第359話 愛しさの不協和音
「さて、バアル殿、これを」
退室すると、グラス近衛騎士団長自ら、付き添ってくれる。そして道中にある紙を渡される。
「これは?」
「今度の定例会で発表する、ネンラールについての報告書だ」
定例会は数週間後に開催される予定だが、下手すればそこに出席できない可能性があるため、先に内容がリークされるようだ。
「よく、渡す気になりましたね」
「仕方がない。あちらの現状を正しく理解しなければ、クメニギスの二の舞になりかねないからな」
こちらが茶化すつもりで問いかけると、向こうは深刻そうな声色でそう告げる。
「……行く道行く道なんでこうも、と叫びたい気分ですね」
現在のネンラールはそれなりに安定していると判断していたのだが、どうやらグラス殿の言葉でそうではないと分かってしまった。
「それと、今ここで頭に叩き込んだら、目の前で即座に破棄してもらいたい」
「了解しました」
歩きながら、紙に目を通し書いてある内容を暗記する。
(…………また厄介な事態になっているな)
どうやら今日王城に呼ばれた理由は、陛下への説明でもなく、ネンラールへの行事参加の件でもなく、
「一応聞くが、自ら複雑な事態に首を突っ込んでいるわけではないな?」
「当たり前です」
だが、これまでの経歴を見ればそう思われても仕方ないと、気落ちしながら屋敷に戻るのだった。
陛下にあった二日後、俺はクラリスとリンとノエル、エナとティタを連れて再び、王城へと来ていた。その目的だが。
「よく来たなバアル!!」
部屋の中では炎のような赤い髪に、同じ17歳にしては180という身長を持ち、また武芸に身を置いているからか、動きを損なわない限りで厚い筋肉が体の線を作っている青年が待っていた。
「お久しぶりです。
部屋の中にいたのはグロウス王国第二王子イグニア・セラ・グロウスその人だった。先ほどの思ったように偉丈夫に成長途中にして武人という種族になりつつあるように、軍やその関係者からは絶大な支持を受けている、現在王位継承の渦中の人だった。
また性格からか荒々しい雰囲気と好戦的ともいえる顔つきをしているが、決して整っていないわけではなく、むしろ異性からは好感をえられる端正さを持っている
王城の一室で俺たちはそんなイグニア殿下から歓待を受けていた。
部屋の中にはイグニアとユリア、そしてジェシカに、それぞれの護衛が俺達を待っていた。
「今回は招待いただきありがとうございま――」
「これで俺が王になったも同然だろう」
「イグニア様……」
イグニアは何を思ったのか、俺がイグニアの派閥に正式に入ると思っているらしい。ユリアから少しだけ呆れた声が漏れ出ている。
「失礼ですが、訂正を」
「何?」
こちらの言葉にイグニアはわかりやすい様に眉を吊り上げる。
「先の出来事で、様々なところから私がクメニギスよりだと思われるようになりました。ですがゼブルス家としては中立を望み、そのための帳尻合わせとして今回の招待に応じた次第です」
「……バアル、この期に及んでいまだに中立でいようってか?」
案の定、イグニアは中立の立場に不満を覚えている。
(イグニアの性格だったら日和見している中立派は目の敵に映るだろうな)
イグニアとエルドの性格は共に全くと言っていいほど違う。エルドは慎重で常に相手の裏を取る様な性格をしており、そしてイグニアは敵には苛烈に当たるが、一度仲間として認めればとことん甘くなる性格をしている。
そして問題なのが共に中立には良い感情を抱いていない点だ。
「殿下、ゼブルス家は中立である必要があるのです」
「だから、俺には組しない―――」
「イグニア様」
こちらの説明も聞こうとせずにイグニアは糾弾しようとするが、それをユリアが抑える。
「……なんだ、ユリア」
イグニアは苦い物を噛んでいるような表情をしながらユリアに顔を向ける。
「確かに際立った際には中立であることは悪であることが大きいでしょう。ですが現時点でゼブルス公爵家が中立であるのは、何も不自然ではありません」
実際問題、ゼブルス公爵家が中立でいるのは、内乱への抑止力であり、双方どちらかが間違った選択をした際の保険であり、最悪内乱が起こってしまった場合は仲介役としての役割があった。
これはアズバン家もできそうではあるのだが、アズバン家はどうしても他国とのつながりが強い、そのために他国の意思が反映されることが必ずしもないと言えないためこういった仲介役にはやや不適だった。
「……っち、はいはいわかってるよ」
イグニアはまるで母親から耳に痛い小言を聞いた時のような反応を取り、ユリアを遠ざけるような仕草をする。
(……これが原因か)
お世辞にもイグニアはユリアと比べると政治適性は高くはない。もちろん武力や人望の厚さや高潔さ、面倒見の良さといった長所は存在するが、政治適性という面ではやはり見劣りする。
もしイグニアに至らぬ点があり、それをユリアが指摘しているとなると、このような微妙な関係にも説明がついてしまう。
「それで獣人達もついてくるって聞いたが?」
「ええ、その通りです」
「今はゼブルス家の屋敷の方か?」
「さすがに国の代表でもない彼らを気軽に王城に入れるわけにもいきませんでしたので」
そういうとイグニアは面白くなさそうな顔をする。
「へぇ~獣人ですか。向こうの国ってどんな感じなのでしょう?」
イグニアの表情を余所に純粋な疑問の声を上げたのがジェシカだった。
ジェシカは、一言で言えばふんわりとした女性だ。プラチナブロンドの髪をゆったりと腰まで流している。また体格は平均的で、その美貌は何ともたおやかで可憐だった。そして一番の特徴と言えるのが、何とも安心できる雰囲気だった。もしユリアと比べるのなら、ユリアは冷淡な美女、ジェシカは親しみやすいかわいらしい美少女と言えるだろう。
そして問題なのがアルテリシア家は中央と東部の中間の土地を拝領している
もちろん妾や側室を取ることが悪いとは言わない。だが未来の王妃と呼ばれるユリアよりも度が過ぎるほどの寵愛を注いでいるとなれば話は違う。もしユリアがジェシカに嫉妬心を抱いたらどうだ、もしイグニアが愛おしさでユリアではなくジェシカに利権が絡むように采配したらどうだ、下手すれば血を見ることになりかねないほど厄介な問題だった。
(もしイグニアが侯爵家よりも男爵家に利権を流すことになれば……はぁ)
そんなことになれば当人同士どころかグラキエス家がまず黙っていないだろう。
「そういえばそうだな、あとで詳しく聞いてみるとしよう」
「はい」
ジェシカの疑問の声に賛同する様にイグニアは答えるのだが、イグニアの表情が先ほどの不機嫌さとは打って変わってとてもうれしそうな表情をする。
(……素直でかわいげのある女性にメロメロってか……)
座っている配置も何とも面白くなっている。長方形のテーブルを挟み、俺とイグニアは対面する様に座っている。そして当然のようにイグニアの横にはユリアとジェシカがいるのだが、ジェシカの腰には手を回しているが、ユリアの方はむしろほんの少しだけ距離を置いていた。
(小さい頃から二人を知っているが、だからこそ残念だな)
二人の関係が改善されないままでは想い合うことは難しいと感じてしまう。
「さて、バアル様、これからについてですが―――」
その後は出立する明日について軽く話を済ませ、王城を後にする。
「こういうのはオレのガラじゃないが……お疲れ様」
帰りの馬車の中でエナが不憫そうな目で俺を見てそういう。
「エナ達から見てもそう感じるか」
俺の言葉にこの馬車に乗り込んでいるリン、ノエル、ティタも頷く。
「ああ、確かに力や人望はあるだろうが、アレは長になれるタマじゃない」
エナの言葉にティタは静かに頷く。
「それにだ、補うためにユリアって子を傍に置いているんだろう?それにそっぽを向いている時点で長としての資質はないとしか思えない」
国王や何かしらの長になれば苦言を言われることは多くある、問題はそれにどう対処していくかだ。
実際イグニアの足りない部分である政治や
だがその部分を嫌うのなら、その後は大体どうなるかの予想はつく。
「エナ……それを外で言うなよ」
「安心しろ、身内がいる中でしか言わねぇよ」
エナも考えなしに言葉にしているわけではないという。
「まぁ、気を付けろユリアって子は利の匂いがするが、イグニアって奴はやや損の匂いがする」
「それはエナへか、それとも俺か」
「両方だ」
この言葉に俺とリンは沈黙し、ノエルは息をのむ。
「イグニアをテンゴやマシラに会わせていいものか……」
「……その点は問題ない」
イグニアと獣人側の相性を考えていると、ティタがそういう。
「……あの王子は戦士寄りの感覚がした。おそらくは最低限の波長は合うだろう」
「だから問題ないと?」
「たぶんな。必要以上に踏み込むことが無ければ穏やかに終われると思う」
(……踏み込まないと祈るしかないか)
エナとティタの何ともな答えを聞くと、盛大な溜息を吐きたい気分になった。
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