第348話 第一回任命式

 そしてリクレガに到着してから一週間後、訓練場には大量の箱が用意されていた。


「毛皮、牙、爪、骨、魔獣から取れた魔石、薬効があると思わしき薬草の調査書、周辺の魔獣の調査書、家畜になりえそうな獣の調査書、地質の調査書、獣人の生活様式の調査書、地形により戦略書などなど、か。ほとんどが現地から調査用に持ち帰る素材か……さて、どうなるか楽しみだな」

「楽しみ、ね。ノストニアが確保した素材を横領したら許さないわよ」


 一つ一つ箱の中身を検品しているとクラリスが声を掛けてきた。


「もちろん、わかっている」

「そう、ならいいわ」


 そういうと、クラリスは一緒に箱の中身を検め始める。


「夫婦円満な中、申し訳ないのですが、少々よろしいですか?」


 クラリスと荷物を確かめていると、後ろから声が掛けられる。


「リックか、どうした?」


 声を掛けてきたのはリクレガを管理しているリックだった。


「少々お話がございます。それも、できればバアル様とだけで」

「そう、わかったわ」

「申し訳ありません」


 リックの言葉でクラリスはこの場を離れてケートスに乗り込む。


「それで話とは?」

「実はいくつかの商会を誘致してほしいのです」

「それは以前に話しただろう。この土地はまだ安定していない。だから商会の誘致をするにしても機竜騎士団が定期的に運用できるようになってからだと」


 実際商会をここに呼び込んだとしても、まず機竜騎士団がいまだに不安定である以上、輸送の量が限られる。となれば商会としての動きはほとんどできないため、呼び込んでも意味が無いという考えだった。


「実はそうでもないような事態になり通あるのです」

「と言うと?」


 俺が聞き貸すとリックは周囲を見回して、最後に護衛のリンに視線を当てる。


「女性が聞くと少し不快になるかもしれませんが……」

「いい話せ」

「では、実は獣人側からも娼館を使ってみたいという打診がありました」


 この言葉に思わず眉を顰める。


「わざわざ人族専用で娼婦たちを誘致した理由を理解しているのか?」

「ええ、言っては何ですが、獣人との部分に性病や感染症のリスクがあることですね」


 こう言っては何だが、獣人には無害な細菌だが、人には害のある細菌がある可能性がある。そのために娼婦は基本人族限定としていた。


「そこから広まることを考えればまず受け入れ難いと思うが」

「ええ、ですが、ほんの一部の娼婦を獣人専属にしてしまうのです」

「一応聞くが、リックがそれを進める理由は?」

「まず獣人が娼婦を欲しがることで様々な需要が生まれるからです。まず商会ですが―――」





 そこからリックは話し始める。


 まず獣人が娼婦を求めたとする、その場合は当然ながら獣人が貨幣を持っていないと相手にされない。なので素材の買い取り限定の商会を誘致することで、獣人が物を金に換金する手段を与える。そして一般的な物よりもより希少なものが高額で売れると知れば、獣人はこぞってそれを売りに来ることが出来る。またそうすることで、より希少で貴重な資源の存在を知ることが出来るかもしれない。






「もちろん娼婦には獣人専属になってもらう際にいくつかの手当てを与えるつもりです。そして同時に未知の性病や感染症に罹った場合には、治るまで生活を保障して、同時に治療に最善を尽くすと約束すればいいのです」


 リックはなんてことはないように言うが、つまるところ娼婦には手当を出す、もし未知の病気に当たったら治療をさせるために全力を作るが、そちらも治療のために協力してモルモットになってくれと言うことだ。


「利の方が大きいということか……完全に管理できるか?」

「ええ、もちろんです」

「自信があるようだな、だが、すぐには許可できない。現実的な案を用意して実現可能となるまでは計画段階でとどめる。もし勝手に初めて、病気を蔓延させるような事態を巻き起こせば……どうなるかわかっているな?」

「わかっております。万全の監視体制を整えてから実行するとします」


 リックが去った後、検品を終えると、予定した乗員がすべているのを確認して飛空艇は飛び立ち始めた。


















 リクレガから戻って一か月がたつ頃、行政区画のにある広場では総勢50名の若者たちとその観客が集まっていた。


「さて、諸君らはグロウス王国初となる機竜騎士団の一員となる」


 本日行われているのが、機竜騎士団の任命式だった。全員が規格のそろえた制服を着て、直立して綺麗な姿勢を保っていた。そして俺は騎士団長として作られた壇上に上がり、総勢50人に向けて劇を飛ばしている。


(早く終わらせたい)


 一応形式ばった挨拶を行い、格好を整えているが、正直なところ、こういったことは早く終わらせて実務的な話に入りたかった。


「―――よってこの場にいる全員に機竜騎士団を通じて、グロウス王国へ貢献することをこの私、機竜騎士団団長バアル・セラ・ゼブルスは望む」


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチ


 一通りの演説を行うと、広場にいる人たちから拍手が送られる。














「はぁ、これでひと段落と思いたいがな」

「お疲れ様です」


 任命式を終えると、その場で解散となり、騎士団員は自腹で用意した家やこちらで用意した寮へと戻っていった。そして俺も自室に戻り、執務机の椅子に座る。


「しかし、この一か月間は多忙だったな」

「ですね」


 前回リクレガから帰ってきてからは、連れてきた獣人達と専属となる役人たちと顔合わせを行い、何度も面会させて言葉に問題がないかを確かめさせた。その後に問題ないと判断したらクメニギスに手紙を送り、あちらの返答次第で動きが変わる。


 他にもイドラ商会で素材買い取り専用の店舗を準備したり、持ってきた調査書を専門機関に送ったり、機竜騎士団での規律と教育方法を考えたり、訓練用の簡易な飛空艇を製作したりと忙しかった。


「これで少しは楽になると思いたいがな」

「訓練が恙なく終わればですけど」


 そういうとリンは苦笑しながら言葉に出す。


「まぁ、そうだよな」


 俺は机の上に置かれている山の様な書類に目を向ける。


「猫の手も借りたい、か」

「ん?呼んだ~?」


 思わず呟いた言葉に後ろから声が聞こえてくる。


「呼んでいない。それとどこから・・・・入ってきている」


 椅子を回し、そちらを見てみると窓に足を掛けて、部屋の中に足をぶらつかせているレオネの姿があった。


「なんで窓から入ってきたのですか?」

「ん?何となく呼んでいる気がして」

「一切呼んでない。それにさっきの言葉で呼ばれたと思っているならお前は猫と言うことになるぞ?あと、手に持っているそれはなんだ?」


 ハグッ


 レオネの手には二の腕の様なパンが握られていた。


「ん?食べ物を料理しているところに行って、『おなか減ったから何かください』って言ったらくれた」

「ああ、レーズンパンですね。本日、侍女たちにおやつとして振る舞われているのを見ました」

「そういう問題じゃないが…………それより授業はどうなっている?」


 俺がこう声を出すと、レオネは体勢を変えて、室内ではなく外を見るような体勢になる。


「逃げ出してきたわけか……リン、エナを呼んで」

「その必要はありません」

「ぐえっ!?」


 窓の外から聞こえた声でレオネの体が糸で釣られるように上がっていく。


「誰だ?」

「カギャルと言います。以後お見知りおきを」


 その声を最後に、レオネの後ろ首を掴んでいる腕が見えるよう・・・・・になっていく。


「エナの部隊の者か?」

「はい。エナ様から直々にレオネお嬢様の捕縛を頼まれました」


 そして窓の上から見えたのはトカゲの様なカメレオンの様な顔をしている女性の獣人だった。


「バアル~助けて~」

「そのまま連れていけ」

「了解しました」

「え!?なんで!?」


 レオネは裏切られたという顔をして、猫が大人しくなる姿勢でそのまま壁を伝って運ばれていった。


「……逆になんで助けてもらえると思っていたのか」


 現在の屋敷には多くの客人がいるが、そのほとんどがきちんと働いている。エナは自身の部下とレオネにフェウス語を教えている。そしてティタはいつものようにエナの傍に居る。そしてマシラは俺やアルベール、そして時たまに来る騎士やアシラを鍛えていた。ノエル、カルス、カリンは言うまでもなく侍女や執事として働き、セレナはクラリスの護衛として傍に配置している。クラリスは婚約者なので例外だが、基本的にはみんなの邪魔にならないように動いていた。


「さて、ではこちらも仕事に移ろうか」

「紅茶でも用意いたしましょうか?」

「頼む」


 リンの提案を受け入れつつ。俺はいつものように書類仕事を始めだした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る