第342話 『恋人』のアルカナ
移動した部屋は応接間よりも二回りは小さい部屋だった。しかし、家具も応接間と見劣りしないような物をそろえており、こちらを応接間として使っても問題ないように作られている
「これが、解毒剤だ」
テーブルに置いてある一つの籠をエレイーラに渡す。
「こんなあっさりしているなら、あの部屋でもいいと思うが?」
「あまり人目に付かないほうがいいと思ってな」
「言い訳などいくらでもできるがな」
そうは言っても師団長を引き込むための解毒剤だ。用心することに越したことは無い。
「これが、そうか」
「ああ、聞いた話だと飲めばいいらしい」
エレイーラは籠に入っている薬品が入った瓶を手に取り、眺める。そして一通り眺め終えると、籠に戻しながら口を開く。
「それで、ほかに言いたいがあるのか?」
エレイーラはこのやり取り以外に移動した意図があるのではないかと考えているらしい。
「ライルについてだが、聞かれても構わないか?」
共についてきたアンリエッタに視線を送り、エレイーラに聞かれても問題ないかを確かめる。
「特に問題はない」
「そうか、なら簡潔に言う、ライルは最初に獣人が受け渡される際にそちらに渡すつもりだ。その受け入れを忘れないでくれ」
「…………了解だ」
エレイーラの反応が遅かったのは彼のことを忘れてではないと思っておく。
(とはいえ、俺もマシラ達を連れてくるときに久しぶりに見て、思い出したぐらいだからな)
「御姉様、少しバアル様とお話ししたいのですが、よろしいですか?」
ライルのことを思い出していると、アンリエッタがこちらに視線を向ける。
「私が聞いていても問題ないというならいいが」
「ありがとうございます。バアル様、貴方は
「……何の話でしょうか?」
いきなりの話で少しだけとぼけて二人の反応を確認する。
「アンリエッタ?
「はい。ロザミアさんと同じようにアルカナ持ちですね」
会話を確かめるとエレイーラもある程度アルカナについて知ってる様子。
「では問い返すが、アルカナについてどこまで知っている?」
「力には段階があって、なぜだかアルカナはお互いがわかることぐらいです」
「私も同じだ。とはいえ私は持っていないのだがな」
何かしらの情報を隠している可能性も含めて、これからの行動を考える。
「私は六番、『恋人』です。バアル様のアルカナは何番でしょうか?」
「聞いてどうする?」
アルカナ持ちは同じアルカナ持ちを察知する、その点からごまかしは効かないと判断するがそこまで親切に教えることでもないことも確かだった。
「確かめたかっただけです。言う気がないなら口を噤んでいてくださって構いません」
「……そちらが言ったのにこちらが言わないのはフェアではないな。俺は16番、『搭』のアルカナを持っている」
既に何人かが知っている情報であれば、渡してもいいと判断し、これだけは伝える。
「『搭』ですか…………
「だから?」
だからの言葉の意味が全く分からないでいると、アンリエッタ王女はこちらを見据えて、しっかりと告げる。
「そうです。そしてこの際なのではっきりと言わせてください。わたくしはバアル様、貴方のことが嫌いです」
この言葉に思わず面を食らう。エレイーラもこのことは初耳だったようで絶句している。
「(取り繕わずにそのまま告げる、か)一応理由を聞いてもいいか?」
「私のアルカナは人の愛情を認識します。そしてバアル様、貴方からは
「……問いかけに答えてないように感じるが?」
「いえ、これが答えです。私はこの世で最も愛が美しいと感じています、そしてその片鱗すら感じさせないあなたに嫌悪感を抱いている。これが答えです」
「っ!?」
(……そういうことか)
俺の中で納得できる答えが返ってくる。
「アンリエッタ」
「御姉様、これが外交問題になりえるようならお切りください。この感情は絶対に私から切り離せない部分ですから」
エレイーラは何とも苦痛そうな表情をする。
「なら、命じる。これ以上、侮辱を行うな」
「それがご命令とあらば」
アンリエッタは何のこともない様にエレイーラの言葉に頷く。
「バアルも今は水に流してくれると助かる」
「わかった。だが代わりと言っては何だが、その愛情の有無をどうやって見分けているかを教えてほしい」
エレイーラの言葉に交換条件を出すと、アンリエッタはなんてこともない様に頷き、話し出す。
「わかりました。まず、これが私のアルカナです」
アンリエッタは自身の左手薬指についている指輪を見せてくる。
「『鑑定』しても?」
「どうぞ」
アンリエッタから許可が出たので『亜空庫』から鑑定のモノクルを取り出し、鑑定を行う。
―――――
永愛ノ指輪“クピド”
★×8
【Ⅵ:恋人】【最適調整】
アルカナシリーズの一つ。指輪は二つで一つ。愛が続く限り、二人には祝福が訪れる。だが心せよ離れない二人が離れた時、いかなる祝福も敵わぬことが起こるだろう。
―――――
(まぁ、そうだよな)
バベルもそうだが、鑑定だけならばただただレア度の高い魔具と言う認識しかできない。なにせ『数字:アルカナ名』というスキルしか明記されていないため、具体的な性能を確認しようにも確認しようがなかった。
「この能力の一つに人に向ける愛情と受け入れられる愛情がわかる物があります」
「それで確認したと?」
こちらの問いかけにアンリエッタは両手の甲を見せてくる。
「私の目には両手の10の指に絡まる糸が見えます」
「それが愛情を示す物だと?」
アリエッタは重く頷く。
「それぞれの指には向ける愛情の種類があります。親指は両親、祖父母、兄弟などの血の繋がりがある家族や祖先への親愛、人差し指は友人への友愛、中指は他者に向ける慈愛、薬指は異性への恋愛、小指は同族の子供に向ける子愛。そして右手の指は相手に向けての愛情、左手の指は誰かから受ける愛情となっております」
「なるほど」
この事実を聞いて、何とも『恋人』らしい能力だと思った。
「それで先ほど家族以外と言っていたということは」
「はい、バアル様の右手を見てみると、親指から6本の赤い糸しか出されておりません。すなわち、家族以外は愛してはいないと私にはわかってしまいます」
「……そうか」
さきほど、アンリエッタは愛がこの世で一番美しいと言及した。だがそれが直接的に俺を嫌悪する要因には
「俺が家族へ親愛を向けている以上、俺に愛がないとは言えないんじゃないか?」
愛を持たない人間を嫌悪するならわかるが、俺は家族にだけだが愛情を送っている。その点を見れば俺自身を嫌悪する理由は薄いとしか考えられなかった。
「ええ、そうです。ですが、同時に私にはそれ以外に愛情が芽吹くことがないこともわかります。私はその点がどうしても嫌悪感を抱いてしまうのです」
愛情を持てているのに、それ以外の愛情が芽吹く可能性が一切ない。その矛盾があるからこそ、アンリエッタは俺のことを毛嫌いしているのだろう。
「……それは仕方がないとしか言えないがな」
そのアンリエッタの言葉には心当たりがある。それが既にどうしようもないことも自身でわかっていた。
「どうやら双方とも納得したようだな」
「こちらとしては残念だが」
「ええ、その通りですね」
せっかくの繋がりなので有効活用したいのだが、どうやらそれもできそうもなくて残念だった。
「どうやら、義妹とバアルは相性が悪いらしいな」
「御姉様、申し訳ありません」
「まぁ、いい。バアル、私とは今後とも変わらない付き合いを続けてくれるか?」
「もちろんだ。ただ、グロウス王国とクメニギスが友好的なら、と付くが」
「そういってくれると助かるよ。それと少し早いが私たちはこれにて失礼する。ロザミアのこともよろしく頼む」
エレイーラがアンリエッタを気遣ったのか、それとも、今日の出来事で俺の機嫌を損ねていると思ったのかわからないが、エレイーラは予定よりも早くに屋敷を出発してクメニギス大使館に戻っていった。
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