第372話 異世界水辺事情


 案内された場所は町の中では高地に位置する場所のレストランで、そこのテラス席からは町と湖を一望することが出来た。


「よく入れたわね」

「町に入る時にすでにガイドに予約を取ってもらっていた。だが、この様子ならその必要もなかったようだが」


 店は完全に高級志向で万人が理由するためではなく、ごく一部が使用するためだけに作られている。そのためすべてが完全に埋まるということは少なく、現にかなりの空席が目立っていた。


 その中の全員が座れるテーブルに案内され、それぞれが欲しものを頼むとゆったりとした雰囲気を味わう。


「バアル様」


 店の中にいる護衛の一人が耳打ちをしてくる。


「どうした?」

「とある方が、食事後に是非お会いしたいと」

「……だれだ?」

「ラフィーア=ミセ・ムニーラと名乗っています。ガイドに話を聞いたところ、この町一番の商家だと」

「……いいだろう。昼食後に少しだけ時間を作ってやる・・・・・と伝えてくれ」

「はい」


 護衛と入れ違いにウェイトレスが、様々な料理を持ってくる。


「バアル~~食べよ~~」

「……そうだな」


 配膳を終えると一言二言を加えて、それぞれが料理に手を付け始める。


 料理のほとんどは湖で取れた食材を使っている物で、感想は極上としか言えなかった。










 食事を終えると、店のオーナーにテーブルの一つを借りるとこになった。そしてそこで対面することになった。


「お初にお目にかかります。私はムニーラ商会の頭取を務めておりますラフィーア=ミセ・ムニーラと申します」


 座りながら頭を下げたのは黒髪に褐色の女性。名をラフィーアといい、商会を運用している頭取だった。また服装は前世のサリーに似た衣装で、この国ではたびたび見かけていた服装だった。


「こちらはオーナーからのサービスです」

「ありがとう」


 ウェイトレスが持ってきたのはブレンドされたジュースだった。


「さて、こちらとしては観光に来たつもりだ。時間はとったが手短に済ませろ」

「それは失礼いたしました。もし不都合がないのなら我が商会が所有しているレジャー施設をご利用くださいとお伝えしに来た次第です」

「それだけか?」

「いえ、できればそこでお話がございます」

「ならば、ほかの者が落ち着いたらそレジャー施設へと行ってみるとしよう。そして全員が満足する施設なら考えよう」

「是非」


 こちらとしてはこの後もガイド任せで当てもなく町を歩くつもりだった。それを考えたらほんの少し寄り道するぐらいは何も問題なかった。










 全員がほどほどに胃が落ち着くと、早速ムニーラ商会が所有するレジャー施設へと移動するのだが


「わっっっふ~~~」


 バシャン


 レオネが気持ちよさそうな声を上げてプール・・・に飛び込む。


「っぷは、バアル~~気持ちいよ~~」


 水面から顔を出すとレオネがこちらに向かって手を振る。


 軽く手を振り返すと、周辺を見渡す。


 レオネ、マシラ、テンゴ、アシラ、アルベール、カルスはすでに水着に着替えてプールに入っており、ロザミア、エナ、ティタの三名はプールのすぐそばにある、木製のリクライニングチェアでのんびりとしていた。


「しかし、よく作り出したな」

「ええ、なにせ湖だとして危険な・・・場所が多い物ですから」


 今いる場所は湖の畔のすぐ近くにわざわざ作られた、大規模な屋外プールだった。


「???危険?」


 ラッシュガードの様な水着を着たセレナが傍で疑問の声を上げる。


 なお、現在プール、およびプールサイドにいる全員が同じような水着を着ていた。


「魔物だ」

「その通りです」


 俺の言葉にラフィーアは同意する。


「でも漁業をしているんですよね?」

「もちろん。だが、魔物の対策を済ませていなければ餌食になるだけだろうがな」


 いくら湖でも危険は存在する。前世では蛇や場所によってはワニ、アマゾンなどは肉食魚などの脅威が挙げられるだろう。


 さらには魔物という存在がいる異世界だ。湖や海の浅瀬というだけで安全だと判断するのはまずできなかった。


「安全な水浴び場もないこともないのですが、そういう場所は狭く数が少ないのです。ですが安全な湖に繋がる遊び場なら作ることが可能なのですよ」

「わざわざ?」

「わざわざです」

「ああ、作る価値は十分。むしろ率先するだろうな」


 セレナは前世の感覚が抜けきっていないのか納得しない表情を浮かべる。


(仕方ない)


 セレナに向けて念話を飛ばす。


『お前の世界で水場にいる危険生物を思い浮かべろ』

『危険生物?ワニとかピラニアとか、サメとか?』

『そういうのがお前の記憶にある、遊べる水辺に数多く潜んでいると考えろ。それがこの世界での湖や海の現状で、お前はそんな場所でわざわざ遊びたいか?』

『…………うわぁ』


 セレナのイメージが直接流れ込んできて、川の沢や遊べる浜辺にサメやピラニアが泳いでいる情景が映し出されていた。


『でも、それなら駆除すれば?』

『そう簡単に行くなら、苦労はしない』


 セレナは駆除というが、そう簡単ではない。


 まず駆除する方法だが、一般的には薬や自然破壊により生態系を変えることで大規模に生物を排除できるだろう。だがその両方も確実かと言われれば、否だ。まずラウダ湖はネンラール最大の湖であり表面積も相当な物となる。局所的に薬を使ってもせいぜいが一時しのぎだ。次に自然破壊により生態系を崩すことだが、これがまた厳しい。なにせそんなことをしようとしたら確実にその場所を住処としている魔物が攻撃してくることになるだろう。もし幸運にもそれが出来ても、今度は魔物が完全に入りきらないようにしなければいけない。当然、湖から大規模に流れてくることを踏まえると、安価で実施する方法はなく、また高価でも明らかに採算に合わなくなるのは目に見えているだろう。


 それならば陸地にうまく水を留める穴を作り、あらかじめ、魔物が来ないように細工をして、湖の水を入れたほうがはるかに効率的だ。


『なんか魔法はないの?』

『もしかしたら、どこかにあるかもしれないが、ここは魔法が遅れているネンラールだ。そんな魔法はないと言える』


 様々な手段を考慮すると、結局のところ、ムニーラ商会の様に、湖のすぐ近くにプールとそこに繋がる水路を作り、魔物が水路を通らない様に工夫を行う方がはるかに効率がいい。


「おや、どうやらお越しになられましたね」

「どう?話は終わったかしら?」


 ラフィーアの視線が俺の後ろに向けられる。そして振り向くと同時に後ろからクラリスの声がする。


「…………」

「へぇ~」


 クラリスのその姿を見て、思わず無言になる。そしてその様子を見てクラリスは少しだけ笑う。


「感想は?」

「綺麗だな」


 戦闘が得意とは思えない綺麗な白い肌に、日に当たり輝く長い桃色の髪、頭一つ分低いが一般的に長身、それと同時に前世のイメージとは違いしっかりと発達した女性的な部位、そして噂で誇張されても衰えることのない美貌。


 そんなクラリスがハイネックと短パンの様な水着を着ている。その姿が美しくないわけがなかった。


「……合格」


 素直な感想を口にすると、クラリスはそっぽを向きながらなにか告げる。


「あの、少々よろしいですか?その水着はどこで」


 話の途中であるが、ラフィーアがクラリスに問いかける。


「ああ、これ。もともと持っていた物よ。故郷ではこういうのが流行っているから」


 ノストニアの水源は豊かだ。現に王城を湖の中に建てるほどと考えれば、水場での遊びが存在してもおかしくない。


「……なるほど。ですが防御面では明らかに心許無いような気がするのですが」


 この施設に用意されているのはラッシュガードの様な水着しか用意されていない。


 その理由だが


「エルカフィエアの湖は全て安全に泳げるから、そういった機能は必要ないのよ」

「そうなのですか……」


 二人の会話で察せられるように、万が一の場合を考えてラッシュガードの様な少しでも体を守れる水着が用意されていた。


「つかぬことを聞きますが、安全に泳ぐためになにを行っているか教えてもらえませんか」

「無理、というよりもここではまずできないやり方だから」

「……そうですか」


 ラフィーアはエルフが湖で泳げる秘訣を知りたいというが、否と答えられる。


「あの、クラリス様、この格好は少し…………」

「…………リンもか」


 声が聞こえるのでそちらを向いてみると、恥ずかしそうに更衣室から出てきたのは刀を片手にし、もう片方で何とか露出している肌を隠そうとしてるリンがいた。

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