第343話 ソフィア・ノイセント

「エレイーラ殿下はどうした?」


 解毒剤を渡し終え、リンと共に先ほどの応接間に戻ってくると、ラファールが尋ねてくる。


「先に帰った」

「え?なら、私はどうすればいいのかな?」

「もちろん俺が面倒を見ることになる。ただ、それだけだ」


 ロザミアの扱いは先ほどの条件で確認したため、何ら問題がない。


「ノエル、ロザミアとリーティーを部屋に案内しろ」


 そして同時に「その後にソフィアをここに連れてきてくれ」と、ノエルだけに聞こえるように囁く。


「かしこまりました」

「……ならお言葉に甘えて、ゆっくりさせてもらうよ」

「好意に甘えさせてもらう」


 ロザミアは少しだけ悩んだがリーティーは即座に頷く。双方ともどちらにせよ、また会えるとわかっているため、素直に立ち上がり、ノエルと共に退室した。


「それで、ロザミアを退室させたわけは?」

「例の件のことで話があるからだ」

「聖女様のことか…………どんなようだ?」

「まぁ、待て。さすがに本人のいないところで話を進るわけにはいかない」

「了解した」


 先ほどの融和的な雰囲気とは違い、やや重く鋭くなった雰囲気の中、俺とラファールはカップに口を付けて、時間を潰す。


 コンコンコン


 そして共に、カップを飲み干したタイミングで扉がノックされる。


「バアル様、お連れしました」

「入れろ」

「はい」


 入室する様に促すと、扉が開き、一人の少女が入ってくる。


 またラファールは何のことかを理解しており、立ち上がり入室してくる少女の前に立つと跪く。


「お久しぶりです。ソフィア・ノイセント・・・・・様」

「ラファール枢機卿様」

「様付けは不要でございます」


 ラファールが跪き、ソフィアがそのことに困惑しない。この主従関係が当たり前の様な行動を行う。


「さて、話の続けたいのだが、いいな?」

「はい」

「わかった」


 俺とリン、ラファールとソフィアがそれぞれのソファに座り、話が開始される。


「さて、ソフィア、お前がここに連れてこられた訳を理解しているか?」

「私の身柄をラファール様に渡すのでしょう」


 ソフィアは目を伏せて、観念したように言うが。


「いや、違う」

「違います、聖女様」


 俺とラファールが揃って否定をする。そしてソフィアはその言葉を聞くと不思議そうな顔をする。


「?どういう意味ですか?」

「ただ身柄を移しても、ラファールに旨味がないだろう?」


 身柄だけを移してもソフィアが確固たる意志で最低限の協力だけを行ってしまえば、こちらは何もできなくなる。実際、ラファールと会談した時に聖刑法という聖女には第三者の意図が存在してはいけないという決まりがある。そう考えればただただ身柄を移しても何の得もないことが発覚していた。


「(だから、自らの意思で動いてもらうように誘導しなければいけない)まず『お前自体が対処できないから俺が対処する』と言ったのを覚えているか?」

「ええ、覚えています」

「その言葉通り、ソフィアの代わりに俺が交渉をまとめた。そしてその際にラファールと契約した条件は、3年ほどソフィアは緑樹聖騎士団団長の下で任務を行い聖騎士についての見識を積ませること。そしてソフィア、お前にはそれを遂行してもらう」


 ラファールに視線で邪魔をするなと合図する。


「……見識ですか?」

「ああ、まずソフィア、お前は聖騎士の現状をどれぐらい把握している」

「…………国境の守護、魔物やその他からの脅威の撲滅を任務とするということぐらいです」


 ソフィアの答えは、ほとんど何も知らないと言っているようなものだった。


「俺からしたらフィルクが戦線から退いてほしいと、そしてラファールは仲間の聖騎士たちが正しく評価される状態に戻ってほしいと考えた。そして出た答えが」

「私が聖騎士と共に行動して、見識を積ませるということですが……」


 ソフィアがゆっくりと、そしてしっかりと呟くと、ラファールは立ち上がり、ソフィアの傍に移動して再び跪く。


「ソフィア様、同胞である聖騎士は皆が国のため民のために身を粉にして騎士の任を全うしています。ですが、今のフィルクの風潮では争う者である聖騎士は嫌悪の対象になっております。私はどうしても、この事態が我慢なりません。ですからどうか、ほんの少しの間私たちと行動を共にして、今聖騎士たちに起こっている現状をお確かめください」

「ラファール様……」

「もちろん、戦場と言った危険な場所には送り出すつもりはございません。なので何卒、聖騎士の実情を見て、感じて、その答えを出してほしいのです」


 ラファールの本心から言葉を聞くと、ソフィアは悲痛を感じさせる表情になる。


「……バアル様」

「なんだ?」

「私としても見識を深めるためこの申し出は受けるべきだと判断します。ですが、バアル様は、この上でこれを命令・・と言うのですか」

「命令とは人聞きの悪い。あくまで元の契約に基づいて提案・・だ。もちろん嫌だったら断ったくれて構わない。そうすればこちらとしても規定通り契約を破棄させてもらう」

「脅し、とも取れますよね?」

「脅しとは失礼だな。確かに約束もせずに大事なものを盾に取り、無理やり言うことを聞かせるのは脅しだ。だが一度契約を結び、相手にその契約通りの行動を要求するのは脅しとは言わないだろう?それに俺は強制はしていない。嫌だったらやめてもらってもいい、もちろん契約が破棄されたことで、俺がすべきこともなくなるが」


 無理やり相手の行動を制御しようとすれば脅しとも取れるが、すでにそうすると契約しているのなら、それは脅しとは言えない。そしてもちろん絶対に破れない契約であっても、相手から申し出てきた手前、それを脅しと言うのは完全な筋違いと言う物だ。


「……この契約が終われば友達が無事に解放される保証は何かありますか?」


 この言葉が出てきた時点で、ソフィアはラファールの元に行くことを了承していると判明した。


「ラファールがいる前で、この話をしたことが保障にはならないか?」


 もし、ここで俺がソフィアの約束を反故にしてしまえば、ラファールからも信用が無くなってしまう。


「……足りないと言えば、どうしますか?」

「なら、こうしよう」


 俺は『亜空庫』から用意していた書面をソフィアの前に取り出す。


「これは……」

「どうやら、覚えていたようだな」


 俺が取りだした書面には、契約を終えれば、アークたちと契約した内容を改変することを明記している。


「交易に関しての条件のうち、1について『一度につき馬車一台分以上の交易』の部分を『禁輸品の運搬』に訂正。これで、交易関連で俺が彼らに手出すことはできなくなった。もちろん、勝手に俺の名前を出していたり、禁輸品を売買しているなどしていれば別だが」

「……ですが、あらぬ罪でアークたちを捕えてしまえば、どちらにせよですよね?」


 ソフィアはそういい保証としては不十分だと言うが。


「はぁ、はっきり言っておくがそんな保証は無意味だ」

「……どういうことですか?」


 ソフィアの経験不足にいら立ちを感じ始めたのか、少々言葉が荒っぽくなる。


「いいか、まず、俺がアークたちを開放すると言うが、そんなものはまず無理だ。そちらが要望する交易に噛みたい連中から庇護するためには、こちらもそれなりの条件を付ける。今回はそちらの要望で条件を緩くした。ただそれでも、違反していると捏ち上げられてはたまらないというのなら、アークたちを他国に移住でもさせないと不可能だ。だが」


 アークたちの両親はその土地を離れにくい者がいる。当然気軽にはできなかった。


「次に俺が絶対にアークたちに手を出さないという保証を引き出すというが、まずそんな保証自体がまず存在しない」

「なぜです?」

「いいか、たとえ、今ここでアークたちに手を出したら飛空艇の秘密をすべて話すと誓約書を書いたとしよう。だがそれだと、ソフィアは俺がアークたちに危害を加えたと証明しなければいけない。ここで問題なのが、俺が証拠を残さなかった場合とソフィア、もしくはフィルクが俺からの補償を得るために自作自演で俺を嵌めようとしている場合が考えられる点だ」


 前者は俺ならいくらでもやろうと思えばできてしまう。そして後者では、強請るためだけの可能性があるので、まず俺は自身でゼブルス家に対して決定打と言える条件を出すわけにはいかない。つまりは保障に絶対的な効力を持たせることが困難と言えた。


「だから絶対に手を出させないという保証を得るのはまず無理だと?」

「内容が軽すぎては、そちらが疑い、重すぎてはこちらがリスクがあるため飲むことは無い。そしてちょうどいいバランスを保ちたいのだろうが、ソフィアが友を第一と考えている時点で、すでに保証などあってないような物なんだよ」


 ここまで説明すると、ソフィアは難しい顔をして、考え込む。


「では、どうするのが最善だと?」

「わざわざ言いたくはないが、納得していないなら仕方がない」


 何とも物分かりが悪いソフィアに一から説明する。


「まず根本的なところで間違えている」

「根本?」

「ああ、まずソフィア、お前は考え方を間違えている。どうやったらアークたちに手が及ばないか、より、手を出したらどうなるかを考えるべきだ」

「??同じようなことだと思いますが?」


 ソフィアの答えにため息を吐きだす。


「まず本来なら、この件は何もしなくていいんだよ」

「と言うと?」

「例えば俺がソフィアを言いなりにしようとする場合、お友達を人質に使ったとしよう。そこでソフィアはどういった行動をする」

「それは危害が加わらない様に言うことを聞く」

「それが間違い・・・だ」


 ソフィアの答えを誤りだと言い放つ。


「正解は要求に従わず、むしろ相手に報復する、だ」

「な!?それではアークたちが」

「無事では済まされないだろうな」

「それでは!!」

「ソフィア、これはお前が自ら弱み・・を見せたことが原因なんだぞ」

「え?」


 ソフィアはわかっていない表情をする。


「いいか、お前は自身よりも友人を優先する姿勢を見せている。だからこそ、友達を人質に取られてしまえば言うことを聞かねばならない。ここで最初に戻るが、ソフィアが取るべき行動は『手を出したらどうなるかを考えるべきだ』だ。人質にとる相手も勝算があると知っているから人質にとる。つまりはその人質に言うことを聞くほどの価値はないと思わせて、なおかつ、友人に手を出せばそれ以上に被害を被ることを示す。そうすれば人質を取ろうと思う事もなくなり、ようやくその友達たちは安息を得ることが出来る」

「……大事なものを見捨てて、見捨てて報復しろと」

「それも過激にな。そうすることでようやく大事なものに手を出すことの意味を理解するだろうな」

「っ……ふぅ、すべては私がバアル様に弱みを見せたことが原因と言うことですね」

「ああ、その通りだ」


 ソフィアは痛い顔をしながら俯き、言葉を絞り出す。


「では聞きます。バアル様が、保証が必要ないという理由を私に説明してください」

「……まぁこちらとしてはそれで納得してくれるならいいが」


 教えるまでもなく、フィルクの誰かが気付くだろうし、何よりラファールが思いつかないとも思わないので説明する。


「まず、俺がソフィアをこれ以上に操ろうとすれば、ソフィアはこの条件を飲むのを止めればいい。そうすればラファールが俺を糾弾しに来る」

「そうなってもバアル様に何も問題はないように感じますが?」

「その場合はラファールが、俺が友達を人質に取りソフィアを操っていると声高らかに糾弾すればいいだけだ」


 前回の王都の教会文句を言ってきた時と同じに思うだろうが、今回は俺が契約を違反した場合の話だ。つまりはソフィアが協力的ではなく、敵対行動を取り言質を与えてしまう。そのため、ラファールの抗議に信憑性が生まれてしまう。


(もちろん、仮の話であり、もし現実になってもソフィアとの契約書があるため、一方的に言い負かされるつもりはないが)


 ソフィアは同意してこちらの指示に聞いたと証明することが出来るため。そうそう言い負かされることはまずない。


「そうだな。グロウス王国はクメニギスほどではないが、我らが神光教会が広まっている。次期公爵と言えるだけの地位で、そんな醜聞を広められたくはないだろう?」

「ああ、それもあるが、こちらとして信徒たちによる行動が気がかりだ。俺はいつものように領地を管理運用していきたい。そこに二割、いや一割の信徒がいると仮定して、それらが領地から出て行ったり、サボタージュしたり、暴徒になってみろ、そんなもの俺が困るとしか言えない。それに証拠がなくても聖女がラファールと共に声を上げれば」

「それに付け加えるなら聖女に強要したということで、クメニギスから正式な抗議が出来るな」


 約束を破れば、ゼブルス領の信徒の統制が効かなくかもしれない。それが保障として機能する。


「それは友人を見捨ててでもバアル様の要求に答えたくないという場合ですね」

「そうだな。そこはどうしようもない」

「……わかりました。もし、これ以上友人を人質にするならば、先ほどの似たような報復をさせてもらいます」

「どうぞ。それと今後についての話だが―――」






 それからソフィアに軽く脅しを含めた口止めを行うと、ラファールとソフィアは屋敷を後にする。理由は明日からソフィアが明日にはグロウス王国を去ると言うことを学園と王都の教会に伝えるためだった。

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