第351話 こちらへ来る理由

 予定としていた7日間を外れた、8日目。


「じゃあ、あとのことは頼む」

「お任せください、バアル様」

「エウル様と同じくこちらもお任せください」


 飛空艇の前に大量の物資と人が集まり、様々な作業をしている中で俺はエウル叔父上とリックに挨拶をしていた。


「これからはかなり頻繁に飛空艇が飛んでくる予定なので人員交代の目途を立てておいてほしい」

「「わかりました」」


 これからは俺が運ぶ物資と人員を集めて、あとは運ばせるだけで済む。


「運び込む物資も手順通りな」

「わかっております」


 ゼウラストへと運び込まれる物資に関しては次の便で俺に報告書を届けて、その報告書でどれを運び込んでもらうかを判断して、再びリックに手紙を届けてからとなるので次の次と言うことになった。


「運航日程が変わればその都度新しい手紙を書くからその通りにな」

「わかりました」

「それと、エルフが確保した物資についても」

「ディライ殿と打ち合わせした通りですね」


 アルムの出した条件でもある積載量のいくらかはノストニアに譲渡することになる。そしてそのことについてもディライと取り決めをして決めていた。


「失礼します。バアル様、テンゴ様がお話があると」


 二人と一通りのやり取りを終えると、リンが近づいて来て告げる。


「そうか、では二人ともまた」

「お「気を付けて」」


 二人の傍を離れて、今度は飛空艇の搭乗口のすぐ近くにいるテンゴたちの輪の中に入る。


「それで、話とはなんだ?」

「ああ、マシラがもう少しそっちにいると聞いてな」


 テンゴは何とも不安そうに視線をさまよわせながら問いかけてくる。


「ああ、実は俺と弟に訓練をしてほしいと正式な打診をしていてな」


 マシラの教育により、俺もアルベールもしっかりと実力を上げていた。だから、そちらが許す範囲で講師として働いてほしかった。


「もちろん好条件を付けるが、どうだ?」

「うぅん、何とも頷きにくい。アシラは問題ないが、マシラには正直なところ早めに帰ってきてほしいってのが俺の希望だ」

(アシラはいいのか)


 一見見放しているような言動だが、テンゴからしたら、すでに自立した息子の行動を制限させる必要性もないための発言だと理解できる。


「テンゴ……別に問題ないって言っているのに」


 マシラがため息を吐きながらこちらに近づいてくる。


「以前にも言ったが」

「わかっている、わかっているが、やはり心配でな」

「相変わらず図体のわりに、考えることが細かいね」


 マシラはそういい、少し考え始める。


「ならテンゴも来な。そうすれば問題がないことを理解するだろうよ」

「……はぁ?」


 マシラの話でテンゴは素っ頓狂の声を上げる。


「バロンが奔走している際に、実力が拮抗するテンゴを持ち上げる連中もいるだろうし、少しの間、視察と言うことに託けて遊びに来ればいい」

「いや、だがな……」

「何も今すぐってわけじゃない。周囲の里の連中に話を付けてからなら、無意味な縄張り争いも起こらないだろう?」

「まぁ、そうだが……」

「じゃあ、決まりだ」


 二人だけの話し合いの結果、予想通りと言うかなんというかテンゴはろくな反論が出来ずにただ折れるだけだった。


「それじゃあ、稽古の依頼は受けてくれるということでいいのか?」

「ああ、もちろんだ」

「……バアル、すまんが俺には内容を教えてくれ」


 テンゴの様子に苦笑する。俺がマシラに打診した際の条件は月給大銀貨7枚を提示していたことを伝える。それと同時にゼウラストで買い込んだ物資をリクレガに運送する約束も取り付けていた。


「向こうで軽く街を見てみたが結構面白そうなものが多かったぞ」

「へぇ~そうなのか」

「ああ、あたしが金を出してやるから、向こうに行ったときに楽しみにしていな」


 マシラはなんてこともない様に言うが、テンゴが少しだけ顔を曇らせる。


 そして用件が終わってマシラが離れていく際に、テンゴが近づき


「俺にもできる仕事はないか?」ボソッ


 と聞かれた。テンゴからしたらさすがに妻の稼ぎだけで楽しむのは難しいのだろう。


「なら、明日にでもイドラ商会を訪ねてみろ、そこで物を金に換金してくれるはずだ」

「人族の店か?言葉は大丈夫か?」

「ああ、エナの部隊の奴らが翻訳してくれる」


 今回、イドラ商会を設置するにあたって、問題だったのが翻訳の部分だった。だが幸いなことに、エナの部下がその熱でフェウス言語を違和感がないぐらいまで話せるようになっていたので、数名を雇い、こちらの商会で翻訳に当たってもらっていた。


「できるだけ、珍しい物や数の少ない物が高価になるから準備しておいた方がいいぞ」

「例えば?酒か?」

「詳しくは帰りにそっちによって相談してくれ」


 ここで話してもいいが、正直時間が掛かるだろうから商会の方に丸投げする。


「わかった、時期についての連絡はお前の叔父でいいのか?」

「叔父上でもいいが、話を早く進めたいならリックと話してくれ」

「わかった」


 こうしていずれはテンゴもこちらに来る予定が出来た。









 その後、テンゴのことを説明するために再びリックとエウル叔父上に告げに行き、それが終わればちょうど荷物も積み終わる。その後、予定していた全員が乗り込むと機竜騎士団の団員が出立の声を告げた。









「しかし、本当に残らなくていいのか?」


 時刻になったので、リン、ノエル、エナ、ティタ、レオネ、マシラと共に飛空艇に乗り込もうとするが、そのうちのレオネに問いかける。


「うん!バアルに頼めば頻繁に帰ってこれるでしょ?なら大丈夫~」

「しかしな……」


 搭乗口とは反対側に視線を送ると、そちらでは何とも険しい視線となったレオンの姿があった。


「実際、レオネがこっちに来る理由はなんだ?」


 改めて考えるが、レオネがこっちに来る理由は全くと言っていいほどない。


「迷惑に思っている?」

「……被害が無ければ、迷惑とは思っていない」


 クメニギスの時は人族ヒューマンの国に全くの不慣れなためついてくることが迷惑そのものだった。だがグロウス王国、ひいてはゼブルス領に来るだけであればさほど迷惑も掛からないと判断していた。もちろん致命的な行為を行えば即刻帰国させるつもりではいたが、それでもグロウス王国への訪問に異議を唱えるほどの不都合はそこまで存在していなかった。


「だがレオネがそこまで固執する理由が知りたい」

「理由?そんなのバアルの傍に居ることだけど?」


 だが当の本人は曖昧な意図しか説明せず、むしろなぜそんなことを聞いているのか不思議がっていた。


「この際だから言うが、俺は自分の傍に置く奴には理由がある」


 リンなら護衛兼解毒、ノエルは侍女兼監視、エナはユニークスキルを見込んだ護衛、ティタは毒の生成、クラリスはノストニアのパイプ役、セレナはデコイでありクラリスの世話係。


「だから来るなってこと?でもそれはバアルから見た理由でしょ?その人がバアルの傍に居る理由じゃないじゃん」


 レオネの言葉にほんの少しの間何も言えなくなる。


「……俺がどこよりも好条件で雇い入れている、とは考えないか?」

「???案外、バアルってバカなの?」


 レオネは逆に驚くように告げる。


「みんなバアルの元に居たいと思うからいるんだよ?」

「……」

「確かに暮らすとき、そっちではお金?ってのが必要なんだよね?でもバアルの周りにいるみんなはお金が大切だからバアルの元にいるの?ならお金さえ積めばバアルの元から離れるの?私はそうは思わないけど」


 そういうとレオネは俺より前を進みながら告げる。


「皆がバアルの傍に居るのは心地いいから、楽しいから、恩義があるから、で…………こういうのフェウス語で何て言ったっけ?ぎごこち?」

「……居心地、か?」

「そう、それ!いくら条件が良くても居心地が悪ければ離れていく、そうでしょう?それとバアルは人は力だと知っている。だから悪者を除いて、来る者は拒まず、去る者は追わず、その人に見合った技量で雇い入れて、それで納得しなければ雇い入れないだけ」


 レオネは独特のステップを踏みながら飛空艇に向けて歩みを進める。


「私はバアルの傍が心地いいから傍に居たい。そしてバアルに何かの見返りを求めているわけではない。これでもまだ私を連れていくつもりはないの?」

「……」

「もし理由が必要なら、お父さんとのつながりっていう、クラリスと同じ理由でいいじゃん」


 そういうと、レオネは振り返り


「もし、バアルが無理やり私を置いていっても私は何をしてでも追いかけるよ」


 無意識なのか、レオネの瞳が猫のそれに成りながら、言葉を告げる。


「なぜ、と聞いても答えは言っていたな」

「そう、バアルの傍は心地いいからね~」


 何とも不条理で合理性もない心情だけの答えだが、それだけに言葉で反論する方法はなかった。


(来ること自体が迷惑、もしくは絶対に来てほしくない、と言う事でもない。それにある程度は余裕が出来てきたからな)


 前回は『清め』や『生誕祭』やクメニギスとフィルク、魔道具の件、機竜騎士団の問題に対処しなければいけないため、手が回らないと思い置いていこうとした。だが今回は違う。


 居心地云々は置いておくとしても、様々な事態が片付き、もしくは片付きつつある状態であればレオネともう数人を客人を招待しても何ら問題ない事態になっている。それに伝手と言う意味合いでは確かに連れていく理由にもなる。


「なら、何も言わない。だが俺が迷惑を被るような行動は慎んでくれ」

「それならバアルが近くに居て、私を止めれくれればいいよ~~」


 そういうとレオネは笑いながら搭乗口に駆け込むと、そのまま用意された部屋まで走っていった。


「レオネの言う通りですよ」

「リン?」

「いくら金を積まれても、バアル様の周りに居たいからいるのです」

「……そうか」


 その後、全員が乗り込んだことを確認してから、ケートスは飛び立ち始めた。





 そして三日後、すべてのグループが無事にコックピット内でケートスの操縦の経験を積むこともでき、問題らしい問題も起きずゼウラストに帰還することが出来た。

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