラッシュガードを着ているノエルだけだった。ちなみにセレナとクラリスはプールにて遊んでいる。


「はい、いくつかお伺いしたいことがあるのです」

「答えるかどうかはわからんがな」

「それで構いません。私がお聞きしたいのは三点ほど」


 ラフィーアはしっかりと商売人の表情をしてこちらに向き合う。


「ムニーラ商会はここラウダ湖に根を張る商会です。そしてラウダ湖は漁業を除けば、主に観光地でありレジャーを目的とする人たちで成り立っています。当然ムニーラ商会も例に漏れず――」

「長くてくどい。要件を簡潔に述べろ」

「では失礼しまして。イドラ商会でレジャー目的の魔道具は販売しておりますか?」


 ラフィーアの問いかけに眉を顰める。


「それをなぜ、俺に聞く?人をやって直接イドラ商会に聞けばだろう?」


 わざわざ俺に聞く必要はない。なにせ人をやって商品を確認すればいいだけの話なのだから。


「申し訳ありません。少々言葉足らずでした。私たちの方でイドラ商会の方には何人かを派遣して確認しましたが、直接的なレジャーに繋がる魔道具の販売はないと分かっております。そして先ほどの言葉にいくつか付け加えさせてください」


 ラフィーアが頭を下げて言葉を変える。


「魔道具の開発者であるバアル様に聞きたいのはすでにある魔道具でレジャーに転用できる物はあるのかという点と、今後レジャー関連の魔道具の開発は予定しておられるか、そしてできるならば開発の依頼などは可能なのかという三点を聞きたいのです」


 直接的にレジャーに繋がる魔道具ないのは確認済みだという、そのうえで聞きたいのは直接的でなくてもレジャーに転用できそうな物があるか、そして新たに魔道具が出るのか、そしてレジャーを充実させたいためこちらに魔道具の開発を頼めるかの確認だった。


「すべて否だ。今ある在庫は全て生活水準を上げるために作られている物が大半で、今後のその方針を維持するつもりだ。そして希望は聞いたことはあっても依頼などは受け付けたことは無いし、これからもそのつもりはない」


 イドラ商会の商品はすべて家の中、あるいは生活に直結する者がほとんどだ。なぜならその方が売れる・・・、これに尽きた。正直レジャーなどは一部にしか需要がなく、よほど高額に設定しなければ利益は生まれない。そして生活系の魔道具はまだまだ売れる余地があるため、わざわざ売れない方向に持って行くつもりはなかった。


 そして開発もこの理由が存在し、なおかつ、機竜騎士団の業務も兼任しなければいけないため、わざわざ余計な仕事を増やすことはしたくなかった。


「聞きたいことはそれがすべてか?」

「いえ、魔道具関連がお伺いしたい一点目です。次に聞きたいのが空飛ぶ船についてです」

「……それで?」


 予想していたことだが、飛空艇の話が出てきて、少々剣呑な視線を送る。


「っ、お待ちください。こちらに関しては確かめたいという意志のみです」


 こちらの視線にほんの少しだけ身を引くと、弁明する様にとっさに言葉を出す。


「そうか……何が聞きたい?」

「ふぅ、はい、私が聞きたいのは飛空艇の交易運用の予定があるのかという点です」


 ラフィーアが直接飛空艇を見ているのか、それとも伝聞だけなのかはわからないが、聞いた限り有用性は理解しているからこその言葉だった。


「現状、そんな予定はない」

「では、軍務のみの仕様ですか?」

「ああ。交易などはないとは言わないが、現状ではまず無理だと答えておく」

「なるほど、お答えいただきありがとうございます」


 ラフィーアはそれ以上は追及してこない。まずいことを聞いてしまわないうちにある程度の情報で満足したということだろう。


「それで、最後はなんだ?」

「お話ということではないのですが…………我がムニーラ商会はこのラウダ湖の発展のため力を尽くしております」

「何が言いたい?」

「もし近い将来、飛空艇での往来が始まった際、ハルジャールおよび、ラウダ湖に出立地にする際は一言お申し付けくださいませ。ムニーラ商会が総力を挙げて、微力ですがお手伝いしたく存じます」


 つまるところ、先を見通しての顔つなぎという事らしい。


(商人らしいともいえるが、敏い商人であれば納得か)


 飛空艇の往来が始まるとなると、当然往来には目的が出来る。そしてそれが観光地であれば、金儲けの予想は簡単だ。


「頭の隅にでも置いておこう。ほかに聞きたいことは?」


 問い返すとラフィーアは微笑む。


「私からのお話は以上となります」


 ラフィーアは立ち上がると、礼をする。


 その後、こちらに何か不明な点があるかの、確認を終えると再び口を開く。


「今回は私共のために貴重なお時間を割いていただきありがとうございます。本日の当施設は貸し切りにしておりますので、是非ご堪能くださいませ」

「遠慮はしないぞ」


 面白がって言葉を返すが、ラフィーアは笑みを深めて返答する。


「はい。是非楽しんでいってくださいませ。できれば宣伝にご協力いただければ幸いです」

「ちゃっかりしているな」

「ふふ、では何か御用があれば使用人にお尋ねくださいませ。それでは私はこれで」

「わかった、名前を覚えておこう」


 そう告げると、ラフィーアは供回りと共に深く礼をすると離れていった。


「……リン、どう思った?」

「正直なところ…………少々拍子抜けする内容だと」


 ラフィーアが十分に離れた後、リンに問いかけると、期待通りの答えが返ってくる。


(おそらく、ほかに何かしらの目的があるのだろうな)


 だが、それが何かはわからない。他国の重鎮が遊びに来たという箔が欲しいのか、クラリスやレオネ達と会話することなのか、はたまた飛空艇が存在するという言質が欲しかったのか。


「バアル~~話が終わったなら遊ぼ~~!!」

(考えても仕方がないな)


 レオネの声を受けて、立ち上がる。


「リンとノエルも来るか?」

「お供します」

「わ、私は良いです」


 ノエルは食い気味に答えるが、リンは遠慮がちに答える。


「ああ、まぁ、その格好だからな」

「はぃ」


 リンの格好は動くには少々厳しい。そのため、リンだけは休憩所に残ることになった。


「バ~ア~ル~~~!!」

「わかったから、叫ぶな」


 こうしてやや重い足取りでプールに向かい始めた。

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