第371話 判明していく断片

 数分間、ずっとダンテが去っていった方向を警戒しているリンに声を掛ける。


「リン、警戒を解け」

「ですが」

「ウェンティ同様、ダンテも敵対する確率が低い相手だと分かった。ならば最低限の警戒だけを残してそれ以外は傾注する必要はない」


 ダンテばかりに気を取られてはまずいと理解したのかリンは全方向に警戒を広げる。


「……申し訳ありません。手も足も出ませんでした」


 ここで、仕方ない、というつもりはなかった。これはリンの仕事の範疇であり、落ち度とは言えないが、リンが責任を負うべき部分だったからだ。


「なら、強くなるしかない」

「はい」


 リンの返事を聞くと再びホテルへの道を歩みだす。


 だが


(アルカナの謎がまた増えたな)


 ダンテの言っていた、『実り』のことや代行者が所有者、契約者を襲うことは無いという言葉がどうにも頭の中にこびりついていて、道中で表情は晴れることは無かった。





 その後は何のトラブルもなくホテルへと戻り、今日が終わった。













「少しお話よろしいですか?」


 翌朝、朝食を済ませ、ラウンジでこの後何しようかを考えているとユリア嬢がやってくる。


「何が用事でも?」

「いえ、護衛達の中で噂になっているのですが、ドワーフたちと揉めたそうですね」


 言葉の裏に咎める意思が籠っていた。


「わかっておいででしょうが、報酬を渡す者はドワーフたちです。絶対に良好的とは言いませんが、話し合いができるぐらいには関係を保ってもらわねば困ります」


 ユリアは咎める視線を送るが、こちらは笑みで返答する。


なぜ・・?直接的な交渉はユリアが担当するのだろう?」

「その交渉がしにくくなるからです」

「では俺はこのままハルジャールに留まっておこう。それなら何も問題は・・・・・ないだろう?」


 こちらの言葉にユリアは笑顔という仮面を張り付ける。


「それではバアル様のご希望している合金技術かを確かめることが出来ないですが?」

「では、信のおける部下を俺の目と耳の代わりに送る、それでどうだ?」


 笑みを深めてユリアに返答すると、ユリアは少しの間無言となる。


「……いろいろと言いたいことはありますが、契約を元に動いてもらわねばこちらの予定もくるってしまいますので」

「なるほど、それは失礼した。可能な限りユリア嬢の迷惑にならない様に立ち回ろう」

「はい。こちらからの話は以上です。そちらから何か聞きたいことはありますか?」


 笑みは同じなのだが、圧が少しだけ弱まったまま問いかけてくる。


「では、安全で、かつ騒ぎが起きなさそう・・・・・・な観光場所を教えてもらえるか?」


 こちらの言葉の意図を理解するとユリアは難しそうな表情をする。


「そうですね……なら、少しばかり馬車で移動いたしますが、ラウダ湖に行ってみてはどうでしょうか。避暑地であり、観光地として開発されています。それに湖で取れる魚を使った料理は絶品ですので、十分に堪能でき、丁度良い・・・・かと」

「なるほど」


 今であればちょうどいいとユリアは言う。ラウダ湖が観光地として機能してるのなら普通は自国民他国民が溢れているだろう。だが神前武闘大会という一大イベントがあるならば、当然ラウダ湖には人が少なくなる。そして人が少なくなれば当然誰かとの衝突する確率は減る。少なくともハルジャールよりは騒ぎにならない。


「礼を言う」

「いいえ、ただその代わりとは言いませんが、一つだけよろしいですか?」

「情報に見合う程度ならな、それでなんだ?」

「実は今夜、ある方からバアル様へ晩餐の招待が送られます。それに参加してもらいたいのです」

「誰からだ?」

「ネンラールの第五・・王子、カーシィム=サル・ネンラール様からです」


 ユリアの口から出た人物名を聞いて眉を顰める。


「それはまた、なんというか」


 グロウス王国でも何度か第五王子についてを耳にしているが、そのどれもが良い噂ではない。


「ご安心ください。カーシィム様は自分の二つ名をむしろ自称していらっしゃいますので。その点はバアル様も同じでは?」

「……アレ・・と同列にするな」


 風の噂で聞こえてくる第五王子カーシィム=サル・ネンラールの二つ名、もし仮に自分がそれに類似する名前で呼ばれるのならば耐えがたいものだった。


「だが、それでいいのか?イグニアを支援しているのは第一と第三だったはず。ここで第五王子へと顔つなぎをしても」

「確かに、表立っての友好関係はその二方です。ですが、私の予想では最有力候補はこの三人なのです」


 つまりは何かあったときの保険として俺との顔渡しに応じたというところなのだろう。


「そしてバアル様だから明かしますが、このことはイグニア様には相談しておりません」

「それはなぜ?」

「簡単です。第五王子の方針は策を弄するからです」


 ユリアの言葉で納得する。もちろん第一、第三も策を使わないわけではないだろうが、イグニアが表立って友好関係を支持しているのだから人なりはある程度透けて見える。


「……招待が来たらできる範囲で応じましょう」

「ありがとうございます。その言葉が聞けただけで十分です」


 ユリアはお礼を言うと、忙しそうに去っていった。


(…………確定だな)

「??バアル様」


 背後にいるリンは何かを感じ取ったのか、声を掛けてくる。


「なんでもない。ノエル、クラリスや獣人組にラウダ湖に行くことを伝えてきてくれ」

「かしこまりました」


 ノエルはこちらの指示を聞くと、移動を始めた。


(さて、これで騒ぎは起こりにくいと思うが)


 その後、何をするかが決まったので立ち上がり、馬車や護衛を用意したりと動き始める。









 ラウダ湖、ハルジャールの南南東にある湖であり、ネンラール国内にある最大規模の湖である。湖畔にはしっかりとした観光地が出来ており、商業としても成り立っていた。


「うは~広いね~~」

「うむ、キクカ湖とは比べられんな」


 整備された湖畔でレオネとテンゴが詠嘆の声を上げる。


「普段はもう少し活気があるのですが、残念ながら今はハルジャールで神前武闘大会が行われますので」


 俺達の後ろでこの街公認となっているガイドの女性が説明してくれる。


 彼女はこの町の入り口で勧められた町と契約しているガイドの一人だ。さすがにこの場所には土地勘がないため、雇うことにした。


「逆に人気のないのを狙ってくる奴らもいるんじゃないのか?」

「そうなのですが、実はこの時期になるとこの町の人たちも神前武闘大会を見に行ったり参加しに行ったりするので、ご覧の有様です」


 ガイドが掌で示した方向は様々な観光地向けの商店なのだが、その約6割ほどが閉まっていた。


(年に一度しかない祭りなら無理はないか)

「正直なところ、いつもは盛況と言える状態なので、今日という日に無理に働かなくていいと言いますか、年に一度の休みの機会と言いますか」


 つまりはちょうどいい骨休み期間と言えるらしい。


「なら、ほかの店はなんで開いている?」

「そこなのですが、実は皆様の様に来られる方もいらっしゃいますので、町全体で閉める日を持ち回りで決めているのです。もちろん大会など関係ないという風に店を開いているところもありますが、微々たるものです」


 商魂有り余る行動で店を開いているらしいが、個人的には店を休みにし、人が多く集まるハルジャールで人脈を広げる方が有意義だとも思ってしまう。


 グゥ


「ふへぇ~バアルおなかすいた~~」


 おなかを鳴らしたであろうレオネがそう告げてくる。実際、太陽の位置も真上にあり丁度よかった。


「どうでしょうか、皆さん。そろそろお昼頃なのでこの町で評判のレストランに行ってみませんか?」

「頼む」


 その後、ガイドの案内で昼食を取りに向かうことになった。

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