第349話 激務の一か月

 任命式の翌日、行政区画に割り当てられた大部屋には昨日任命された団員たちがいた。


 この部屋は機竜騎士団の部屋として用意している。そしてそこで何が行われているかと言うと


「さて、では確実に資料を配ったと思うが問題はあるか?」

「「「「「「ありません」」」」」」


 それは授業だった。


(自動車学校の教員になった気分だ)


 機竜騎士団の本文は飛空艇の操縦と運営、となれば団員には飛空艇について徹底的に学ばなければいけない。それも初となる団員となれば覚えるべきことは山ほどある。


「まず説明しておくぞ、君たちには3週間でこの資料の一通りを覚えてもらう。そしてその後1週間掛けて、訓練用の飛空艇をゼブルス領内で乗り回してもらう」


 こちらの言葉に部屋の中は静かとなり、生唾が飲まれる音も聞こえてきた。


「当然ながら、様々なところが注目している。王家や公爵家、果ては他国の名のある家までだ。なので飛空艇を操縦するにあたって何度かテストを行うことになる。そしてその試験に合格出来たら晴れて君たちは本格的に飛空艇を操縦することになるだろう」


 確かに入団試験には合格した面々だが、それでも飛空艇を運行するためだけの技量が欠如していたら、残念ながら話にならない。


「そして俺も多忙だ。何度もテストを行う気はないのでテストの回数は限られる。それにすら合格できないのであれば、次の団員が補充された後に一緒に授業をまた受けて、テストをしてもらうことになる」


 この言葉を聞いて、完全に空気が変わり、熱を持ち始めた。ここにいるのは貴族の面々、もし次の団員と共に授業やテストを受けるような烙印は押されたくないのだろう。


「それじゃあ始めるぞ、まず――」












 それから一か月間近くは、俺は多忙な日々を送っていた。朝起きると、朝食を取り、空いている時間にイドラ商会やアルバングル大使としての仕事を行う。昼前になると機竜騎士団の事務所という教室に向かい、そこで昼食を挟んで夕暮れ前まで授業を行う。また授業が終われば団員いくつかの質問を聞き、その後は自室にて明日の授業内容と父上が処理しきれなかった仕事を行う。その後は夕食を食べて、父上と意見のすり合わせ、そのほかにも授業がない日には、いつも通りの仕事を行い、運動がてらマシラに稽古してもらうこともあった。


 こんな生活だけならばよかったのだが、残念ながら公爵家嫡男という立場から、必ず出席しなければいけないパーティーがあったりする。ほかにもクメニギスに派遣するためにフェウス言語が扱える獣人を2人の役人の手伝いとして扱い、会話に支障が無い様に慣らせたり、影の騎士団から何らかの要請を受けたり、イドラ商会で素材の鑑定ができる人材を用意してこの短期間で素材についての知識を積ませたり、『夜月狼』で問題が起きた際は自身でキラを動かしたりもした。それに現在の俺の立ち位置としてはマナレイ学院在学となっており、ゼウラストでロザミアを受けなければ卒業できない。そのため、早急に臨時の研究所を用意して、マナレイ学院から送られてきた器具や物資の検品を行い、定期的に臨時の研究所に通い詰める必要があった。


 そのため休日と言う休日がまずない日々を過ごすことになった。














 そして予定の一が月が過ぎたころ、ゼブルス家の飛行場では総勢40名の人員が整列をしていた。


「さて、見事に試験に合格した諸君、おめでとう。今日と言うこの日を持ってから、君たちにこのケートスの運用を任せる日となった」


 ゴクッ


 俺の言葉に全員が生唾を飲む。


「残念ながら、全員が絶えず飛空艇を飛ばす日はまだまだ先だろうが、この日が君たちにとって始まりであることには変わりがない。そして最後の試験にすら受からなかった団員が全員辞職していったことは残念に思う」


 実は機竜騎士団総勢50人のうち、10人は最後の試験に合格することが出来ずそのまま退団していった。こちらとしては次の団員募集のために残ってくれてもよかったのだが、どうやら矜持がそれを許さなかったのか、次の試験を待たずにいなくなった。


「さて、長々と演説しているのもつまらない。早速離陸の準備を始めろ、と言いたいのだが団長として一度だけ忠告を入れておく」


 俺は全員の顔を見渡して、告げる。


「今回は、物資や人員の運搬も行うが、その中に王家から派遣されてきた高官が多く存在している。くれぐれも醜態をさらすなよ」


 ザッ


 全員がこちらの言葉に敬礼で返答する。


「では行動を開始しろ」

「「「「「「「は!!!」」」」」」」


 この言葉で全員が動き出す。


「見事形になっているじゃないか」


 団員が荷物と装備の確認を行っていると父上が声を掛けてくる。


「そう思いますか?」

「ああ、若い連中だけで少しだけ不安だったが、これなら問題がないと思えたよ」


 父上と俺の視線の先では早速団員が役割分担をして散らばっていた。ある者は飛空艇の点検のために周囲を見回り、ある者は屋根に上り、またある者は船内に入り、問題ないかを確認していく。そしてその団員が問題ないと判断すると、事前に作っておいたチェックシートに記入を開始して、終わればそれをある者の元へと集める。


「しかし、改装したと聞いたが、どこも変わっているようには見えないが?」

「外見は変えていません。変えたのはコックピットのみです」


 以前のケートスでは俺がすべての管理ができるようになっていたが、今回は違う。


「どんな風に?」

「まずコックピットを拡大、そして同時に管理できる部分を分担できるようにしてあります」

「具体的に聞いていいかな?」

「ええ、コックピットに設置されている椅子は5つあります。一つ目が操縦席、二つ目が副操縦席、三つ目が観測席、四つ目が誘導席、五つ目が監視席となっています」


 操縦席は字の意味通りでケートスの操縦を行う席であり、かつすべてのデータが表示される席だ。副操縦席は操縦席と同様の設備をそろえている席なのだが、こちらは操縦席やどこかしらの席が壊れた際にその代用するための席だった。そして観測席だが、この席は高度、速度、風向きと風力、それから飛空艇に使われている魔力量や電力を逐一確認して、異常があった際には報告するための席だ。そして誘導席だが、これは飛空艇がきちんと進路上を進んでいるかの確認をする座席となる。またそれ以外にも進行方向に魔物の姿が会ったり、台風や積乱雲などが発生した場合には変わりの進路を示す席でもある。そして最後に監視席だが、これは外と言うよりも中の様子を確認するための席だった。中で異常があった際はこの席に着いたものが指揮を執り、内部の問題を解決する流れになっている。


「なるほど、だが、それだと40人もいらないのでは?」

「一応はそうなのですが、今回は初のフライトです。通常ならなら運転組と交代組、それと予備組の計15人を規定としていますが、今回は初めてなので全員に一度実際に運転してもらう予定です。また運搬するのはほとんどが物資などで、イドラ商会の職員、王家からの役人、そしてイゴールの護衛部隊の50人で、人数的にやや空室が出来ます。なので記念と言うことで今回は全員を乗せることにしました」


 空室があり、今回が機竜騎士団の正式な初フライトとなれば連れて行っても何も問題がない。


「まぁ、そうだな。だがクラリスは連れて行かないのか?」

「さすがにこれからは機竜騎士団の業務の色合いが強くなりますので」


 今回のフライトでは連れて聞くのは先ほど話した、機竜騎士団の団員40名、イゴールの護衛部隊50人、イドラ商会の職員15人、王家の役員が20名、そして俺と護衛のリンとノエル、そしてエナとティタ、レオネ、マシラ、アシラの獣人組があちらに行くことになっている。


「バアル様、離陸前の総点検が終わりました」


 一人の男性がこちらにやってきて敬礼する。


「では、父上」

「ああ、気を付けて行ってらっしゃい」

「わかりました」


 その後、俺は告げに来た団員の後に続き飛空艇に乗り込んでいく。

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