第361話 ゲームの世界ならば


 王都を出発してから、10日後、何も問題が起きることもなく馬車は進み続け、東の公爵家であるハルアギア領へとたどり着いた。






「おぉ??~~~」


 馬車が順調にハルアギア領を進んでいくとレオネが窓に張り付いて変な声を上げる。


「何か珍しい物でも見たか?」

「んにゃ、見てはいないけど…………くさい!!」


 レオネは鼻をつまみ、いやな顔をする。それもレオネだけでなく、マシラ、テンゴ、アシラ、エナ、ティタも同じような表情をしていた。


「……どんな匂いだ?」

「なんか、すんごい息苦しくて、あと……どういえばいいんだろう?とにかくくさい」


 今日の目的地まであと少しというところで、言い始めたということは、おそらくそういうことだろう。


「その答えは、そろそろ見えるだろう」

「ん??あれ?へぇ~~すごい煙出しているね~~」


 木々の並びが途絶え、見えてきたのは鉱山の麓に作られた都市だった。


「アレがハルアディアって町?」

「そうだ」


 ハルアギア領に入れば、当然訪れるのがハルアギア公爵家の本拠地である都市ハルアディアだった。都市は鉱山の麓に作られただけあり、工業がしやすい立地に作られていた。そして稼働していることを証明する様に、都市のある区画からは煙突の様な物が何本も建っており、そこから噴煙を出し続けていた。


「ぅぅ~~バアル~」

「諦めろ」


 嫌そうな声を上げるレオネだが、馬車は無常にも進んでいった。














「近づくとさらにひどい!!!!」


 ハルアディアの門を潜るのだが、その際に獣人たちはかなりの苦行を味わっていた。


「リンが風を操っても無理か?」

「はい、風は操れても花粉や土埃を完全に取り除くことはできません。ましてや、すでに匂いがない空気というのがありません」


 風の流れでは大まかに土埃、花粉、においの元を除去はできても完全には取り除くことはできない。ましてや周囲の空気自体が汚れているなら換気しても意味はなかった。


「うぅ~~」

「未練がましい顔をしても無理だ。次の出発まで我慢しろ」

「そんな~~」


 獣人達の悲痛な叫びを聞きながら、都市の中を進んでいく。










 ハルアディアの中心部からやや山寄りには、ハルアギア城があり、俺たちはここを目指して進んでいく。


 城に入ると、兵士たちは手配された宿に、そして俺達やイグニア達は城内の部屋で休むことになった。


 だが


「ぅぅ、気持ち悪い」


 レオネがベッドの上で呻く。しかも、レオネだけではなくマシラやテンゴ、アシラも同じようにダウンしていた。


「二人はどうだ?」

「オレはこれよりももっとひどい匂いを嗅いだことがあるから平気だ。ちなみにティタもだ」


 どうやら二人には耐性がついているらしく、ほかよりも軽症で済んでいるらしい。


「とりあえず、具合がよくなるまではゆっくりしていろ」

「うぅうぃ~~」


 さすがにこのような状態では、獣人達を無理に動かさないほうがいいと判断する。


 コンコンコン


「バアル様、ご当主様がお呼びになっておられます」

「わかった、今行こう」


 案内役の侍女がやってきて、俺含めごく少数がとある部屋に案内される。


 その部屋の中にいたのは


「ははは、待っておったぞ!」


 部屋の中にいたのはアシラやテンゴに匹敵する体躯を持つ、男性だった。


「お久しぶりです、ハルアギア公爵様」

「そう堅苦しく挨拶戦でもよい。気軽にダグラスさんとでも呼んでくれ」


 こちらを歓迎してくれる男性は、現ハルアギア公爵家当主、ダグラス・セラ・ハルアギアという。


 年齢は中老に差し掛かっており、年齢のためかやや赤みがかった茶髪はほとんどが色素が薄くなり白髪となっていた。ただ髪と反比例するように身体の方は健康そのもので、これから騎士団に入団しようとする若者と比べても何のそん色もなかった。


「ん?君の婚約者や獣人の客人たちは?」

「慣れない場所に来たためか体調不良になっているようで」

「おぉ、そうか、ならこちらから手厚くもてなすように言っておこう」

「ありがとうございます…………イグニア殿下はどうなされたので?」


 今この部屋にいるのは俺と、護衛のリンとノエルだけだった。


「ここにはお呼びしていない」

「……何かお話が?」

「ああ、少し込み入った話でな……それでいうとバアル君以外がいなくて都合がいいともいえるが」


 俺はソファに座る様に促されて、ダグラスさんに対面する位置に座る。


「さて、話とは、ジェシカ嬢とユリア嬢のことだ」

「というと?」


 残念ながら質問の意図がわからないため、聞き返す。


「少し大雑把にしすぎたな、すまんすまん。まぁ簡単に言うと王妃の件ということだ」

「……ジェシカへの恋慕の件ですか?」


 ハルアギア家はイグニアに釣り合う年齢の女性を用意できていない。そのため、近縁でありグラキエス家の娘であるユリアをイグニアの婚約者にしている。そうなれば必然的に寵愛を邪魔するジェシカは邪魔でしかない。


 そう思っていたのだが


「やはりそう懸念しているか……バアル君、俺が言いたいのは真逆だ」


(真逆??懸念点の正反対ということは……)


 ダグラスさんの表情を見ながら真意を読み取ろうとする。


「ハルアギア家はジェシカの存在を容認すると?」


 こちらの問いにダグラスは頷く。


(イグニアが直に掛け合ったか?それともアルテリシア家には何かあるのか?)


 通常であればハルアギア家はユリアを擁護し、ジェシカをできるだけ排除する方針に傾くのが妥当だ。だが現ハルアギア家はその方針を取らないという。


「いろいろ考えているようだな」

「ええ」

「おそらくは疑問は二つだろう。ユリア嬢の敵に成りかねないジェシカ嬢をなぜ認めるのか、そして、なぜバアル君に話すのか、だろう?」

「おっしゃる通りです」


 前者の疑問は大雑把であるが推測できるし、何だったら調べ上げることが出来るので、重要ではない。だが後者は違う。


「ゼブルス家、ひいては南部貴族は中立を保つ姿勢です。それなのに東部の内情を流すのは一体どんな理由がおありで」


 口にしていて、同時に気づく。


(いや、だからこそなのか)

「このぐらいの情報なら王家には流れているだろうさ。だがそれ以上に問題なのが殿下が色香に惑わされたと君に思われていることだ」


 実際、グロウス学園や貴族の社交界ではそういった憶測が飛び交っている。現に婚約者であるユリアよりもジェシカを遇しているのは有名だ。


「つまり、ハルアギア家は殿下にジェシカと一緒になることを容認しており、あとは本人達の色恋のさじ加減に寄りあのような関係になっていると?」


 もしジェシカがハルアギア家に認められておらずイグニアの恋愛感情のみでつながりを持っているのなら、イグニアは情勢も理解できない愚か者と思われてしまうだろう。だがそうではないなら話は別となる。


「まず説明しておこう。ジェシカの祖母はネンラールの王族だ」

「……ほぅ」


 これは素直に驚く。ハルアギア家が擁護することから、てっきり、ハルアギア家の縁戚、もしくは王家の縁戚と思っていたが、意外なところの血縁だということが判明した。


「そしてジェシカの父はハルアギア家の側近の家の分家の出。それも母親がハルアギア家の血筋を引いているから」

「両方の祖母もいい血筋を引いてるということですか……」


 そうなれば、才能と出自を横に置いておくと、ユリアよりもジェシカの方が適任と判断できてしまう。


「血筋だけで言えば十分に王妃に成りえる可能性がある。、仮にどこかの侯爵家に養子に出されてでもすれば、おそらくはユリアよりもジェシカを推す声も出てくるだろう」

「……なぜそこまでの血筋がありながら、今まで表に姿が現れなかったのでしょうか?」


 そこが疑問だ。ユリアよりも適任がいるのなら、最初からジェシカを高い身分の家、具体的にはハルアギア家などが養子に取り婚約者として迎えておけばよかったはずだ。祖母がネンラールの王族となるとことなおさら。


「実はな、ジェシカの祖母がネンラールの王族だと判明したのはつい最近だ」


 それからダグラスさんの説明が行われる。まず最初に、そのネンラールの王族は神前武闘大会に出た先代アルテリシア家当主を見て一目ぼれだったそうだ。その王女は駆け落ち同然でネンラールを飛び出して、身分を捨ててアルテリシア領に移住した。そして先代アルテリシア家当主も身分を捨ててまで追ってきてくれた女性を無下にはできず側室として迎え入れることにしたとか。


 また、その後、本妻が子を成すことなく流行り病で無くなってしまう。その時にはすでにジェシカの母親が生まれており、自動的に継承権は繰り上がり、アルテリシア家の女性当主となった。


 そしてグロウス学園で恋人だったジェシカの父親と結婚し、婿に迎え入れられ、無事にジェシカを産んだ。


「ハルアギア家もアルテリシア家の側室云々の話は掴んでいたのだが、すでに身分はないため平民の女性を側室にしたと思っていた。実際、その祖母はイグニアとジェシカが恋仲にならなければ平民の女性として生を全うしようとしていたらしい」

「だが、事情が変わった。イグニアと恋人になったは良いが、イグニアの寵愛を男爵家の出の少女が取ってしまった。下手すれば排除されてもおかしくないため、その祖母はダグラスさんに身分を明かした…………こんなところですか?」

「正解だ」


 これでダグラスの意図が理解できた。


 目的は二つ、ジェシカの血筋を明かすことでイグニアの一連の好意が色に惑わされただけ・・ではないという証明すること。そしてもう一つが、俺を通じて、この事実を流布することでイグニアの評価を上げること。


(もっと明確に言えばゼブルス家がこの事情を広げることにより、信憑性を上げたいというところだろう)


 こうした流言は信頼のおける第三者から流された方が効果が大きい。中立であるゼブルス家が流布すれば効果は見込めるだろう。


「後ろから失礼いたします。ですが、ネンラールの王族の身分を捨てているのならただの平民と変わらないのでは?」


 ユリアの立場が弱くなると分かっているからか、後ろからリンが声を上げる。


「リン、口出しするな」

「いや、いいさ。主人が聞きにくい疑問を代弁するのも従者の務めだろう。確かに正式な身分はない、だがジェシカの祖母が現ネンラール王の同腹の妹だと言ったら?」

「それは……」


 実際の身分は無くても血のつながった兄妹であるならば、それなりに信用関係が生まれている。当然そこには言い切れないほどの価値がある。


「お話は分かりました。それでは率直に聞きたい、これを聞いた私に何をしてほしいのでしょうか」

「特にこれといった要求はないのだがね……しいて言うならば、彼女らの争いはある意味正当なものだ。そこに事情を知らないまま、親しいユリア嬢の肩を持つのはお勧めしないという意味だ」

「親しいとは何のことでしょうか?」


 グラキエス家とは密約を交わしている。だがそれは両家間だけだ。


(ハルアギア家にその事情が漏れているとなると、密約を反故にする必要があるな)

「両家の当主は同じアーサー陛下の派閥だった。そうなればそれなりに近しい位置に居ても不思議ではあるまい。当然、その子供たちもだ」


 つまりは父上とアスラさんが近しいのなら、俺とユリアも親しい関係だろうと考えているらしい。


「なるほど……ですが、親しい、とは少し語弊を含んでしまいます。あくまで、私とユリア嬢は良きビジネス相手というだけのこと、それ以上の関係にはなりえません」

「そうか、それは邪推して済まないな。年寄りは若い者の動向が気になって仕方なくてな」


 その後、笑顔で様々な話題を出して話し合いを続ける。


 そして日が暮れる頃、晩餐のため、実直そうに見えてなかなか油断できない公爵との対話は終了した。

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