第360話 合う部分と合わない部分

 翌日、イグニア達と共にネンラールに出立するため、マシラ達と100名の選別した騎士達と共に王都の東門前に向かう。


 さすがに計三百人という騎士や兵士をそのまま通りに置いておくわけにもいかないため、東門前にある駐屯所で合流する手はずとなっていた。


 こちらの護衛が駐屯地内に入り終えると、イグニア達と合流するために馬車を降りて駐屯所内部を進むのだが。


「へぇ~」

「ほぉ~」


 駐屯地内にいる兵士たちを見てマシラとテンゴは感嘆の声を上げる。


「何か気になる点でもあるか?」

「ん?いや、ただそれなりに強い奴らの集まりだと分かっただけだ」


 どうやらマシラやテンゴの目から見て、今回の護衛達は高水準で選ばれているのが見て取れるらしい。


「……ゼブルス家で見た兵士たちと比べてどうだ?」

「バアルにゃ悪いが、こちらの兵士たちの方が上だ。と言っても本来の実力差はそこまでない。あるのは主に装備品の質だと思うが、違うか?」


 マシラの言葉では技量自体に大差はないが、それでも彼らからは力量差を感じているらしい。


(正確な判断だな)


 グロウス王国における大規模な鉱床地帯は東部にある。そのため、鍛冶技術などの発展に寄り、そのほかの地域に比べていい装備品の値段も安く、普及率が高い。


 またマシラは技量はそこまで変わらないと言ったことも正しい。なにせこの世界にはダンジョンや魔物が存在しており、戦線に無関係の場所でも命の危機に瀕するため、どの場所でも戦うための訓練が欠かせなかった。もちろん、国防の最前線や最適な修行場所、ダンジョンの周辺といった突出して技量が高い特定の場所はあるが、やはり北部、東部、南部、西部、中央部を平均的に見ると、そこまでの違いはなかった。


(ただ、その点で言うと、南部の軍事力はほかの地域によりも劣ってしまうのが難点だな)


 全ての地域の技量が同じとなれば、あとはどれだけ訓練や良質な武具防具、その他の戦闘手段を手に入れるかで軍事力の大きさが決まる


 実際、東部は良質な武器、西部は騎獣の育成、中央部はその両方の恩恵を、北部は両国と接しているため中央部よりも優先して双方の恩恵を受けている。では南部の役割は何かと聞かれると、一言で言えば兵站だった。


(南部はほとんど外国との矢面に立つことは無い、さらには肥沃な土地が多く広がっているとなれば、当然役割は決まってくる。だが、それを言い換えると必要以上の軍事力を持つ意味はないことにも繋がる、か…………まぁ、新しい武器・・は手に入れたが)

「アルバングルと比べて、どうだ?」


 マシラ達と兵士について話をしていると、こちらに声を掛けてくる者がいた。


「ん???」

「こんにちはイグニア殿下」

「よく来たなバアル。それにアルバングルの客人たちも」


 声を掛けてきたのは当然ながら今回の招待主であるイグニア・セラ・グロウス第二王子だった。そのそばには未来の王妃と思われているユリアと愛妾とみなされているジェシカ、そしてイグニアとユリアの護衛のための騎士がいた。


「ようやく会うことが出来た。俺はイグニア・セラ・グロウスだ」

「あたしらもあなたのことはいくつか聞いているよ」

「悪い噂じゃないよな」

「武勇に優れていると聞いているよ」


 イグニアがマシラを前にすると言葉を交わしながら握手する。


「ネンラールの武闘大会は武闘派にはたまらない催し物だ。必ず楽しめると保証させてもらおう」

「それは楽しみだ」


 さすがに王子として生きただけあって、アルバングルの客人には紳士的な態度で応対する。


「なぁ、二つだけ答えてくれないか」

「テンゴ?」


 テンゴは二人の会話に立ち入り、イグニアに問いかける。ちなみに先ほどの疑問の声を挙げたのもテンゴだ。


「答えられることならば」

「何のために王になる?…………それと血を分けた兄弟と手を取り合おうとは考えなかったのか?」


 テンゴの言葉に周囲は唖然とした空気になる。


「二つとも同じ理由だ……俺たちの運命と言って、信じなさそうだな…………あいつが王になれば、いずれ俺にも家族にも友人にも危害が及ぶ。だから俺はあいつに勝って、守らなければいけない」

「…………そうか」


 テンゴは納得したようなしていないような返答をする。


 そして


(イグニアの言葉に嘘はない。運命という理由も危害が及ぶという理由も確かだろうな)


 運命、というのは少し大げさかもしれないが、双方とも王子として生まれている。才能や性格は真逆、基盤も真逆、となればぶつかり合う必然性を運命と言っても何らおかしくはなかった。


 そして仮にエルドが王になったときに、イグニア自身やその基盤を壊すために危害を加えるのもおかしくはなかった。


(だが、それだけでもないだろうな)


 イグニアも人らしく欲望がある。地位や権力を得るための権力欲、金銭や財産を欲しがる獲得欲、他者をコントロールする支配欲、これだけではないが似たような野心を持っている面を何度か確認している。


 ただ、無欲で弱気な王よりは、まだ強い王としての素質があるため、この欲が悪いとは言えない。だが、同時にまっとうな綺麗な理由だけで王座を目指してはいないともいえた。


「さて、軽く、挨拶も済んだことですし、出発いたしませんか」

「そうだな、ひとまずは顔合わせは済んだことだし」


 ユリアの言葉にイグニアが賛同して、場が動き出す。







 その後、それぞれの護衛の人数を確認して、中心部にイグニアの馬車と俺の馬車、そして招待客を乗せる馬車を守る様に護衛の馬車を並べてから出立した。











 ややギクシャクとした出発となってしまったが、その後は特に問題もなく東のハルアギア領へと続く街道へ進み始めた。


 なにせ――


「バアル。お前はあいつを支持しているのか?」

「…………決めあぐねている」

「あの様子だと、それが正解だと思うぞ」


 マシラは不安そうに問いかけ、テンゴはこちらの言葉に賛成の言葉を吐き出す。


 普通に考えたら問題発言でしかないのだが


「外に兵士がいるというのに、よくそんな話題を出せるね。そうじゃなくても盗聴されているかもしれないのに」


 マシラと明け透けな会話をしているとロザミアが心配そうな声を上げる。


「大丈夫です。私が外に声を漏らさないようにしているので」

「そうね、それに馬車はかなり遠くにあるようだし」

「……まぁ、バアルの弟はあっちにいるが」


 リンの言葉にクラリスがさらに付け足す。そして最後にティタの言葉で絞められた。


 ここまでの言葉でわかる通り、現在、イグニア陣営の人物はこの場には存在していない。さすがに長時間、初対面の相手と共にと言うのは疲れる部分がある。なので配慮した結果、イグニア陣営とこちらの陣営で人は分けられていた。


 ただ、こちらにはアルベールがいない。その理由だが


(こちらはアルベールを保険として近づけておきたい、あちらは俺を取り込む確率を増やすためにアルベールを取り込んでおきたい、か)


 このため、アルベールとお付きのカルスはイグニアの馬車に乗り込んで移動していた。


「にしてもよく傾くな」

「太いのが何人もいるやがるからな」


 マシラとエナの言葉で馬車の一隅すべてを占めているアシラとテンゴに視線が向く。


「うるさい」

「仕方がないだろう」


 マシラは熊の獣人、テンゴはゴリラの獣人、それが影響しているのか二人の体幹はとても太くなっていた。また身長も両方2メートル超は確実でありその分体重が存在していた。


「俺達の大きさのことは後にしろ。それより話を戻すぞ」

「イグニアを決めあぐねている話だったか?」


 こちらの言葉にテンゴは頷く。


「俺はこっちの国の事情に疎い。だがそれ以上にイグニアには危険なものを感じる」

「あたしもだ」


 そしてテンゴの言葉にマシラが同調する。


「危険、か」

「……さっきの問いでわかったが、イグニアが兄弟のエルドに歩み寄ろうとしたことは無いだろう?」

「その通りだ」


 イグニアは幼いころからエルドを敵対視してきた。ただそれは本人が嫌っているからではなく、そう育てられた側面が大きいと思っている。


(第二第三王妃がそれぞれ子を王にしようと考えるなら、当然相手の子は敵になる)


 幼いころから兄弟は敵だと教えられてきて、今更の歩み寄りはしないし、できない。


「あたしに任せてくれれば、数日でわだかまりがない状態に持って行ってやるのにな」

「「「……」」」


 マシラはエルドとイグニアの蟠りを解消できるというのだが、獣人達の反応は唖然としていた。


「興味本位で聞くけど、どうやるのかな?」

「簡単だ、二人の実力を合わせてギリギリ対処できる魔獣の群れに放り込むだけだ」


 ロザミアの軽い問いかけに、苛烈な内容が帰ってくる。


「嘘ですよね?」

「いや、今のところすべての奴らが更生したぞ。それでだめだったら、さらに強い魔獣の群れに、それも無理ならさらに強い群れっている風にな」


 リンの問いかけにマシラはなんてことのもない風に答える。


「ずいぶんと荒療治だな」


 だが、効果はありそうではあった。


「マシラおばさん、どんな感じに危険なの?」

「詳しくはしらん。だがあのイグニアからは氏族を割ったことがある長と同じような匂いがする」

「うわぁ~~」


 アシラの言葉でレオネが嫌悪感を表す声を吐き出す。そして心配そうな顔でこちらに向く。


「ねぇ、そんなイグニアのところにアル君を送ってよかったの?」

「……仕方ない、結局はどちらかに送らなくてはいけなかったからな」


 ゼブルス家としては二人のうちのどちらかはイグニアに近づけておく必要があった。


「軍関係の繋がりが強いなら、剣を習っているアルベールの方が適任だったからな」

「そうね、軍関係なら女性よりも男性の方が適任でしょう」


 クラリスの言う通り、蝶よ花よと育てられたシルヴァを汗くさい軍人たちの中に放り込むわけにはいかないため、必然的にアルベールがイグニアの担当になるわけだ。


「でも――」


 コンコンコン


 レオネが心配の声を挙げると馬車の扉がノックされる。俺はリンに目配せをし、リンは意図を読み取ると、馬車の扉を開けて連絡を受け取る。


「―――」

「そうですか、わかりました」


 騎士は敬礼すると、離れていく。


「用件は?」

「あと少しで最初に泊まる村にたどり着くそうなので、降りる用意をということです」

「やけに早いな?」


 テンゴはまだ日が高く移動できる時間帯であることに疑問を浮かべる。


「仕方がない、大人数で移動となると、止まれる場所も限られるからな」


 数百人の集落に300人の集団が止まることはできない。あわよくば止まれたとしても、その集落にある物資を大量に消耗してしまうため、できるだけ大きな町に泊まる必要があった。


「安心しろ、もしイグニアから変な思想を移されたのなら俺がどうにかする」

「……うん、わかった」


 この言葉を聞いて、レオネは納得してくれた。







 その後、滞在する町に到着し、日を越すことになった。

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