第369話 異世界からの来訪者

 ホテルへと戻るとビュッフェスタイルの晩餐を取り、その後は再び自由行動となる。だがさすがに自由と言ってもクラリスや獣人組はホテルから出ることは許可しない。


 そして連れてきた護衛だが、昼と夜でシフトを組み、休息を取らせている。昼間に休憩を得ていた者たちは親しい者同士で観光し、日が暮れればホテルとそれぞれの部屋の前で警備に着く。


 また昼間に護衛についていた者たちは夜には休息が訪れるため、明日に影響を及ぼさない範囲で羽目を外しに歓楽街へと歩みを進める。そしてその中にはセレナの姿もあった。






「「乾杯~~」」


 歓楽街にある酒場の一つのテーブルには二つの影が対面していた。


「やっぱセレナちゃんも転生していたんだな」

「そうなのよ~、いろいろあって、今の立ち位置に落ち着いたわ。あ、エールお代わり~」


 セレナはテーブルの間を縫う様に動いているウェイトレスに注文をする。


「いけるねぇ~~その様子だとほかのもいける口か?」

「まぁね~こっちの世界だとすでに成人してるから違法でもないし~~」

「どうぞ~~」


 セレナが再び置かれた木製のコップを掴み、豪快に飲む。


「それで、聞くけど、やっぱりゲームの最中に死んだの?」

「そうそう、『ハイ・アクサリア』っていうゲームの最中にな」

「へぇ~どんなゲーム?」

「あれ?セレナちゃんもそのゲームじゃないの?」

「うんん、私は『ロイヤルラヴァーズ』っていう恋愛ゲーム」

「へぇ~こっちはどちらかというとリアル経営シミュレーションゲームだな」


 セレナはその言葉を聞いて意外そうな顔をする。


「ねぇ、一応聞くけど、今の世界ってゲームの世界に類似している?」

「ああ、しているよ。ってかそっちもか?」


 セレナもロックルも酒を飲むことを中断して、神妙な顔で見合う。


「ねぇ、ちょっと踏み込んだことを聞くけど、前世の名前は?」

「俺?俺は巌田いわだあゆむ、バーの経営をしていた。そっちは?」

泉川いずかわ春香はるか、しがないOLで~す…………それと国の名前と県は?」

「は?なんでそんな」

「いいから」

「アメリカ合衆国ニホン州、カナガワ県だけど」


(…………そうきたか)


 ロックルの言葉を聞いて、セレナは何とも不可思議な表情をする。


「やっぱりかぁ~」

「やっぱりって、どういう意味だ?」

「実はほかにも転生者にあったことがあるんだけど、いろいろと話が食い違ったのよ。まぁ国自体が違うってことないんだけどね」

「へぇ~そうなんだ」

「興味ない?」

「正直言えば、だって大事なのは前世よりも現世だからな、そう思わなかい?」

「そうね~」

「じゃあ、楽しく飲もうよ!乾杯!」

「かんぱ~~い」


 二人は杯を打ち合わして軽快な音を出して、エールを酌み交わす。


(違う世界からの転生者か、いや、おそらくセレナもオルドも似ているようで違う世界からの転生者なのか)


 セレナの言葉からすでにオルドと話の食い違う部分があるのは知っていたらしい。






「バアル様……何の話だかさっぱり」


 目の前にいる目立たないフードを被ったリンがそういう。


「リン、ここでの話は忘れろ。俺達には何の関係もない」

「はい」


 今俺たちは二人と同じ酒場にいる。目立たない格好をし、目立たないテーブルで二人の会話を盗み聞きしている。


「やはり、リンの能力は便利だな」

「お褒めいただき光栄です」


 二人の会話をどうやって盗聴しているのかというと、リンの風の力を使い、二人の音声をこちらまで届かせている。


 一応はセレナの服に発信機と盗聴器を仕掛けてはいるのだが、見せてもいいリンの力でどうにかなるのならそちらを使うべきだと判断した。


「店を出たら私は此処での会話を忘れます。なので教えていただきたい。彼らは何者なのですか?」

「さぁな、本人たちの言葉を使うなら転生者なのだろう」

「普通は前世などは覚えていません。ではなぜ彼らは前世を覚えているのですか?覚えていられるのですか?」

「……それは俺が聞きたい」


 なぜ転生者なんてものがいるのか、なんで我々は集められて送り出されたのか、それは俺達にはわからない。


(俺も送り出された理由を良くは理解していない)


 一応は転生する際に理由は教えてもらったが、どうにも違和感があった。


「……偶然ではないのなら、なぜ彼らはこの世界にやってきたのでしょうか」

「それも俺が聞きたいところだな」

「……聞き方を変えます。もし意図的に前世という物を覚えさせておく必要があるなら、その意図はどのようなものがあるのでしょうか?」

「もう一度言うが、それは俺が聞きたいところだ」

「……」


 リンは不服そうな視線を送るが、残念ながらこちらもこれしか答えられない。


「リン、考えてもみろ。そのセレナたちを送り込んできた超常の存在がいるとする。だが話を聞く限り、そいつは魂を操れると考えられる」

「はい」

「ここからさきは一応の憶測だけで話す。まず魂をこの世界に送る理由だが、確かな理由が存在するとして、その理由はひとまず三つ考えられる。一つが送り込むこと自体に意味があること、二つ目に送り込んだ先で何かを起こすことに期待すること、三つ目に元居た世界に置いておくことが出来ないことだ」


 もしあの超常の存在が、理由を持って送り込むのならば、大まかに三つに分類されるだろう。


 一つ目がある魂をこの世界に入れること自体を目的とすること。例えるならば砂糖水を作るために、水(この世界)に砂糖(転生者の魂)を入れること。これ自体が目的だということ。


 二つ目がこの世界で何らかの影響を及ぼしてもらう事。これを例えるならば、桶に張った水(この世界)を波立たせたくて石(転生者の魂)を投げ込むような行為だと言う事。


 三つ目が、元居た世界に置いておけない理由。もし前世の世界もこの世界も統治している存在が居て、前世に置いといてはいけない魂を整理するためにこの世界に移動させたのかもしれない。


 ただ、実際は転生者の魂がどんな作用を及ぼしているかを観測する方法は現在皆無のため、この三つとも完全な憶測でしかなかった。


「それに本当に極めてありえないような確率で彼らの幻覚が整合性を取れているかもしれない」

「つまりこう言いたいのですか、答えは神のみぞ知る、と」


 リンの言葉に頷く。


「残念ながら俺には魂なんてものは見えない。ましてやその魂がどんな影響を及ぼすかなど皆目見当すらつかない。だからどこまで言っても憶測の域を出ないし、すべてがただの偶然だとも言えてしまう」


 証明できない理論を理論と呼べないのと同じだと付け加えてリンに説明する。


「それよりも、リンがそんなことを問いかけてくるとは意外だ」

「…………ユリアの現状を深く知ってしまうとどうしてもセレナのことが気になりまして」

「なるほど」


 セレナが言っていた状態が的中して、どうしても気になっていたらしい。


 ドン!!


「さぁ、これが俺が勧めたい『火炎酒』だ」


 重い音が聞こえるのでリンとの会話を中断して、再びセレナたちの会話に耳を傾ける。


「なんか、ものすごいアルコールの匂いがするけど」


 セレナはテーブルに置かれた子樽を覗きながらそういう。


「ああ、火炎酒はドワーフの里で造られている奴でな、普通よりもかなりアルコールが高く作られている」

「……まさか酔わせようって魂胆じゃないわよね?」

「え?ははは、そんなわけがないさ。ただこの世界での故郷の味を知ってほしくてな。ああ、それと」


 ロックルはウェイトレスを呼ぶといくつかの品を頼む。


「???何頼んだの?」

「ん?いや、いくつかの果実ジュースと小さいサイズの御猪口だ。俺はドワーフだから酒には強いが、人族ヒューマンであるセレナちゃんには飲みにくいだろう。だから少しづつ飲める御猪口と割れるジュースをと思ってな」


 ロックルの説明が終わると同時に注文されたジュースとほんの少しだけ飲めるようにされている小皿が置かれる。


「ほら、まずは素の味を軽く味わってくれよ」


 ロックルは子樽からほんの少しだけ掬い、ほんの少しだけ小皿に注ぐ。


「ん~~~、なるほど。かなり辛口ね。ワインやビールよりも清酒に似た味ね」

「お、意外にもいける口なのか?」

「ふふん、それなりに接待とかしていたしね~~」

「じゃあ、こんなのはどうだ?」


 どうやらセレナはそれなりに酒好きらしく、ロックルと共においしそうに晩酌を進めていく。


(…………アホが)

「セレナ…………」


 リンもこの後どうなるか予想が出来たのか、セレナに落胆したまなざしを送る。


「どうしますか?」

「それはセレナ次第だ」


 その後もセレナの様子を確認しながら二人の会話を聞いていくのだが。

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