第358話 出立前の準備

 ロザミアの参加が正式に決まってから一週間、様々な予定を詰めて、機竜騎士団の予定やリクレガの補給物資についてを三か月ほど先まで決め終わる頃。グロウス学園の夏季休校が始まる。


 平民の生徒は、何事もなく実家に帰り、勉学や手伝いにいそしむ。遠方から来た生徒は久しぶりに家族に会うために帰郷するか、王都内で同じように勉学や生活費を捻出するために働き始める。


 また貴族はほとんどが実家に帰り家族との再会を楽しんでいた。


 ただ俺はグロウス王国に居ても席はマナレイ学院に在籍しているため関係がなかった。










 そしていつものように仕事を終えると、俺は執務室を出て、一人で工房に入る。


 ウィーン、プシュ


 工房内のいくつかの別れ道を進み、ある部屋の自動ドアの先に入ると、真っ暗な空間に繋がっていた。


「できているか?」

『はい』


 返答の電子音声が聞こえると、倉庫内に明かりがつく。


 そこにあったのは―――


『設計通りの形や機能を兼ね備えております』


 灯りに照らされたのは特別にカスタムされた小型飛空艇だった。全体的に青空と夜空の中間の様な青いペイントを施されている。全長は10メートル、収容人数は15人と少なめだが、その分様々な機能や武装を搭載させいる。


『この飛空艇・・・に名称をお与えください』

「そうだな…………アナトにしよう」

『了解しました』


 なぜ飛空艇を用意したのかというと。


(さすがに保険は用意しておかなければまずいだろう)


 何かしらの事態があったときに主要メンバーだけで逃げる策は用意しておくべきという結論を俺と父上で出していたからだ。


『しかし、よろしいのでしょうか?』

「何がだ?」

『現在、貯蓄している魔力の4割をこの一隻に供給するのはやや不合理的な判断かと』


 現在、グロウス王国だけではなく徐々に広がりつつある魔道具が使われる数に応じて、工房に供給される魔力量は増加している。


 それも魔道具一つから一日で供給される魔力量が微々たるものでも、数が大きくなれば必然的に量は大きくなる。


『現在、機竜騎士団で使われているフライトでは貯蓄されている魔力の1.3%を使用しております。そしてその魔力量は一日で供給される魔力の平均47%に該当します』


 現在、機竜騎士団に使用している魔力量は貯蓄している全体の2パーセント未満、さらには一日の供給魔力量の大体5割だけで済む。それを考えれば一隻に全体の4割を使用するのにはやりすぎと判断してもおかしくない。


「何があるかはわからない。向こうでは大体一、二か月を想定して滞在するつもりだが、トラブルで一年近く滞在する可能性も、ないわけではないだろう?」


 実際、クメニギスでは春過ぎに誘拐されて、翌年の年明けごろに帰ってくることになったのだから。


『長期利用を想定しているのであれば、この積載量では生存は不可能だと推察しますが?』

「別にずっと飛んでいるわけではない。最悪は補給のために地上に降りてもいい。それに俺には『亜空庫』がある」


『亜空庫』、管理と維持、取り出しがとても大変な魔法だが、それさえクリアしてしまえば、便利に収容できる魔法でしかない。


『理解しました。ではいつ頃上空で待機させますか?』

「当然出発する日だ」

『わかりました。日にちが合うように調整いたします』


 その後、様々なアームが動き出して調整を始めだした。






 それから一通り工房内を回り、問題がないかを確かめ終えると工房を出て、山済みの仕事がある自室へと向かい始める。













 そして急遽入った予定に合わせるように仕事をこなし、出立する日がやってきた。


「では気を付けてな」

「体に気を付けてね」

「…………狡いです」


 屋敷の前で多くの人員と馬車が並んでいる中、俺とアルベール前には笑顔で見送る両親と、目一杯に頬を膨らませて睨んでいる妹の姿があった。


 アルベールとシルヴァは双子の弟と妹。特徴は俺やアルベールと同じで金髪の空色の瞳をしている。また、今年10になったばかりで、身体的な特徴はまだほぼないが、それでも可憐と言える相貌と雰囲気を持っている。またアルベールとは鏡合わせとはいかないが、十分に血の繋がりを感じさせている。


「シルヴァ」

「シル」

「さすがに文句ぐらいは言わせてください」


 今回の旅行にはシルヴァは不参加となっている。その理由なのだが。


「言わなくてもわかると思うが、アルベールとシルヴァは――」

「お父様とお兄様がついた側が負けた際の保険、でしょう?」


 その通りと頷く。


 もし仮にだが、俺がイグニア側が勝つと判断して、正式にイグニア側に付いたとする。だがその時にもしエルドが勝ってしまった場合、当然ながらゼブルス家は冷遇されるだろう。そのような場合は家を存続させるために俺から継承権を剥奪して、エルド側に近い動きをしている二人のどちらかを当主にする予定だった。


 また今回の件でイグニア側にはアルベールがつくことになり、そうなれば必然的にエルドに近寄るのはシルヴァとなる。そうなればイグニア側のイベントにシルヴァを参加させるのは不都合しか起きないため、今回は居残りとなった。


 シルヴァをどうやって宥めようか考えていると一人の騎士がやってきた。


「ご歓談の中、失礼いたします。バアル様、準備が完了しました」

「ご苦労。もう少ししたら出発の合図を出す。それまでは各々楽に過ごしてよい」

「了解いたしました」


 指示を出すと、先ほどの伝令の騎士が隊に戻り、言葉を拡散させていく。


「ぶぅ~~」

「まだ膨れているのか……どうしたら機嫌をなおす?」

「なら、物で釣ってくださいな」


 つまるところお土産の催促というわけだ。


「なら、お姫様が満足するような品をお届けすると約束いたしましょう」

「……っ、ふふ」


 こちらの演劇めいた答えにシルヴァは堪え笑いをする。そしてその様子を見て全員が笑顔になる。


「それじゃあ、行ってくるよ」

「行ってきます」

「お兄様、お気をつけて。アルはお行儀良くしているのよ」

「シルこそ、家での性格で人前に出ないように」


 一見仲が悪いような弟妹のやり取りを俺と両親は暖かく見守る。





 こうして両親と妹に見送られながら、ゼウラストを出発した。















「さて、バアルよ。今回の招待に応じた経緯を説明してもらうぞ」


 王都へたどり着くと、屋敷に入る間もなく王城から役人が来て、連行される。そしてたどり着いた部屋にいたのは、何とも面白くなさそうな表情をしている陛下だった。


「もちろんご説明いたします」


 それから一通りの説明を行う。ユリアが交渉してきたこと、そしてその結果を鑑みて受けたこと。


「リクレガの街や機竜騎士団の発足して間もないというのにか?」


 この二つは今大事な時期だ。そう考えれば仕事を置いて他国に行くことはしないだろうと言っている。


(要はここの答えしだいでお叱りを受けるということか)


 もちろん向こうはそんなつもりはないだろうが、大使の件と機竜騎士団を任せておいて無責任な理由での旅行なら忠告の様な警告をするつもりだろう。


「その点なのですが、ユリア嬢から提示された報酬を正確にご存じでしょうか?」

「ドワーフ共から冶金技術のうちの一部を貰うのだろう?」


 王家もそのことを十分把握しているのだろう。


「バアル殿、我々の力量を正確にしておいででしょう」


 グラスが会話に割り込む。どうやら先ほどの言葉を影の騎士団への軽視と判断したのだろう。


「これは失礼を、ですが、こういったことについて一切報告がなされていなかったもので。掴んでいないものだと思いました」

「そうでしたか、こちらで情報を精査した結果でしたが、どうやらご不満だったようで申し訳ない」


 グラキエス家がドワーフと契約したことについてはこちらに知らされていない。そのことに苦言を言うが、あちらは気分を害した様子もなしに受け流す。


「で、それを聞いた理由はなんだ?」

「その報酬が、招待に応じる条件です」

「なるほど、建設や飛空艇に使えるような合金を教えてもらうつもりか」

「その通りです」


 合金は用途に合わせて、様々な種類が存在している。その中で飛空艇の装甲や砦に最適な合金の情報を貰えれば行く価値は十分にあるだろう。


「そういった理由ならこちらが止める理由はない」

「ありがとうございます」

「ただ、死ぬなよ。バアルだから率直に言うが、今死なれたら、損害だらけだ」


 笑いながらその言葉を発する陛下を見た後、俺は礼を述べて退室する。

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