第352話 山の終わりと東への招待状
ゼウラストに戻ってきてから数日後、機竜騎士団の初フライトが終わると、機竜騎士団の山が一つ越えた。そのことにより余裕を持って、仕事に当たることが出来た。
「さて、この後はロザミアのところだな」
そして5日前にロザミアの研究所の手配が完了したため、今日はそこに訪れる予定となっていた。
「あ、バアル様」
「なんだ?」
「ロザミアさんから言伝を預かっています。なんでも『そろそろ落ち着いてきたころだね?ならそろそろ報酬を渡してもらおうか』だそうです」
ロザミアの言う報酬とは、クメニギスの件で世話になったことだ。
「そろそろしびれを切らしている頃だろうとは思っていた。すでに準備を済ませている」
俺は『亜空庫』からある箱を取り出す。
「ですが、もう一つの条件はどうしますか?」
「それは、また今度だな。それに当分はこれ一つで何も言わなくなるはずだ」
「そうでしょうか?私はバアル様に詰め寄ると思いますが」
「いや、それはない。なにせ―――」
リンにロザミアの反応を話してみると、ありそうだと思ったのか、何も言わなくなった。
「と言うことで、これが例の神樹の実だ」
ロザミアの研究所に訪れると、早速とばかりに机に『神樹の実・紫紺』を置く。
「おぉ!これがか」
ロザミアは今行っている作業から手を放して神樹の実に視線が囚われる。その様子に俺とリンは苦笑する。なにせ予想通りにロザミアは食べることよりも観察して調べることを優先したからだ。
「それなりに保存は効くようだが、早めに食したほうがいいぞ」
以前アルムに聞いたが、神樹の実は腐敗が遅いと聞いている。だがそれは遅いだけで腐らないわけではないらしい。
「そうかい?じゃあ、急いで調べつくさなくてはね【紋様収納】」
ロザミアは言葉を紡ぐと頭の上に魔女帽子が現れる。
「それが、ロザミアのアルカナか?」
「そうだよ。そういえばエレイーラから手紙で聞いたけど、バアルは16の【搭】なんだって?」
エレイーラとロザミアはそれなりに交友がある、当然そういった情報は共有されるのだろう。
「ロザミアはどうなんだ?」
「気になるなら鑑定していいよ。あるんでしょ、モノクル」
「いいのか?」
「どうぞお好きに」
ロザミアの許可が出たので、遠慮なく鑑定する。
―――――
魔髄ノ奇術帽“マギア”
★×8
【Ⅰ魔術師】【紋様収納】
アルカナシリーズの一つ。稀代の魔術師の奇術帽。起源を知り、創造を促し、英知を求める者こそ、この帽をかぶるにふさわしい。
―――――
鑑定結果を見た感想だが
「ロザミアのイメージ通りだな」
「まぁね、この帽子の能力も解析に長けているから重宝しているさ」
ロザミアはそういい、神樹の実から視線を外さない。
「それで、もう一つの報酬は?」
「それはまだ、先になる」
そういうとロザミアは一度静止するとゆっくりとこちらに振り向く。
「……なるほど、今はこれだけで我慢しておけってことね」
「そういうことだ。グロウス王国と言えど、いまだにエルフの雇用にまでこぎつけた貴族はいないからな」
実際、エルフを雇用するにあたっての条約などはいまだに締結されていない。そんな中でエルフを手配するというのはまず難しかった。
「了解だよ。それでバアルはこの果実についてどれくらい調べた?」
「全くだな」
俺の言葉が意外だったのかロザミアは不思議そうな顔をする。
「ん?意外だね。バアルのことだから、何かしらの結果を得ていると思ったけど」
「調べようとはした、だが、わからなかったというだけだ」
実際、俺やリンなどが、食すのには適していない神樹の実を解体したして調べてみたことがある。その結果わかったのが、普通の果肉を持ち、すべての神樹の実に種子がないことだけだった。
(細胞も見た限りでは普通の植物細胞だったしな)
細胞などに異常がないとなれば原因は科学的な側面ではないことになる。そうなれば魔法を使って調べるしかないが、魔力を増やせて、希少性が高い実なので容易に研究素材にはしにくかった。
「だが、もし、その実を素材として使っていいなら俺も研究に打ち込めるが?」
魔法技術はやはりマナレイ学院が最高峰と言わざるを得ない。そこですべての単位を履修しているのなら、ロザミアの力は解析に役に立つだろう。
「そうだね、そうしよう『亜空庫』」
ロザミアは神樹の実を手に取ると、俺と同じ『亜空庫』を発動させてそこにしまい込む。普通の連中が使えば驚くが、マナレイ学院に通っていたロザミアのためそこまで驚きもなかった。
「それでこれからは余裕ができるのかい?」
「ああ、すでにかなり楽な状態になったからな。頻繁に顔を出せるだろうな。まぁ、その前に整理する必要があるだろうが」
だが、この言葉を出すと、ロザミアの顔は不機嫌そうに歪む。その理由は隣の部屋に私物と共に放置されている器具にあった。
「必要とされる器具は配置しているようだが、ほかは?」
「……わかっているよ。近い内に片付けるさ」
ロザミアはそういいふて腐る。
「手伝ってくれたりは?」
「早めに片付けろよ。準備が出来たら手紙を寄越せ。そしたら時間を見て、訪れるようにするから」
「……絶対だよ」
その後、早速とばかりにロザミアは少量の私物と器具、そして大量に手配した素材の片づけを行うこととなった。
機竜騎士団の初フライトが終わってから二か月がたつ頃。初夏に近づき、グロウス学園で言えば夏季の長期休校があと少しに迫っていた。そんな季節のある日に、俺は自室の机で久しぶりの暇を謳歌していた。
「久しぶりに休んでいる気がするよ」
書類の手を止めて、机の上に用意されているお菓子に手を付けて、用意された紅茶でのどを潤す。
「そうですね。ほとんどの問題がバアル様の手を離れましたからね」
机の傍でノエルの代わりに給仕してくれるリンが、こちらに呟きを拾い、答えてくれる。
機竜騎士団の初となるフライトが終了してから2か月も経つと、俺の仕事はだいぶ楽になった。機竜騎士団は5人一組のペアを作りローテーションを回すことで飛空艇をゼウラスト・リクレガ間を往来させている。またケートスをもう一隻作ることにより5、6日で次の補給物資が届くようになっている。そのため、本格的に人と物資の往来が盛んになり、リクレガの地では人族の兵士が徐々に増えていた。
次に俺の仕事、主にゼブルス家における父上の手伝いと経営しているイドラ商会だが、これもほどほどに落ち着いていた。まずイドラ商会だが、リクレガの地で経済を回すために魔道具を輸出し始めた。さすがに機竜騎士団の貨物で向こうに輸出するため、そう大量にとはいかないが、回を重ねるごとにリクレガとその周辺ではちらほらと魔道具を見かけるようになっていた。次にゼブルス家の仕事だが、こちらの仕事はほとんどが新たな街壁の建築となる。そして、これらは事前に済ます契約や建材の手配も一段落していた。あとは問題が起きた時に対処する以外は、現場の指揮官の報告を聞くだけで済むまでになっていた。
そして獣人の奴隷解放の件についてだが、それは一か月前にクメニギス側が用意が整ったと連絡が来たので、エナの部隊の獣人一人に対してゼブルス家の文官二人の組み合わせで、クメニギスに派遣していた。そして現在着々とリクレガの地に解放された奴隷が戻ってきているとリックから報告を受けている。
また獣人つながりでテンゴも二週間前にこのゼウラストにやってきていた。ラジャ氏族は良いのかと聞いてみると、どうやら周囲の氏族たちは、マシラが帰った後に不在時を狙って縄張り争いを仕掛けたことを知られたらと考えると、まず行動するつもりはないと宣言したらしい。そのため一、二か月は旅行気分でこちらに滞在することとなっていた。
このように様々な問題が解決したことにより、俺の生活は一層楽になった。朝起きると、朝食を食べて、機竜騎士団や文官、イドラ商会からの報告書を受け取る。その後は昼食を取り、マシラとの稽古、それが終わればロザミアの研究所に寄り、魔力についての研究とこちらから科学のあちらからは魔法についての知識を受け渡す。その後は屋敷に戻り、家族と共に晩餐をし、あとは自由の時間となる。もちろん、すべてがこのようなスケジュールとなるわけではない、日によってはマシラの稽古がなかったり、フルクから研究の報告書を受け取っていたり、場合によっては父上の仕事でゼブルス領を回ったり、アルバングル大使としての仕事をしていた。
言葉にすると、何とも忙しそうになるが、すべての仕事で期限が直近に迫ってくるような事態は起こらないので、以前よりも心持がかなり楽になっていた。
「こんな日々が続けば満足なんだがな」
「バアル様の仕事量でそう言えるのも、ある意味すごいですね」
リンは机の上にある書類の束の山を見て、そういう。
「今はその言葉でも受け取ろう。今年に入ってからの苦労に比べたらこれぐらいどうってことは無い」
「ですが、バアル様、と言うより傍に居る私の経験則なのですが……バアル様が一心地着くときは大抵、次の何かが始まっているような気がするのですが」
ふと聞こえたリンの言葉に冷水を掛けられた気分になる。
「いや、それは、ないはずだ……現に初等部の2,3年時は問題らしい問題も起きなかった」
「まぁ、そうですが……」
リンは何か言いたげになる。
「正直中等部に入ってからの出来事の方が珍事と言える」
留学の末に誘拐、蛮国に拉致された後、魔蟲を相手取り討伐、その後戦争に介入し解決、そして正式に獣王国アルバングルを建国をした。そして様々な後処理をし、その後リクレガに街を作ることになっている。
「さすがにこれ以上の事態が起こりようもなら、神が俺に不幸を投げかけていると思いたくなるぞ」
言葉にして考えたが、案外その線がないとも限らないことに気付いた。
「そうです、よね。さすがにこれ以上は」
コンコンコン
『バアル様、王家からお手紙が届いております』
「……」
「……入れ」
『失礼します』
一人の文官の立ち入りを許可すると、一つの手紙が届けられた。
「ご苦労だった」
「いえ、では、これで失礼いたします」
労いの言葉を掛けて文官を部屋の外に出すと、ペーパーナイフで手紙の封を切り、内容を確かめる。
そしてすべての内容を見て、俺は背もたれに体重を掛けて、楽な姿勢を取る。
「……どうでしたか?」
「厄介ごと……ではなかった」
俺はリンに手紙の内容を見せる。
「ああ、失念していました。毎年届くあれですね」
「毎年恒例、イグニアからネンラールの神前武闘大会の招待状だ」
イグニアの基盤は東に持っており、東に面するネンラールとそれなりに親しい。そのため毎年のようにイグニアからネンラールの催し事に対しての招待状が送られてくる。
「何とも皮肉だが、現状だとネンラールに行っている暇はないから、断る理由は簡単だ」
「そうですね、機竜騎士団の拡張、そしてゼウラストの事業にリクレガの街の管理と言い訳は様々思い浮かびますからね。何よりネンラールはアジニア皇国と戦争をしていましたし」
リンの言葉を聞きながら早速とばかりに紙を取り出し、イグニアに向けてお断りの手紙を書く。
「そうだな。影の騎士団の話だと、アジニアはうまく粘っているらしいな」
「と言うことは、戦争の終盤ではないのですか?」
「ああ、絶賛勃発中だと報告を受けている」
ネンラールとアジニア皇国は去年の夏頃に戦争を起こした。そしてアジニア皇国は思った以上に粘り、冬という戦線が動きずらい期間があったみたいだが、それでもほとんど一年が経過する現在まで何とか国を守り抜いていると聞いている。
「今はそんな国に行く暇はないから、な」
「しかし、イグニアで思い出しましたが、ユリアは大丈夫でしょうか」
「大丈夫だろう。あいつは頭が回る、最悪な結末はまず起こらないだろう、よっと」
毎年とほとんど同じような文面を書き、蝋で封をする。
「リン、これを文官の一人に届けてくれ」
「かしこまりました」
リンが手紙を持ち、退室していく。
その様子見届けると、椅子を回し、机の反対側にある窓の開ける。ほどほどに強い日差しと、前日の雨で冷たくなった風が肌を心地よく撫でていく。だが同時に、なぜだかわからないが
「さすがに……無いよな…………」
まるで確かめるように出した声は雲があるが晴天と呼べるような空に吸い込まれて消えていった。
そして、イグニア殿下に断りの手紙を出して一週間後、自室に一人の客人を招き入れていたのだが
『バアル様、イグニア殿下の招待に応じてもらいます』
そう、有無を言わせない気迫で告げられた。
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