第347話 熱を持つもの

 翌朝、リクレガに来たことを知ったレオンが朝食に押し掛けてきた。


「おおぉ、本格的に話が進んだのか!」


 レオンが口に出した内容はクメニギスの奴隷解放についてだった。


「ああ、そのためにフェウス語を話せる人たちを多く用意してほしいんだが、さすがにこの短期間で話せるようになるわけがないだろう?」

「??いるぞ?」

「だから、グレア婆さんの教え子をこっちに連れて……いるのか?」


 レオンの言葉に思わず一度動きを止めてしまう。


「いるぞ、飛び切りの熱を持って学んでいる奴らがな」


 レオンは何ともな顔をして笑いだす。


「なら、早めに顔合わせをしておきたいのだが」

「了解だ。あいつら喜ぶぜ」

喜ぶ・・?そんな奴らがいるか?」


 熱を持つことや喜びそうな相手を思い浮かべるが、冒険好きと言った旅好きな連中しか思い浮かばなかった。


「まぁ、目当ては話せるようになることでもそっちの国に行くことでもないけどな」

「……なるほど」


 レオンのこの言葉でようやくどんな連中か理解できた。


エナ・・が目当てか?」

「ああ、奴らはエナに心酔しているからな。近くにいるためには短期間で一つの言語を習得しかねない、いや、実際グレア婆さんのお墨付きを得たからな」


 以前にエナの傍に居たいと打診された時の反応を見れば、この行動もおかしくはないだろう。


 だが―――


(それ以上にエナに戦力を持たせるのも、な)


 今のところエナに不穏な動きはない。それどころか邪魔にならないように配慮しているのも見て取れる。だが、それでも新参者に手駒を与えるとなるとやや不安は残る。


(とりあえずは獣人の移送用として扱うとしよう。その後の扱いはまた後日ということにすればひとまずは問題がないはずだ)


 フェウス語が話せる獣人が多くいて助かる気持ちと、エナに戦力を与える不満を感じながら食事の手を動かすこととなった。












「「「「「お久しぶりです!エナ様!!」」」」」


 朝食後、レオンの案内でフェウス語が話せる獣人達と顔合わせをするのだが、彼らは護衛で付いてきたエナを見るや否や頭を下げて声を張る。


「お前らだったか」

「はい!エナお姉さまのためにみんな懸命に勉強しました!!」


 一人の少女が前に出てそういうと、ほかの全員が首を縦に振る。


「意欲は買うが、今回は獣人の搬送の際の翻訳を頼みたいということだが?」


 確かめるために【念話】を使わずに、そのままフェウス言語で話に割り込む。


「意欲を、買う?ひとまずの会話はグレアさんから合格をもらっています。これぐらいの翻訳で問題がないならお引き受けさせていただきたい」


 どうやら、少し凝った表現などはまだ知識が足りていないみたいだが、彼女は普通に応答が出来た。


「それはエナの傍に居るわけではないがいいか?」

「それでもエナ様の役には立つでしょう?」


 こちらの問いに少女は迷いなく言い放つ。


「俺達は、別に傍に居たいわけではない。エナ様の役に立ちたいだけだ」

「ああ、魔蟲の際もエナ姐さんの指示でいろんなところに行っていたからな」


 ほかの全員がフェウス言語で答えてくれる。そして内容を聞く限り、エナの役に立つという事なら不満はないらしい。


「(会話に問題はないな)よし、ではここにいる人員に翻訳を頼みたいが、いいな?」

「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」


 こうして総勢30名のフェウス言語が話せる獣人を確保することが出来た。








 全員の承諾が取れたその後は、3日後に再びグロウス王国へと帰ると伝え、当分の間の生活に必要な物を取りに行かせ、それぞれの荷物の検査で今日が過ぎ去った。














「お久しぶりです、若様」


 翻訳用の獣人を確保した翌日の昼、庁舎にはエウル叔父上の姿があった。


「叔父上も。それで建設中の砦の方はどうですか?」

「建築速度はそう変わらないつもりだが、進捗はかなり進んだな。やはり、エルフの魔力は尋常ではない」


 叔父上の話では、エルフ協力で単純作業が異常なほど早く進むらしい。


「砦の壁、整地、石材の加工も魔法ですぐにできてしまうからな。まぁ、それも大量の魔力あってこそだが」

「そうですか、なら早めに砦に設置する武具などを手配した方がよさそうです」


 今回は兵士たちの士気を落とさないという意味合いで、娼婦を運んできた。正直に言うと、砦に設置する武具と迷ったが、クメニギスではエレイーラがにらみを利かせている点と人物兵器と言えるエルフがいるため、先に娼婦を選んだ。また盾、剣、槍、弓と矢、回復用のポーション、武器の修復用品などは比較的に簡単に手に入るが、砦用の大型弩砲バリスタや防御用の魔法杖と言った物は一か月ですぐさま数をそろえられるようなものではない点も後回しにした要因だった。


「それとご報告が」


 エウル叔父上は襟元を正して、一つの書類を差し出す。


「これは?」

「ミシェル山脈、ウェルス山脈を越えようとした者たちのリストです」


 エウル叔父上の言葉に眉を顰める。


「越えると言ったが、まさか登山目的ではないな?」

「ええ、斥候、密偵、暗殺、どれかはわかりませんがすべてに類似した道具や武具を持っていました」

「情報は?」

「吐かせましたよ」

「……その後は?」


 俺は続きを促すと、エウル叔父上は片足立ちになり、浮かせた足のつま先で床を叩く。


(今やその身は地面の下、か)


 情報を引き出し終えれば、密偵を生かしておく必要性もないので殺して後処理をするのはこの世界では当たり前の行動だった。


「クメニギスからの使者の可能性は?」

「ありません。交渉旗もありませんし、何より、ひっそりと山脈を越えようとしていましたから」

「なら知らぬ存ぜぬで通せるか」


 これが使者に付いてきた従者が行動を起こしたのなら小細工がいるだろうが、そうでないなら殺して、あとはそんな奴は見ていないで通せる。


「それにしても、発見者は獣人か」

「はい、非常に感覚が鋭いのでしょう。こちらが察知する前に気付きましたよ」

「『獣化解呪ビーステッドディスペル』は使ってこなかったか?」

「三人組の中の一組が、その魔法杖を持っていたようですが、まぁ3人組であればその五倍の数の獣人で事足りた様です」


 さすがに大量に人員を送り込むことが出来ないため、少数なら獣人達だけで対処ができると言う。


「なら、ひとまずは問題がないという認識でいいな?」

「はい。あとは獣人の受け渡しの際に密偵が入り込んでいないかで監査が必要なくらいです」

「……そこはエルフにも協力してもらうしかないな」


 密偵が紛れ込んで入り込んでくるパターンは大まかに三つある。


 一つ目が人が獣人に成りすまして潜入すること。この場合は魔法を使っているだろうからエルフには見破れる。もしくは変装用の魔具を使用している可能性があるが、その時は手間だが入国の際に【獣化】してもらい獣人かを確かめることになる。


 二つ目に獣人を密偵に仕立て上げること。この場合は人質を取るなどの手段で言うことを聞かせているだろうが、戦益奴隷制度がなくなった今獣人の奴隷は違法と主張することが出来るため、相談してくれればこちらで十分に対応可能だった。もちろん人質が命よりも大事な場合は、殺されることを恐れて言いなりの人形になるだろうが、その時は密かにこちらも行動すればいい。もし裏切り防止のために魔法で監視しているなら相談自体もできそうにないだろうが、エルフの目があればその魔法も看破することが可能なはずだ。


 最後に三つ目だが、これは魔法で操ったり、洗脳されているパターンだ。魔法を使われていればエルフでも看破が可能なのだが、物理的に行われている洗脳ならばこちらには打つ手はかなり少なくなる。だが事を起こすとなると、大人数が必要だろうから、まず違和感を感じさせる動きをするはずだった。なのでこちらに渡された者たちは少しの間リクレガの街で監視付きで過ごしてもらうことになっている。


「本音を言えば、あの嘘を判別する魔具が有れば楽なんでしょうが」


 エウル叔父上の言葉も理解できる。なにせ入国させる際にクメニギスの手が入ってないかの質問をニ、三回行えばいいだけとなるのだから。


「ない物ねだりをしても仕方がない。砦に入れるのはレオンがあらかじめ用意した戦力だけとして、最低限砦では事が起こされないようにしておけばいい」


 レオンの戦力はすでに精査が終わっており、まず裏切り者が入る余地はなかった。そのため、重要拠点の砦だけはあらかじめ把握している者だけにすれば占領されることはまずないと思っていい。


「そうですね、最悪は砦に襲い掛かるか、リクレガの街で暴れるくらいしかありませんから」


 砦には十分な戦力を残しているため、内部で細工さえされなければすぐさまリクレガでもルンベルト地方にでも戦力を派遣することが出来るようになっていた。


「言うまでもないと思うが、身体検査、荷物検査は行えるようにしておくべきだな」

「それはもちろん」


 最後は付け加える必要がなかったと叔父上と苦笑する。そして報告を終えたのか、肩の力を抜きいつもの口調に戻る。


「そういえば、若。早速、娼婦たちが働いていると聞いたぞ」


 この二日間で空いている建物を娼館として利用できるようになっていた。ただその背景に、兵士たちが飢えた獣の様な目で娼婦たちを見ていたこと、治安悪化が懸念されること、そして大勢の兵士がリックの元に詰め寄ったことがあったそうだ。


「ええ、非番の兵士達が金庫の貨幣をほぼ空にして娼館に詰め寄ったと聞きました」

「で、その後に、娼婦たちが金庫に金を戻しに行ったと」


 叔父上の言葉に苦笑しながら頷く。


「それ以外に物資の報告などを」

「了解です。まず―――」



 その後はこまごまとした確認をしてこの日を終えた。







 それから、街の様子を確認して回る。物資の不足があるか、兵士の待遇、帰還したいと望む者の意見を聞き、エルフの不満、それから専門家の報告を聞いて現地の素材の確かめたり、使い道を考えたりとせわしなく動く。

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