第370話 不意の強者2

「でぇねぇ~~、ひどいったらありゃしないのぉう。こちとらころされそうになってはんげきしたのに!!しゃっきんよ!!しゃっきん!!!!」


 セレナは木製のコップを思いっきりテーブルに打ち付けて叫ぶ。


「そうか~、それよりもセレナちゃんは大丈夫かい?だいぶ酔っているように見えるけど」

「ヒック、よってない!!うぅ~~ほんとうになんで……うぅ」

「ありゃりゃ…………セレナちゃん、少し休憩できる場所に映ろうか」

「うぅん?」

「少し悪酔いしているからさ、少しだけ酔いがさめたら、また飲みなおそう?」

「……うぅん?」


 セレナは立ち上がろうとするが、ひどい酩酊状態なのか千鳥足でふらふらと安定しない。


「ったく、仕方ねぇ。ほれ、肩貸すから二階に行こう、な?」


 ロックルはテーブルにネンラールで流通している銀貨を数枚置き、セレナに肩を貸す。


「ほれ、こっちだ」


 二人はそのまま、酒場の中に設置されている階段を上ろうとする。


「少し待て」


 だが、階段を数段上がったところでロックルの肩を掴み止める。


「なんだよ、いいところを邪魔す、げっ!?」

「想像通りで、逆に清々しいな」


 フードでわかりにくいが、誰かを理解するとロックルは苦虫を噛み潰したような顔をする


「な、なんだよ。雇い主だからってプライベートのことに口出すのかよ」

「双方が同意している状態なら止めはしない」


 だがセレナの現状は決して素面とは言えなかった。


「さっき上に行こうって言って頷いた」

「それは酔った状態でだろう。リン」

「はい」


 背後にいるリンはセレナの額に手を当てると、腕輪を輝かせる。


「~~ぅう……………放して」


 酩酊状態が解かれると、セレナは少しだけ時間を掛けて状況を理解する。そしてやんわりとロックルと肩から身を離す。


 それもそのはず、この酒場の二階は連れ込み宿としてでもあるため、この後どういったことが起こるかを認識しているからだ。


「こんな場所にいるなんて、お貴族様も大概暇なんだな」

「……セレナ、話は終わったか?」

「はい」

「おい、無視するな」


 俺はネンラール大銀貨を一枚、ロックルに投げ渡す。


「面白い話が聞けた礼だ。それで娼館にでも行ってこい」

「!?それがお似合いだとでも言いたげだなぁ!!」

「二人とも戻るぞ」

「おい!!聞けや!!」


 二人を伴って酒場の出口へ向かおうとするとロックルが制止の叫びをあげる。


「なんだ?」

「さっきから聞いていれば俺が無理やり連れて行こうとしているような言い草しやがって、酔っていても本人の意思で頷いたかもしれないだろうが!」


 お預けを食らったことでイラつきを感じているのか、唸る様に声を上げる。


「なら、教えておくが、俺とリンがこの場にいるのはセレナに頼まれたからだ」

「はぁ!?」


 ロックルがセレナの方に振り向くと、セレナは何も言わずに頷く。


(といっても、メインは前世の話だがな)


 実は市場を回りホテルに戻った後、セレナにロックルと情報交換することを伝えられた。そしてその際にある程度事情を知っている俺たちに話を聞いていてほしいことと、もし連れ込まれた時に止めるように頼まれていた。


 本来なら、護衛の数人を付けてもよかったのだが、話が話だけに何も知らない護衛だと変に混乱するため、何より俺自身がロックルを観察するために足を運んでいた。


「それに相手が酔っていることをいいことに逢引目的で連れ込もうとしている奴はどうにも好きになれない」

「ああ、俺もあんたが嫌いだ。できればもう会いたくはないぜ」


 お互いに相容れない存在だと認識すると、俺は背中に恨めしい視線を感じながら、リンとセレナを伴って店を出ていく。
















「セレナ、なぜあそこまで飲んだ?酒になれているなら酔いつぶれない量も理解しているだろう?」


 酒場からホテルへの帰り道、俺はセレナに一つの疑問を投げかける。


「予想以上においしいお酒ってのもあるんですけど。バアル様たちがいるならば問題ないと思いまして」


 セレナはリンの腕輪を見て、そういう。


「見捨てる可能性を考えなかったのか?」

「見捨てるほどの無価値なら、逆に踏ん切りがつきますよ。それに何となく助けてくれる予感があったんで」


 セレナはそう締めくくる。おそらく今までの行動から損をしない限りは助けるという選択をすることを知っているのだろう。


「そうか……いったん話は中断だ。二人ともすぐに俺を守れる体勢に入っていろ」

「へ?」


 セレナは急に話が変わって、間抜けな声を上げるが、リンは刀に手を置き、すぐにでも抜刀できるようにする。


「バアル様、心当たりが?」

「ウェンティと同種だ。友好的か敵対的かわからない」


 酒場を出たあたりからこちらに近づいて来ている、大きな気配を感じ取っていた。


(ウェンティは穏便だった。こいつもそうであることを願うが)


 そしてホテルへと繋がる大通りを通っていると、噴水のある広場でそれは待ち構えていた。


「こんばんは、いい月夜だね、バベル」


 気配の主は噴水のふちに座りこちらを待っていた。


「わざわざ待っていたのか」


 観察しながら返答する。声を掛けてきたのは何とも華奢な男性だった。


「そうさ、なんたって久しぶりに欠番が埋まったから」


 嬉しそうに嬉しそうに声を返してくれるのは一人の男性だった。


「うわぁ~吟遊詩人っぽい」


 隣で警戒しているはずのセレナが彼を見ると不意に呟く。だがその呟きは真を捉えていた。実際彼の足元には背嚢と半月型のハープが置かれている。


「ははは、その通りだよ。じゃあ、改めまして」


 彼は立ち上がると、何とも変則的なブリムをした羽根つき中折れハットを外し、胸に当ててその場で礼をする。


「私はダンテ・ポールス。各国を旅している吟遊詩人さ」


 ハットに寄り隠されていた銀髪が月光に曝される。


「絵の様だな」


 特徴的な黒が深い銀髪は月明かりに照らされると、神秘的な輝きを見せる。そしてその容姿は高雅と表すのにふさわしかった。相貌は女性よりもむしろ男性に評価されそうなほどきれいなもの。長身であり、筋肉がないわけでもないのだが、本人から発せられる雰囲気からか華奢に感じる。


「これ以上ない称賛の言葉だよ」


 ハットをかぶると、銀髪の前髪が動き、その隙間から月の様な金色の瞳がこちらを見据える。


(害意は無さそうだな)

「あ、今、安心したようだね」


 こちらの心を読んだかのように言葉を掛けられて、心臓が跳ね上がる。


(心を読むことが出来るのか?)

「そう警戒しなくてもいいよ。私に心を読む力はないから」


 本人はそういうがこちらからしたら心を読んでいるようにしか感じなかった。


「もう一度言うけど、私に敵意はないよ。ここに来たのは品定めさ」

「なら、用は済んだと判断していいか?」

「いや、ほかにも、もう二点ほど確認したいことがあってさ」


 そういうとダンテは足を進める。


「っっ」


 だが当然よくわからない人物であるダンテであるため、護衛である二人が前に動く。


「ああ、警戒しないでいい、って言っても無理か。少し強引だけど」


 そういうと、ダンテはベルトに着けているポーチから手帳と筆を取り出す。


〔二人を縛る影の尾〕

「っ!?」

「なっ!?」


 書き込んだ文字が手帳から浮かび上がり、宙に浮かんだまま溶け出していくとリンとセレナの足元から黒い影が浮き上がり二人を縛り付ける。


「この!!」


 リンが力任せに千切ろうとするが、その気配はなかった。


「それなりに力を入れたから、そうそう千切れないはずだ。さて……君まで警戒してほしくないんだけどな」

「この状況を見て、警戒するなと?」


 二人が拘束されたのを見て、当然ながら俺もユニークスキルを発動させて臨戦態勢を整える。


「ふむ、なるほど、これで確かめたいことの一つは終えた。もう一つは肌に触れる必要があるけど」

「バアル様に近づくな!!」


 リンの起こした風がダンテを吹き飛ばす。だがダンテは軽く飛ぶと、そのまま流れに身を任せて、元居た場所に座る。


「本当に何かするつもりはないのだけど」

「なら、何をするのかを言って、それを許可するかを確かめろ」

「…………それもごもっともだ。拘束を解くから襲い掛からないように」


 ダンテが指を立てて何度か指を振ると二人の拘束が解けていく。


「私がしたかったのはバベルの魂の音を聞きたかったからだ。だが、まぁ、これがだめだと言うならあきらめよう」

「やけにあっさりと諦めるな」


 こちらの言葉にダンテは肩をすくめる。


「まぁ、正直なところ最後の一点だけはできれば確認したいというぐらいの認識だったからね。それよりもまだ契約段階か…………“みのり”には程遠いな」


 ダンテは一身に俺を眺めながらそういう。


実り・・とは何のことだ?」

「それは君がアルカナを使い続けた先でわかることだよ……さて」


 ダンテは用件は終わったとばかりに屈み、背嚢と琴を手に取り始める。


「あ、そうだ。この街には君を除いて四人ばかりアルカナがいるけど、そのうち、僕を含めた三人は警戒しなくていいよ」

「……根拠は?」

「“代行者”になればわかる。そしてもう一言付け加えると、代行者は敵対しない限りは所有者、契約者には手を出さないよ」

「その理由も成ればわかる、か?」

「その通り。また会おう【バベル】」


 ダンテはその言葉を最後にこの場を離れていく。

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